魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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四話(ほぼ)同時投稿、二話目です。


第四十六話 彼の憂鬱、彼女の疑惑

文明の近代化に伴い、薄れていったものがある。それを一言で表すとするなら、『闇』だろう。

 

人は、未知を恐れる。認識できないことを拒み、理解不能な物を嫌悪する。

そんな彼らにとって、特に『夜の闇』というのは受け入れがたい存在なのだろう。太古の昔、まだ完全には猿から抜けきっていない頃から火を灯し、また、電気の普及により夜でも明かりが消えることはなくなった。

 

そんな人類の進歩の歴史を考えると、この場所、富士演習場は、時代の流れを逆行するおかしな場所ということになるのだろうか。

 

一人、ホテルの屋上から闇夜に包まれた会場を眺めながら、森崎駿はそんなことを考えていた。

 

「ここに居たんだ、森崎くん」

「っ! 誰……なんだ、春原か」

 

背後から声を掛けられ、つい癖でCADを構えてしまう。だが、その先に居たのは敵ではなく、同じ一高、同じ風紀委員、そして同じモノリス・コード代表のナギだった。それを確認して、森崎はバツの悪そうに懐にCADをしまい直す。

 

「そろそろミーティングだから呼びに来たのか?」

「うん、まぁそれもあるけどね。夕食の時に飛び出して行っちゃったから、心配になって」

「……っ!」

 

その言葉を聞いて、森崎の心に様々な感情が渦巻いた。

 

目立っていたのかという羞恥。

心配をかけたという罪悪感。

そして、それら全てを塗り潰さんとする、何故()()()が来たんだという、自分でも理不尽だと理解している憤り。

 

森崎のその様々な表情を必死に抑え込む様子を見て、ナギは隣に寄って落下防止用の柵に身を預けた。

 

「……達也くんは凄いよね。女の子からも先輩からも信用が厚くて、その上腕もいいんだもん。それに実戦能力も高いし」

「……それは遠回しな自慢か? 全部、春原にも当てはまることだろう」

「まさか。ボクは現代魔法はからっきしだよ。理論なら幾らでも覚えようはあるけど、いざ使うとなると達也くんにすら及ばない。

……でも、森崎くんは、その達也くんよりも魔法が使えるんでしょ?」

「…………」

 

否定は、出来ない。それは、普段着ている制服からも分かる、揺らぎようのない事実なのだから。

 

「結局のところ、得意不得意なんだよ。全てにおいて誰かに勝とうなんて、土台無理な話なんだ。

達也くんはCADの調整なら一高の誰にも負けないかもしれないけど、実技の成績なら下から数えた方が早い。ボクも春原家の魔法なら負けるつもりはないけど、現代魔法じゃダメダメだ。

逆に、例え技術力で達也くんに負けたとしても、森崎くんには高い魔法力とクィックドロウがある。お門違いの技術者としての実力なんかで比べなくたって、そこで比べればいいんじゃない?」

「クィックドロウ、か……そんなもの、実戦で何の役に立つんだよ」

 

自嘲的に、吐き捨てるように。森崎は懐のCADに手を触れる。

 

確かに、それは自分の自負の一つだったのだろう。

それがあったからこそ、モノリスの練習でもナギと連携が出来るまでには接することができた。

それがあったからこそ、女子に学校の成績で負けても、そこまで傷つくことはなかった。

 

……だが。昨日の試合で、それに罅が入ってしまった。

 

「聞いたよ。スピード・シューティング、各校のエースと連戦して消耗してたのに、あの吉祥寺くんと接戦だったんでしょ?」

「そこまで知ってるなら分かってるだろ。何をどう言おうが俺は負けたんだよ。

いくら消耗してたなどと言い訳したとしても、クィックドロウを使って、それでも負けた。それも覆しようもない事実だろう」

 

ショックでなかったはずがない。

相手は、所詮と言っては何だが研究者だ。家の手伝いで何度か場数を踏んでいる、それも発動速度が唯一の売りの森崎家の直系が、負けるはずはないと思っていた。その結果が準優勝(アレ)だ。

緊張。慢心。不調。色々な要素はあるだろうが、プライドを傷つけられたのには変わりがない。そこに追い打ちをかけるように、見下していた()()()が大記録を打ち立てた。もはや自分でも分かるほど自暴自棄に陥っている。

 

だがナギは、優しく慰めるでもなく、敢えて傷口を抉る。

 

