「ここから脱出するためには『三つ子の出産』が必要ってこと?それなんて無理ゲー?」
「エリカちゃん……確かにその通りだと思うけど……」
エリカの呆れ声に、他の女性陣が揃って顔を赤くする。色々と想像したのだろう。
「いや、それはするだけ無駄だろう。この人数で挑んだとしても確率が低すぎる」
達也はその可能性を切って捨てた。
ナギの話が正しければそれが脱出するための鍵なのだろうが、人権だとかを無視して行動に移したとしてもナギの転移魔法の完成の方が早いに決まっている。
しかし、ナギはそう思ってはいなかった。というよりも、他の部分が気になっていた、という方が正しいか。
「……噴火?それってどういうことですか?」
「ああ、春原は知らなかったか。
春原の出走前に、三十分以内に宝永火口付近でごく小規模な噴火の危険があると警報が出たのだ。おそらく、我々のところには影響がないことから判断して、試合を止めたりアナウンスをしたりしなかったのだろう」
「そうです。一応警報の情報は入ってきたんですけど、会場には警報の範囲がかかっていなかったのでテロップで流したんです」
塩川もそれを肯定する。会場で気づいた人間は少なかっただろうが、テレビ局員として様々な情報を仕入れていた彼女は当然のこととして知っていた。
「だとしたら……。もしそうなら、何とかなるかもしれません」
「どういうことだ?」
「そもそも、いくら条件が揃っていたからといって、人が鍵になるなんてことはまずありえないはずなんです。普通はそれらを起点に自然が最後の鍵になる、と書いてありました」
それこそ、『
「となると、ここへの扉を開いた鍵は『富士山の噴火』で間違いがありません。
そして、この世界が『噴火を鎮める存在』としての
「噴火を鎮める、つまり火を消せば出られるということか。
だが……これをすべてか?」
そう呟く達也の目の前に広がるのは、最初の頃からまるで勢いが衰えずに、煌々と燃え盛る枯れ木の森。ナギの予想が正しければ果てもあるのだろうが……どれだけの範囲を消せばいいのかなど、想像したくもない。
「だが、現状それしか可能性がないのもまた事実。尻込みしている場合ではあるまい。
俺は春原の情報をまとめて、ここにいる魔法師全員に協力を呼びかける。七草たちはすぐに消火作業にあたってくれ」
「……そうね。一つしか可能性がないのなら、それにかけるしかないもの」
「じゃあ、ボクは外周まで飛んでいって、外側から消していきます。何かあったら真由美お姉ちゃんに念話で伝えますので」
「……念話が使えるの?初めて知ったんだけど」
「うん。まあ、ある意味精神干渉系魔法でもあるから使えるとは言ってこなかったけど、ここだと端末も使えないしね」
基地局も衛星もないのだから当然だろうが、そこで初めて気づいたかのように全員が端末を確認しだす。やはり異世界というものに実感が湧かないのだろう。
「とにかく。それぞれのするべきことをするだけだ。行動を開始してくれ」
十文字の掛け声とともに、おそらく史上初の、異世界での消火活動が始まった。
◇ ◇ ◇
それから二時間後。
サイオン切れで離脱する者も出てきはじめ、多少スピードダウンしてきているが、消火作業は概ね順調に進んでいた。
ナギの情報では、現実で会場に対応する場所から『果て』まで約40キロメートルぐらいだったらしいが、見えた範囲では巻き込まれた人は見当たらなかったらしい。触媒になった『皇族の御方』付近の魔法師が巻き込まれたとみて間違いがないだろう。
むしろその情報で問題だったのは、消火範囲の方だった。
もし仮に会場を中心に円状に広がっているのだとしたら、その面積は約2500平方キロメートルにも及ぶ。いくら魔法師の活躍の代名詞で高層ビルの火災が挙げられているとしても限度がある。ましてやエリカやレオ、塩川アナのように戦力として期待しづらい人員もいるのだ。数時間から半日の長期戦が予想された。
