サイタマさんの苦戦シーンがあります
「はいはいテンプレテンプレ。お好きなチート持って適当な転生してくださいねー。」
そんな白昼夢を見たので、ついつい注文してしまった結果、私は後悔しまくっています。
魔法使いになりたい。
それが私の夢であり、チートだ。
チチンプイプイでもピーリカピリララでもいあいあくとぅるふふたぐんでも構わない。
私は魔法使いとなって魔法を使い、その道を究めてみたかった。
元より人よりも凝り性な私は、いつもゲームでは廃人とか攻略厨とか言われる程度にはやり込んでいたので、それをリアルに持ち出したいなんて考えてしまったのだ。
無論、後悔する羽目になったのだが。
あの白昼夢の時に聞いた『適当な転生』と言う言葉。
それは嘘でもなんでもなく、貰ったチートに応じた適当な世界へと転生すると言う事。
例えば、Fateで有名な直死の魔眼や無限の剣製なら、それらが最大限発揮される型月世界へと転生させられる。
逆に、黄金律とかの武力とか以外のチートなら、経済系の漫画やドラマ等の登場人物が多数登場する様な世界で、幸運にも得た自分の財産を守り通さなければならないと言った具合だ。
要はチートで他人よりも有利な分、転生する世界の物騒さ加減で帳尻を合わせられるのだ。
つまり、本当に平穏に生きたければ、何のチートも選ばない方が良かったのだ。
気づいた時には後の祭りだったのは言うまでもない
……………
私が生まれたのは確かに地球なのだが…少々、否、かなり変わった世界だった。
怪人や魔物、サイボーグやロボットと言った常識的に在り得ない筈の存在が世界中に跋扈し、世界中の人々を脅かしていた。
とは言え、私が生まれた場所は平和な隠れ里であり、そんな外界の騒動とは無縁だったのだが。
私が生まれた場所、そこは魔法使い達の隠れ里だった。
元は欧州の魔女狩りから逃れてきた人達が当時の欧州世界にとっての正真正銘の地の果てである日本へと辿り着き、そこの人々と協力し合う形で生活を開始したのが始まりだ。
しかし、文明開化と共に、魔法なんて非科学的な代物は徐々に淘汰されていき、居場所がなくなった果てに、外界との繋がりを断つ事になった。
今では最低限の情報収集と生活物資の買い付け位が外界との繋がりだった。
とは言え、お家芸である魔法以外は里の外の学校で学び、近隣で就職する辺り、割と普通な面もある。
近隣の小学校を順調に優秀な成績で卒業した後、私はかねてより計画していた事を実行に移した。
本来なら公立の中学へと進学する所を、奨学金制度を利用して、都内の中学校へと進学したのだ。
何故そんな事をしたのかって?
魔法を合法的に大勢の前で使う機会を得たかったと言うのも勿論ある。
でも、本当の理由は別だ。
だって、里ってテレビとラジオは兎も角、インターネットが出来ないんだもん。
当時、西暦201●年、インターネットと共に育った世代にネット環境が無い実家は耐えられなかったのだ。
……………
都内の私立中学とは言っても、そこまで高偏差値ではない。
精々が大学までは行きたいが将来の展望は特にない、或は本命に落ちた際のセーフティ代わりに利用される様なレベルの学校だ。
しかし、インターネットがあり、興味ある分野を積極的に学べる環境と言うのは、前世でも思ったが、実に有意義に感じられる。
失って初めて本当に大切な日々だったのだと実感できる。
だがまぁ、魔法使いなんてものになったせいで、そんな平穏に浸れる訳もなく。
ある日、唐突に校内で怪人が発生した。
「クークックック!オレは試験怪人ペンシール!試験に落ちた怒りとストレスで怪人となった!さぁ分かり難い試験ばかり考える教師共を血祭に上げてやる!」
多分鉛筆が大切な友人だったのであろう文房具の集合体みたいな怪人が現れ、生徒達が逃げ惑う。
あの説明調のセリフは兎も角、解析魔法によればあれでも羆程度には高い身体能力を持っているらしく、一般人にはかなり危険だ。
『○○中学校内にて、怪人が発生しました!災害レベルは虎!付近の市民は速やかに避難してください!付近のヒーローは速やかに駆け付けて下さい!』
こうした放送に違和感を持つのも何度目か。
この世界特有のシステム、多くの災害への迅速な対応のためについ半年程前に設立されたヒーロー協会。
国家・都市間の利害を超えて活躍する彼らは、多少の問題を孕みつつも、凡そ順調に多くの災害から人々を守っている。
