赤王祭回るべきか再臨素材を集めるべきか悩んでどっちつかずなYT-3です。
それではどうぞ。
ズン、ズン、と『鬼』が達也たちの方へ歩いてくる。
肩に乗っていた天狗もどきも航空力学を無視して飛び上がり、鬼の横に侍るように浮いている。
そして、一歩、また一歩と日本人の根源的恐怖を呼び起こす姿の式神は——
——達也たちの手前、約10メートルの位置で足を止めた。
「あん?なんやこれ、障壁かいな」
「しかも、全体をぐるっと囲ってまっせ。近づかせないためかもしれまへんな」
そう言って、『鬼』たちは強度を確かめるように障壁を叩く。
たとえ体調が優れなくとも、十師族が一角『十文字家』の障壁、しかも代名詞である『ファランクス』だ。いくら鬼の膂力と雖も、そのぐらいで突破されるような強度じゃないと自負している。
十文字の考えでは、これでなんとか時間を稼ぎ、体調を戻しつつ後輩二人と作戦を立てるつもりなのだろう。
「……でものう。こない薄い壁やったら——」
しかし、その考えを嘲笑うかのように、『鬼』は金棒を振りかぶると——
「——全く意味があらへんで!」
——十文字渾身の多層障壁を、紙でも割くかのようにぶち抜いた。
もし十文字の体調が万全だったなら、あるいは防げたかもしれない。または、その壁が『移動速度をゼロにする』という領域魔法ではなく、ナギのように物理的な壁を用意するものだったら、全てが破られることはなかったのかもしれない。
しかし、現実では体調不良により壁の強度が甘く、また現代魔法の障壁の弱点である『突破された場合、その物体が持つ運動エネルギーは元に戻る』ことから、威力を減衰できず全てが砕かれてしまった。
「アッハッハ!わてらを止めるんじゃったら、倍は硬とうのうとな!」
「せやせや!この程度の壁が破れへんかったら、鬼や烏族なんてやってへんわ!」
そう大声で笑う『鬼』たちを見つつも、十文字は驚愕で体が動かない。
十師族の、それも『鉄壁』の異名をとる十文字家のファランクスだ。まさか力技で破られるとは思っていなかったし、現に今でも信じられない。
しかし現実に、目の前で破られた。
いくら体調不良だったからと言って、アイデンティティーをこうも容易く崩されては、すでに当主代理として様々な職務をこなしている十文字でも再起動には時間がかかるだろう。
それを理解して、驚愕で体が
「ハッハッハッハ!……ってうおぅ!?」
「いきなり気弾の弾幕かい!?容赦なさすぎるやろ!」
達也は、両手に持つ特化型CAD『トライデント』で
いくら相手の動作が人間じみていても、所詮化成体には変わりがない。ならば、
達也の予想通り、『鬼』はその見た目通りどこか鈍重な動作で、しかし確実に回避しながら少しずつ後退させられていき、『烏族』と名乗った方は、これまた見た目通りの素早さで弾幕の隙間を縫うように回避しながら、時折『鬼』の方に向かう弾を斬り飛ばしている。
達也は、パワーの『鬼』、スピードの『烏族』と言ったところか、と分析しながら、その一方で現状が不利であることを悟っている。
『烏族』の方は、やろうと思えば弾幕を突っ切ってこちらへ来ることも可能だろうが、その場合フォローのなくなった『鬼』は確実に倒れる。ゆえに現状は膠着しているが、それでも長期戦は無理だ。
最悪その前に
つまり、あと5分のタイムリミットの中で状況を改善しないといけない。
達也は、難易度の高いハードルに思わず歯噛みした。
◇ ◇ ◇
妙だ、と萃音は思った。
その感情の出処は、目の前の一つ年上の少年、春原凪に対してだ。
自分に対して絶え間ない猛攻を仕掛けてきていることもそうだし、僅かに途切れた隙をついて攻撃しても、まるで構えから予想していたかのように避けて反撃してくることもそうだ。
これでは、まるで『
しかし、それはないはず。春原家と繋がりがあったなんて話は聞かなかったし、ナギが当主になった時にはすでに手の者が少なくなっていて、模擬戦なんてことにかまけている余裕はなかったはずなのだ。
ならば、ならばなんだと言うのだ、目の前に立ち塞がるこいつは!
