ここで、再度、前提条件を確認しておこう。
一、これ以降はナギ一人で三人を相手に戦う。
一、殺傷性ランクB以上の攻撃は使えない。
一、錬金や転移などの一部魔法も使えない。
一、試合前の遅延呪文も万一を想定し使わない。
一、負けることは許されない。
さて。現状を理解したところで、この状況での勝ち筋はどこにあるかを考えよう。
場合によっては、『切り札』や『秘奥』を切ることも、辞さないで。
—◇■◇■◇—
モノリス・コード二日目。
延期になっていた予選、第一高校対第八高校の試合開始から5分が経過していた。既に相手の前衛二人のマーカーは、一高のモノリスまでの道程の七割を走破している。
「それに対して、春原は動かないな」
「正確には、先ほどから何度も魔法式が映っているのですが……発動している様子がありませんね」
「トラップでも仕掛けてるのか? 確かに春原の身体は一つしかない。守りながら攻めに行くためには、自陣の防御を厚くする必要があるが……」
「いいえ、違うわ。ナギくんは、攻めるための手札を用意しているのよ」
ゆったりと、紅茶を飲むぐらい余裕を見せている真由美に、
ナギの作戦、戦法、使用魔法。それを知っているのは、この場に真由美しかいない。
逆に言えば、ナギの魔法の『秘密』を教えられるぐらいには真由美も信頼を得られたということだが——弘一は半分ギブアンドテイクの関係なので例外とする——、それを聞いて真由美も口外ができない理由を理解できた。故に、例え親友だろうとチームメイトだろうと、決してそれを教えようとはしなかった。
「
「当たり前でしょ。九十八……九十九……百。そろそろ動くわよ」
真由美の言葉を裏付けるよう、ナギの身体が宙へと浮かび上がる。
それが、常識を崩す一手目の始まりだった。
◇ ◇ ◇
「
ポツリと、キーワードを唱える。
その一言だけで、無数の雷球が周囲に出現した。
——カメラの前で、第三者の視線がある中で初めて見せた、遅延呪文の準備段階。
——この技術が解明されただけで、古式魔法の再興、延いては現代魔法との関係性に大きな進展が起きるだろうという、できうる限り秘匿しておきたかった技術。
——だが、
——『隠しておきたかった』だけで、『隠さなければならない』わけではない。『変化する』だけで、『逆転』まではいかない。
————ならば、ここで勝つために手札を切ったとしても、後悔はない。
「——拡散『白き雷』、×100」
雷球が炸裂する。
撒き散らされるように四方に散らばる白き雷霆は、森林ステージの実に九割に広がり、森の木々へと余さず落ちていく。
……雷が鳴る夜、木の下で雨宿り。
小説などでは割とよく見るシチュエーションだが、これは非常に危険な行為だ。
木々はその高さで、雷を呼び寄せる。そして、木の中を地面に向けて進む電流は、その側に人体という"
専門用語で、『側撃雷』という。
——ここで、四高の前衛二人を襲った現象の名だ。
「……
森へ、剣から縄へ持ち替えさせた風の中位精霊を放ち、ナギ自身は遠くに見えるもう一つの空間へと向かう。
そこにあるであろうモノリスと、相手の護衛を倒すために。
◇ ◇ ◇
「何だ、今のは……」
摩利が、大きく目を見開いて呟く。
大小の差はあれ、それは、真由美以外の全員に共通した表情だった。
「……七草。いくら直撃ではないとはいえ、アレだけの威力を誇る魔法は殺傷性ランクBはあるはずだ。ルール違反ではないのか?」
「残念。あれが一つの魔法ならそうなんでしょうけど、魔法一つはあれの100分の1。威力も100分の1。
ただ、それを同時に使っただけよ。ルール上は問題ないし、ここで止めたら再試合を要求できるわね」
「……殺傷性ランクC、白色の電撃となると『白き雷』か。
だが、百の魔法の同時展開など、出来るわけが——」
「……魔法のストック、ですか」
鈴音が漏らした一言に、言いかけた摩利の動きが止まった。
しかし、鈴音はそれを気にすることなく、自分の導き出した可能性を検証していく。
「先程までに映し出されていた魔法式は、そのための準備。あそこでストックしておいた魔法を一斉に発動すれば、似たような現象は可能ですね」
