理由?風呂敷大き過ぎて畳めないから。
第二の生を得た時代は、とても汚れていた。
比喩でもなんでもなく、ただただ汚れていた。
時代は21世紀の半ば、世界中で連鎖して爆発的に広がった環境汚染により、人類は衰退した。
国家はその力を失い、企業が専横を振るい、治安は崩壊した。
大気は常に専用のマスクを必要とする程に化学物質で満ち溢れ、海では殆どの海洋生物が死滅し、森は枯れ果て、太陽はスモッグの向こうへと隠れた。
それを見ていた私は、何とかせねばという使命感、否、義務感を得た。
私は嘗て生きた時代を、20世紀の暮らしを覚えている。
その当時でも環境問題は叫ばれていたが、しかしコストの関係からどうしても本格的な動きは無かった。
と言うのも、冷戦時代から続く国同士の摩擦が消えず、ソ連崩壊による抑止力の不足による宗教・民族テロが多発し、遅れてきた拡張主義の某特亜の存在もあり、どうしても国際協調というのが難しくなっていた。
ならば、その当時を生きた身の一人として、責任を取らねばならないだろう。
それが未来という今を生きる者達のために、私の様な年寄りがしてやれる事だった。
若者向け小説の特典か何かとして貰い受けたかと思われる程の知性を発揮し、生まれが富裕層である事も幸いして、私は苦心の末に環境改善ナノマシンの開発に成功した。
とは言え、これは企業の資金と設備、そして少ないが人員を借り受けて開発したもの。
格安で世界中にばらまく事は出来ない。
だが、日本国内に関しては試供品の名目や誤作動、他の企業スパイによる漏洩で色々とどうにかなるだろう。
そう言えば、家庭用の空気清浄器のフィルターが相当な値段がすると聞いた。
それで貧困層の家庭はかなり経済的に逼迫しているとか。
とは言え、安価なものを出せば他の部署や他所の企業からいらぬ圧力をかけられるから……よし、値段はそのままに耐久性能と除染機能を大幅に向上させよう。
となると、やる事はやはり山程あるな。
そうして、私は尽きる事無き使命感と共に研究に没頭していった。
それから実に、30年が過ぎ去った。
……………
22世紀 2128年 ユグドラシル最終日 23:28
ナザリック地下大墳墓 第9階層ロイヤルスイート
「おや、私が最後だったか。」
リング・オブ・アインズウールゴウンというギルドメンバー専用のアイテムを用いて転移したそこには、私よりも年下の友人達全員の姿があった。
「あ、チクタクさん、お久しぶりです!」
「おお、ペロロンチーノ君、こうしてここで会うのは久々だね。」
「いえいえ、オレの方こそご無沙汰してます!」
陽気な鳥人が話しかけてくるのを、仰々しい礼で再会を喜ぶ。
これが私なりのこのゲームでのロールなのだ、最後まできっちりやっていきたい。
今夜、そこには42人全員のギルドメンバー達が集まっていた。
私が富裕層としての、この時代最先端の環境再生技術者としてのコネと権力を総動員して集めたのだ。
中には囚役されて死を待つばかりの元テロリストのウルベルトもいたが……このご時世、悲しい事に割と金とコネで何とかなるものだ。
無理をしたが、それでもその価値はあったと思う。
「チクタクさん!来てくれましたか!」
「はは、モモンガ君も変わりない様だね。」
大喜びで駆け寄ってきたのは黒いローブと肩の巨大な赤い宝玉が目印の骸骨、ギルド長のモモンガ君だ。
一応うちの企業の営業担当の一人であり、少々遠いが私のリアルでの部下達の一人になる。
彼には随分と無理をさせていたので、こうして最後位は祝い事をしてあげたかったのだ。
「本業の方も漸く区切りがついたからね。後はもう、私がいなくとも回るだろう。誰にも止められんよ。」
「うわーまたさらりと凄い事を…。」
私の一言に今後の苦労と混乱を予想したのか、モモンガ君の声が引き攣る。
とは言え、彼は自分の仕事への遣り甲斐とこの世界への愛があれば生きていける人種なので、適度に扱き使う予定なので、今後ともヨロシク。
「チクタクさん、無茶し過ぎですよ。うちの部長とか顔青くしながら『休暇取れ!』って有無を言わさず取らされましたし。」
「はは、すまんね。だがまぁ老い先短い年寄りの願い位は叶えてほしかったのだよ。」
そう、私は老いた。
二度目の生を受けてより既に70年超、この世界の富裕層の人間からして見ても随分と長く生き残った。
生き残って、縋り付いて、片足どころか腰まで棺桶に入りながら、私は環境改善のため、汚染された世界に暮らす人々のため、人類絶滅を阻止するためにあらゆる手を尽くした。
その結果、世界全体から見れば、日本が最後の聖地と言われるまで環境を改善してみせた。
大気中に、土壌に、海中に散布された自己増殖型の環境改善型ナノマシン群が汚染物質を吸収し、それを変化させて無害な、或いは生物に有益な物質へと変化させる。
