徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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ある宿儺成り代わり主の飛騨開拓或いはその後の後世への影響その2

 「おのれ両面宿儺…必ずや祓ってくれる…!」

 「五条先生、五月蠅いですよ。」

 「だってさ~折角買った喜久福目の前で取られるとか悔しいじゃん!」

 

 場所は仙台駅から発車した東京行きの新幹線。

 そこにはつい数時間前に仙台市内で任務をしていた伏黒恵とその教師である五条悟、そして特級呪物「両面宿儺の指」を飲み込んだ挙句に鬼神両面宿儺を受肉させてしまった虎杖悠二(気絶中)が乗っていた。

 試しに10秒程身体を動かす権利を譲らせてみたら、五条と伏黒の方には一顧だにせず買ってきた喜久福の袋をあっさり奪い取り、そのまま閉じこもってしまった。

 虎杖曰く、「スゲー大声で美味い美味い言ってて五月蠅い」らしかった。

 

 「で、虎杖はどうなるんです?」

 「上層部は間違いなく規定通りの秘匿死刑。飛騨の連中もいつも通り指返せって五月蠅くなるだろうねぇ…。」

 

 上層部、即ち二つの高専他を拠点に日本の呪術的国防を担う呪術総監部は随分昔から腐敗が進んでおり、改革派の五条悟とは犬猿どころではない仲だった(五条にも大分原因があるが…)。

 一方、飛騨の連中こと飛騨呪術協会は日本の旧行政区分たる飛騨国を中心に飛騨山脈全域を管轄とする高専とは異なる日本の呪術組織の一つである。

 他にも北海道のアイヌ呪術連合等もいるが、こちらは有力な術者が少ないし、本件には関わらないので流しておく。

 高専側と呪術協会の確執、その最大の原因となっているのが平安時代から存在し、飛騨国の守りのために置かれていた20本の特級呪物「宿儺の指」の盗難事件であった。

 事は今から800年程前、折しも元による対外戦争、即ち元寇の兆しによって国が大きく乱れ始めた頃の事だった。

 朝廷と飛騨、両者の国境地帯をぐるりと囲むように配置された宿儺の指が安置された20の廟全てがほぼ同時に襲撃され、そこに務めていた神官や巫女に術者は皆殺し、祀られていた指は全て盗まれたという大事件であった。

 これに対し飛騨側は当然激怒し、過去の教訓並びにその対立から朝廷側を責め、指の返還を求めた。

 が、朝廷側はこれを知らぬ存ぜぬと言い、指を確保してからも返還する事なく忌庫へとしまい続けた。

 それから現代に至るまで、飛騨側は毎年欠かさず指の返還を求め、朝廷側(現在では高専上層部や呪術総監部)はこれを断り続けている。

 そりゃー対立も当たり前である。

 

 「飛騨呪術協会はあの両面宿儺を祖神として千年以上昔から現代まで祀り続けているまつろわぬ民の末裔だ。彼らの宿儺への信仰心は強い。加えて、神代から呪術関連技術や知識の蓄積を続けてきた。」

 「敵に回す訳にはいかない、という事ですか?」

 「連中と戦争になっちゃったら、僕以外皆死ぬ。そういう連中さ。」

 

 事実であった。

 無下限術式と六眼を併せ持つ数百年ぶりの麒麟児たる五条悟。

 現在公式に確認されている中では間違いなく現代最強の呪術師である彼を除き、他全ての人員が死に絶える。

 勿論、本気の五条悟を敵にすれば壊滅的な被害は免れないだろうが、飛騨呪術協会との全面戦争はそういう事態に直結する。

 

 「元々向こうは権力とか興味薄いのにこっち側が昔っからちょっかい掛けては返り討ちにあってたんだ。なのに逆恨みで拗れに拗れて今は冷戦状態だよ?勘弁してほしいよ全く。」

 

 こんな事言ってる五条悟の存在は飛騨側としても警戒していた。

 「呪術と容姿に全振りしてるドクズ」「観賞用イケメン兼最終兵器」「何アイツ攻撃が効かねーんですけど」「頼むから天は人格も与えてNo.1」とか割と好き勝手言いつつもバリバリ警戒してるから全面戦争に突入していない最大の要因だったりする。

 このせいもあって五条悟と敵対的な保守派は五条悟を排除する事も出来ず、日々強化されていく呪詛師や呪霊の対応に掛かり切りで胃を痛めていたりする。

 

 「彼らの協力を得る事は出来ないんですか?」

 「難しいね。向こうとしちゃ盗まれたご本尊の一部が戻ってくるなら万々歳だけど、うちの腐った蜜柑が過剰反応しそうだし。」

 「…指、取り出せませんか?」

 「こっち側では先ず無理。向こう側に照会してみるけど、例えその方法があったとしても上の連中が頷くかと言うとね…。」

 

 二人の悩みは解決の糸口を見る事なく、やがて新幹線は東京へと到着するのだった。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 「おい小僧、起きろ。」

 「んむ…何だよ五月蠅いな…。」

 「起きろ。起きて蔵書…図書室を確認しろ。」

 「うぇぇ…明日でもいいだろ…。」

 