「だが!それでは相手の位置が変わり、変数が変化した時に失敗する……」
「春原君の魔法の多くは、対象の直接改変ではなく、一旦何かを介する形式をとります。どうにかして投射直前の魔法式を保存すれば、再発動は可能かと思われますが?」
「……なるほど。その理屈なら、これまで春原が見せてきた魔法の即時発動も説明がつく。まさしく春原家の秘奥の一つというわけか」
「……市原の言っていることで合っているのか、真由美?」
「さーてねぇ? 私は何も言わないし、ナギくんも何も言わない。言ったら色々問題があるから。だから、勝手に推測してちょうだい」
完全に毒された応対に、摩利たちはある種の恐れを抱いた。
——そこまでに秘匿する必要のあることなのか、と。
「ま、問題はここからなんだけどね……」
そう言う真由美の顔には、しかし言葉とは裏腹に、信頼と安心が色濃く出ていた。
◇ ◇ ◇
八高の
先程、天を埋めつくさんばかりの白い雷撃が走ったのは見えていた。
それがどういう攻撃かまでは推測できなかったが、『白い電撃』なんてものは全世界を探そうとも
つまり、三対一の絶対的有利が、高確率で一対一に持ち込まれたということだ。そして、
そうやって、充分以上に警戒していたからだろう。
視界の端、林の中から飛び出してくる、赤い影を捉えたのは。
「吹っ飛、チィッ!!」
反応し、銃口を向け移動魔法を掛けようとした瞬間、敵の背後に浮く光弾——魔法的な感覚では空気弾——に気がついた。慌てて魔法を切り替え、地面の砂を持ち上げ壁にする。
『春原凪』の魔法に弾幕状の魔法があるのは有名であり、その中には当たれば拘束し、魔法の発動を妨害するものもあるのは広く知られているところである。
その対処法として物理防御が有効なのも、三日前の氷柱倒しで三高が示した。
それに則り、土の壁を作り出したことで、弾幕を防いだのだ。
時間的にギリギリだったため正面しか張れず、左右への大きな移動は封じられたが、それでも相手の攻撃は防げた。
彼は、土壁がなくなると同時に攻撃するため、壁の向こうへと銃口を向ける。
「——
——が。その瞬間、背筋に悪寒が走った。
「くッ!?」
本能的にそれに従い体を横に倒したことで、間一髪難を逃れる。
背後から、自分の頭があった場所を、何か細長いものが高速で通過していった。
「杖かッ?!」
「そうですよ」
返答は、土壁の中から返ってきた。
今まさに突き刺さらんとしていた杖を、中から伸びた腕が掴む。その影は残像を残しながら壁を突き破り、懐、つまりはいかなる障壁もない位置まで潜り込んでくる。
「ま、ず——」
「
八高選手の意識はそこで途絶え、数秒後に
◇ ◇ ◇
「ジョージ、あれをどう見る?」
三高代表、控え室。
三高の本部テントの一角にあるそこでは、一高の予選第三試合を見た上での対策を迫られていた。
「……正直、かなり分が悪い。魔法のストックなんて反則だ。
仮に、僕らとの試合が森林ステージなら、初期の立ち位置を動かなければさっきと同じ戦法は通用しないけど……ナギが同じ手を使ってくるとは思えない。渓谷ステージなら、僕らに勝ち目はない」
「ステージに左右されるというわけか……。妨害で仲間を傷つけられてナギが荒れるのも分かるが、まさかあそこまで隠してきた手札を切ってくるとはな。犯人も余計なことをしてくれたもんだ」
実戦経験魔法師として、現場の魔法師たちとも親交がある将輝には、ナギの異名が多く耳に入ってきている。
——曰く、一人魔法旅団。
——曰く、最強の民間人。
——曰く、芸能界最強の少年。
——曰く、つかアレ高校生とか信じらんねー。
……最後のだけは少しアレだが、総じて言えるのは、恐ろしいまでの戦闘力を持つという認識だ。中・遠距離の殲滅戦なら、国内外を見渡しても十三使徒しか並ぶのもはいないだろうという評価すらあるほどだ。
そんなナギが国に招聘されていないのは、ひとえに七草家のバックアップと、魔法力が判明した時には既に持ってしまっていた芸能人としての立場があるためである。裏切りそうになく、有事の際は力を貸してくれることさえ分かっていれば、わざわざ縛り付ける必要はない。
