徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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呪術廻戦ss ある宿儺成り代わり主の飛騨開拓或いはその後の後世への影響

 両面宿儺

 

 この名を聞いて返って来る反応は大別すると二つある。

 一つは日本史上の偉人に対する反応であり、何となく凄いとか偉そうとか軽いものから、嘗て邪馬台国と並ぶかそれ以上の文明を築いた飛騨地方の歴代の王の尊称として歴史・民俗学者から大きく関心を寄せられており、21世紀現在も未だ地元民から深く信仰の対象となっている。

 対して、表に出る事のない呪術界の人間達からすれば、日本の呪術最盛期たる平安時代以前から最強にして無比の呪いの王であり、彼の残した20本の特級呪物「両面宿儺の指」は未だ多くの呪いを撒き散らしており、極一部の例外を除いて恐怖の対象となっている。

 しかし、この誰もが実は両面宿儺は異世界だか平行世界だかから来た転生者である事を知る者はいない。

 これは呪いの王と言われた両面宿儺に成り代わり転生した男のお話である。

 

 

 ……………

 

 

 その赤子が生まれたのは大体一世紀の初期の頃、飛騨にある小さな集落だった。

 ほぎゃあ、ほぎゃあと元気な産声に対し、しかし彼を取り上げた産婆は驚いていた。

 

 「おお、何という…!」

 「婆様、どうしたのだ?子供は、妻はどうしたのか?」

 「これ、これを見よ…。」

 「ぬお!?」

 

 その日、生まれて来た赤子は三対の腕を持ち、踵の代わりに前後につま先、四つの眼を持った異形だった。

 

 「こ、これは一体…。」

 「直ぐに占いをする。初の子だが、結果が悪ければ…。」

 「いや、いや、仕方ない。こうも異形ではな…。」

 

 異形の子は産まれて直ぐ殺されても当然の時代であったが、父親も長老たる老婆も初めての子とあって、その子の運命を天に預ける事で何とか助命しようとしていた。

 

 「…よし、結果が出たぞ。この子は鬼神の化身。長じれば国と民草を守る王とも成るし、きちんと学べばとても賢く慈悲深くなる。」

 「おお…!」

 

 ほっと父と周囲の者達は胸を撫で下ろした。

 彼らとして必要ならば躊躇わないが、決して子殺しは気持ちの良いものではないからだ。

 

 「では、この鬼神の子を何と名付ければ良いだろうか?」

 「そうさな……では宿儺、と名付けようか。」

 「宿儺!お前の名は宿儺だ!」

 

 儺とは本来おにやらい、つまり鬼(疫病神)を追いはらう儀式を指す。

 これを宿すという事は、つまり災いを打ち払う力を宿すと言う事。

 後に飛騨の王となり、永きに渡って国と民草を守る彼を現すには正に相応しい名だった。

 こうして、人の世の終わりまで語り継がれる飛騨の王にして呪いの王、両面宿儺はこの世に生を受けた。

 そして、宿儺は当然が如くそりゃースクスクと育った。

 齢7の頃には素手で兎や鹿等の草食動物のみならず、大蛇に猪、狼や羆まで素手で狩り、周辺の生態系のトップに君臨した。

 また、人外に対しても宿儺の無敵ぶりは炸裂した。

 村の周囲や中に入り込む魑魅魍魎、周辺の他の集落から放たれた呪詛の類のみならず、祟りを成そうとする国津神であっても自身の住まう村と住人に手を出すのならばボコボコにした。

 ただ、国津神の時ばかりは何故祟るのかと理由を問い質してからだったし、何だかんだで殺さずに追い払うで済ませたが。

 そんなこんなで齢10の時、宿儺は己の中の術式に目覚めた。

 同時に、日照りで作物や獲物が取れずに弱っていた近隣一帯に雨を降らし、これを救済した。

 

 「己に従うならば、今後もお前達の村々へ水を与えよう。必要ならば薬や食べ物も。侵略者や災いが来れば己が守ろう。」

 

