「一条将輝……!?」
「ああ、少しばかり邪魔するぞ」
驚愕に固まる達也たち三人に対し、自然体な三高の五人。その間の四人は、苦笑と困惑の混ざった複雑な表情をしている。
そんな膠着した状況を壊したのは、将輝の隣に立つ理知的そうな少年だった。
「初めまして、第三高校一年、吉祥寺真紅郎です。同じく三高一年で、前から一条将輝、一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子です。夜分に突然の訪問ですみません。アイス・ピラーズ・ブレイク準優勝の千代田花音選手と、刻印魔法の名家、五十里家の五十里啓さん。それと……」
「……吉祥寺真紅郎、カーディナル・ジョージか。弱冠13歳にして、当時机上の空論とされていた『
お会いできて光栄だ。第一高校一年、司波達也。九校戦では技術スタッフを担当させてもらっている。
それで、何故わざわざこんなところに? まさか宣戦布告というわけでもないだろう?」
「司波くんですね、覚えておきます。
ここにお邪魔させてもらった理由は一つだけです。偶然通りかかったところで、ナギと司波さんの話が耳に入りまして。七高選手と渡辺選手に対する妨害の解析に関して、同じ魔法大学付属高校の同志として何か手伝えることはないかと思いまして、突然ですが押しかけさせてもらいました」
それは予想の範疇だったのだろう。達也は特に驚くことなく、訝しげに眉根を寄せただけだった。
「なるほど、液体操作魔法のプロである一条家と四十九院家の直系、それに天才の名を欲しいがままにするカーディナル・ジョージの手が借りれるというのなら是非とも借りたいところだ。
だが……目的は何だ? 正直に言って、今回の妨害で三高が
「……貴方は、私たちを馬鹿にしていますの?」
ピリッという音が聞こえた気がして視線を動かすと、男子二人を押しのけて金髪の女生徒が達也の方に歩み寄って来た。
達也は記憶の海からこの少女の情報を引き出していく。
一色愛梨。師補十八家の一つである一色家の長女で、魔法併用フェンシングとも言えるリーブル・エペーでは有名な選手だ。その超人的な反射神経から『
性格は、良く言えば高いプライドを持つ、悪く言えば傲慢。実績や家柄があれば普通に接するが、無名の相手には話しかけることすらしない徹底した実力主義者と有名である。
前夜祭で深雪と一悶着あったような気もするが、そこまで
つまり実力も何も見せていない達也に今話しかけて来たということは、それだけ我慢ならないことがあったということだろう。しかし、達也には思い当たる節がなかった。
「馬鹿にしているわけではないが、事実だろう。優勝争いしている相手をホイホイ自陣に招き入れる馬鹿が何処にいる。最悪、妨害犯と繋がっていて証拠を消される可能性すらあるんだぞ」
「ッ!馬鹿にするのもいい加減にしなさいッ! 私たちがそんな姑息な手を使うわけがないでしょうッ!!
真正面から全力でぶつかって、それでもなお負けるというのなら実力不足ということです。来年こそは勝つために、涙を飲んで鍛え直してきます。これまでもそうしてきましたし、先輩方も
……それだというのに、いざ始まってみたら第三者の妨害のおかげで勝たせて貰いました? 『どうせ実力じゃ勝てなかったんだから、勝てただけでも嬉しいでしょう』?
そんなものッ!水尾先輩の、先輩方の努力に対する冒涜ですッ! 決して許してなるものですかッ!!