少し話が逸れたが、要はそんな評価を持つナギの隠してきた切り札だ。まともなものじゃないとは思っていたが、魔法のストックなんていう反則じみたものは流石に予想外だった。
——と、そこで将輝があることに気がついた。
「ん? 要はストックされることが問題なんだから、平原ステージを引けば良いわけだよな?」
「え?うん、まあそれはそうだけど……流石に僕らの都合でステージが決まるわけは…………あ」
「不本意だが、決まるだろうな」
三高には、
将輝たちが望む望まないに関わらず、将輝たちが有利になるように手が加えられるだろう。
「でも、それには敵の手がステージ決定にまで伸びてないと……」
「見通しの利かない森林ステージ、それに次も次だ。ここ二試合、不自然なまでにナギに不利なステージが選ばれている。もしかしたら、第二試合も意図されてたものかもしれないぞ」
「……それもそうだね。不利な状況で、さらなる手札が出てくるかもしれない。今の段階で確定させるのは得策じゃないと思う。少なくとも、この試合を見てからでも遅くはないはずだ」
そう言って、吉祥寺はテレビを見る。
そこには、たった今試合が始まったばかりのナギの姿があった。
◇ ◇ ◇
一高の予選第三、第四試合の実施は、本来今日には予定されていなかったイレギュラーだ。
当然、今後の予定は詰まっているため、ほとんど移動時間だけを空けて、続けて二高との試合が始まった。
そして、その場所は……市街地ステージ。前日にあんな事があったのにも関わらず、だ。
大会委員の言い分は、『ステージはランダムプログラムで選出されるので、こちらの関知することではない』とのことだが、建前であることは大部分が分かっていた。
もっとも、ナギにとって、それは神経を逆撫でされる行為に他ならない。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル
契約に従い我に従え氷の女王、
よって、いろいろ奔走するであろう大会委員に一切の情けなく、——
「————
——置かれている
◇ ◇ ◇
「…………アレ、今度こそ殺傷性ランクAじゃないのか?」
大きく口を開けたまま、摩利が器用に話す。それを横目に見ながら、真由美は首を振った。
「対人使用じゃなくて、人を巻き込まないことを確認した上での対物使用だから、殺傷性ランクは適応されないわ。あの魔法によって誰かに危害が及ぶわけでもないし。
大体、アレでもかなり抑えてる方なのよ? ナギくんはそこまででもないらしいけど、
「……戦略級だろ、それは」
「かもね」
否定の言葉を求めて問いかけた摩利に対し、即答で肯定する真由美。つまり、あの魔法は世界最高ランクの魔法の一つになりうると示唆しているのだ。
「……春原の家は魔境か何かか? なんでそう、ポンポンと戦術級だの戦略級だのが発見されるんだ……?」
「さあ? ただ、一つ言えるのは、あまりナギくんの機嫌を損ねないほうが良いってことよ。ナギくんが優しくしてるうちは良いけど、もし怒ったら……日本が滅ぶかもね」
「……冗談を言っているように聞こえないんだが、冗談なんだよな?」
「もちろん本気よ、当たり前じゃない」
「……昨日一日でお前に何があった……。あたしたちと真由美たちの間にある、"当たり前"の違いってなんなんだ……」
「んー……ナギくんへの認識の違い? 昨日の怒り具合を見てたら、常識なんて180°変わるわよ」
「……もう、なんか、どうしたらいいんだ……」
親友のあまりの変貌ぶりに、頭を抱えて机に突っ伏してしまう摩利。
その様子に同情しながら、克人は一つ気になったことを質問してみた。
「ところで。あの氷を春原は溶かせるのか?」
「ムリみたいよ? どうして?」
「……それはつまり、事実上あのビルへの出入りが出来なくなってないか?」
「じゃないと防御策にならないじゃない。大丈夫よ、放っておけばそのうち溶けるわ」
「……一体それまでに何日かかるのだ」
