徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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何か妙に難産なお話しだった


IS転生 魔改造セシリアが逝く その2

 「えーでは自己紹介から始めましょう。あいうえお順でお願いしますね。」

 

 入学試験から一か月後、IS学園へ入学しての初日。

 1年1組の教室で、セシリア・オルコットは一見真面目にしつつも、その内は考え事をしていた。

 

 『世界で唯一のIS適性のある男子を保護せよ。』

 

 そのためにセシリアは1組に、織斑一夏のいるクラスへと配属になった。

 

 (正直、要人警護は専門外なのですが…。)

 

 セシリアの専門はISの操縦、取り分け高機動射撃戦だ。

 が、護衛も出来なくはない。

 しかし、護衛対象に自覚が微塵もない状態ではどうしようもない。

 

 (となると、趣味ではないですが周囲の自覚がありそうな人を利用せざるを得ませんね。)

 

 ちらり、とたかが自己紹介で大騒ぎしている唯一の男子ではなく、その彼をじっと見つめているポニーテールの少女へと視線を向ける。

 

 (篠ノ之箒。あの天災の妹であり、唯一家族と見做されている人物。そして織斑一夏の幼馴染。)

 

 肝心なのは彼女が要人保護プログラム、それも最初期の不備だらけのそれで両親とずっと離れ離れになって暮らしていたという事だ。

 年齢一桁の少女が親と故郷から離され、日本中を転校し続ける。

 今現在なら虐待で訴えても勝てるだろう杜撰さだが、国相手の裁判は難しい上に年単位になる事が約束されているので、迂闊な手出しは出来ない。

 そんな彼女にとって織斑一夏は初恋の相手であり、唯一無二の心の支えだった。

 篠ノ之箒はそんな環境から情緒不安定であり、ストレスを吐き出すために剣道に注力している。

 対人経験の余りの無さとそのストレス発散方法から、彼女は処理しきれないストレスに晒されると直ぐに竹刀を用いての暴力に走る。

 

 (丸っきり子供ですわね。)

 

 そんな杜撰な対応をする政府にも、自分の心一つ制御できない箒にも呆れる。

 

 (いえ、これは傲慢ですし、そもそも日本政府側も思う所があったでしょうし、ね。)

 

 ISの登場、そして白騎士事件。

 それによって日本を中心に全世界へと与えられた惨禍は余りにも大きかった。

 性差別の過激化、既存の軍需産業の崩壊、先進国社会での出生率の劇的な低下等、深刻なものだけでもこれだけある。

 渦中の日本は本土こそ守られたものの、船舶や航空機、離島では多数の被害者が出たし、同盟国や友好国からすらもミサイルを撃ち込まれた日本は深刻な海外不信に陥り、一時はその国家体制すら危うくなった程だ。

 そんな事態を招いた人物の身内を保護する?

 もし私が不利益を被った側なら、腸が煮えくり返りそうになるだろう。

 そうした感情面でのしこりと発足したばかりのプログラムの不備、それが合わさってこんな事態へとなってしまったのだろう。

 それは今現在、日本と言う国の首を絞めかねない問題となっていた。

 

 (だからこそ、織斑一夏を守る事が彼女にとって最重要だと認識させられれば、こちらとしては大いに助かります。)

 

 要護衛対象が常に二人一緒であり、更には片方は近接に限ればそれなりに強い。

 そして何より排除すればマジでどうなるか分からないとくれば、下手な工作員は二の足を踏むだろう。

 無論、気合入った奴らなら易々と無力化するだろうが。

 まぁあの暴力癖はどうにかせんと死人が出るので、早急に何とかせねばならないだろう。

 

 「次、オルコットさんお願いします。」

 「はい、セシリア・オルコットです。イギリスから参りました。趣味はクレー射撃に読書、散歩です。未熟な身ですが、どうか一年間よろしくお願い致しますわ。」

 

 

 ……………

 

 

 初日の三時限目は、織斑先生の言葉から始まった。

 

 「この時間では実践で使用する各種装備の説明をする。が、その前に決めなければいけないことがあった。」

 

 如何にも出来る女、と言うビシッとした格好の織斑先生だが、その姿をセシリアはやや生暖かい目で見ていた。

 

 (この見た目で女子力滅亡状態かつ酒好きで絡み酒なんだから、美人ってお得ですわねー。)

 

 と思ってたら、一瞬だけギラリとした視線を向けられた。

 やべぇ、第六感がNTも斯くやレベルだと悟ったセシリアは、咄嗟に心を無にして正面に視線を固定した。

 