つまり、この世界はしょっちゅう危険な事態が発生するワンパンマンの世界と言う事になる。
成程、魔法なんて単なる技術の一つに過ぎない訳だ。
「ひ、ひぃ…!」
「クークック!お前は以前、自分がテストで高得点取った事を自慢し、オレを馬鹿にしたなぁ!見せしめにしてやろう!」
内心では怪人の言葉に激しく同意しつつも、流石に目の前で起きる惨劇を見過ごす理由も無かった。
「戦闘用分体を作成、性能は高めに設定。」
この場にいるのは逃げ遅れた生徒と自分、そして怪人一人。
なので、魔法を使っても問題はないと判断した。
作成した分体は一つ、十代半ばに届くかどうかといった愛らしい少女の容姿に綺麗な赤毛のロングストレート。
スタイルこそ年齢が年齢のためスットンだが、フリルや装飾が多く付いたカラフルなとんがり帽子と衣装、手に持った三叉の槍を持った姿は、確かに魔法少女だとこの国の人々なら納得するだろう。
「こらそこ!堅気に手ェ出してんじゃないわよ!」
「なにぃ…?何者だ、お前は!」
「私は魔法少女ハロウィン☆エリザ!趣味で魔法少女をやってる者よ!」
此処に痛々しくも可愛らしい魔法少女が爆誕したのだった。
うん、自分でやっといてこれは痛い。
ほら、分体も羞恥で涙目だし。
良かった、最初は分体で試す事にして。
その後、怪人は数撃で撃破に成功し、被害者?の生徒も回復魔法で事なきを得たが、分体の心には致命的な傷が発生しました。
その後も事件を感知すれば分体ことエリザを空間転移で派遣する事が続き、何時の間にか魔法少女ハロウィン☆エリザは市民権を確保する位に活躍し、ヒーロー協会へと所属し、順調に出世していくのでした。
なお、その間私は視覚同調で観戦しつつも普通に学生してました。
うむむ、高校卒業と同時に本格的にヒーロー稼業に専念すべきか、収入も凄いし。
……………
世間に痛々しくも登場したハロウィン☆エリザは、その容姿と強さもあって、瞬く間にお茶の間の人気者になった。
とは言え、特に取材とかを受けた訳ではない。
魔法少女というものが大好きな、大きなお友達たちの活躍によるものだ。
彼らはアイドルに粘着するドルオタの様に、否、そのものとなってあちこちに偏執的な監視網を設置し、とある地域で怪人が登場すると殆ど間を置かずに現れる場所を特定し、これを利用して魔法少女ウォッチングを開始したのだ。
まぁヒーロー相手でも多かれ少なかれ同じ様な連中がいるので、そう珍しくもないのだが。
問題なのは、その中に狂信的と言っても良い魔法少女厨が多数存在した事であり、更にその中に自らも魔法少女に成りたいと言う年頃の娘さん達がいた事だろう。
そうした少女たちは皆一様にニチアサや絶望物語その1とその2の魔法少女に深く感銘を受けており、どうにかエリザに接触し、弟子入りなりマスコットキャラとの契約なりをさせてもらい、自らも魔法少女になろうと画策していた。
そんな彼女に対して逸早く接触に成功したのがヒーロー協会だった。
なにせそのシステム上、強いヒーローは幾らいても足りない協会にとって、彼女の様なメディア受けしつつ実力もある存在は貴重だった。
実力も既にSランクと言って良いし、何より人格面でも問題ないのが良い。
また、保有する魔法能力も攻撃・防御と言った基本的なものから、空間転移に広域探査、回復に強化と言った幅広い用途があり、尚且つ素の本人もAランク程度ならあしらう程度には実力があるのだ。
他のヒーローと組ませても良いし、単独で動かしても大丈夫で、尚且つ一般人への被害を気にしてくれるのだ。
問題児だらけのヒーローを相手にする協会の事務方としては、(無能な上層部を除いて)全員が所属を歓迎していた。
そして、収入源にもなるし、情報支援を受けられると判断したエリザは本体の許可の下、最初はAランクでヒーロー協会へと所属する事となった。
結果、ものの一ヵ月程でSランクへと昇格し、童帝の次に年少のSランクとして活躍していく事となり、またもや狂信的なファンが増える事となった。
……………
そんな世間の動きは露知らず、エリザベートの中の人は中学卒業後、Z市の高校へと進学し、現在は学業と併せて各種資格取得のための勉強をしていた。
彼女の外見は黒髪おさげを背に垂らし、前髪を少し長めに伸ばし、更に眼鏡をかけた知性を感じさせる美少女だった。