 既に近隣一帯にその武名を轟かせていた宿儺に逆らう者は殆どいなかった。

 そうした一部の者達も、次第に宿儺の持つ人の身には余りに過ぎたる力を恐れ、或いはその恩恵に浴する事で膝を折っていった。

 宿儺の主導の下、多くの事業が行われた。

 五穀や豆類等の多くの作物の栽培が始まり、貯水と食用魚の養殖のための溜池作り、洪水を防ぐための堤防工事、野生下にいた猪や狼の家畜化や粗末だった住居の体系だった建築方法、今まで長老達が担ってきた多くの知識を石板に記して後の者へと伝える編纂事業等。

 また、自身の行動も石板を用いて大凡七日毎に終生記録を取り、後世のために残し続けた。

 更には四則演算や簡単な文字の読み書きと言う初等教育すら行っていた。

 当時の日本の文明レベルを考えればどう考えても蛮族の親玉とかまつろわぬ民の王とか言えない様な立派な公共事業ばかりであった。

 それもその筈、宿儺の中身は皆大好き雑学豊富な転生者であった。

 彼は己の知識の限りと自らの持つ術式で可能な限りのチートを尽くし、自らを王(おみ)と慕う民草と彼らの住まう国をより豊かで安心して暮らせる場所にすべく奮闘した。

 しかし、彼が生涯常に頭を悩ませ続けた問題があった。

 

 そう、外交問題である。

 

 宿儺が王となって割と直ぐの事、邪馬台国の卑弥呼が周辺の小国を併合して倭が生まれた。

 とは言え余りに遠いので時折交易にやって来る旅人を通してでしか宿儺は聞いた事が無かったが、宿儺は心配になった。

 

 (自分がいなくなった後、軍事は兎も角外交は大丈夫だろうか?)

 

 幸いにも、軍事面に関しては彼は当てがありました。

 術の素養がある者はそちらを鍛え、そうでない者も自身の術式で才能を開花させたり呪力を分けてやったり、自身の呪力を込めた武器や道具を渡してやれば大抵の妖や兵士になんて負けませんし、他にも地形を活かした戦術・戦略も研究中だったからです。

 しかし、外交はセンスにノウハウに情報、そして国力が無ければどうにもなりません。

 そして、それら全てがあっても時には盛大に失敗してしまう繊細極まりないものです。

 民の安全と快適な暮らしを目指して努力している宿儺は、そこで一計を案じました。

 

 「最近発展していると言う倭を始め、周辺の国々と積極的に交易を行う。」

 

 国と言ってもこの時代の国とは大体ローマの都市国家みたいなもので、人口も1000人を超える規模は稀でした。

 しかし、宿儺に服属した飛騨の国々は既に農業指導並びに畜産・養殖の開始で食料事情に革命が起きた関係で人口は常に右肩上がりでした。

 まーこの時代、どんだけ頑張った所で多産多死になるのが当然なので、まだまだ人生五十年には届いていないのが現状でした。

 それはさておき、交易をする事で各種情勢の把握や技術の取り入れ、各地の産物の入手の他、他国との交易を通じて交渉事のノウハウを蓄積しようと言うのが宿儺の目的でした。

 が、しかし!

 

 「何だ、飛騨よりも遅れてるじゃん。」

 「やっぱ飛騨が一番やなって。」

 「違う、そうじゃない。」

 

 勿論意訳だが、どいつもこいつもそんな感じで方々で自慢して帰ってきては移民とかを連れて来るので、宿儺は頭が痛くなりました。

 でもその中には専門の職人なんかもいたので、怒るに怒れません。

 それでも宿儺の狙いに気付いた見込みある者達は交易を通してゆっくりとですが交渉事のノウハウを蓄積していくのでした。

 やはり人を育てるという事は一朝一夕には出来ないのだなぁ、と宿儺は納得しました。

 

 「王(おみ)よ、御子が生まれましたよ。」

 「うむ、母子共に健康か?」

 

 宿儺は王、となれば子供を残さねばなりません。

 当然妻帯していますが、子作りをするにあたって宿儺が先ず行ったのは入浴の指導でした。

 当時は入浴の習慣は未だなく、温泉とかも未発見だったので、宿儺は手っ取り早く適当な川の近くの土地を採掘して温泉を当てると、川から水を引いた貯水池を経由して川に源泉が流れ込まない様にした上で温泉を適温に薄めて温泉を作ってしまいました。