そのような萃音の葛藤は、次第に焦りへと繋がり、膠着していた状況がナギへと傾き出す。
未だ致命的な両手の刃や光弾は受けていないが、時折不意を打つかのように混ぜてくる肘打ちや蹴りを喰らい始めた。
それを受けてまた焦り、どんどん動きに精細さが無くなっていく。萃音の身に、負のスパイラルが起きていた。
これは、萃音の実戦経験の少なさが原因だ。
神鳴流復興のために血反吐を吐きながら修練してきた萃音の腕は、その天性の才覚とも相まって、既にナギの前世で関わり深い桜咲刹那やクルト・ゲーテルを上回っている。ともすれば、歴代最強と名高かった青山鶴子に匹敵するかもしれないレベルだ。
しかし、それに反して実戦経験は彼女たちを大きく下回っている。
あの世界は、西洋魔法使いと極東の呪符使いの小競り合いのせいで剣を振るう機会が多かったというのもあるし、この世界で、二年前に大量に吐き出したことでここ二年間魔物の出現が減っているというのもあるかもしれない。
なんにせよ、萃音の戦闘経験が欠けているため、戦闘中に平常心を保つことや、駆け引きに乗らないことなどの経験がものをいう部分が劣っている。
ナギは打ち合いの中でそれを感じ取り、そこを突くように戦いを進めたのだ。
スペック上では、おそらくほとんど拮抗していた。もしかすると萃音が上回っていたかもしれない。
しかし、そこに決定的な差を作ったのは、経験の差だったのだ。
ナギが、右手を振り下ろす。
既に精神状態が焦っている萃音は、本来なら余裕を持って捌ける攻撃を、早く捌こうと刀を振り上げてしまった。
ナギの、指先に展開していた『
当然振り上げられた刀は宙を斬り、萃音は体勢を崩してしまう。
ナギは、その隙をついて密着するように体を寄せると、刃が消えた右手を萃音のシャツの裾から中に入れ、腹に触れる。
予想外の行動に萃音は顔を赤くするが、ナギは既に剣の間合いのさらに内側。攻撃するには『剣から手を離す』という一動作が必要となる。それだけの時間は、もう残されていなかった。
ナギが、小さく「
「
防護の符の内側で放たれた白い電気の奔流とともに、萃音の意識は途絶えた。
◇ ◇ ◇
2丁拳銃のように構えたCADから、達也がサイオンの砲弾を吐き出し続け、それを式神が避けたり斬ったりすることで直撃を避ける。
この三人だけでは、達也のサイオンが切れることでしか事態が動くことはなく、ゆえにこの状況を打開したのはそれ以外の人間だった。
「……今だくらえっ!」
武器を失い、当初この場で最も戦力にならないと自他ともに認識していた桐原だが、ここで予想外の一手を指した。
桐原は、確かにまともに戦うことはできないだろう。得意とし、かつその為に魔法を組んでいる
——丁度、今『鬼』が立っている辺りで。
「むっ?……ぐうっ!?」
「兄貴ぃっ!?」
桐原が移動系魔法で飛ばした刀の切っ先は完全に不意を打ち、『鬼』の右腕に深々と食い込んだ。
それを見て『烏族』は混乱し、達也はここで決めにかかることを決意した。
『烏族』の方に向けていた弾幕を維持したまま、『鬼』の方に撃つ弾数を倍にしたのだ。
そして、不意打ちに驚いていた式神は、急に増えた弾幕に対処することもできず、『鬼』がサイオンの爆発に呑まれた。
「このガキがぁ!よくも兄貴を!」
その『眼』で『鬼』を構成していた魔法式が粉砕されているのを視た達也は、凄まじい形相で『烏族』が此方に突っ込んできているのを確認すると、弾幕を止めた。
状況は既にチェックメイト。後は達也が手を掛けずとも、彼が倒してくれる。
最高速で飛んでいた『烏族』は、目の前に突然展開された『壁』にぶつかり、目から火花を散らした。
いや、前だけじゃない。前後左右、四方すべてに隙間なく壁ができている。
ならば上から、と思い見上げた先に、丁度囲いに合うような四角形の天井が作られ——
「ぬうぅぅん!」
十文字の『ファランクス』が、吊り天井のように『烏族』を押しつぶした。
◇ ◇ ◇
「達也くん、十文字先輩、桐原先輩。お疲れ様です」
はぁ、はぁ、と荒々しく息を吐いている達也と、その後ろの十文字たちに、萃音を魔法で拘束してきたナギが声をかけた。
「ああ。そっちも激戦だったようだな」
実際、少し見渡してみると、あちこちがボロボロになっている。
特に酷いのがナギたちが戦っていた方で、あちこちに刀傷があり、さらにはナギの光弾が当たって、壁や床、天井が一部崩れている。