しかし、そんな中でも休むことなく大きな成果を出している人物が二人いる。
「……」
「「「おおっ!」」」
一人は深雪。振動系減速魔法に高い適性を持つ彼女は、サイオン消費を極力抑えるために、温度を下げすぎずその分の規模を範囲に回した領域魔法で、黙々と消火作業を行っている。その量が一人で魔法師集団の三割以上になっている時点で、どれだけ優れた魔法師なのかが分かるというものだ。
もう一人は……。ドッ、ドガガガッ!と遠雷が鳴り響いていることからも分かるだろう。
「ナギくんのほうも順調みたいね。私たちも頑張りましょう!」
「うん!」
「そうですわね」
当然のごとくナギだった。
【雷の暴風】や【闇の吹雪】などの広範囲殲滅魔法で、枯れ木ごとまとめて吹き飛ばしているのだ。
ナギが外周部を回るように吹き飛ばした範囲は魔法師集団全体の作業量と同じぐらいにもなる。飛行魔法による機動力と大魔法による広範囲殲滅が、これ以上ないくらいに噛み合った結果だ。
(ナギがやっていることは、『消火』と言うよりは『破壊』と言った感じの馬鹿げた方法だが、単純に『消す』ことだけを考えると時間的には効率がいいのも確かだ。
……しかし、いくら仙術でサイオンを外部から取り込めるとはいえ、限度はないのか?あれだけの規模の魔法をこれだけ連続して扱えるとは、実際の総量でみたら俺や深雪を軽々凌駕しているぞ)
実際には、いくら外部からサイオンを取り込めたとしても、ナギの前世にいた普通の魔法使いならまず無理な方法である。完全な
(まあいい。『分解』が使えないから効率はかなり悪いが、元の世界に戻るために俺もできる限り尽力しなくては)
達也は頭を切り替えると、それぞれが
◇ ◇ ◇
さらにそれから三時間後。
達也たち一高グループは、最初に魔法師たちが放り出された地点に建てられた簡易的な小屋の中で休憩していた。
いくら深雪や達也と言ってもサイオン量には限りはあるし、ナギにしても大魔法の連発で精神的に疲弊したためだ。
ちなみに、すでにエリカたち一年は三回から四回、真由美や十文字ですら一回は休憩していることを考えると、どれだけ常識外れのサイオン保有量なのかが分かるだろう。
「それで。上空から見て消火作業はどれくらい進んでいるの?」
「だいたい面積で六、七割かな?だけど、優先的に進めてた富士山の近辺がそろそろ終わるから、残りはほとんど平地だよ」
「そうなると、あと二、三時間以内で終わりそうですね」
「はぁ〜ようやく終わりが見えてきたな。いい加減火消しも飽きてきたぜ」
「あんたは大して役に立ってないでしょうが」
「んだと!そういうオメェは途中で抜け出して何してたんだよ!」
「ざんねん、ここらへんの小屋建てるために消火し終わった木を切ってたのよ〜。あたしはそっちのほうが適正あるし〜?」
「エリカたちはこんな時まで変わらないんだね……。素直に感心するよ」
「犬猿の仲、なのかな?」
「どちらかと言うと、喧嘩するほど仲がいいって感じ」
エリカたち一年生も、消火作業を通じてだいぶ三年生とも打ち解けてきたようで(エリカと摩利は相変わらずだが)、バイアスロン会場での借りてきた猫のような大人しさはなくなっていた。
「たしか、春原でも外の様子は分からないんだったな?」
「はい、流石に分からないですね。
時間の流れも変わっている可能性があるので、もしかしたら元の世界ではまだ一秒も経っていないのかもしれませんし、はたまた数年経っているのかもしれません」
「まさしく神隠し、というわけですか。まさかこんな未確認現象が残っていたなんて……。まだまだ魔法は発展途上、というわけですね」
「とゆーか、ナギ兄ちゃんが概要だけでも知ってなかったら、ボクたちは全員ここでのたれ死んでたよね。不幸中の幸いだったね」
「たしかにその通りかもしれないけど。香澄ちゃん、のたれ死ぬ、なんて言葉遣いはやめたほうがいいと思うよ」
「はーい」