 勿論、湯船は岩を積んだり整形して作りました。

 未だ何となく感覚でやってる呪術のお陰でした。

 呪術のちからってすげーなと宿儺は思いました。

 身体を清潔に保ち、温めるには温泉は非常に有効であり、民草も皆喜びました。

 でも流石に毎日入るのは大変なので、殆どの者達は三日置き位に入ります。

 それでも大きな進歩だと宿儺は天に拳を突き上げて一人静かに喜びました。

 で、身体の綺麗になった奥さん達とイチャコラして子供を沢山作りました。

 彼はとても力のある周辺の国々のトップである王でしたので、比例して奥さんも沢山いました。

 その数は最終的に合計27人にも上ったそうですが、その多くは周辺の国々の王から贈られた娘や妹とかでした。

 その全員の境遇を汲み、宿儺は彼なりに大切に大切に慈しみました。

 ちょっと慈しみ過ぎてアヘ顔ったりおほ声ったりメンヘラったり刺されたりもしましたが、羆のベアパンチすら猫パンチ未満に感じる宿儺には些細な事でした。

 しかし、その大事で可愛い奥さん達とは皆死別してしまいました。

 それも当然の理由がありました。

 

 なんと、宿儺は殆ど歳を取らなかったのです。

 

 近隣から呼び寄せた術者や長老衆に占わせた結果、宿儺は後500年は生きるだろうと誰もが断言したのです。

 奥さんや子供達ばかり先に歳を取り、或いは病気や怪我で死んでいく。

 その事実に宿儺は消沈しますが、彼は国に必要な王であるので、次々に妻となる女性を贈られ、一人しょんぼりする事も出来ませんし、彼も何だかんだその忙しさで救われている所もありました。

 次第にその超常の力と長命から、彼は飛騨の王ではなく現人神として人々の尊敬と信仰を一身に集めていきました。

 そうして得た人望と人手によって、宿儺はこの時代からしては極めて先進的な改革を次々と行っていきました。

 まだ平安でもないのに既に戦国時代レベルの冶金・土木・建築・医療技術を持ち、更にはファンタジー系技術を独自に体系化して教育すら行っており、飛騨の発展ぶりは周辺国を超えて遠くまで広がっていきました。

 そんな宿儺と愉快な飛騨の国でしたが、邪馬台国が衰退して天皇が起つようになった頃になると当然と言うべきか、飛騨の豊かさを求めて他国から軍事侵攻される事が増えてきました。

 

 「どげんせんといかん。」

 

 小競り合いや村同士の争いは散々調停した宿儺ですが、国家同士の本格的な武力衝突となると経験はありませんでした。

 有力な邪馬台国は兎に角遠かったし、中華は言わずもがなで、今まで戦争らしい戦争は無かったのです。

 取り敢えず指揮官らしき者達は毎回捕らえてとに拷問で情報を絞れるだけ絞って記録も付けてからぶち殺します。

 だってこいつら「てめーらの国を滅ぼして民は殺すか奴隷にしてやるぜウハハー!」(意訳)とか言って襲い掛かってくるんだもん、そりゃ殺すしかないでしょ?(漆黒の意思)