しかし、本人が勉強好きだった事もあり、恋愛には興味を示さずに灰色の学生生活であったが、それでも本人は満足していた。
在学中は外で分体のエリザがヒーローとして活躍し、本体である少女は学生としての生活を送る。
で、エリザが得た戦闘経験はそのまま記憶共有により本体である少女もまた、同様の経験値を持っている。
そのため、以前よりも魔法の練度も上昇し、肉体の成長も相まって更に強くなっている。
しかし、現状は彼女にとって不満だった。
何せ今現在の彼女にとって災害ランク竜の大型兵器や怪獣、巨人の類ですら安全距離から魔法で一撃死させられるのだ。
魔法を使う事で得られる達成感も何もあったものではない。
一応、遠距離魔法無しの身体強化魔法のみで鬼級を何体か相手取った事もあったが、数回で肉弾戦でのやり方も覚え、達成感を得られなくなった。
金銭においても、既に十分な額を稼ぎ、その上でそれらを運用・増加させるための分体を態々作り、金策に奔走させているため、お金は増える一方だった。
幸い、税金に関してはヒーロー協会を通して満額収めているため、特に捕まる様な事はしていないが、そういった方面でも既に手を出しているため、今更他の何かをする気も起きず、ただ日々を過ごしていた。
今現在、彼女達はヒーローとしての生き方にも余り意義を見いだせずにいた。
それはつまり、目の前のこの禿頭の男と同じと言う事になる。
一目見てその存在を思い出した少女は、ふと今の自分ならこの男に敵うのではないだろうか、と思ってしまった。
思い上がってしまった結果、彼女はサイタマにちょっかいを掛けると言う血迷った事をしようと考えてしまった。
無論、後から冷静になって考えなおせば、それはこの世界の法則そのものに喧嘩を売る事であり、どう考えても自殺行動であったのだが、その当時の彼女はそれすら頭に無かったのだ。
勿論の事、話の相手であるサイタマ氏には事が終わり次第に土下座を敢行し、謝罪を行った。
後、壊してしまったサイタマの家財とかの弁償も。
斯くして、この世界最強の一撃男と転生チート魔法使い(女)との戦いはそんなグダグダな経緯で始まった。
……………
初めてサイタマがそれを認識したのは、彼が間もなく自宅のアパートへと着くと言う時だった。
恰好はお馴染みの白いマントに黄色いスーツ、そして赤いグローブとブーツと言う何時もの恰好。
丁度己の強さに飽き飽きし、ヒーローとしての自身の在り方に疑問を覚えていた頃の事だった。
不意に、本当に久々に、稲妻の様な悪寒が奔った。
それは自分の頭にまだ髪があり、今となってはデコピン一つで倒せる怪人にも四苦八苦していた頃には良く感じていたもの。
即ち、生命の危機に対する直感である。
「ッ」
上体を反らす事で頭を下げると同時、鼻先を何かが掠めていく。
直後、自身の背後にあった電柱が綺麗に切断された。
「誰だ、お前。」
目の前に立っている、如何にも怪しい黒いフードの人物に、サイタマは問い掛ける。
これが怪人や悪人の類なら、名乗り返してくるものだが、どうやら目の前の相手は違うらしい。
「………。」
無言のまま、指先をついと動かす。
それをサイタマは跳躍する事で回避する。
先程と同じ、鍛え過ぎた自分の身ですら危うい斬撃が宙を奔り、また街の一部を破壊する。
こと此処に至って、サイタマも腹を括った。
元より戦場に身を置く者である、その決断は早かった。
「多少手加減はしてやる。」
相手が何者か分からない以上、殺して良い相手かも不明だからこそ、サイタマは手加減を選択した。
そして、彼にとってはジャブの一撃、しかし他者にとっては一撃で五体を砕き尽くす拳が放たれた。
「ッ」
だが、多くの敵を無感動に刈り取っていった一撃を、フードの人影は危なげなく回避した。
それを見て、サイタマは自身の中で何か熱いものが滾り始めたのを感じた。
お返しとばかりに謎のフードはその周囲に幾つもの魔法陣を展開、光の弾丸を雨霰と放ってきた。
それは人気の少ないZ市のゴーストタウンであるからこそ人的被害は出ていないが、一般人では肉片になるしかない程の威力を持った砲弾の制圧射撃だ。
だが、その程度の攻撃など、サイタマにとっては単なる目晦まし以下にしかならない。
勿論、サイタマの実力を知っている相手にとって、それは単なる目晦ましなのだが。
「フッ!」
