戦いは膠着状態にあった。
互いに競技用リミッターをつけた状態でありながら、高機動用の超高感度仕様でなければ捉える事も出来ない程の速度で、二体のISが戦闘をしていた。
片や重機動型の第三世代レイダオ。
片や汎用白兵型の第二世代シャアザク。
どちらも完全に高機動とは言えない。
なのに、どうしてそこまでの機動性を発揮できるのか?
例えば、競技用リミッターの無い軍用ISのPICの出力を100とし、通常はそれを機体の機動性と搭乗者保護に50ずつ割り振っている。
競技用の場合はリミッターによって発揮できる出力は50で、機動性と搭乗者保護に25ずつ割り振っている。
しかし、マニュアル操作をしている二人は搭乗者保護の分を0にし、機動性に50全てを割り振っているのだ。
確かに強力だし、競技用ISでも軍用のそれに迫る事は出来るだろう。
しかし、しかしだ。
航空機でやれば機体が空中分解する様な機動を平然と行う中で発生するG、それを一切軽減する事なく受けるとなれば、普通に命の危機である。
瞬間的なものならISスーツの機能によってはまぁ何とかなるかもしれないが、継続的に受け続ければ骨折や毛細血管の破裂に臓器不全、果ては内臓破裂からのショック死や出血死に至る可能性も捨てきれない。
そんなリスクを灯が侵すのは、それがリスクにならない程の頑強さを持っているからだ。
しかし、簪は違う。
年頃の少女としてはよく鍛えられているが、言ってしまえばそれだけだ。
既に戦闘開始から3分が経過している。
未だ両者ともミスらしいミスはしていない。
しかし、ここから先は明らかに灯/レイダオが有利となる。
基礎となる身体能力が違い過ぎるが故に。
だが、灯はあくまで早期の決着を望んで果敢に攻め立てる。
機体の燃費が良くない事もあるが、何よりも親友が傷つくのを恐れるが故に。
何より、ここまでの覚悟を魅せてくれた親友に報いるためにも、つまらない幕引きなぞさせたくなかったのだ。
だからこそ、灯は全力で簪を撃破しようとレイダオを駆る。
だが、単純なIS乗りとしての技量に関しては、二人は互角と言える。
何せ肉体・頭脳の違いこそあれど、自分自身のスペックの高さで勝っている様な二人である。
搭乗時間にもそう差は無いのだから、必然的に互いの隙やミスが出るタイミングを伺い続ける。
故に決着はつかず、双方がアリーナを所狭しと飛翔しながら弾薬とエネルギーを消耗し続けていく。
時間と共に機体面では灯が、肉体面では簪が不利となっていく。
それでもなお、二人は一切気を緩める事無く、機が訪れるのを待っていた。
……………
試合を見守っている教師陣は難しい顔をしている。
正直に言えば、今すぐにでも割って入りたい所だが、この試合の行方は二人のメンタルに大いに影響を与えるとして、迂闊な手出しは控えていた。
無論、どちらかが生命の危機に瀕した場合は即座に救助する用意はしていたが。
「山田先生、更識のバイタルは?」
「危険な数値です。辛うじてイエローをキープしてますが…。」
「レッドになった時点でIS装備の教員は突入を。倉土が仕掛けてくるようなら墜とせ。」
『織斑先生、それはやり過ぎでは?』
そう言って通信を繋げてきたのは灯の担任であるラトロワだ。
夫と一人息子を持つ既婚者で、教員達の中では数少ないリア充の一人だが、元はロシア国家代表を務めた事もある才媛だ。
「頭が闘争本能で一色のアホにお灸を据える良い機会だ。それに油断すれば喰われるぞ?」
『ゾッとしないな。まぁ仕事はこなすとしよう。』
千冬にクールに返す様は正に歴戦と言った風格だが、これで家に帰れば夫と息子にダダ甘いのだから人間って分からないものである。
『で、どちらが勝つ方に賭けるんだ?私は当然倉土だが。』
「あ、私も倉土さんで。」
「お前達…。」
こんな時にも茶目っ気を忘れない同僚達に、千冬は呆れた様に嘆息した。
……………
息もつかせぬ高機動戦闘の最中、その隙を簪はものにした。
撃ち過ぎたプラズマ砲の冷却のためのインターバル。
それ自体は幾度かあったが、他のプラズマ砲を使用するか距離を取る、或は不利と悟ってもなお接近戦を仕掛ける事で消していた。
しかし、此処に来て極限の状態における射撃兵装管理の失敗による数秒間の射撃不能時間を、簪は正確に読み取っていた。
(ここ…!)
