徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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IS転生 魔改造セシリアが逝く その3

 「こんな時間に用とはな、オルコット。」

 「申し訳ありません。ですが、どうにも人目を忍ぶ内容でしたので。」

 

 IS学園の寮長室。

 書類やら備品やらが転がっているこの場所(更に奥に千冬の生活スペースがある)で、セシリアは態々人目を忍んでやってきた。

 既に時刻は消灯寸前、千冬の怒りに触れまいとするIS学園の一般的な生徒達は皆この時間には部屋で就寝し始めている。

 

 「話はあの二人の事だな?」

 「はい。どうにも問題があるので、一応報告だけはしておこうかと。」

 

 セシリア曰く、強制入学組二人こと一夏と箒には問題があるとの事。

 一つ目は学習意欲。

 二人ともそれぞれの理由でISに対して隔意がある上、一般的な学園生程に学習が進んでいない事。

 一夏は千冬にISに関わるなと言われ、箒は姉の一件からISに対して苦手意識が強い。

 また、入学が決定してからもこれと言って救済措置らしい措置が無かったため、知識面での不足が目立つ。

 これはセシリアが初心者向けの教材を持っている事もあり、やや改善傾向にあるが、遅れを取り戻すには今暫く時間がかかるため、特別補習等を考えた方が良いと思われる。

 

 二つ目はメンタル。

 こちらは前者よりも余程重大だ。

 箒は要人保護プログラム、それも穴だらけの開設当初のそれにより故郷と家族から引き離され、孤独な生活を強いられた。

 また、常に不定期に引っ越しと転校を繰り返していた事と自身と関われば厄介事に引きずり込んでしまうと言う認識から、対人経験が極端に不足しており、嘗ての幸福な頃の象徴である一夏に対して依存している。

 引き離そうとすると情緒不安定になり、ストレス発散に用いていた剣道によって感情を発露させてしまう等、早急なケアが必要だ。

 一夏の場合も、表面化していないが問題がある。

 現在の女子高と言う男子を異物扱いする環境での生活に多大なストレスを感じており、また自身が保護されなければならない立場である事への認識が薄いため、学園生活そのものに違和感を感じている。

 また、根本的に家族や友人以外への認識が希薄な傾向があり、そのためか他人からの感情に極端に鈍い処がある。

 これは箒程ではないが孤独である事が長かった事への自己防衛だと考えられる。

 

 これが英国本国からの調査書と二人と接して人となりを確かめたセシリアから見た二人の姿だった。

 高校生になったばかりの日本人の少年少女としては、余りにも問題があった。

 

 「…………言わんとする所は分かった。早急に対処させてもらおう。」

 

 頭痛を堪える様に眉間を揉む様は、普段の千冬からは想像できない程気弱に映った。

 

 「言い訳になるが、発覚当初は一夏の保護で手一杯でな。あいつを解剖させろと宣うアホ共から守るのだけで精一杯だったんだ。本当なら教員の内の誰かを付けてやりたかったんだがなぁ…。」

 「篠ノ之さんに関しては?」

 「そっちは後日調査してから正式に日本国政府に物申す。幾ら何でも小中学生を追い詰めて良い訳がないだろう。」

 

 嘗て自分と友が世界を変えてしまった因果が、二人の弟と妹へと返ってきた。

 自業自得と言えばそれまでだが、それでも出来る事はしてやりたかった。

 

 「話はよく理解した。必ずこちらでも対処しよう。」

 「えぇ。では今夜はこの辺で失礼させていただきますわ。」

 

 これがIS学園入学から三日目、その夜の出来事だった。

 

 

 ……………

 

 

 それからの日々は瞬く間に過ぎていった様に、箒と一夏には感じられた。

 ISのPICやエネルギーシールド、量子変換等の機能解説に始まり、生身での射撃訓練、そして何より一時間だけだが実機を用いた操縦訓練は非常にためになった。

 

 「彼を知り、己を知れば百戦危うからず。昔の人は良い事を言ったものです。」

 

 一夏も箒も、共に剣による近接戦闘を最も得意とする。

 その天敵である射撃を鍛える事に箒は異議を唱えたが、だからこそ必要だとセシリアは告げた。

 ただ剣を持って突っ込む等という野蛮で単純なだけのやり方では、勝てる訳がない。

 最適な機動と最適な角度と最適な速度に最適なタイミングを以って接近し、迎撃する敵の攻撃に対処し、一刀の下にけりをつける。

 初代ブリュンヒルデ織斑千冬の戦い方を、素人が真似できる訳がないのだ。

 だからこそ、セシリアは相手側の思考や特性等を知ってもらいたかったのだ。

 

 「格闘ゲームでも、ひとつのキャラだけじゃなく、複数のキャラを使って自分にあった者を選んだり、癖を掴んで対策を練るものでしょう?」

 「あぁ、そりゃ分かり易いな。」

 「ぬ、すまんが私はゲームをした事が無いんだ。」

 「「!?」」

 

 途中、箒の浮世離れっぷりがまた一つ判明してしまったが、それはさておき。

 

 「今日は土曜日、午前中は篠ノ之さんの体力及び剣道の訓練としますが、少し軽めでお願いしますね。」

 「? 何か理由があるのか?」

 「午後4~5時までですが、何とか練習機を借りられました。実機に乗れますわよ。」

 

