魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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今回ちょっと短めです。



第六十三話 カシオペヤ座の懐中

(チャオ)さん、が……」

「そうだよ」

 

死んだように固まるナギの隣、リーナは何が何やら全くわからなかった。

その『チャオ・リンシェン』なる大亜人?らしき響きの人間も。それを共通理解として話す二人も。そして、ナギが浮かべる絶望に近い表情も。何一つとして、彼女に関わりのないところで話が進んで行く。

ただ一つ分かったのは、このままでは話に置いて行かれるということだけだった。

 

「ナギ、ゲーテ中将。ワタシたちには話の全容が全く分かりません」

「私もシールズさんに同じです。説明していただけますか?」

 

声に振り向いて、聞こえていたはずなのに、ナギの顔には困惑の色しか浮かんでいない。そう、まるで、居たはずのない知り合いが突然関わっていたと告げられたような、深い困惑の色しか。

 

「……わたしから話すよ。彼は何も知らないだろうからね」

 

そう言って、六つの瞳をその身に集めながら、老人は静かに語り出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

わたしが彼女に会ったのは、そう、長雨が降り続いていたある日のことだ。

あの頃は、魔法というものが世に出てきたばかりの時代だった。まだ当時は『超能力』と呼ばれていたけどね。ようやくサイオンという存在が発見され、エイドスの改変プロセスという提唱がされた頃だ。

ある意味当然のごとく、新たな戦力となりうる力というだけあって、軍としても全力を挙げて『超能力』の技術化に乗り出していた。

 

当時のわたしは、軍の技術部で中堅より少し下ぐらいの技術士官だったかな。そのせいか、働き詰めから体調を崩してね。長期休暇をもらって、郊外の自宅へ帰っていた。

そんなある日のことだった。なんともなしに雨空を眺めていたら、自宅の裏にある林から爆発音が聞こえてね。すわ何事かと、ライフルを持って見に行ったよ。

そこには、少女と美女の中間ぐらいの女性が一人、気を失って倒れていた。黒髪を……シニョンだったかな?それで団子髪を二つ作り、不思議な素材の服を身にまとった、東洋系の整った顔立ちをした女性だった。

不審には思ったが、さすがに雨の中、気絶した女性を林の中に放置するのは良心が咎めてね。警察と救急車を呼ぶべきか、それとも家に運ぶべきか迷って、警察を呼ぼうと端末に手をかけた。その時だった、彼女が身動ぎをして、目を開いたのは。

 

彼女は、まずわたしを見て、次にぐるりと周囲を見回した。それである程度状況をつかめたのか、痛みがあったのか頭を抑えながら体を起こして、わたしに問いかけた。

 

「すまないアルが、今は西暦何年か教えてくれないカ?」

 

最初は日本語で、次は英語で。二度、同じ質問を繰り返した。わたしは日本語はさっぱりだったから、後から本人に聞いた話だけどね。

でも、その質問を聞いた時に、わたしは大体の事情を察してしまった。

 

この女性は、未来から来たのだと。

 

荒唐無稽だと、わたし自身も思った。まだ記憶喪失のほうがあり得るとね。だけど、記憶喪失ならまず自分の名前か、今がどういう状況なのか尋ねるだろう? でも違った。

彼女はどうしてこうなったのかは分かっていて、だけど今の時代は知らない。そして、この状況を作ったのは、時代を聞く必要がある『何か』だった、ということだ。そんなもの、タイムマシンぐらいしかないだろう?

と、偉そうに言ってるけどね。すべては後付けだ。当時のわたしは漠然と直感しただけに過ぎず、半信半疑で彼女に聞いたよ。

 

彼女は肯定した。それだけじゃなく、タイムマシンを作ったのは自分で、テラフォーミングされた火星出身と明かしてくれた。

何があったのか、わたしは聞いた。すると彼女は眉根を寄せながら教えてくれたよ。

 

「私がいた時代から友人のいる時代に行こうとしたラ、何か大きな『流れ』に流されたネ。カシオペア4号機……タイムマシンはその時に落としてしまったカラ、この世界に不時着したのは運が良かったとした言えないネ」

 

すらすらと答える姿は、嘘を言っているようには見えなかった。それと同時に現実が追いついてきて、ムクムクとわたしの中の欲望が膨らんでいったよ。

そこでわたしは、彼女に提案した。わたしが衣食住は提供する、代わりに彼女の知っている未来の技術を提供してくれないか、と。

彼女はしばらく悩んだ末に、二つの条件を出した上でそれを飲んだ。

 

一つ。製造過程や設計図、基礎理論は教えず、完成品の提供のみに止める。

一つ。彼女が元いた時代に帰るため以外のタイムマシンは決して作らない。

 

一つ目の理由は、段階を飛ばして発展しないためだと言った。未来からもたらされた強い力も、それを制御する力がなければ暴走して世界を破滅に導くだけだと。だから段階を踏み、自分たちの手で解析して理論を手に入れろ、と。