ナギの注意には素直に答える香澄。これがいつものように泉美が注意していたら、適当に受け流していたに違いない。ここまで素直なのも、仲が良くて怖くない
「それで、ナギの言う通り正面の一本は残しておいてあるが、それは何故なんだ?」
「まあ、一応だよ。通常の世界に戻る時、デタラメな方向に弾き飛ばされるかもしれないからね。最後の一本を消す時は全員がまとまっていたほうがいいと思う」
達也の疑問は尤もだが、前世で
「なるほど、そういうことか。理解した。
しかし、まるで経験したことがあるような口ぶりだが、そんなことはないんだろう?」
「……そうだね。生まれてきてから今までで、『異界』に来たのは初めてだよ。単純に、知識として知っていたから達也くんたちよりかは落ち着けているだけかな?」
「まあ、それもそうか。俺たちはこんなものは知らなかったわけだからな。反応が違っていても不思議はない、か」
あくまで、初めてなのは『今世で生まれてから』初めてなだけで、前世の世界では『異界』最古の王国の王子だったりするのだが、言わぬが花だろう。
「と、休憩時間もそろそろ交代だ。調子はどうだ、深雪?」
「絶好調、というわけではありませんが、あとは休憩しなくとも最後まで働けます」
「はぁー。すごいわね、これだけ短時間で回復できるなんて、保有量だけじゃなくて回復力も高いのね。体を鍛えてると回復が早い、って言われてるけど、やっぱり九重八雲さんの門下生だから?」
この世界で言うサイオン回復力とは、実際には
しかし、現代魔法理論ではあくまで統計的なデータであり、未だ理論的には説明されてはいないものだが、そう遠くないうちに十文字家主導で論文化されることになるだろう。
「お兄様は確かに門下生だと言っても恥ずかしくありませんが、わたしは軽く体の動かし方を教えてもらった程度で、門下生と呼べるほどでは……」
「どちらにしても、その技量はこの世界にいる中でも指折りだ。期待されるだろうが、無理をする必要はない」
「はい、十文字会頭。無理はせずに、できる範囲で務めさせていただきます」
「うむ。
それでは、休憩も終了だ。我々も務めを果たすぞ」
こうして、ナギ、達也、深雪にとっての、最初で最後の休憩が終わった。
◇ ◇ ◇
消火作業開始から計八時間後。
巻き込まれた魔法師たちは、疲労困憊ながらもついに消火作業をやり終えた。まあ、全体の六割以上はナギと深雪の二人がやったのだが。
そんな魔法師たちは、現在最初の地点に集まって最後の一本が消されるのを今か今かと待っていた。それは達也たち一高生も同様で、ついに元の世界に帰れるとあって浮かれた空気を醸し出している。
「巻き込まれた全員がいるのを確認したぞ。あとはそれを消すだけか?」
「普通ならそうなんでしょうけど……」
しかし、それに反してナギの表情は神妙だ。まるで、何かに気づいたかのように。
「何か問題があるのか?」
「……幹比古くん。美月さんをお願い」
十文字に問われたナギだが、それに応えることなく、未だ燃え盛るただ一つの木に向き直る。
「……出てきたらどうですか?居ないはずがありませんよね?」
達也たちはその言葉に首を傾げるしかなかった。
そう問うナギの視線の先には誰もいなく、ただ一本の燃える木があるだけだったからだ。達也の『眼』でも、誰かが隠れているなんてこともない。
———ドォウッ!、と莫大な
「な、何が起きてるのっ⁉︎」
いや、そんな筈はない。
何故ならここは、彼女の世界。ここにある全ては彼女自身。
ならば、そこに彼女が居ないわけがない。
———そうして、神秘的な輝きとともに、女神が舞い降りた。
三姉妹「トリプル・ナイトロゲン・ストーム‼︎」
ギリギリ連日投稿3日目です。少し短めですが、キリのいいところで。
超ダイジェストでお送りした消火作業ですが、特に何かがあったわけではないので……。深雪がファン(末妹含む)を増やしたぐらいですかね?
それでは次回、『女神』でお会いしましょう!
・・・野生児「俺が何してたのかって?頼むから聞かないでくれ……」