 兵士?ボコった後に生きてたら「従うか死ぬか」と選ばせます。

 人手もまた資源、特に兵士になるよう訓練され、装備を整えた者は貴重ですし、ただ殺すよりもこの方が彼の好みでした。

 まぁ従う事を選んだ連中のほぼ全員がそのまま快適に過ぎる飛騨に帰化しちゃうからこそ取れる選択でしたが。

 どうしても無理だって者は別の場所に連れて行ってお偉いさんへのメッセンジャーになるか罠を仕掛けて帰してあげます。

 メッセージは「戦争じゃなく交易しようよー。条件はそっちが正式に謝罪して賠償すれば対等にしたげる(意訳)。」であり、罠は単に遅効式の呪術でした。

 簡単に言えば自然界に存在する各種菌類を活性化させる呪いです。

 菌類が活性化する=腐敗や発酵が進みやすくなります。

 更に対象には自然界の中にある常在菌全て、つまり炭疽菌も含まれます。

 炭疽菌と言えばバイオテロや生物兵器にも転用される事もあるヤベーのに大気中にふっつーに存在する細菌です。

 他にもアオカビとか結核菌とかも含まれます。

 そんなもん含めて菌類全てが活性化するのだから有機物、つまり家屋敷の材料となる木材や衣服に食料は嘗てない程に腐食していき、人体すらも蝕まれてしまいます。

 結果、飢饉に疫病が頻発する事態となりました。

 で、これに対処するための財源とか目を逸らさせるために余計に飛騨への侵攻が活発化しました。

 巡り巡っての本末転倒な事態に、宿儺は「やっぱ悪い事はアカンな」と思いました。

 そんな感じの騒動が邪馬台国が滅んでから数年に一度の頻度で起き続けたのだから、宿儺としてはもう季節の恒例行事的な感覚でした。

 でも、そんな雑魚相手でも兵士達の訓練相手程度は務まるので、宿儺は特に問題視していませんでした。

 しかし、ここ百年程は兵士で無理ならばと多数の陰陽師が送り込まれて困っていました。

 飛騨基準の普通の兵士並の彼らは変わった術を使ってくるので、こちらの兵士にも損害が出る事がありました。

 加えて下手に国に入れると呪いを撒き散らすので、その場合は惜しくもあったが宿儺はサクッと殺して終わらせるようになりました。

 そんな殺伐とした季節のイベントにイラッ☆としていた頃、宿儺の27人目の妻に大望の後継者となる子供が生まれました。

 

 何とその子供は腕が四本、目が四つという父親にそっくりな男の子だったのです。

 

 これには宿儺は大喜びしました。

 あぁ、遂に自分の後継者が生まれた!と喝采を上げます。

 既に政治や軍事の殆どは育てた人材達に任せ、自身は一部の事業立ち上げ(大体思い付き)や軍事・祭祀関連しか口を出さなくなって久しかったのですが、名目上はトップのままでした。

 漸く残った仕事もちゃんと引継ぎできる、と宿儺は喜びました。

 男の子には幼名として宿と名付けられ、宿儺の下で大事に育てられました。

 宿はすくすくと育ち、多くの知識と技術をスポンジの様にぐんぐん吸って学んでいきました。

 若干趣味嗜好が好戦的で血生臭かったりしましたが、悪い所は父にがっつりしっかり怒られたので、最終的にはちょっと喧嘩っ早いけど極めて優秀な子に育ちました。

 

 「宿坊よ。何れお前が後を継ぐのだから、早い内に妻を選んでおけよ。己はそれで大分父や長老らを心配させてしまったからな。」

 「父よ、オレの妻はもう決まっている。」

 「あぁ、梅か。あの子は良いな。」

 「まだ言ってない…。」

 「言わずとも通じる事もある。あの娘は芯も強く、顔も心も美しい。きっとお前と幸せになってくれるだろう。」

 「うむ…。」

 

 宿儺親子がそんなほのぼのと暮らしてる一方、この頃の都は二度目の遷都で平安京となり、多くの文化が花開いていました。

 が、同時に律令制と貴族政治の歪みも噴出していました。

 貴族らは朝廷で派閥・利権争いに精を出し、民草は飢えに疫病、天災に重税と苦しんでしました。

 そんな状態だから、当然の如く都には呪いが溢れていました。

 呪いが湧き、呪いが飛ばされ、呪いで防がれ、呪いで祓う。

 世は正に大呪術時代って感じでした。

 そんな感じでしたから、一部の賢い人達もどげんせんといかんと悩んでいました。

 悩んで悩んで「じゃあ持ってる所から奪ってくれば良いじゃん!」という最悪の結論に行き着きました。

 宿儺が聞いてたらきっと「糞が」と吐き捨てている事でしょう。

 朝廷は天災続きなのに豊か極まって一部では都以上と謳われる飛騨に目を付けました。

 以前から豪族らが遠征に失敗している事から慎重論も出ましたが、利権目当てに陰陽寮の呪術師らも大勢参加する事から強硬案が採択されてしまいました。

 完全武装の兵士5000と呪術師500人、彼らのための補給物資を運ぶ人足1000人が編成され、都を出発しました。

 呪術師達の中にはあの有名な安倍晴明こそいませんでしたが、後の御三家の御先祖となる相伝持ちが参加しており、かなりの戦力でした。

 芦屋道満?彼は一応法師ですし、晴明から忠告で不参加になりました。

 この動きは速攻で飛騨に伝わり、直ぐに宿儺の耳に入りました。

 

 「よーし塵殺塵殺ぅ☆」

 「父よ、落ち着け。」

 