二つ目の理由は、タイムマシンの危険性だ。タイムマシンは未来を知るのも過去を変えるのも自由自在の、あらゆる兵器を上回る力を秘めた超兵器でもある。彼女は、これまでに二人の例外を除いて他人に渡したことはないし、これからも渡すつもりはないと言った。

わたしは内心残念に思いながらも、それを飲むことで得られる利益を考えて首を縦に振ったよ。

 

 

同居生活が始まってすぐ、わたしは天才という存在を思い知った。

まだまだ虫食いもいいところの解析結果を、さらにわたしという凡才を通した穴だらけの情報しか与えられなかったのに、彼女は現代魔法理論に通ずる基礎理論をほぼ完全に把握した。しかもそれを、わたしへの『宿題』という形で間接的に教えてくるんだ。またその問題の出し方も絶妙でね、いつも考えれば分かるラインのギリギリ内側だったのには舌を巻いた。

 

お陰様で、長期休暇のはずの自宅生活で、わたしは基礎魔法理論をまとめることが出来た。あくまで様々に挙げられた学説を統合したようなものだったけど、それでも休暇明けに上司に提出したら目の色を変えていたよ。

そして、わたしは超常能力発動機械開発科に推薦された。USNA軍だけでなく国際的に著名な科学者ばかりを集めた国際研究機関で、当時はまだ、人に寄らない完全機械発動の開発をしていた頃だったかな。

だけど、それが不可能であるとわたしは彼女に教えられた。だから一人流れを逸れて、力を使う人を補助するための機械、術式(Casting)補助演(Assistant)算機(Device)の研究に乗り出した。

 

何度も詰まりながらも、その度に彼女にヒントを出され、『あるもの』を応用する形で電気信号をサイオン波に変換する機構『感応石』の開発に成功した。そこから先は一躍時代の先駆者さ、自分の力だけでは何もできない凡才だったくせにね。

その功績から、軍もわたしに集中して研究できる施設を与えてくれた。それがこの基地だ。ああ、地下の施設のことだよ。

 

そして、ついにわたしと彼女の『本番』が始まった。

 

まず始めたのは、施設の拡張工事からだった。地下五層だった施設を、計三十二層に拡張したんだから。

今思えば、これが一番大変だったかな。資材は彼女がどこからか集めてくるとはいえ、人手が二人しかいなかったからね。彼女の存在がバレないように研究員の派遣を断ってたのが裏目に出たよ。

そんなこんな、色々とトラブルが起きつつも遂に完成した時は、達成感で涙が出るかと思ったよ。

 

その後、わたしは軍から与えられた上五層で表向きの研究を、彼女は地下で交換条件の『完成品』と自分が帰るためのタイムマインの作成を始めた。

わたしは彼女との約束を守り、下の階層には踏み入れなかった。たまに彼女が上層に上がってきて顔を合わせた時に、わたしが詰まっている研究についてアドバイスを貰ったぐらいだ。

 

そして、そんな生活が3年ほど続いた、ある日だ。遂に、タイムマシンが完成したと彼女の口から告げられた。

最後に、ということで彼女に連れられて下へと潜った。そこにある全てに見とれ、興奮し、目が眩んだ。わたしの目には、山積みにされた金塊のように輝いていて見えていたからね。

だけど、地下XXXI(31)層。一際高く作られたその階層に足を踏み入れた瞬間、いや、そこにあった物を目に入れた瞬間、おそれが全身を駆け巡って身を竦ませた。

きっと彼女は、それを分かっていたのだろう。様々な感情を宿らせた瞳でわたしに声をかけ、最下層へと足を進めた。わたしも、恐る恐るその後に続いて最後の扉を抜けた。

 

XXXII(32)層は、それまでの階層とは違って小さな部屋だった。共に作ったわたしが言うものではないけど、研究向きの階層ではなかった。

 

——ここは、彼女の記憶の部屋。

——ここは、絶望に立ち向かう希望を讃える部屋。

 

彼女はそう言った。

そして、その部屋の役目をわたしに語った。

 

「ゲーテなら上にあったアレを見テ分かったと思うガ、魔法は良いことばかりをもたらす物ではないネ。ココにある映像はそれを教えてくれるヨ」

 

何も映していない画面に自責の念を浮かべた彼女は、一瞬うつむいて、すぐにわたしに振り返った。

 

「モチロン、タダで教えるわけにはいかないネ。

ゲーテの一生をかけテ、間違った方向へ舵を取っているこの世界を正しい方向へ導くアル。無理そうなら弟子をとって、次の世代に託すネ。

この記憶を得るまでニ、私たちは少なくない犠牲を払ってるアル。この世界はそうなって欲しくないカラ、信頼できるゲーテに頼ム。ドウカ、魔法を正しく役立ててクレ」

 

 

恩人で、友人である彼女の、最後の頼みを。

わたしは、一人の人間として聞き入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……それからすぐ、彼女は自分のいるべき世界へ戻っていった。わたしは彼女の残した映像と叡智の結晶を解析して役立てることで、彼女と交わした約束を守ろうとしたのだよ」