「かもしれないね。

スピード・シューティングじゃ、クィックドロウは(イン)(ビジ)(ブル)()(ブリ)(ッド)に敵わなかったのかもしれない。森崎駿という人間じゃ、吉祥寺真紅郎という人間には勝てなかったのかもしれない」

「……お前は追い打ちをかけに来たのか?」

「まぁ聞いてよ。

確かに一度、森崎くんは負けた。それはその通りだと思う。結果として残ってしまってる。

……でも、そのままで良いの? ここで逃げたら、それこそ一生負けっぱなしになるよ? 森崎家のクィックドロウは、森崎駿という人間は、その程度の存在なの?」

「っ!!」

 

悔しさに涙を滲ませるぐらいなら、慰めるのが一番だろう。涙を拭い、共に背負うと言うだけでいいのだから。

だが、プライドが折れかかっている相手には、むしろ煽り立てるぐらいが丁度いい。それで折れてしまうなら、所詮その程度のものだということ。

 

——司波達也の、妹を守るという意思のように。

——或いは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの、女子供は殺さないという意思のように。

 

本当の誇り(プライド)だと言うのなら、例え命に代えても曲げれないものだ。多少の壁に当たろうが、死に物狂いで崩して通すものがプライドだ。

 

そしてナギには、森崎駿がここで折れるような人物だとは見えなかった。

 

自棄(ヤケ)になるには、ちょっと早すぎるよ。まだ引き分けには持ち込める、かもしれない。なら、最後まで足掻かなきゃ」

「……だが!ならどうするんだよ!! モノリスのことを言ってるんだろうが、相手にはあの一条家の一条将輝も居るんだぞ!? 勝てるわけないだろう!」

「勝てるさ」

「…………は?」

「今のボクだけじゃ、将輝くんに勝てないかもしれない。今の森崎くんだけじゃ、吉祥寺くんに勝つのは難しいかもしれない。

でも、『ボクたち』なら勝ち目はある。いや、勝ってみせる。その為の仲間(チーム)でしょ?」

 

森崎は知りようもないが、目の前の少年は、前世では英雄と呼ばれた身だ。

だが、ネギ・スプリングフィールドという英雄は、決して全てに秀でていたわけではなかった。

平均的に見て、広く、優れた才能があったことは間違いないが、それでも、彼一人の力で英雄と呼ばれるようになったわけではない。

 

彼には、仲間がいた。

 

一癖も二癖もある31人の教え子たちが。

悪知恵ばかりよく働かせる使い魔が。

共に切磋琢磨できるライバルが。

何かあるとすぐに燃え盛る幼馴染が。

自分の在り方に苦悩する強敵が。

校長。同僚。父の仲間。剣闘士。運送屋。トレジャーハンター。騎士見習いの少女たち。賞金稼ぎ。

そして、多くの、滅びに立ち向かった名も知らぬ住民(英雄)たちが。

 

彼らの力があってこそ、ネギ・スプリングフィールドという英雄は生まれた。

彼らの力無くしては、今ここに、彼がいることはなかったであろう。

 

だからこそ。ナギは自分の力を過信しない。自分に出来ないことがあるのを受け入れる。その上で、仲間の力を合わせて乗り越えようとする。

 

——例え一人一人では遠く及ばなくとも、力を合わせれば不可能はない。

 

ネギという英雄の人生がそれを体現したものであるがゆえに、彼の言葉には強い説得力がある。

何も知らない森崎が何かを感じ、立ち上がろうと思えるぐらいには。

 

「……はぁ。足は引っ張るなよ、足手まといを抱えて勝てるほど、三高は優しくはないぞ」

「当然。全力を尽くして戦うよ。もちろん、森崎くんもでしょ?」

「当たり前だ。今度こそ、吉祥寺真紅郎を倒してみせる。クィックドロウがあの程度なんて誤解されたままじゃあ、親父にどやされるしな」

 

言葉だけ聞くと傲慢のようだが、そっぽを向きながら少し赤い頬を見れば照れ隠しということは分かる。

だから、仲間(ナギ)は笑顔でそれを受け入れた。

 

早足で扉に向かう森崎の後ろで、ナギはチラリと背後を振り向く。

軍事基地という特徴ゆえか、あえて明かりを廃絶し闇に包まれた会場。

それを少しの間眺めると、そこに背を向け、先を行く友人を追いかけた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイク二日目は、公平性を保つために1日目とは試合順が逆になる。二回戦第五試合だったナギは、予選最後の三回戦は第一試合だ。

 