 宿儺は速攻で出陣を決めました。

 何せ今までのちょっかいレベルではなく、正式にトップが許可したガチの軍事侵攻ですからそれをされた側としては殺意の桁が違います。

 息子が止めるのも聞かず、宿儺はフル装備を整えた上で「自分が戻らなかったら宿坊が二代目宿儺を名乗り、王に就任せよ」と言い残して出陣したのだった。

 

 

 ……………

 

 

 「あーこりゃ無理だな。」

 

 完全武装の兵士5000と呪術師500人、彼らのための補給物資を運ぶ人足1000人。

 今まではどんなに多くとも100名程だった飛騨への嘗てない大規模軍事侵攻。

 兵達は既に勝ち戦気分であり、それによって人足も浮足立っていたが、それも仕方ない。

 彼らの知識や常識では、これで負ける方が難しいからだ。

 しかし、呪術師達は違う。

 陰陽寮から派遣された彼らは、近付くに連れて明らかになる飛騨を守る超広域かつ強力な結界の気配を肌で感じ、既に幾人も心折れて離脱していた。

 それも当然の事だと、陰陽頭の指示で嫌々出陣した五条何某は思った。

 現代人の価値観で言えば、完全防備で準備万端の要塞に無策で平押ししようとしているのと同義なのだから。

 

 「五条の、どう見る?」

 「無理だな。今からでも帰るのがお勧めだ。」

 「無理だと知っているだろう…。」

 「だよなぁ…。」

 

 げんなりと、陰陽寮で同期に当たる禅院何某と共に溜息を吐く。

 魑魅魍魎を視認できぬ只人の殿上人らのツケを払うため、陰陽頭に言われてもう一人の同期の加茂と共に参加させられたが、もう負け戦の気配が濃厚でげんなりとしていた。

 

 「取り敢えず、軍の指揮官の位置を把握しておいてくれ。」

 「もしもの時に生かして帰れるように、か?」

 「必要だろう?」

 

 敗軍の将という責任者には、彼らはなるつもりは無かった。

 この行動は翌日、ギリギリの所で彼らを救う事となった。

 

 「そろそろ開けた平野に出るそうだ。」

 「ん?この辺、農地は無かったよな?」

 「あぁ、以前からこの辺は飛騨への進軍の道に使われて、ここらで迎撃を受けるそうだ。」

 「は?敵軍は?」

 「それが見当たらん。偵察を出しているが、全く見つからん様だ。」

 「…禪院のは何処だ?」

 「アイツなら先程総大将の所に向かったが…?」

 

 そこまで聞いて、五条何某は悟った。

 見つからない敵、何もない開けた平野、敵国の尋常ならざる呪術の技量。

 

 「そっか、今日か。」

 「…まさか、そういう事か?」

 「陰陽師全員に通達。急いで行軍の最後列に移れ。」

 「言い訳は?」

 「普段動いてねーから疲労が溜まってるとでも言っとけ。」

 

 どーせ直ぐに何も言えなくなる。

 その一時間後、敵軍の姿が見えない事から平野を野営地として選んだ軍勢は進軍を停止し、野営の準備を始めた。

 それを知った陰陽師らは即座に最低限の休息を取った後、何時でも全方位に逃げ切れるように態勢を整え、最も強い五条何某が禅院何某の代わりに総大将の近くへと付いた。

 本格的に野営が始まって約一時間、軍勢の警戒は薄れ、炊事の煙も上がり始めて完全に気が抜けていた。

 

 好機、である。

 

 

 

 ………

 

 

 

