やー主人公が不幸な話だと筆がのるというこの悪癖、治らんな我ながらw
「くぅーん、きゅーん…」
犬が鳴いている。
いや、心配げなその顔を見れば、きっと泣いているのだろう。
「げほ!」
知らず止まっていた呼吸を再開する。
どうやら”また”死にかけていたらしい。
最近では慣れたのでここまで酷くはならないのだが、それでもやはり臨死体験をというのは生き物にとってはとても衝撃的なものなのだろう。
日々三桁近く、或いはそれ以上の早さで死んでいく分身達の経験と記憶を追体験する。
それはつまり、分身達の体験した痛み・恐怖・絶望の全てを追体験しなければならない事を意味する。
一度体験した上で、日常的に百回は追体験している筈なのに、それでもやはり生き物にとって死とは恐ろしいらしく、その記憶は日々彼女の精神をやすり掛けする様に疲弊させていった。
そんな状態ならば、追体験を止めればよいのではないか?
確かにそれも可能だが、戦闘状況の詳細な把握及び経験として活かすためにはそれらの情報が必要不可欠だったのだ。
まるで薬と共に猛毒を飲み下すが如き所業に、心身両面が疲弊していくのを自覚する。
「水、水…。」
いつの間にか寝かされていた入院患者用ベッドから起き上がり、枕元の水差しから水を飲む。
ごくごくと、知らず大量にかいていた寝汗のせいか、酷く水が美味しく感じられる。
それでいて食欲は全然わかないのだから不思議だ。
軍医にまた栄養剤か点滴を貰わないといけない。
「くぅーん……」
「大丈夫。まだやれるから…。」
鼻先を押し付けてくる使い魔、ダルメシアンの子犬のブチが悲しげにこちらを見つめてくる。
その鼻先を以前より細くなったように見える手で撫でる。
そう言えば、この子の飼い主だった宿屋のお婆さんと親犬も、きっともう死んでいるのだろうな。
「約束したんだ。この場所を守るって。もう少しだから、もうちょっとだけ頑張ろ?」
その言葉はブチだけでなく、自分に言い聞かせる様だった。
ベルリン防衛戦線に参加するようになって、3カ月後の事だった
……………
「避難状況の進捗は?」
カールスラント軍首都司令部付き作戦会議室
現在では首都ベルリン及び未だネウロイの侵攻の及んでいない西部方面軍の最前線司令部として活動している此処は、現在首都の全国民を避難させるという無理難題を何とか完遂しようと踏ん張っていた。
「現在、首都近郊以外では制空権の確保が怪しいため、陸海の武器弾薬兵員を運ぶものを除いた全ての国内便を戦時徴収して進めてはおりますが、それでも未だ6割といった所です。」
「武器弾薬、とりわけ対ネウロイに必要な重火砲とその弾薬の補給が遅れています。幸い、歩兵用小銃や機関銃に関しては充足していますが…。」
「中将、やはり空路も活用すべきでは?」
「ダメだ。」
この場に詰める参謀達はいずれもエリート揃い。
しかし、この窮地を脱するには彼らをして極めて困難だった。
「”彼女”の今現在の疲弊ぶりは皆知っているだろう?首都の制空権維持だけでこうなのだ。避難便の護衛まで担当すれば、避難完了を待たずに壊れるぞ。」
断固とした中将の言葉に、参謀達も沈黙する。
彼女を徴兵したのは中将自身であり、その固有魔法から来る圧倒的戦果で周囲の懸念や反対を押し切ってはいるが、それでも不安は尽きない。
既に中将自身は不名誉除隊どころか銃殺刑を覚悟している節があるが、この状況で扶桑国との開戦理由になりかねない不祥事は余りにも危険だった。
「これ以上”彼女”への負担を増すのは禁止だ。」
「それは…まぁ…。」
「仮に”彼女”がここで脱落すれば、待っているのは首都陥落及び未だ5万はいる市民と将兵の命だ。それだけは避けねばならない。」
昼間の内は”彼女”の100人ウィッチ隊の圧倒的物量によってどうにかなる。
しかし、消耗した彼女が戦闘後に気絶するように眠りにつくと、全ての分身は消え、彼女が目覚めるまで再展開は出来ない。
その穴をカールスラント正規軍の空戦ウィッチ達が死に物狂いで塞ぐ。
こうして首都近郊の制空権は確保されていた。
また、地上においても重砲の不足した場所には余っていた陸専用ストライカーユニットを装備した”彼女”達が展開し、使い捨ての盾となる事で辛うじて防衛線を維持していた。
正にワンマンアーミー、一人ウィッチ航空団とも言うべき大活躍だった。
戦闘すればする程、彼女の精神が分身たちの死の記憶で蝕まれるという欠点に目を瞑れば、だが。
「加えて、”彼女”達の挺身攻撃を見て、多数の人間が軍民問わず精神的ショックを受け、一部では軍への批判が激化しているとの報告が…。」
「やはりか…。」
当然の結果だった。
ただ旅行に来ていた、異国の幼さの残る少女。