倒すなら正々堂々と!真正面から叩き潰します!! 私たちを、そのような下賎の輩と一緒にしないでいただきたいですわッ!!!」
愛梨の落雷のような怒号に、
その目には嘘を言っている様子はない。むしろ、他の四人も含めて、妨害犯に対する本気の怒りが燃え上がっていた。
プライドが高いことは、決して他者を見下すこととイコールではないのだ。実力を認め、仲間と認識した相手に対する侮辱を決して許しはしない、仲間思いの証でもある。
今回の妨害犯は、彼女たちがライバルである一高と手を組もうとするほどに、不用意に彼女たちの逆鱗に触れてしまったのだ。
「一色の言う通りだ。俺たち三高は、
「それに、敵に塩を送るのは、戦国の時代から
「まあ、ぜんぶ儂等の独断なんじゃがの。たった五人ぽっちの腕で良ければ喜んで貸すぞ?」
「今回の事故で水尾先輩も悩んでいた。本当にこれでいいのかって。
水尾先輩にこれ以上は追い打ちはかけられないから、三高全員で協力することはできない。だけど、私達だけでも何か手伝えることはあるはず」
「「「「「だから、手伝わせて(くれ・ください・もらおうかの」」」」」
三高の五人を代表して、将輝が達也に手を伸ばす。
ここまで言われて、達也にも躊躇は残っていなかった。
「ああ、協力よろしく頼む。それと、先ほどの侮辱は謝罪しよう、すまなかった。
五十里先輩方もいいですか?」
「もちろんだ。それにこの解析を任されたのは司波くんだ、僕たちはそれに従うよ」
「当然!ここまで思いの丈をぶつけてくれたんだったら、それに答えるのが年上のするべきことってものよ!摩利さんもきっとそう言うわ!」
達也が将輝の手を取り、今ここに同盟が組まれた。
あくまで個人的なものだろう。集団からすれば極一部なのかもしれない。
しかし、互いの激闘の歴史を考えれば、それは間違いなく大きな一歩だった。
◇ ◇ ◇
「ジョージ、どうだ?」
「……条件設定も計算も、どこにもミスはないよ。少なくとも僕が分かる範囲ではね。十七夜はどう?」
「同じく。研究所に持っていっても全く同じデータが返ってくるはず」
「そうか。ならやはり、司波の推測通り水中からの投射が最も高い可能性なわけだな?」
「そうだね。でも、水中に長時間身を
三高としての見解を示したことで、吉祥寺が達也へ話を振る。
彼も可能性は思いついているのだろうが、今回の解析で主導権を握っているのは一高、より詳しく言えば達也だ。話を先に進めるのは達也でなければいけないし、その役割を"協力者"の三高が取るわけにもいかなかった。
達也もそれは分かっているのだろう。半ば突然振られた形になったのだが、戸惑うことなく口を開いた。
「吉祥寺の言う通り、コースの水中に潜み、なおかつ発見もされないのは、とてもじゃないですが人間業ではないです。ならば、人以外が潜んでいたということでしょう。
自分が思いついた可能性は二つ。あの女神や本物の魔物のような超越種か、古式の精霊魔法。そのどちらかによるものとしか考えられません。
ナギは、超越種に関して恐らく世界で最も深い知識を持っています。美月は霊視放射光過敏症で見えない『何か』を見た可能性もありますし、幹比古は古式の魔法師として精霊魔法を得意としています。それは四十九院さんも同様です。
……俺はその二つに関してそこまで詳しくない。だから教えてくれ、人外の種なら、もしくは精霊魔法ならこのような状況を作り出せるか?」
前半は五十里たちも含めた、この場の全員に対する現在の状況のまとめ。そして後半は、同級生たちに向けた問いかけだった。
「わ、私はその、眼鏡を掛けていたし、第2レースは見ていなかったから……。ただ、第1レースの時には違和感は無かったと思う」
「そうか……。ああ、自分責める必要はないぞ、見ていないものにまで責任を負う必要はない。
それに、あの熱狂した会場だ。精霊一つを見つける方が無理な話だ、未来予知でもできない限りな。
幹比古と四十九院さんはどうだ?」
「沓子でよい、ここまで縁を結んだ以上は他人行儀は傷つくからのう。
それで、精霊魔法で出来るかどうかだったの。ふーむ……可能じゃな。目を瞑っても出来るはずじゃ。吉田の神童はどうじゃ?」
「
……それはともかく、精霊を使って水面に穴を空けるぐらいなら僕でも出来る、そこまで難易度の高くないものだ。だけど、ゴールデンウィークから例の女神様の影響で地脈が少しずれてるせいで、遠距離から送り込むには何度か下見しないとできないと思う」
「逆に言えば、下見さえできれば遠距離からでも可能ということだな。なるほど、参考になった。
ナギの方はどうだ?」