 この朝廷による飛騨への大規模軍事侵攻は後世において平安絵巻物の一つとして伝わっている。

 その名を「飛騨縁起絵巻 武振熊の巻」と言い、平安京から侵攻してきた難波根子武振熊の軍勢は行軍の疲れを癒すために開けた土地に野営を開始した。

 疲れと敵軍がいない事から来る安心で油断し切っていた軍勢は隙だらけだった。

 そこに両面宿儺が突如現れたのだ。

 見た事無い程立派な鎧具足を纏い、6本ある腕の上側の4本で二張りの弓矢を、右手に鉾を、左手に盾、腰に太刀を佩いた姿はとても勇ましく雄々しい。

 そして両面宿儺は「我が飛騨に押し入らんとする賊共へ罰を下す!」と叫ぶや否や「太陽の様な巨大な火の玉」を野営地へと投げ入れたのだ。

 一撃でバラバラになった兵士、両腕を失って泣き叫ぶ人足、零れ落ちた臓物や目玉を拾う者。

 しかし、彼らはこの地獄絵図でまだ幸運な部類だった。

 最も苦しんだ者、それは中途半端に生きたまま、しかし猛烈な炎に焼かれた者達だった。

 彼らは生きたまま焼かれて絶叫し、走り回り、しかし水場の無いこの場所では火を消す事も出来ず、火傷の激痛と呼吸できぬまま苦しみ抜いて死んでいく。

 正しく地獄絵図となった。

 後世の人間ならば、まるで原爆投下直後の広島や長崎の様な惨状だと思ったかも知れない。

 総大将であった難波根子武振熊は辛うじて逃げ延びたものの、敗戦の責を問われて公職を追われた。

 以来、朝廷は飛騨に対して不可侵を決め、鬼神両面宿儺の怒りを免れるために供物を送るようになったと伝えられている。

 

 しかし、陰陽師らはこの他に「武振熊の巻 裏」を密かに執筆、当時の正確な記録を後世へと密かに残した。

 それは御三家と言われる五条・禪院・加茂の当時の相伝術式を持った者達が束になってもなお圧倒され、這う這うの体で逃げ延びた事を伝えるものだった。

 両面宿儺は極めて強力な呪具と身体能力、そして非常に多様な術式を有し、これらでもって多数の兵士と陰陽師らを塵殺し、その力の底を推し測る事は出来なかった。

 これを知った呪術師らは千年後の時代になってなお両面宿儺を恐れ、未だその復活に心底怯えている。

 千年前から続くこの恐怖を証明する様な言葉が、この絵巻の最後は残されている。

 

 曰く「決して宿儺と事を構えるな。次は族滅される。」

 

 

 

 ……………

 

 

 

 「そろそろ潮時か…。」

 

 朝廷の本格的な軍事侵攻と陰陽師共を壊滅させてから既に10年。

 宿儺は最後の手を打つべき時が来た事を悟った。

 今まで大和朝廷が覇権を握ると言う時代の流れに抗い続け、既に500年を超えた。

 このままでは、自分の知る歴史の流れが変な方向に進みかねない。

 それはつまり、歴史の修正力的なものにこの愛おしい飛騨が排除される可能性を意味していた。

 それを裏付ける様に10年前の軍事侵攻を撃退してからと言うもの、身体が若い頃の様に動かなくなってきた。

 恐らく、寿命が近いという事なのだろう。

 ならば、自分が生きている内に、出来る事をしようと思った。

 

 「父よ、如何したか。」

 「坊、いや息子よ。明日よりお前が王を名乗れ。」

 「いきなりどうした?」

 「己の天命が間も無く来る。その準備をしたい。」

 

 前触れない譲位に坊と言われた宿儺の息子、否、二代目両面宿儺は動揺した。

 血の気は未だ多いものの、妻子と国を愛する情深い男になった跡取り息子の姿に宿儺は満足そうに微笑んだ。

 

 「…どうするつもりだ?」

 「我が身全てを飛騨を守るための呪具とする。」

 

 庵の中で一人、漆茶と木の皮、木の実のみを食べて過ごし、生きながら木乃伊となる。

 そして死後、6本の腕から指を切り取り、飛騨の国土を囲む様に上の腕二対から取った指20本で囲み、更に飛騨の首都を守る様に下の腕一対から取った指10本で囲む。

 残った他の部位は飛騨の地の中心、その地下深くへと立った状態で鬼門に向けて埋葬する。

 

 「これにより、飛騨の地の守護はこの世の終わりまで続く事となろう。」

 「父よ、それではお前が死に切れぬぞ?」

 

 立ったまま鬼門に向けて埋葬する。

 それは後世において鬼殺しの大将こと坂上田村麻呂と同じであり、国のために死後の安寧すら捨てる事を意味していた。

 

 「父よ、お前はもう立派に働き過ぎた。もう十分だ。」

 「息子よ。」

 「国ならオレが守る。オレが死んでもオレと裏梅の子が守る。」

 「息子よ。」

 「頼むから、もう休んでくれ…。」

 「すまぬ…。」

 