ズドン、と腹を大きな衝撃が通り抜けていく。
空中だったために踏ん張りの効かなかったサイタマはそのまま吹き飛ばされ、数km先の廃ビルへと頭から突っ込んでいく。
だが、互いにダメージは無い。
当たり前だ、この程度は互いに序の口に過ぎない。
「ん?」
ガラリ、と瓦礫から何のダメージも感じさせないままにサイタマが身を起こす。
同時、何やら少し動きにくい。
見れば、自分の全身に光の環の様なものが絡みつき、自分を拘束している。
「なんだこんなもん。」
無論、サイタマにとってはそれ単体では意味は無い。
しかし、それに注目したが故に、サイタマは瞬時に空間転移してきたフードの人物に気付くのが遅れた。
「空間切断術式、並列、八重展開。」
先程出会い頭に向けられたサイタマの耐久力を突破可能な魔法が8、それぞれ異なる軌道で放たれる。
空間から僅か0.01mm程度の空間を引き抜く事で斬撃とするその魔法は、単純な防御や耐久力では防げない。
幸い、ほんの僅かしか干渉しないため、空間に断続的な負荷をかける事はないが、その分発動の速さと術式の容量がその威力と貫通力の割りに極めて軽いため、こうして連射や一斉射撃に用いる事もある。
回避するしかないその八撃に、サイタマが取った手段は簡単なものだった。
パターンを読むとか、上手く隙間を潜り抜けるとか、安全地帯に陣取るとかそんなものではない。
「必殺マジシリーズ…」
ただ圧倒的な身体能力に基づいた、超高速の回避である。
「マジジャンプ。」
サイタマは全力でその場から真上よりやや後ろへと跳躍した。
そんな単なるジャンプは、しかしサイタマが本気でやれば、踏台となった地面は一瞬で陥没、崩落し、超音速域の挙動により周辺に衝撃波をばら撒きつつ、その身を一気に安全圏へと離脱させてみせた。
それをフードの人物は一瞬唖然として眺めたが、不意に口元を愉し気に歪ませると、自身もまた空間跳躍で以てサイタマを追跡した。
(さて、どーすっかなー。)
こっちはこっちで何だか楽しくなってきたサイタマは、あのフードの人物が次はどうしてくるかを考えていた。
(あれ、確か魔法って奴だよな?本物は初めて見たけどスゲーなやっぱ。)
何せモーションが一切読めないし、自身にダメージがありそうな攻撃をバカスカ撃ってくるのだ。
あのフードの人物が手練れである事を勘案しても、強力であると断言できる。
「よっと。」
軽い言葉と共に、サイタマが郊外の山へと着地する。
無論、音速を軽々と超えていた物体が着弾したせいで山肌は大きく抉られたのだが、そんな事を今のサイタマは気にも留めない。
何故なら、目の前に自分を楽しませてくれるかもしれない敵が現れたのだから。
「フッ!」
「おっと。」
とは言え、流石にタダで食らってやる訳にはいかない。
先程と同様の出会い頭の接近戦での一撃を今度は回避する。
その類稀な身体能力は、勿論動体視力にも当てはまる。
サイタマは超高速で展開される格闘技の殆どを防ぎ、或は回避していく。
普段なら棒立ちかある程度距離を保ち続けるのだが、先程の斬撃を飛ばす魔法を警戒して、サイタマは決して当たらない様にしていく。
「甘い。」
その動きから正確にサイタマの狙いを理解したフードの人物は、滑る様に宙を奔りつつ次なる魔法を放つ。
それを見たサイタマは、直感の告げるままに横っ飛びに回避する。
直後、サイタマが先程までいた空間が球体状に歪み、その球体の中にあったものが粉微塵になった。
空間の一部を引き抜くのではなく、破砕する。
これならサイタマの耐久力なら辛うじて対応可能かもしれないが、それでもダメージは免れないだろう一撃だ。
「あっぶねーなー……?」
その光景に冷や汗を流したサイタマだが、不意に頭から感じる痒みに手を当てた。
ヌルリとした感触に、手を前に持っていくと、そこにはグローブとはまた違った赤が付着していた。
……………
(これも避けるか。)
それを見て、フードの人物もといハロウィン☆エリザの中の人は感心していた。
流石は原作主人公、流石はワンパンマン、桁違いだ、と。
先程から行っている解析魔法によるステータスの解析でも、未だサイタマのスタミナや生命力の1割も削れていない事が分かる。
世が世なら、彼こそが主人公に倒されるラスボスであり、その気になればこの星すら壊しかねない程の力をその五体に宿している。
(ん?)