最初期型は脆弱な効果を持つものしかなかったが、自己増殖機能の開発・実用化により、物量を生かす事が可能になったため、効果は上がり始めた。
そこで更に的確な運用をするための指揮官型ナノマシンによる除染作業の効率化、育ってきた弟子達による有害物質の有効活用等、多くの苦労と努力と時間の果てに今の日本があると言ってよい。
とは言え、貧困層は未だ苦しい生活だし、屋外の生物は雑草や菌類、微生物等の生命力の高いものが殆どだし、未だ21世紀程には回復していない。
それでも、日本に限って言えば後100年以内に外出時のマスクを付ける必要が無くなり、環境循環型都市アーコロージーの外でも暮らす事が可能になると推測されている。
まぁ、本当に馬鹿が馬鹿な真似をしなければ、と付くので、奥の手は幾つか用意しておいたのだが。
そんな無茶が祟ったのか、私の体は30を過ぎてから病魔に侵されていた。
こんな汚染された世界ではよくある話なのだが、それでも私から使命感を奪い去るには足りない。
私は私である限り努力を続けるが、精神に肉体がついてこれず、止む無く休暇を挟まねばならなかった。
そんな時に私が暇潰しとして始めたのが、世界初のDMMO-RPG「ユグドラシル」だった。
その中で異形種という性能が高いが多くのデメリットがある種族を選んだのは、その中から選べる種族に興味を惹かれたからだ。
実際、異形種狩りに遭遇する等、随分と苦労したが、それでもこの友人達との出会いを考えれば程好いスパイスでしかなかった。
「先生、お久しぶりです!」
「おお、茶釜君か。どうだね、うちで受付嬢やらないかね?」
「あはは、生憎ですが声優だけじゃなく歌手の仕事が気に入ってますので。」
「それは残念。」
このやり取りも既に何度目か分からない。
それでも彼女の声は生涯独身で研究に命を捧げた自分には正に癒しだったのだ。
元々はゲームやアニメの声優だった彼女に歌手を勧めたのも私だ。
新作が出ればその都度買ったし、音楽データも全て購入済み。
お陰で作業中のBGMには困らなかった。
「教授、先に来てましたよ!」
「おお、ブル-プラネット君、こっちで会うのは久々だね。」
「えぇ、先生のお誘いとなれば断られても来ますよ。」
彼は私のリアルでの部下の一人だ。
優秀であり、若手の中でも将来を期待されている一人だ。
何よりその情熱と使命感が若き日の私を思い出させてくれる。
うちの研究部門の鉄砲玉みたいな人物だ。
「チクタクさん、お久しぶりです!」
「爺さん、まだ生きてたか!」
「おお、今夜の立役者が来たぞ!」
「おじいちゃーん!お久しぶりでーす!」
「はっはっは、皆さんも元気そうですな。」
この喧騒も実に懐かしい。
皆、リアルの生活で随分長くユグドラシルを離れていたから。
自分にはない若さを未だ持つ彼らの姿に、私はついつい微笑んでしまう。
とは言え、私のアバターでは笑顔のコマンドが出せないのだが。
「さぁ皆、到着して早々だが私からのサプライズがあるんだ。モモンガ君、すまないが照明の明るさを下げてくれないかな?」
「分かりました。『下がれ』。」
「すまないね。」
さてと、程よい暗さになった所で両手を広げ、仰々しく皆に話しかける。
さぁ、恐らくこれが私が生きている内にできる最後の大仕事だろう。
とは言え、クリエイター達に仕事は丸投げになるのだが。
「さぁ、これを見てくれ。」
水晶型アイテムから映像が映し出される。
最初に協賛企業、そしてユグドラシル運営委員会のテロップに、どよめきが走る。
まさか、有り得ない、えマジで、と戸惑いに困惑、期待と歓喜が湧き上がる。
厳かなBGMの下、映像が次々と流れていく。
枯れ落ちたユグドラシル、その枝についていた最後の葉が闇の中へと落ち、そして光に呑まれる。
その葉が落ちたのは、全く別の世界だった。
豊かな自然、強大なモンスター、繁栄する亜人種、細々と生きる人間達。
その次に汚染された世界、強力な兵器、無数の機械、絶滅寸前の人類。
そして、繋がる二つの世界と三つの世界の住人達。
実質一つの世界でしか住めない彼らは、命を懸けて小さなパイを取り合うしかない。
生存を賭けて侵略するしかない機械文明側の人類と生き抜くために戦うしかないファンタジー世界の人類。
そこへ落ちてきたユグドラシルの種族達。
三つの世界に住まう者達が、生存を賭けて間も無く激突する。
『生き残りたければ、戦え』
戦場の映像に切り替わる。
戦うのは機械文明とファンタジー世界の住人達。
そこに横槍を入れる形で、ユグドラシルのプレイヤー達が漁夫の利を狙って攻撃し、戦場は正に混沌の坩堝と化す。
『この世界の行く末を決めるのは、君だ』
『戦争も、和平も自由。武力だけでなく経済もまた重要。』