 布団に入って間も無くという頃。

 夜蛾学長の面談や入学・引っ越し手続きで疲れていた虎杖はそれでも結局ぶつくさ言いながら上着を一枚羽織ると校内の案内板を思い出しながら、とっくに明かりの消えた学校内を図書室へと向かった。

 

 「おや?悠仁、こんな時間にどうしたの?」

 「あ、せんせー。」

 

 そこに、夜闇の中からするりと五条悟が現れた。

 余りに早いタイミングに、恐らくは六眼によって監視していただろう事が伺える。

 が、寝ぼけ眼の悠仁にそれが分かる筈もなく、彼はあくび混じりで五条に挨拶した。

 

 「宿儺がさー、図書室に行けって五月蠅いの。あんまりにも五月蠅いから今起きてきた所…。」

 「図書室?禁書庫とかなら兎も角、普通の図書室?」

 「そー。なんか自分がどんな風に伝承されてるか見たいんだってさー。後、自分が死んでからの歴史。」

 「そりゃまた…。」

 

 確かに過去に生き、最近まで外界を碌に観測できない状態だっただろう元人間の宿儺からすればそれは重大な事だったろう。

 

 「もーそーいう事は明日にしなよ。お休みっ。」

 「ふぇ?」

 

 五条は先の宿儺が受肉した際と同様に、悠仁の額にその長い指を突きつけると体内の呪力を攪乱し、気絶させた。

 

 「で?どんな意図があった訳?」

 「確認以上の意図はない。」

 

 力の抜けた悠仁の身体を俵の様に担ぎ上げながら五条が声をかけると、それに応える様に悠仁の頬に犬歯がやたら鋭い口が開いた。

 

 「知識、思考速度、発想の柔軟さ。それらもまた力の一つだからな。」

 「悠仁の中の知識じゃ足りない?」

 「お世辞にも頭が良いとは言えんからなコイツ。」

 「あははは!宿儺に馬鹿って言われてるじゃんw」

 

 その他にも宿儺と五条は互いに言わないが、悠仁への監視の有無の確認もまた理由の一つであった。

 少なくとも、現代において最強の呪術師を名乗る五条悟は何の工夫もなく裏をかける程に甘くはないらしい、と宿儺は判断した。

 

 「ま、良いさ。調べ物はまた後日、明るい時間にね。」

 「ふん、供物を忘れるなよ。」

 「おい、人の喜久福取っておいてまだ足りないのかよ。」

 「馬鹿め。王への供物があの程度で足りると思ったか?」

 

 こんな感じで際限なく煽り合いながら、二人と一霊は夜の学校を男子寮に向けて進むのだった。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 日本国某所

 高専より遅れて数時間、全ての情報を精査し終えて丸一日後。

 飛騨呪術協会の最高幹部達はその情報に驚きを隠せなかった。

 鬼神両面宿儺の受肉並び器となった少年があの五条悟に保護されたという事に。

 

 『間違いないのかね?』

 『呪術総監部並びに高専も大騒ぎだ。先ず間違いない。』

 『保守派も改革派も頭が痛いだろうな。』

 『だが、我らにとっては僥倖。』

 『これぞ正に天の采配…と言っては不敬になるか。』

 『あの男に投資して正解だった、という訳か。』

 

 どこぞのロボ映画の悪役よろしく番号の振られた石板が会話する様はいっそ「悪役過ぎ」て滑稽であった。

 滑稽であったが、秘匿性は抜群なので皆黙って使っていたりする。

 

 『とは言え、見極めは大事だ。』

 『然り。事は極東のみならず世界の趨勢に大きく作用する。』

 『失敗は許されん。』

 『分かっているね、裏梅君?』

 

 そんな中、この場で唯一生身で参加していた者がいた。

 

 「はい。全て承知しております。」

 

 中性的で男とも女ともつかぬ容姿に若い見た目ながら総白髪の人物が今まで保っていた沈黙を破り、静かに答えた。

 

 『……所で、その恰好はどうにかならなかったのかね?』

 「申し訳ありません。何分調理中でしたので。」

 

 が、裏梅のその恰好は簡素なジーンズにYシャツ、その上に割烹着を纏い片手にお玉を装備している姿は明らかにこの場にそぐわぬ程に所帯染みていた。

 

 『まぁまぁ、急な会談だったのだから仕方ありますまい。』

 『うむ。裏梅には負担を掛けているからな、この位で目くじらを立てる事もあるまい。』

 「ちなみに筑前煮を作っている所でした。」

 『だからって空気を壊すんじゃない。』

 

 許されたからって積極的に真面目な雰囲気を殺しにかかる裏梅だった。

 

 「では、今後も彼らの計画に相乗りする形でよろしいですね?」

 『うむ。我らが王の復活、心待ちにしているぞ。』

 

 こうして水面下では事態が静かに、しかし確実に進行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、皆さんにもお裾分けいります?」

 『結構だから、そっちで全部食べちゃいなさい。』

 

 飛騨の国は千年経ってもアットホームな所だった。


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