実際は大会委員が溶かすなり壊すなりするのだろうが、ビル一つを丸々覆う——場合によっては中もギッシリ埋め尽くす——氷を取り除くのに、どれだけの時間と労力が割かれることか……想像したくもない。
本人にとっては些細な仕返しなのかもしれないが、被る側を思うと得も言われぬ罪悪感が込み上げてくる。
……なお、克人が勘違いしているのは、あれが普通の氷だと思っていることだ。
『
◇ ◇ ◇
とりあえず、これでモノリスを離れても、コードを打ち込まれての負けはなくなった。
だが、試合時間30分の内に最低二人を倒さないと、人数判定で負けてしまう。
しかし、この市街地ステージでナギ一人というのは、意外と厳しいものがある。
まず、基本的に屋内戦を要求されること。
外部からの攻撃はビルの倒壊を招く恐れがある、つまり第二試合と同じ状況に陥る可能性があり、まともに使えるのが物理攻撃しかないナギには手の出しようがない。
そして、近接戦闘を禁止されたルールにおいて、ナギの屋内戦での勝率はないに等しい。遮蔽物があり、威力の上限が決められた中では、彼の魔法の、本来のポテンシャルの5%も発揮できないであろう。
二つ目は、これも遮蔽物が多いことに関係し、隠れられると見つけるのが非常に厳しいことだ。
最悪二高側は時間一杯隠れ続けるだけで勝てるのだから、わざわざ積極的に戦う必要がない。その前提で隠れられると、体が一つしかないナギが全員を見つけるのはほぼ不可能になる。
故に、ナギの勝ち筋は。
外部から。
建物を壊すことなく。
——というのは出来ない。
ナギには、それを可能とする魔法に心当たりがない。あったとしても、自分には使えない魔法か、様々な事情でまだ見せられない魔法のどちらかだ。
堪忍袋の緒が切れ、秘奥を使うのにも躊躇いがなくなったとはいえ、世界中に暴動を引き起こすかもしれない魔法を見せるほど、彼の理性は失われていない。
——なら、発想を変えてみよう。
◇ ◇ ◇
「
モノリスのある部屋に、窓から飛び込んだナギがまず
この魔法は同系統の中では唯一威力が0の魔法で、室内でいくら無数に発動しても安全上は問題がない。
……とはいえ、それは裏を返せば、相手の障壁を超える可能性も0だということに他ならないが。
「もうその技は見え透いてんだよッ!!」
二高の選手が障壁を張る。加速系ダブル・バウンドとナギの天敵、圧縮空気の壁の二重掛けだ。
風の矢は、一つも障壁を突き抜くことなく弾かれていく。加えて侵入防止用の障壁まであるのだ、ここで勝ちだろう。
——相手がナギじゃなければ。
「ネギ式
弾幕に紛れて接近していたナギが、右手を突き出す。
そして、それが障壁に触れた。それだけで、強力なはずの壁が、いともたやすく崩れ去った。
「な——ッ?!」
「
一瞬の隙を作り、解放したのは身体能力強化呪文。攻撃呪文ではなかった。
この選手に攻撃しても意味がないことに、ナギは気づいていた。
仮にも風を得意とする魔法使いだ、風の鎧を纏っていることは感覚で分かる。恐らく、仲間に古式魔法師でもいて、こちらの対策にでも掛けてもらっているのだろう。
確かにそれは有効な対策だ。
常時発動型の障壁を身に纏い、その術者はどこかに隠れているなんて相手は、雷と風を中心とするナギには倒しにくい相手だ。倒せないとは言わないが、時間稼ぎに集中されると試合終了までかかる可能性がある。
……なので。ナギは予備の策を実行に移す。
相手が再起動する前にモノリスをガシリと掴み、
「なぁッ?!そんなのアリかよ?!」
「『モノリスを持ち運んではいけない』なんて、ルールのどこにも書いてないからね——
無詠唱で放てるフラッシュで目を潰し、入ってきた窓枠から再び飛び出す。その際、モノリスのせいで枠が壊れた気がするが、このぐらいで危険行為と判定はされるはずもない。
悠々自適と、空中を足場に隣のビルへ飛び移り、さらにその隣のビルへと移動する。ここまで来たら、もう負ける要素はどこにもない。
余裕を持ってモノリスを開き、コードを入力して、予選最終試合は終了した。
超強化しますた(二高を)