 珍しく、本当に珍しく落涙する息子を宿儺はすまなそうに抱き締めた。

 

 「己もまた、お前達が愛おしい。そして心配なのだ。この老い耄れに、まだ出来る事をさせてくれ。」

 「…本当に、お前は頑固者な父親だよ…。」

 

 この日の会話から5年後、初代両面宿儺は二代目が最初の仕事として取り掛かった墳墓へと埋葬された。

 この墳墓は六角墳に分類され、故人の生前のお気に入りの小物や妻子や家臣との思い出の品々が中央に埋葬された。

 そして、最も重要な木乃伊化した初代両面宿儺の遺体はこの墳墓の直下1町(約100m)へと安置された。

 しかし、この墳墓の存在は飛騨において最重要国家機密として永らく扱われ、その所在は現代に至るまで外部へと知られていない。

 また、切り分けられた30本の指は飛騨の国の外郭と内郭を囲む形で建てられた廟に安置され、国家鎮護の二重の守りとなった。

 

 以降、この飛騨の地では如何なる時代でも飢饉や天災、疫病の類が発生しなくなり、豊かな地として発展していく事となる。

 戦国時代においては多くの血が流れた時もあったが、それでもその発展に陰りが差す事は終ぞ無かったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へぇ…これがあの両面宿儺の指か。」

 

 額に縫い目のある男が嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最早どれ位の時が経ったのか、見当もつかない。

 宿儺の意識があり、術式が異常を知らせないと言う事は飛騨の地と民を守る結界は正常に作動しているという事。

 800年程前に外殻の攻性防御を担う指20本が盗難された事は痛かったが、その分は絶対防衛線である残り10本の指と本体の足の指20本で補える。

 更に盗難された指は飛騨の民以外を無条件で攻撃する様に設定されているため、今頃は盗難した者も後悔している事だろう。

 そんな訳で飛騨の地と民が無事なのは分かっているのだが、如何せん暇に過ぎた。

 宿儺の精神世界とか内面に当たる生得領域からでも外界の事はある程度把握できるが、それは視覚と聴覚のみ。

 触覚・味覚・嗅覚は刺激が無さ過ぎて麻痺してるんじゃないかと思ってしまう。

 

 「あー暇だー…お?」

 

 そろそろ何か刺激が来ないものか…。

 そんな事を思っていた所、不意に自分の意識が引き上げられるのを感じた。

 恐らくだが、受肉の予兆である。 

 

 「おいおい、一体誰が…。」

 

 受肉した瞬間、目前にまで呪霊が迫って来ていた。

 まぁ羽虫と変わらんのでぺしっと祓ったが。

 

 「おお…オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 歓喜のままに全力で口から叫び声を上げた。

 足元から伝わるコンクリート製の建物特有の平らで冷たい感触。

 視覚から伝わる前世では見慣れた20~21世紀の街並み。

 そして何より自分の生得領域には無い人の営みとそこから漏れ出る呪いの気配。

 これは間違いようがない自分の生まれた時代!

 

 「やはり光は生で感じるのに限るな!」

 

 もうウッキウキである。

 嘗ての落ち着きとか威厳とかキャラとか捨てて、全力ではしゃいでいた。

 

 「肉!酒!甘味に女は何処だ!?久々の外界、楽しませてもらおう!」

 

 浮気はいかんと思うが、何分一人の時間が長過ぎた。

 水商売なら浮気に入らないし、己の奥さん達はもう皆鬼籍に入ってるのでセーフ!と宿儺は思っていた。

 何より他人の作ってくれたあったかい現代のご飯とかお酒とかお菓子とか食べたい。

 頑張って飛騨を発展させて文化・食料事情を成長させ続けたけどやっぱり物足りなくて、元現代日本人としては美味しいご飯が食べたかった…!

 そらもうヒャッハー!と喜ぶのも無理は無かった。

 

 「おい、人の身体で何してんだよ。返せ。」

 「あ"?」 

 

 まぁ、そんな気分は一瞬で吹き飛ばされてしまったのだが。

 

 

 

 これは(喜びで)荒ぶる鬼神両面宿儺とその器としてデザインされた少年のハチャメチャ珍道中である。

 

 


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