それを強力な固有魔法を持つウィッチだからという理由で、(見返りを約束しているとは言え)強制的に徴兵して最前線へと投入する。
良心的な人間であれば、眉を顰めるどころか司令部に怒鳴り込んでもおかしくはない所業である。
現に既に”彼女”達に助けられた者達が軍民問わずに司令部へと連日に渡って抗議文を送っている。
その内容も極々真っ当な内容で、暴動染みた事は一切行っていないのだが、その数は現在も増え続けている。
また、”彼女”達の存在に大いに助けられている現場の将兵らからも嘆願書まで届いている始末。
加えて、未だ他国には漏れてはいないが、それでも避難した国民からどんな情報が漏れるかも分からない。
最悪なのはマスゴミに漏れて扶桑の世論が政府でも止められない程に過熱し、開戦に至ってしまう事だ。
「…陛下は、このことは…。」
「避難直前に、既に私自身の口から話したよ。」
事の次第を事後報告で聞いた皇帝陛下は中将を厳しく叱責した。
その上で全ての責任は自身にあると言い切り、「扶桑には余の方から謝罪しよう。その少女にもな。」という帝政国家の元首としては有り得ない事を述べたという。
そんな事を教えられた参謀達は愕然とした。
「それは、また…。」
「これだけの事をしたのだ。何としてももたせねばならん。」
だが結局、彼らの努力空しく、どんなに避難を急がせても、たくさんの”少女”と兵士達を生贄に現状を維持する事には変わらない。
そんなここ数か月のいつもの結論に落ち着くのだった。
……………
「……………。」
少女はまた眠っていた。
第二次ネウロイ戦争開始前と比べ、随分とやつれた顔をしているが、生まれて半年程度の子犬を抱きながら眠る様は年齢よりも幼く、そして悲壮感を際立たせていた。
「異常なし、と……。」
その一人と一匹に監視兼護衛役を務めるミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ少佐は毛布を掛けなおしながら、静かに見つめていた。
「少佐。」
「し、静かに。今ぐっすり寝てる所だから。」
周囲の警護に当たっていた兵士の声を、そっと押し留める。
ついさっきまで度重なる死の追体験に空っぽの胃から胃液を吐き、消えない幻痛に声もなく悶え苦しんでいた少女は今、半ば気絶するように眠りに落ちた。
本当ならとっくに後送扱いなのに、彼女一人抜けただけでベルリンの防空網には大穴が空く。
そうなればもう守り切る事は出来ない。
若くして少佐にまで上り詰めた優秀なウィッチのミーナだからこそ、それは痛い程理解できた。
「報告はあちらで。」
「は。」
”彼女”専用のテントから、二人は出ていく。
ミーナがちらりと最後に振り返ると、いつの間にか起きていた子犬だけがこちらに敵意の籠った目を向けていた。
「当然、か。」
「は?」
「いいえ、何でもないわ。」
内心の多くを飲み込んで、ミーナは果たすべき職務の続きへと向かった。
……………
「なぁ…。」
「何だよ…。」
「あの子達、今日は何人目だ?」
「知らねーよ。数える暇なんて無かったし。」
「さっきウィッチの子達が言ってたんだけどさ、今日は207人だってさ。」
「増えたな…。」
「あぁ。先月までは何とか100人行ってなかったんだけどな。」
「………。」
「”彼女”の寝てるテントの近く行くとさ、叫び声が聞こえるんだよ。」
「叫び?」
「そう。そんで野戦病院で聞く様な内容なんだよ。痛い痛い、熱い熱い、もう止めてーって。」
「おい。」
「そんで軍医とウィッチの声も聞こえてさ、どったんばったんしながら鎮静剤急いで!って声も聞こえてから、静かになった。」
「それ以上は軍機だぞ。」
「分かってるよ。分かってるけどさ……!」
「もう数便で避難は終わる。」
「その前に、あの子は死んじまうぞ。」
「………。」
「情けねーよな。国を守るんだって息巻いて軍人になったのにさ、実際はコレだぜ?」
「言うな。」
「くそ、死にたくなってくる…。」
「それで自分で死んだら地獄に落ちても殺しに行くからな。」
「わぁってるよ。」
「もう少しだ。もう少しだけ、俺達で踏ん張るぞ。それで”彼女”は御役御免だ。」
”彼女”がベルリン防衛線についてから半年頃
ネウロイの第12次大規模攻撃の前日のある兵士達の会話。
この第12次大規模攻撃の撃退の直前に最後の避難便が到着し、それと共に”彼女”と使い魔はベルリンを離脱。 その直後ベルリンは陥落したものの1940年9月まで持ち堪えた結果、全ての首都在住の市民及び非戦闘員の脱出に成功した。
そして、カールスラント皇帝は件の”少女”と共にリベリオン行きの船に乗り、リベリオンに亡命政権を設立、その直後に駐リベリオン扶桑大使館に赴き、全ての事情を説明した上で真剣に謝罪と賠償を約束した。
次回はカールスラント皇帝の土下座外交&勲章授与の予定