灯の駆るレイダオの背後、そこに簪の駆るシャアザクが滑り込む。
攻撃し辛い位置にいられるのを厭ってか、レイダオは6門の多用途プラズマ砲を全て推進モードへと設定、六重瞬時加速による圧倒的な速力で以てその場を離脱しようとする。
しかし、ここで灯は更なるミスを犯してしまった。
人体の構造上、背後はどうしても死角となる。
だが、通常は全方位を知覚するハイパーセンサーにより問題らしい問題は出ない、と思われている。
しかし、人間の脳ではその情報を100%生かす事は出来ないし、上手く利用したとしてもどうしても肉眼とハイパーセンサーの使用には切り替えのための僅かな隙が存在する。
しかも、それが常に存在する場所がある。
肉眼の視界限界とハイパーセンサーの感知範囲の境界線上。
そここそが、ISにとって最も知覚し辛い場所なのだ。
推進モードの推力を遺憾なく発揮できる態勢を取った故に、灯はその境界線上に簪を入れてしまった。
これでは極端に攻撃し辛くなる。
それでいて、簪はなおも攻め手を緩めなかった。
「強制排除!」
簪の声に応え、シャアザクは破損した装甲を全てパージ、機体を軽量化させる。
逆L字型シールドも、スパイクショルダーも、胸部装甲も、モノアイが特徴的な頭部すらも。
残ったのはフレームとバックパック、そして手足のみ。
この大幅な軽量化及び省エネ化により、運動性・加速性・燃費が向上し、何とかレイダオに追いすがれる状態になる。
(後、一歩…!)
音速を突破して離脱しようとするレイダオに、シャアザクは辛うじて追随する。
直線の加速、それなら圧倒的にレイダオが勝る。
しかし、此処はアリーナ、限られた空間だ。
レイダオの加速力が如何に高くとも、それを活かせる直線コースには限界がある。
これが屋外であったら確実にレイダオに有利だが、限定された閉鎖空間では小回りの利くシャアザクの方が有利だった。
だが、此処まで来るのに払った代償は大きかった。
ギギギギギ…と、限界を迎えつつある機体各部から徐々に悲鳴が上がっている。
既に各関節はイエローゾーンで、装甲もギリギリでの回避が多かったため、パージしていなくとも、溶解しかかっている部位も多いし、シールドエネルギーも既に1割を切っている。
そして、簪自身の体力も限界だ。
これが最初にして最後のチャンスだと、簪は悟っていた。
だが、灯とてこのまま詰ませるつもりは無い。
6門の内2門を迎撃に向け、連射・単射・拡散・照射と手を変え品を変え、簪の追撃を振り切ろうと躍起になって攻撃を繰り返す。
しかし、思い出してほしい。
元々燃費の良いとは言えない新型の第三世代機が度重なる高機動戦闘の後、6門の多用途プラズマ砲を全て加速乃至攻撃へと使用し続ければ、一体どうなるのだろうか?
その答えを示す様に、レイダオが加速を停止、急激に減速していく。
(来た!)
それを見た簪は、迷わずに前に出た。
残っている武装は耐熱コーティングを施した斧、そして高速徹甲弾を装填したライフルのみ。
既に敵は死に体で、こちらは燃費の差もあってまだ動ける。
後はこのまま確実に詰むだけだと。
そう思わせる事が灯の策なのだと、簪は理解していた。
そして、簪が十分に接近し、ライフルを構えた瞬間、エネルギー切れだと思われていたプラズマ砲6門が起動、その砲口から最大出力の砲撃を放った。
それを簪は危うい所で回避するも、しかし余りの熱量にライフルの弾薬に引火、寸での所で手放したものの爆発、武装は斧一本となってしまう。
「ううん、十分だよ。」
徐々に減速し、下降していく灯に対し、簪は上昇の後に反転して急降下し、重力を味方にして加速を付ける。
それを見て狙いを悟ったのか、灯はプラズマ砲を連射し、何とか止めようとする。
しかし、エネルギー不足で出力の低下したプラズマ砲では、今の簪にとっては脅威足り得ない。
何せ、今からする事を思えば、恐怖で足を竦める訳にはいかないからだ。
身体を丸め、くるりと回転、最適なタイミングで身体を伸ばし、伝統的な跳び蹴りの態勢を取って、雲を引きながらレイダオへと迫る。
それは簪が、灯が、日本の特撮好きなら誰もが知る仮面のヒーロー達の技。
上空高く飛び上がり、落下の勢いを最大限に込める跳び蹴り。
その足裏には今回最も活躍したであろう斧を張り付けており、最早レイダオに、灯にその雄姿を止める術は無い。
故に、灯は心底愉快そうに笑いながら、両腕を広げて親友を歓迎した。
「やっぱり必殺技は…」
『キックに限る。』
そして、今年のIS学園一年生における最高の名勝負と言われた模擬戦の決着は、簪の勝利で幕を閉じた。
ねむい ねる