とはいえ、()優勝候補——"優勝候補"ではない——のトップを走るナギが負けると考えている観客は少ない。

むしろ、裏側で行われている試合が色々と凄くなりそうだという話を聞きつけ、過疎化が進むぐらいには信頼されていた。

 

では何故、第一高校の柱の一つである克人がここにいるのか。

それは、人と会う予定があったからだった。

 

「早かったな」

「いえ。ご当主様をお待たせすることは出来ませんから」

「……外ではその呼び名を使わないように言ったはずだが、()()?」

「え? あっ、すみませんご、克人様!」

 

待ち人の名は、青山萃音。四月の一件で(つかさ)(はじめ)に洗脳され、テロリストの一員として活動していた少女だ。今は十文字専属のメイドとして働いている。

 

そう。メイドだ。メイドなのだ。あの、フリフリエプロンで白黒の、一般人ならコスプレでしか見ないであろう美少女メイドなのだ。

それは目立つ。かなり目立っている。だが、克人はそんなことでは動じない。結果、萃音一人が赤くなり、その様子を見た(けもの)たちの視線が集まるというループが起きていた。

 

「はぁ……もういい。それで、結果はどうだった?」

「えっと、はい。結果から言えば、やはり何らかの組織が動いていることは間違いなさそうです」

 

とはいえ、仕事には忠実な萃音。いざ本題に入ると表情を一変させ、凛とした一人の剣士に変貌する。

 

「尻尾は?」

「掴めてません。七草家から、春原家に工作しようとしていた末端の末端を捕らえたとの連絡を受けましたが、めぼしい成果はなかったようです」

「その情報は俺も七草を通じて耳にしている。それで、お前はどう見る? 特に賊の拠点についてだ」

「わ、私のような新参者が、嫡子である克人様に意見を申し上げることは……」

「だが、三年の間とはいえ、お前も一つの家の実質的な当主を勤め上げていた、当主代理としてなら俺の方が新参者だ。その上で、先達からの意見を聞きたい」

「せ、せんだ…ッ?! 」

 

雷に打たれたような表情で固まる萃音。

一族の中で最も年若く、後輩としての立場しか知らなかった彼女にとって、自分が上の立場に立つというのは一種の憧れだった。まさかこんな状況で叶うとは、と感動に震える。

 

「ハイ!では申し上げます!

今回動いている( ノー・ )(ヘッド・)(ドラゴン)は大亜系の組織とのことですので、拠点があるとすれば中華街かと。ただ、それがどこかまでは……」

 

とはいえ、そこはやはり従者(メイド)根性が()()()レベルで染み付いている神鳴流。

『先達として』と言ったはずなのに変わらず敬語なこと克人は眉を顰めたが、性格的なものとしてスルーすることに決めた。

 

「なるほど。渡辺の事故を分析した司波からは、精霊魔法が使われた可能性が高いとの報告は受けている。その件について心当たりは?」

「そうですね……国内の術者には思い当たりがありません。最近は()()()が上手く折衝しているようなので、一部を除き行動を起こすような家はないと思います」

「その一部とは?」

「いわゆる伝統派ですね。ただ、伝統派は日本独自の魔法体系を重視しているのが根底にあります。国外の組織に協力するとは……」

「考えづらいな。となると国外から魔法師を連れてきた可能性が高いか」

「もしくははぐれの術者を捕まえたか、ですね。上が歩み寄りの姿勢を見せているのに反発して抜けた、血気盛んな術者が居ないとも限りません」

「ほう、そいういう考え方もあるのか」

 

だが、どちらにせよ、相手が上手く身を隠している以上はここで手詰まりだ。

二日前に出た結論と同じく、これ以上は新たな手掛かりが出てこないと進展しないだろう。

 

「分かった。では、その二つの線を中心に、もう一度洗い直すよう指示しておいてくれ。こちらも警戒は続けておく」

「わ、私がですか?」

「青山は当主代理である俺専属の従者だ。将来的に俺が十文字家を継いだ時、自然とこういった仕事も増えるだろう。その訓練だと思ってくれればいい」

「わ、分かりました!では早速戻り……」

「いや、その前にもう一つだけ用件がある。これは青山ではなければ出来ないことだ」

「もう一つ、私にしか出来ないことですか?」

「ああ。まずは座ってくれ」

 

促されるまま席に着き、話を待つ萃音。しかし、克人は正面を向いたまま口を閉ざしている。

1分が過ぎ、2分が過ぎ、3分が過ぎた辺りで、羞恥心がぶり返し始めた萃音が声をかけた。

 