 

長く、濃密な過去を語り終えたゲーテの顔は、胸の内に抱え込んだ全てを吐き出せたからか、この上なく晴れやかだった。

カノープスは、俄かには信じられないという表情を浮かべながらも、軍人として今の世界を作り上げた功労者に告げる。

 

「……それが本当の話なら、中将には機密情報漏洩の罪と、重大情報の隠匿の罪に問われることになります」

「分かっていたことだ。覚悟などとうの昔に済ませてるさ」

 

さらりと。彼は答えた。

 

「それに、もう彼女の残したものは残っていないだろう。あれらをどう公表するのかが唯一の気がかりだったのだけどね、なくなってしまったものは仕方がない。先の短い老ぼれだ、怖いものはないさ。わたしの頭の中だけに残るものは全て、墓場まで持って行くことにするよ」

「……中将、一つだけ教えてください」

 

リーナは、口を開こうとするカノープスを目で制し、ゲーテへと問いかける。

 

「なんだね、可愛らしいお嬢さん」

「なんで、ナギはその女性のことを。それに、中将もどうやってそのことを……」

「さて、どう言うべきかね……」

 

言外に、全てを語るつもりはないと告げ、彼はナギへと視線を向ける。その目は「一体どこまで話して良いのかな?」と告げていて、ナギは一つかぶりを振って声を発した。

 

「リーナ。それは、ボクが彼女の関係者だからだ」

「関係者?」

「そう」

 

——超さんは、ボクの子孫なんだ。

 

「……え?」

 

一瞬、逆じゃないかと思った。魔法黎明期の人物なら、仮に血縁者だとしてもナギの先祖の方ではないかと。

だが、と気づく。その女性は、未来から来たと言っていたではないか。つまり、遠い将来の、ナギの子孫であっても何もおかしくはない。

 

「う、そぉ……」

「では、『アラ・アルバのマギステル・マギ』というのは?」

「彼の持つ、称号のようなものかな」

 

あえて簡潔に、ゲーテがカノープスの問いに答える。ナギもそれに頷いたことで、スターズの二人はゲーテの狙った通りに勘違いをした。

『それは、彼の家に関わる二つ名のようなものなのだ』、と。

二人にとって、ゲーテとナギの接点は超鈴音(ナギの子孫)しかない。だからそれは、ある意味必然的なものだった。

 

 

 

「……さて、ではまだわたしに軍籍があるうちに命令しておかなくちゃいけないかな」

 

 

 

ぞわりと、何か嫌な予感がそれを聞いた三人の背筋を撫でる。

 

「できることならさっきので終わってて欲しかったけどね。やっぱり、まだ終わっていないらしい」

 

その顔は、死に場所をここと決めた顔だった。

 

「ああ、わたしは凡才だと思っていたが、人を見る目に関しては非才だったらしい。未来のため弟子に取った彼が、まさか過激思想に染まりあんなものを起動させてしまうとは」

 

カノープスの顔が驚愕に染まり、瞬時にクレーターの中心へと振り向く。

そこには、固まり始めたマグマの池が——

 

「カノープス君。君ならもうわかっているだろうが……君ではアレには勝てない。他の軍人も同様だ。無駄死にしたくなければ、今すぐこの基地から逃げなさい」

 

 

——ずるりと、溶解した大地から腕が生えた。

 

「な、なによ、あれっ!!」

「そしてナギ君——」

 

 

ぼんやりと神々しく輝くような腕は、一言で言えば巨大だった。

肘から先だけでも20mはゆうに超えていた。もし仮に持ち主が人型を模しているとしたら、その腕の長さは全高が100m弱はあることの証左に他ならない。

 

 

「ま、さか——っ!!」

 

 

しかも、それが一本にとどまらない。右腕、左腕と突き出されたその数は、計6本。

天へと屹立したそれらは、肘を折り曲げ再び硬化し始めた大地へと手をついて——大地に埋まる持ち主達の巨体を持ち上げる。

 

 

 

「鬼、神兵——」

「この世界を、頼む」

 

 

兵器に()を宿した神々が、天を揺るがす咆哮をあげた。




・今日の星座

カシオペヤ座は北の空に浮かぶ、『W』の形が特徴的な星座です。この星座は北半球の大部分では水平線下に沈まず、また特徴的な形で天穹の向きが分かりやすいため、北極星を探すのに用いられることもあります。逆に南半球の大部分では観測ができません。
海の女神を貶し、怪物を差し向けられるほど海神ポセイドンの怒りに触れたカシオペイアは海の下に潜り休むことが許されず、そのため常に天を回っているとされます。
旅人達を導いてきた星を教える彼女の懐中を占めているのは、一体いかなる感情なのでしょうか。

ちなみにですが、日本学術会議で定められた正式名称は『カシオペ()座』です。そのため、『カシオペ()座』というのは誤植です。
……ハイそうです、ネギまに引き摺られて私も間違えてました。大変申し訳御座いません。該当箇所は既に修正しております。
皆様も、誰かに話す際はお気をつけください。

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