正直に言って、精霊を使えばできることはこの場にいるほとんどが分かっていた。具体的な難易度や遠距離からも出来るということは初耳だが、可か不可かで言えば可であろうことは予想がついていたのだ。
しかし、人外が関わってくるとなると話は変わる。例え可能であろうとも、未だ研究もろくにできていない人外の犯行を防ぐことなど、不可能という結論しか出ないのだから。
「……出来るか出来ないかだったら、簡単に出来るはず。それこそ、将輝くんたちが遭遇したスライムなんかだったら、文字通り自分の体を動かすのと同じ感覚で出来ると思う」
「……嫌なものを思い出しましたわ。あのヌメヌメしたセクハラ半液体には、今度会ったら全力の突きをお見舞いしてあげましょうか」
「でも、人外が関わっている可能性はまずないと思うよ。こう言ったらダメかもしれないけど、所詮は高校生同士の大会にちょっかいをかける理由がないからね。気まぐれにしては用意周到すぎる気もするし」
逆説的に言えば、気まぐれでここまでの事故を起こせる存在でもあるということ。そんな力を持つ存在が、たかだか人間に気を使うわけがないという前提で、ナギは話を進めている。
そしてそれは、決して間違いではない。ナギやエヴァンジェリンのような性格が例外なのであって、巨像が足元の蟻など気にかけないように、人外が人間に気を使う必要などないのだから。
「なるほど、可能ではあるが動機がなしか。何者かに使役されている可能性は?」
「うーん……稀代の大天才とか、そのレベルの術者の式神でもない限り、そこまで高位の魔物は使役できないはずだし……。それに渡辺委員長の魔法力なら中位ぐらいまでの魔物の気配なら察知出来ると思うし、何よりコノカさんが降りているこの土地に入って来れる魔物なんか、まず居ないよ」
「つまりあの女神が、ある種の抑止力として作用しているということか。となると人外の可能性は無視してもいいな」
「僕も同感だね。それにもし仮に人外だとしても、それを防ぐ手立てが僕たちにはない。ナギなら出来るかもしれないけど、選手である以上、いや、体が一つしかない以上はあまり賢いやり方だとは思えないよ」
「ああ。それに、妨害と思われる行為はこれ一つではない。そちらも考えると、人外の仕業だとは少し考えにくい」
達也はモニターに事故の映像を映し出し、カーブに差し掛かったところでスロー再生に切り替えた。
少々人数が多すぎるためかなり見づらいが、他の人間のことを気遣い合いながら、全員が画面を見る。
「ここだ。本来ならここで七高選手は、カーブを曲がるために減速魔法を掛けなければならない。しかし実際には全く逆の加速系魔法がかかっている」
「……確かにおかしいのう。こんな間違いは練習初日のひよっこでもせん。優勝候補の一人がするにはあまりにもお粗末じゃ」
「だが、加速系と減速系は原理上ほとんど同じ起動式で成り立っているはずだ。変数の正負を間違えたならこうなることもあるんじゃないか?」
「いえ、それならこの驚愕の表情の説明がつかないわね。その表情は……そう、まるで既に変数の書かれている起動式が送られてきたみたいな……」
「……まさか……!? まさか、七高の中に裏切り者がいるって考えてるのか!?」
吉祥寺が目を見開き、達也に詰め寄る。他の人間も、ナギと深雪以外は驚愕の表情で固まっている。
しかし、そう考えるのは至極当然のことだろう。
各代表の使用するCADは、各校の最重要備品の一つ。決して細工をされないよう厳重に扱われているのだから、それに手を加えられるのはその学校の代表しかいない。
……しかし、それにはたった一つの例外がある。
「その可能性もあるが、それでは警戒されて第二第三の"事故"を起こせない。だから違うだろう。たった一人だけ脱落させても、全体でみると効果は薄いからな。
下手人が七高選手でないとすると、考えられるのは一つだけ。……
『……ッ!』
考えたくもなかった最悪の結論に、将輝たちの息がつまる。
公正公明が求められる大会委員に、私利私欲のために事故を引き起こしたものがいる。それはあってはならないことだ。
まして、各学校は試合前にCADの提出を義務付けられている。本来はレギュレーションを審査し、各校に公平な条件を促すためのそれが、今は事故を引き起こさせる悪魔の時間に思えて仕方がなかった。
「た、対策は、対策はあるのかい達也!?」
「いや、これといったものは……。起動式を書き換えたのはハッキングソフトによるものだろうが、大会レギュレーションで認められた範囲でのCADでは、プロテクトを積んでは重くなりすぎる。