 「チッ……再来週のクラス対抗戦に出る代表者を決める。文字通りクラスの代表になる訳だが、対抗戦以外にも生徒会の開く会議や委員会への出席等を行う。簡単に言うとクラス長だな。一度決まれば一年間変更はない。」

 

 要は委員長、学級委員相当の者を選出しろと言う話だった。

 確かに必要なのだろうが、その手の雑務は面倒が付き物であり、積極的になりたがる者は控えめが美徳とされる日本では殆どいない。

 しかし、企業や国への顔売りのためとして買って出る者も中にはいる。

 

 「クラス対抗戦自体は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生み、お前達の成長を促す。IS操縦者として大成したいと言うならば、先ずは実践の機会を逃さん事だ。」

 

 ざわざわと声が騒めく。

 互いに小声での相談やアイコンタクトが飛び交う。

 こういう場面で迂闊な行動はしたくないのだろう。

 

 「誰かやる人は……。」

 「私はちょっと……。」

 「私も自分の事で手一杯だし……。」

 

 そう言って彷徨う視線が、一人の男子の姿を捉える。

 「はい、織斑君が良いと思います!」

 「あ、私も!」

 「やっぱ男子がいるんだし、盛り立てていかないと!」

 「ちょ、オレぇ!?」

 

 そして始まるいじめに等しい押し付け。

 これでは堪忍袋の緒が短い原作セシリアがキレるのも仕方ない。

 いや、発言は擁護できないが。

 

 「はい、わたくし立候補致します。」

 

 なので、とっとと話を進めるべく、挙手と共に立候補を表明する。

 

 「オルコットか。他にいないのか?自推他推問わんぞ。」

 

 しかし、そこで声も挙手も途切れた。

 自分じゃないなら良い、そんな副音声が聞こえそうだ。

 

 「よし、ならば来週にでも二人には模擬戦をしてもらう。その結果を以て、クラス代表を決定する。」

 「ちょっと待ってくれ!オレは別に…」

 「あ゛ぁ?」

 「あ、いえ、何でもないです…。」

 

 咄嗟に辞退しようとした一夏だったが、織斑先生のやの付く自営業の人達も真っ青なドスの利いた声に意見を翻した。

 まぁこれは仕方ないな、うん。

 私だってそうする、誰だってそうする。

 

 (前途多難、ですわねぇ。)

 

 内心で疲れた様にセシリアが嘆息した。

 

 

 ……………

 

 

 「相席、よろしくて?」

 

 昼休み、食堂で食事を取っていた一夏と箒の所に、同じ一組でありクラス代表を争う相手であるセシリアがやってきた。

 その手には純和食の焼き鮭定食(豚汁付き)が載せられたトレーがあった。

 

 「何だ、オルコット。席なら他にも空いているだろう。」

 「お二人にお話があったから、ではいけませんか?」

 

 ぶすっとした箒の言葉に、しかしセシリアは微笑みを壊さない。

 糠に釘、暖簾に腕押し。

 そんな笑みで箒の怒気を受け流すセシリアに、一夏は興味を惹かれた。

 

 「分かった。座ってくれ、オルコットさん。」

 「い、一夏?」

 「箒もだ。話がある相手にその態度は無いだろ?」

 「むむむ…。」

 「では失礼しますね。」

 

 一言断ってから、セシリアは箒の隣、一夏と対面する形で席に着いた。

 

 「さて、お話と言うのは来週のクラス代表決定戦のことです。」

 「おう、と言ってもこっちは素人だけどな。」

 「そこなんです、問題は。」

 

 からからと笑う一夏に、しかしセシリアは憂鬱そうに嘆息した。

 

 「お二人に分かり易く言うと剣道の有段者、それも全国大会へ出る事が確実視される程の選手が、竹刀を握ってひと月と経っていない初心者に大人げなく本気を出す。これは傍から見てどう思います?」

 「いじめだな。」

 「いじめにしか見えんな。」

 「ですよねぇ…。」

 

 セシリアの話は簡単だった。

 漸くISに乗れる事が分かった初心者と、年単位で訓練とテストパイロットとしての実績を積み上げてきたプロ。

 これが一切の反則無しで正面から戦った場合、ルールを違反していないにも関わらずプロの方が批判される事間違いなしである。

 

 「それは困るのです。私も立場がありますし、かと言って八百長等以ての外。ではどうすれば良いでしょうか?」

 「むむむ…すまん、私には全然思い付かない。」

 「あー大体分かった。箒と同じで、特訓だ。」

 「Exactly.」

 

 我が意を得たり、と言った風にセシリアは英語と共に頷いた。

 