それに比べると、まだ達也たちのほうの被害は少ない。目立った破壊痕は、最後の十文字の攻撃でできた四角形の陥没痕だけだろう。
——しかし、彼らは忘れている。
——今までの戦いは、所詮時間稼ぎの為のものだったということを。
「……札よ札よ!彼の者らを焼き尽くし給へ!」
その声の主に、その場の全員が振り向く。
しかし、その行動はわずかに遅かった。
既に呪符は投げられてしまっている。
「焼け死ねぇええ‼︎‼︎」
投げられた八枚の札が、空中で燃え広がり、空気を燃やしながら火の海を作り上げる。
大符術『八大地獄』
仏教における地獄の様相を示す言葉を冠する、振動・吸収系複合領域魔法。
振動系加熱魔法で、太陽の表面温度と同じ6,000度まで加熱。さらに、もしそれを耐えられたとしても、空気中の酸素と窒素を燃焼させることで酸素を奪い、猛毒である
そんなことをナギたちが知る由もないが、しかし、五分に渡り組み上げられたその魔法の威力は全員が『感じ』取り、また、その魔法式の干渉強度は十文字をわずかに上回っているため、ナギたちにはどうすることもできなく——
「遅れて申し訳ございません、お兄様」
——それすらも上回る干渉強度の、極寒の冷気であっさりと防がれた。
「……なっ!?な、なにが?一体何が起きたんだっ!?」
必殺のタイミングで、必殺の威力で放たれた魔法が防がれて、初めて司一の顔から余裕が無くなる。
「いや、ナイスタイミングだった。今のは深雪が居なければどうなっていたことか」
「そうですか?それはよかったです」
しかし、この兄妹はそんな些細なことを気にすることもなく、既にいつもの調子で会話をし始めている。
「‼︎そうか、司波深雪!お前が……‼︎くそっ!ならもう一度——」
「させませんよ」
二度も隙を突かれてはたまらない、と、ナギは瞬動で一気に近づいて、踏み込みのエネルギーを腕に伝え——
「
「パブロッ!?」
一気に殴り飛ばした。
司一は、残像を残しながら吹っ飛んでいき、ナギの光弾でボロボロだった壁に突っ込んで壁に埋まった。
「……春原。殺してはいないよな?」
「一応手加減はしておきましたよ」
この時、全員の心は一致した。
手加減した拳で大の大人が宙を飛んで壁に埋まるなんて、どこの漫画の主人公だよ、と。
◇ ◇ ◇
およそ15分後。
ナギが連絡した警察が到着し、事情聴取と現場検証が行われることとなった。
警察はナギたちの行動を問題視したが、ナギが主張した春原家としての権利行使、という理由には問題となる点はなく、チクチクと嫌味を言われただけで済んだ。
負傷者は、十文字たちが相手をした部隊のうち何人かが足を骨折し、エリカたちが相手をした別働隊も骨折や打撲が少々、深雪が拘束した部隊が両手両足に中度の凍傷、そして首謀者の司一があばらを何本か折っただけだった。テロリストが返り討ちに遭ったにしては、被害は少ない方だろう。
こうして、一高周辺を騒がせた、前代未聞のテロ事件は、奇跡的に双方死者0名で幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
しかし、これは激動の時代の、ほんのスタートラインに過ぎない。
未だ闇は深く蠢き、ナギや達也たち
彼らや彼らの友人たちは、望む望まずに関わらず世界の変革に巻き込まれていく。
平穏は訪れない。
ひとときの休息は、次なる事件の準備期間にすぎない。
彼らの行く末に待つのは、ついに訪れる平和か、はたまたさらなる戦争か。
それを知るのは神のみだ。
神に等しい力があれど、所詮ヒトの身の彼らは知るすべがない。
わずかな勇気か、それとも唯一の愛情か。
望む世界を手に入れられるのはどちらなのか。
———さあ、物語を始めよう。
合法ロリ「結局、出番なかったな」
祝入学式編完結‼︎
……ではありません。あと一話あります。
そっちの方に雰囲気が合わなかったのと、こっちの文字数が少なかったので入れました。
入学式編が終了したあと九校戦編に入る前に、オリ話の『間章1(仮)』を5〜10話ぐらいで予定しています。
落ちなし、バトルなし?の予定です。
それでは次回『事後処理と…』でお会いしましょう!
・・・必要だったとはいえナチュラルにセクハラするとは……流石ナギさん!そこにしびれる憧れるぅ!