それに、俺たちだけ対策を徹底しても意味がない。恐らく黒幕が優勝させるために手を出してこない三高を除き、全ての学校が被害に遭う可能性があるからな。今回の事故のように巻き込まれる形になっては、いくら俺たちが気をつけていようと防ぎようがない」
「七高にも協力してもらうのはどうかな? CADのデータを公開してもらうだけでもいいからって頼むのは?」
「そうよ!この分析が正しいなら今回の事故は向こうも被害者なんだし、自分たちの選手の問題じゃなくて大会委員の失態になるから手伝ってくれるとは思うけど」
唯二の二年生が、建設的な意見を出す。しかし、それでも達也は眉根を寄せたままだった。
「一応、会長たちには七高の代表側に協力を頼むように言うつもりでしたが……あまり期待は出来ませんね。
七高が汚点を払拭したいのと同じぐらい、大会委員も問題を抱えたくはないでしょう。七高内部の裏切り者の可能性を挙げ、形だけでろくな調査もせずに
そうなったらあとは信用度の問題ですね。まだ実績の薄い高校生では、経験と信用のある大会委員には勝てないでしょう」
「……それは、十師族のうち、最低でも一条、七草、十文字の三家合同の声明を発表してもか? 一色家も協力してくれるだろうし、他の家も反対はしないとは思えるんだが」
「しかしその場合は、十師族が大会委員に干渉できるという前例を作ることにも繋がりかねない。
日和見の中途半端な管理職ならともかく、上層部、特に国防軍と繋がりのある幹部たちは突っ撥ねるだろうな。『公平な競争による切磋琢磨を促す』という大会の趣旨に反してる、という正論を翳して」
そう言って達也は肩を竦める。
十師族の中でも特に畏怖を集める"実家"の名前なら効くのかもしれないが、個人的に、余程のことがない限り借りを作りたくない。そして今回の妨害はまだ、そこまでには至っていない。
ならば、正当な手段で、まっとうな対策でこれを乗り切るしかないのだ。
「せめて、あと何か一つでもヒントを得られたなら状況が動くかもしれないが……」
「現状では手詰まり、か」
そう簡単に尻尾が掴めないことは分かっていたつもりだったが、ここまで来て犯人の特定ができなかったことは流石に堪えたのだろう。皆が神妙な顔で静まり返る。
その空気を変えたのは、五箇所から同時に鳴ったメッセージの着信音だった。
「……すまん。呼び出しだ」
「うん。手伝ってくれてありがとね将輝くん、もちろん他のみんなも」
「特には役に立てなかったですけどね……」
「いや、謂わば俺たちは当事者の身内だからな、贔屓目が入らないとも限らなかった。第三者に近い立場からのダブルチェックをしてくれただけでも役に立ってくれたさ」
「私もそう思います。一色さんや一条くんのように、学校の垣根を越えて理不尽に怒りを覚えてくれる人がいる。それが分かっただけで、私たちがどれだけ支えられることか。
第一高校生徒会の一員として、改めてお礼を申し上げます。本日は誠にありがとうございました」
深雪が嫋やかに頭を下げるのに続き、ナギや達也たちも感謝を示す。
それを受けて、将輝は照れ臭そうに頬を書きながら、頭を上げるように言った。
「俺たちは俺たちの事情があって手伝っただけですよ。たまたま目的が同じだったから手を取り合おう。それは、当たり前のことじゃないですか。だから、感謝される理由はありません。
それに、まだ終わっていません。犯人を捕らえるその時まで、試合会場以外では仲良くしていきたいと、俺たちは思っています」
「……そうですね。では、試合会場では良きライバルとして、それ以外では良き仲間として。今後ともよろしくお願いします」
「はい!もちろんです!……っと、すみません。催促のメールです。では、そろそろ失礼します」
「司波くん、これ、僕のアドレスだ。何か進展があったり、人手が必要だったら連絡をしてくれ」
「春原くん、犯人を捕まえたら私の前まで引っ張ってきてくださいね? 一発叩かないと気持ちの整理がつかないので」
「ほれ、話が終わったなら急ぐぞ!」
「一度小言が始まると長いから」
バタバタと五人が慌ただしく出て行く。
その様子が、どんな肩書きを持とうとやはり同じ高校生だということを実感させて、残された七人から自然と笑い声が溢れた。
その十数秒後、部屋の扉から、目をまん丸に見開いた真由美と鈴音、それと眉尻を上げた十文字が入ってきて事情を問いただされるのだが、それを語るのは余談であろう。
魔法師だろうと十師族だろうと、良くも悪くも一人の人間。
欠点もあれば美点もある。嘘と見栄で塗り固められた建前もあれば、決して譲ることのできない本音もある。
正史に書かれたことだけが、その人物の全てだとは限らない。
つまり何が言いたいかというと……
『