「あ、あの、克人様。それで、用件というのは……?」

「待て、もう始まる」

「始まる?……きゃっ!?」

 

スピーカーから流れた選手入場のアナウンスとともに、其処彼処(そこかしこ)から歓声が沸き起こる。

テレビ越しには観ていた光景だが生で体験するとやはり違うのか、それとも人と接する時間が短かったことが作用したのか、ビクビクとした様子で萃音は再度問いかける。

 

「あ、あの、始まるとは何が?」

「春原の試合だ。右の櫓を見ろ」

「あの男の? それがどうかしたのですか?」

「……一つ聞いていいか?なぜそこまで春原を嫌う?」

「べつに嫌っているわけではないのですが……。あの男のお陰で今こうして居られるわけですし。

ただ、洗脳されていたとはいえ、嫁入り前の肌を直に触られたのは許しません。女の敵です」

「……根に持つタイプか」

「いえ、どちらかといえばスッパリ切り替えられるタイプですよ? ケジメさえ付けてくれれば」

「……分かった、春原にはあとで謝罪させよう」

 

そんなくだらない話をして居たからだろうか。いつの間にか選手の入場も終わり、試合開始直前となっていた。

 

萃音はすぐさま選手の服装と獲物を確認する。対人戦こそ最近になって十文字家の者と始めたぐらいだが、そこで教わった行動を早速(おこな)っている。

まず、左の櫓。第二高校と画面に書かれている選手の服装は……確か何かのアニメのキャラクターのそれだったはず。武器は小銃型CAD、特化型と呼ばれるものだ。

 

そして、右の櫓に視線を移した時、萃音の時間が止まった。

 

『試合、開始ッ!!』

 

アナウンスと共に、まず左の選手が攻撃を始める。次々と右の氷柱が倒されていき、残り六本となったところで、遂に、タートルネックセーター姿のナギが攻撃に移った。

 

 

——その手に持つ丈の長い刀、野太刀を上段に振りかぶり。雷を放ちながら振り下ろし、叩きつける——

 

 

その一連の動きに、萃音は見覚えがあった。

否、身に覚えがあった。

 

「あれは、雷鳴、剣……?」

「ふむ、やはりか」

 

呆然と、意識せずに漏れた言葉に克人が反応し、萃音は勢いよく振り向いて視線だけで問いただす。その目は、『なぜあの男が神鳴流を使えるんですか!?』と言っていた。

 

「一つ言っておくと、春原の言ではアレは神鳴流ではない、らしい。一回戦で使った『雷の斧』を、そのように見せているだけだそうだ」

「……何故わざわざそんなことを」

「さてな。そこは聞き出せなかったが、曰くアイス・ピラーズ・ブレイクの一回戦から三回戦、そして決勝リーグの二戦を足した五回の戦法は、それで一纏めのものなんだそうだ」

「五つで一つの戦法、ですか。それで、私にこれを見せた理由は?」

「剣の心得がない俺には起きた現象でしか判断できないが、あれが青山の技と全く同じに見えてな。

春原のことを信用してないわけではないが、一応『専門家』の意見も聞いておきたい。万が一にも、神鳴流の技が他所から漏れる心配をなくしたいのでな」

「そうですね……今思い返してみると、雷鳴剣を扱える割には剣の冴えがありませんでした。見た目こそよく似ていましたが、別物と見て間違いないでしょう」

 

そう言いながら、萃音は客席に手を振りながら櫓を降りるナギを見る。まるで、そう、不審なものを見る目つきで。

 

克人には言わなかったが、萃音はナギに雷鳴剣を見せたことがない。四月の時は屋内戦だったため、広域攻撃の雷鳴剣は使えなかったのだ。その後は、そもそもナギと顔を合わせてすらいない。

つまり、春原凪という人物が『雷鳴剣』という技を知ることも、見た目だけとはいえ再現することも、絶対に出来るはずがないのだ。

 

工場の時は洗脳されていたとはいえ、あの時の記憶は残っている。あの時感じた違和感も、未だ心に根を張っている。

十文字家に引き取られた後に、あの事件の顛末は聞いている。もしかしたら問答無用で殺されるかもしれなかった萃音を救ったのは彼だということも分かってはいる。

 

 

だが、何故か萃音は、春原凪という人物に気を許す自分が、どうしても想像できなかった。

 

 

——もしかしたら、それは、僅かな魔の気配を感じ取っていたからかもしれない。

だが、今それを知るのは、誰一人として居なかった。


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