 IS学園の練習機は常に予約でいっぱいで、一ヶ月先なんてざらだ。

 特に土日は上級生でみっちり埋まっているのだが、セシリアは先輩のイギリス代表候補生やその友人、更には実家で世話になっている企業所属の生徒にまで声をかけ、頭を下げ、何とか条件付で一時間だけ捻出してみせたのだ。

 

 「ごめん、オルコットさん。練習機なんてこの時期大変なのに…。」

 「謝る事はありませんわ。これも先達としての勤めですし。それに…。」

 「?」

 「事後承諾になってしまうのですが、この練習機を使ってる間のデータは、学園のライブラリに開放されてしまいますの。男性のデータは前例も無いから物凄く貴重でして、それが条件でしたの。」

 

 実際、もし一夏が自身のデータを競りにでもかけた場合、もの凄い額が出ることは間違いない。

 下手するとそれで外交問題にも戦争にもなりかねないデータなのだ。

 だが、それを開放する事で、相対的にデータの重要性を下げ、各国の男性IS操縦者研究を進ませる事で、一夏を勧誘・拉致・捕獲・強奪しようとする連中を掣肘する目論見があった。

 勿論、無料ではなくデータの料金は一夏個人への収入として入る事となる。

 

 「あの、オルコットさん?何かオレのデータに物凄い額が並んでるんですけど……。」

 「織斑さん、男性のIS操縦者にはそれだけの価値があるんですのよ。具体的に言うと、同量の純金よりもお高いんです。」

 

 余りの額に一夏が昇天しかけるも、訓練は恙無く始まった。

 訓練は駆け足で行われたが、その内容はどれも事前の勉強で学んだ事の反復であり、すんなりと一夏も受け入れた。

 しかし、問題が起きなかった訳でもない。

 

 「さ、最後は飛行訓練です。こればかりは感覚的なものが多いので、実践あるのみですわ。」

 「つっても、空飛ぶ感覚なんてわかんないって!」

 

 初心者にはどうしても出来ない事もある。

 それは非常に感覚的な部分、飛行に関するもの。

 こればかりは座学でどれ程学んだとしても、体感としての納得が無ければどうにもならない。

 

 「簡単に考えれば良いのです。飛ぶのではなく、空を泳ぐと考えてくださいませ。」

 「空を、泳ぐ……。」

 

 だからこそ、納得と実感を己で見出してもらうしかない。

 セシリアに出来るのは、それを後押しするだけ。

 そして、空を泳ぐ感覚に慣れてきたのか、次第に動きにぎこちなさが抜けていく。

 

 (この習得速度は、流石は織斑先生の弟と言うべきですわね。)

 

 原作においても、才能だけは屈指のものとされた一夏。

 それが今正しく開花しようとしている事が、一ファンとしてセシリアは嬉しかった。

 

 「さて、そろそろ時間ですから、アリーナ内の一番上まで行ってみてくださいな。」

 「分かった、行ってくる!」

 

 そう返して飛んでいく打鉄を見送り、セシリアはアリーナの隅でこちらを見続けるだけだった箒の下へと向かう。

 

 「どうしたのだ、セシリア。一夏は向こうだが…。」

 「いえ、篠ノ之さんに用がありましたの。よろしければ、ですが。」

 

 

 ……………

 

 

 「おお……。」

 

 セシリアに言われて飛んだアリーナのシールド内の天辺。

 赤く染まった海面、薄く流れる雲、半分だけになった太陽。

 地上の構造物も全てが赤く染まり、地面に長い影を伸ばしている。

 今正に水平線に沈む夕日が見えており、空と言う未経験の場所から望むその光景は、一夏に言い知れぬ感動を与えていた。

 

 「綺麗でしょう、この眺め。」

 「何と、凄いな、これは。」

 

 そこに、箒を抱えたセシリアのブルーティアーズが並ぶ様にやってきた。

 

 「IS乗りの役得ですわ、こうした光景を自由に見られるのは。成層圏から見た地表の夜景とかも、素晴らしいものがありますわよ。」

 「なんつーか、もう……。」

 「言葉に出来ん……。」

 

 そう言って、呆けた様に一夏と箒は時間ぎりぎりまで沈む夕日を眺めていた。

 それをセシリアは、微笑ましそうに見守っていた。

 

 

 ……………

 

 

 そして月曜日の放課後。

 日曜日を完全に休日として疲労を回復した一夏は、万全の状態でアリーナに備え付けのピットで待機していた。

 彼の専用ISは……まだ来なかった。

 

 「「遅い!」」

 

 吼える幼馴染二人に対し、一緒にいた千冬が呆れた様に嘆息した。

 

 「吼えるな馬鹿共。幸い、練習機を持ってきてある。それに乗れ。」

 

 前日になっても来ない専用機に不信感を抱いたセシリアが、またあちこちにお願いして何とか借り受けた打鉄の姿があった。

 これなら取り合えず勝負の形になるだろうと言う、彼女なりの配慮だった。

 

 「いた!何とかギリギリ間に合いましたー!」

 

 そこにフォークリフトに乗った山田先生が大急ぎでやってきた。

 

 「これです!これが織斑君の専用機、白式です!」

 

 こうして、一夏は漸く自分の翼を手に入れた。

 

 

 

 




お気遣いの淑女セッシーの巻

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