 「織斑さんは元々篠ノ之さんと幼馴染で共に剣道をしていたとか。となれば、体力面ではお任せできますが、座学の方は篠ノ之さんはまぁ兎も角として、織斑さんは強制入学もあって問題外。実践的なものに限れど、今からでもISの専門知識を詰め込んでおかねば、うっかり事故が起きてしまいかねません。」

 

 日本の最高学府である東大の倍率が大凡3倍で推移しているのに対し、IS学園は全世界から入学者が殺到するため倍率100倍とかがよくあったりする本当に狭き門なのだ。

 その中から更に思想・学力面で精選し、実技試験で教員からその才覚を測られて入学するのがIS学園の生徒なのだと考えれば、納得の話である。

 しかし、一つ問題がある。

 

 「誰が教えてくれるのだ?」

 

 実際の所、この学園で二人よりIS分野で成績の良い人間はごまんといる。

 それを教える教師もまた同様に。

 しかし、真の意味で二人につきっきりで教えてくれるかと言うと、ちょっと分からなかった。

 織斑先生も何だかんだで仕事は多いし、何より学園の警備主任でもある。

 

 「此処にいるでしょう、入試成績第一位が。」

 

 それに手を胸に当てて、セシリアが返した。

 

 「待て待て待て!気持ちは有り難いけど、オレとオルコットさんは試合の相手で…!」

 「私はルールすら分からない初心者相手に勝って誇れる程の愚か者ではありません。織斑さんにはこれから一週間かけて多少なりとも仕込まねば、それこそまともに飛ぶ事すらできないでしょう。」

 「それは、そうだけど……。」

 

 実際、空を飛ぶ感覚とかどないせいと悩んでいた一夏にとって、この申し出は渡りに船だ。

 

 (むむむ、これでは放課後一夏と二人っきりになる計画が…!)

 

 余りにも杜撰で計画とすら言えない妄想をしていた箒が、この申し出に不服を感じていた。

 彼女としては入学したばかりで誰も頼る事の出来ないアドバンテージを利用して、此処で一夏と不動の仲を築きたかったのだ。

 

 「あぁ、もし良ければ篠ノ之さんもご一緒に受けてくださいな。座学、そこまで得意ではないのでしょう?」

 「ぬぐ!?」

 

 事実だった。

 あの姉の関係か…とIS分野に積極的に取り組んでこなかった事が、今正に裏目に出ていた。

 

 「勿論、断って頂いても結構です。最終判断の権利はそちらにありますし、嫌だと思ったら何時でも言い出して頂いて構いません。これはあくまで私の矜持と善意からの申し出であり、お節介に過ぎません。断られたら断られたで、来週まで頑張ってくださいねと言うだけですので。」

 

 邪気もなく、実際断られてもまぁ仕方ないよね程度の気持ちで、セシリアはそう締めくくった。

 

 「すまん、いきなり過ぎて混乱してる。箒と話し合ってからで良いか?」

 「勿論です。放課後にでも答えをお聞かせくださいな。」

 

 こうして、食堂での一幕は静かに終わった。

 

 

 ……………

 

 

 「オルコットさん、貴方からの申し出を受けます。オレを鍛えてください。」

 

 ドアを開けて早々、折り目正しく腰を直角に曲げて頭を下げる一夏と箒を見て、セシリアはその可愛い垂れ目を驚きで丸くした。

 

 「ちゃんとお二人でお決めになった結論ですのね?」

 「あぁ。私では剣は教えられても、ISの事となると実機に乗った事も殆ど無いのだ。何とか一夏に教えてやってほしい。」

 

 真剣に二人で考えた末の箒の言葉に、セシリアは満足げに頷いた。

 

 「えぇ、お任せを。自身の未熟を理解し、研鑽しようとする者に手を貸さない程、このセシリア・オルコットは狭量ではありません。況してや今回は私の方から言い出した訳ですから。」

 

 自分の弱さ、無知を自覚する事は大切だ。

 成長や研鑽、学習はそこから始まるのだから。

 未だ高校に入ったばかりの二人が自分達の未熟さを自覚して誰かにものを頼む事。

 その重要さを、セシリアは過不足なく理解していた。

 

 「では今からでも大丈夫ですか?」

 「あ、筆記用具とかいる?」

 「んー、今回は私の持ち込んだテキストと映像資料を使いますのでいりませんわ。何か御用があるのなら、直ぐにでも済ませて始めましょう。」

 「分かった。じゃぁ少しだけ待っててくれ。」

 