『あらゆる手段を以て生き残れ。最後に立っていた者こそが勝者だ。』
最後に、巨大なワールドモンスターやそれに匹敵するドラゴンに移動要塞が大写しになる。
『ユグドラシルⅡ ~三線大戦世界~ ○月配信予定』
「元々企画されていたものをあちこち駆け回って実現に成功した。どうかね、感想は?」
「素晴らしい!」
真っ先にその感想を言ったのはユグドラシル愛、否、ギルド愛が人の形をしているとかギルメンの間で言われるモモンガだ。
彼はスイートルームの豪奢な椅子を立ちあがり、全力の拍手を行う。
「素晴らしいです!マジで本当に!これで明日への活力が出来た!」
「何あの巨大兵器!ってーかファンタジーVSテクノロジーってマジか!」
「ふっふっふ、今からプレイが楽しみだ。」
わいわいガヤガヤとギルメン達は大はしゃぎ。
うんうん、と満足気に頷き着席する。
「で、良かったのか爺さん。」
「何、私も君も恐らくプレイできんだろう。なら、彼らにやってもらいたいじゃないか。」
死刑執行日が決まってしまったウルベルトからの内緒話に、既に余命数か月の私が囁き返す。
そう、もう時間がない。
ならば、私は悔いを残さないためにも精一杯やらねばならない。
「ユグドラシルのデータは調整した後にⅡに引き継がれる。セカンドキャラも一応各勢力で改めて作れるから、他勢力でのプレイも可能だ。」
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
私の言葉に今度は全員がスタンディングオベーション。
うんうん、皆ノリノリだな。
「おっと、もうこんな時間か。」
思いの外映像が長かったため、ユグドラシル配信停止まで後5分を切っていた。
「あ、皆さん!最後は玉座の間で迎えませんか!」
ギルマスたるモモンガの声に、同意の声が多数上がる。
その数は過半数をとっくに超えており、即座に話が纏まった。
「よし、皆第十階層に集合!記念スクショを取りましょう!」
2分後、私達は玉座の間に集合した。
「いかんぞ、後2分だ!」
「並んで並んで!」
「あれ、オレの位置って…」
「この愚弟!あんたはここでしょ!」
ワイワイガヤガヤ。
暫く離れていた事もあって、皆綺麗に整列とはいかない。
「後1分!」
「よし、皆撮るよ!……よしオッケー!」
漸く撮影が終わったのは、後30秒という処。
「後で全員に送ります!」
「む、後20秒か…。」
「ならば挨拶!モモンガさーん!」
「えーとえーと!…よし、『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ』!」
「「「「「「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」」」」」
全員が右手(又はそれに当たる部位)を掲げ、唱和する。
あぁ実に楽しかった、実に愉快だった。
これなら、胸を張って逝ける、な……
が、何時まで経っても強制終了が始まらない。
「何だ?」
「もう過ぎた、よね?」
「運営のサプライズ…いや、手抜きか!?」
「糞運営!最後位綺麗に終わらせろよ!」
「いや、諸君これは…」
自分の変化にいち早く気付いた私が声をかける寸前、それ以上に衝撃的な事が起こった。
「あの、御方々?一体どうなさったのですか?」
どうやら、未だ冥府に旅立つ訳にはいかない様だ。
主人公設定
現代のダヴィンチor日本のアインシュタインとか言われる程の多方面の天才。御年70歳。
特にナノマシン分野の異端者にして先駆者であり、環境浄化に関しては他の追随を許さない。
この人の存在のお陰で日本人は海外よりも遥かに暮しやすく治安も比較的マシ。
他、色々開発して利益もガンガン出すので、企業側としてもにっこり。
多少やらかしてもそれ以上の利益を生むので色々無茶も聞いてくれるWin-Win関係。
自分に何かあったら密かに大型ミサイルの弾頭にナノマシン散布装置載せて世界中にばら撒く用意をしてた。
弾道弾じゃなく迎撃ミサイルの改良型なんで、ジェット気流に乗せられるかはちょっと微妙だが、それでも広範囲に広がるので目的は達成できる。
ユグドラシルのキャラは「チクタク紳士」で異形種(ドリームマン)、属性は中立・カルマは200。
デバフ・バフを撒き散らす支援系のキャラで、ユグドラシル時代は拠点や装備、アイテムの作成に深く関わる。
外見は球体状頭部の頭部がメカっぽくなった球体紳士。
ギルメン中最高高齢者であり、リアルでの顔と本名を知られている。
ギルメンからは爺さん、チクタクさん、先生、教授と言われ慕われている。
時折とんでもないサプライズをやらかす愉快な人と本人知らずに言われてる。
ぶくぶく茶釜が実は惚れてて、弟はそれを何とか押そうと思ったが立場違いすぎて無理と二人とも諦めてた。