そんな彼女が発動していた遠視魔法が、不意にサイタマの異変を捉えた。
「は、ははははは…」
傍目から見れば、それは自身の久方ぶりの出血に恐怖を感じて動けないかの様にも見える。
しかし彼はヒーローであり、戦士である。
この程度で怖気づく訳が無いと断言できる。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
ブワッと、その余りに大きな声量に周辺の瓦礫が巻き上げられ、吹き飛んでいく。
その姿を見て、その脅威を感じて、その武力を理解して。
「く」
フードの人物は、口元が歪むのが抑え切れなかった。
「偽装解除。」
此処から先に偽装なんて無粋だと、柄にもなく判断した彼女は、その本当の姿を晒した。
眼鏡を外し、黒の三つ編みを解いてストレートにし右手には先端に槍の穂先の様な深紅の結晶体のある杖を持ち、その腰元のブックホルダーには怪しげな魔道書が収められている。
惜しげもなくその美貌を晒し、妖艶でありながらも知性を感じさせ、その上で圧倒的な力強さも内包する彼女は、正しく御伽噺における魔法使い、魔女の姿だった。
不意に遠視ごしに目が合った。
「普通のパンチ。」
直後、大気を強引に引き裂きながら、高笑いを止めたサイタマが接近してくる。
その拳の一撃を、拘束具でもあり、魔力養成ギプスでもあったローブを纏った時では出せなかった対物理特化の防御魔法、その200重並列展開で防ぎ切る。
ただの一撃でその過半を砕かれた事に驚きつつも、それ以上に笑いが止まらない。
見れば、目の前のサイタマもそうだった。
楽しくて楽しくて仕方ない。
そんな悪童染みた笑みを、顔全体で浮かべていた。
「連続普通のパンチ。」
次いで放たれた致命のジャブの嵐を、魔女は更に防御魔法を1000以上展開する事で防ぎ切る。
あぁ、やはり自分の目には狂いは無かった。
魔女はこの男に挑んで良かったと、今初めてそう思った。
「身体は温まったかしら?」
「あぁ、もう十分だ。」
互いに笑みを浮かべて告げる。
目の前の同類に、眼前の宿敵に対して、二人は漸く確信した。
あぁ、こいつなら自分と戦えるのだと。
何の意義も感じられない弱い者いじめではない、本当の戦いが出来るのだと。
「第一種戦略級攻撃魔法、三重装填。」
「必殺マジシリーズ…」
弾かれた様に互いに距離を取った両者は、互いに出来る最大の攻撃手段を躊躇なく選択する。
魔女は国家単位ではなく、大陸すら破壊可能な戦略級魔法を放つべく、その正面に10m超の魔法陣を展開し、生成した時点であらゆる物質を消滅させる物質を弾頭へと加工していく。
サイタマは普段は決して使用しない全力の拳撃を放つべく、右腕を引いた。
「反物質生成完了…アンチマテリアルカノン、発射ぁッ!!」
「マジパンチ。」
その後の展開を詳しく描写する事は出来ない。
何故なら、この二人の戦いは人知れず始まり、人知れず終わったからだ。
残ったのは僅かな瓦礫の山と荒れ地のみ。
この日、Z市のゴーストタウンは完全に更地となり、地図が書き換えられる事が決定した。
これに対し、Z市議会はヒーロー協会に対して事態の調査を要請したものの、残っていたのは辛うじて何者かが戦闘したと思われる痕跡だけであり、事態の究明に繋がる事は無かった。
……………
一ヵ月後
「サイタマさーん、ご飯できましたよー。」
「おーう、今行くー。」
Z市内で辛うじて被害を免れた地に、二人は引っ越していた。
元々家財には余り執着しない性の二人は、今では同居して生活している。
何故こんな事になったのか、それはまた、別の機会に語る事にしよう。
「お、今日は鮭か。いいねぇ。」
「偶々近くのスーパーで安かったんです。さ、冷めないうちに食べちゃいましょう。」
嘗て鬱屈のままに殺し合った二人。
しかし、今の二人はどう見てもバカップルにしか見えないのを、周囲の人間達だけが分かっていた。
だが、そんな事はどうでも良いとばかりに、二人は今現在の幸せを噛み締めていた。
何か以前の東方転生と同じく迷走した感が強い(汗
取り敢えず、日常編でもう一話やる予定です。
ヒーロー協会関係で微修正しました。
若い組織とは思ってたけど、予想以上に若かった件