 この国で言う善は急げですわ、と告げるセシリアに二人は笑って頷いた。

 

 

 ……………

 

 

 「IS、その高性能は多く知られていますが、特筆すべきは3点あります。」

 

 セシリアが部屋にあるテレビで上映しているのは、イギリス製のISの初心者向け機動演習の映像だった。

 時折注釈や解説が入るそれは、素人二人にとっては殆どの部分がこれ以上なく分かり易かった。

 

 「1、その性能に比したサイズ。戦艦すら撃沈可能な火力を持つのに、そのサイズは如何なる既存兵器よりも小さく、命中させるにも一苦労。況してやステルスやエネルギーシールドに高い機動性まで標準搭載。」

 

 本来ならこれはIS学園に入学する以前、早い者なら初等教育で受ける筈の代物なのだが、強制入学組二人にとっては新鮮なものだった。

 

 「2、UFOに例えられる圧倒的な機動性。PICによる全方位への推進・静止が可能であり、その速さは最新鋭戦闘機ですら比較になりません。」

 

 だが、二人はそれぞれの理由でISに触れる事を禁じられ、或いは忌避していた。

 強制的に学習する事になったものの、そのレベルは二人のそれを遥かに超えていて、何が何だか分からなかった。

 それが今、正しく二人に合わせた形で行われていた。

 

 「3、核シェルターを超える搭乗者保護機能。エネルギーシールドや絶対防御がよく知られてますが、それだけではありません。核ミサイルの熱量すら防ぎ、深海の圧力も放射線飛び交う宇宙空間も何のその。あらゆる環境下で何が何でも搭乗者を保護してくれます。」

 

 この三つのどれが欠けても、ISはその絶対性を無くしてしまう。

 火力やステルス等も大事だが、それらは既存兵器でも代替可能だ。

 だが、この三つを併せ持つのは人類の歴史上ISしかない。

 

 「軍事や局地における活動において、IS程優れた装備はありません。だからこそ、IS搭乗者は国家や企業の枠に所属し、決して軽々しくその力を振るってはいけないのです。」

 

 セシリアの授業にはそつが無く、質問すれば何でも答えてくれるし、何も言ってないのに二人の機微を察して解説を加えていく様は二人をして「あれ?本職の千冬ねぇ(さん)よりも上手くない?」と思わせるものがあった。

 

 「切りが良いので一旦ここまでです。さ、もう良い時間ですし、食堂に行きましょう。終わったら予習復習をしてから休みましょう。」

 

 そんな感じで、一夏と箒のIS学園初日は終了した。

 

 

 ……………

 

 

 そんな感じで、放課後は箒との剣道の稽古、終わればセシリアから二人への授業。

 夕飯が終われば予習復習をして眠るという、実に健康的なものだった。

 授業の内容も要点で言えば2つに大別できるので、完全初心者の一夏としても安心だった。

 その要点とは即ち「ISで出来る事、してはいけない事」だった。

 ISと言う場所を問わず活躍可能なパワードスーツでどんな機能があり、どんな事が出来るのか。

 逆に、その強すぎる力を戒めるためにどんな法律があり、どんな罰則があるのか。

 その様な、IS乗りとして注意すべき事だけを注釈した授業だった。

 各国の開発経緯だとか今後の業界の展望だとかは余り興味が無いし、そもそも入学試験を正面からクリアした入学者のみを対象とした授業なので、一夏と箒には敷居が高すぎた。

 この辺り、強制入学組に対しての不手際であるとして、後日セシリアは山田先生に相談する事にした。

 

 (とは言え、それだけが問題ではない感じですわ。)

 

 箒は先にも述べたが実姉の件でISそのものに隔意がある。

 一夏は千冬にISに関わるなと厳命を受けていたし、うっかり適性があると判明した後からの自宅での外出禁止及び自宅に押し寄せてきた基地外共のせいで積み重なったストレスによってか「入学後に必須の参考書を自棄になって捨てる」と言う暴挙に出る始末。

 どう考えても、IS学園に入学するには問題がある。

 保護のためとは言え、学園側にはもう少し色々手を打ってもらいたいものだった。

 とは言え、これは個人のプライベートの話である。

 迂闊に口を出すのは憚られるし、藪を突いて蛇を出したくはない。

 突くとしたら、織斑先生を前衛にしつつ、自分には責任も被害も来ない状態で行うべきだろう。

 

 (前途多難ですわねー。)

 

 内心をおくびにも出さず、セシリアは二人にがしがしと質問を投げかけていくのだった。

 

 

 

 




次回、ようやくクラス代表決定戦

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