アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~ 作:高槻翡翠
【アトリエ編】
ザールブルグで過ごす日々は穏やかだ。
城壁の向こうには盗賊や魔物は居て、平和ではない。
だからこそ人々は城塞都市であるザールブルグに安らぎを感じるのだろうとアディシアは考える。
『今日は八月三十日よ』
「あっという間だったな。戻れる兆候はないの」
『無い』
元の世界に戻れる時期は全く来ない。今、来たところで困るだけだ。朝を告げる鐘の音が鳴った。
三日間をどう過ごしたかと言えば、武器屋に武器を注文したり、ザールブルグを散歩したり、
屋敷の庭を耕して、畑を作ってみたり、武術や魔術の練習をして過ごした。
イングリドに成績優秀者だがアトリエで自活することについて問われた場合の口裏も合わせておいた。
アカデミーに行ったときにヴェグタムが教師になることも聞いた。
頼まれても物は一部しか作られないと言っていたが、アディシアとしては錬金術を教えて貰えれば
それで良い。
「錬金術は全くしてない。今日してみるか。洗濯とか終わったら。灰汁が便利で」
太陽が昇ったら起きて沈んだら寝るという生活を繰り返しているので健康体になっている気はした。
洗濯はアディシアとサマエルは別々でしている。洗剤の代わりに使っているのは灰汁だ。
カロッサ雑貨店で売っていた。ロスワイセが言うには手作りも出来るらしいが、アディシアは買っている。
出来そうな範囲から手作りしていく予定だ。
貴族は石けんを使っているようだが石けんは高いので止めた。
『便利よ。髪も洗えるし、石けんが高いのは大量生産出来ないからだろうから』
「日本じゃ三つで九十八円の奴あったのに」
寝間着から着替えて、アディシアは下に降りる。サマエルと合流してから朝食を取る。
一日三食を取るようにはしている。
「調合だけど全くやれていないね。地下室の採取物はみんな無事だけど」
「明日から新学期か。みんな同じスタートラインの筈だし」
『やったとしても初心者向けの調合でしょう。上級者が出来ることが一年で出来ていたらアカデミーに通わなくても良いじゃない』
リアの言う事はもっともだ。
元の世界では頭が良くてもカモフラージュで学校に通っている例もあるが、ザールブルグでは十三歳ほどで働いていても珍しくはない。この場合は徒弟制度で親方に弟子入りして技術を学ぶのだ。
「学校に通わなくて独自でやった方が良いんじゃないかレベルじゃないからね。俺もアディも」
「今日は三十日だからゆっくり過ごして」
「その前に制服、取ってこないと」
「オーダーしていたナイフも取ってこよう」
アカデミーには制服がある。制服と言ってもアカデミーが決めた服装の基準だ。アカデミーの学生で錬金術士と服で分かるようにする。服屋で数日前に頼んでいたものだ。
八月最後の日にしてアカデミー入学前日、二人がすることは外に出ることだった。
ヴェグタム・カロッサはアカデミーにある自分の研究室で椅子に座り、<ビッターケイト>を飲んでいた。
実家である雑貨店や、自分がアトリエとして使っている家もあるのだが、研究室を一部屋与えられた。
寝泊まりする部屋も一部屋ある。
「明日からはお前も教師か」
「窓から入ってくるなよ。リフ」
ユエリフレッドが窓から入る。金属の鎧を着けているため大きな音が鳴った。
「ロセから伝言だ。昼は一緒に食べようだと」
「昼には出かけるか」
教師になってからは実家にも余り顔を出せないので、今のうちに出しておくことにする。
講師の経験ならば何度かあるが教師は別だ。
「アトリエ生のことが気にかかるのか。上手くいくかどうとかとかで」
「寮生もアトリエ生も補佐はするが、本人のやる気に全てかかってくるから」
机の上には錬金術の資料ではなく、生徒の資料ばかりが載っている。アトリエ生についてはイングリドが立てた計画をヴェグタムが補足していった。アトリエ生は全員で二十二人だ。寮生も含めると全部で入学生は二百八十二人もいる。
「入れすぎじゃね。こっちみたいにアカデミーが沢山あるならまだしも」
頷きながらヴェグタムはユエリフレッドに<ビッターケイト>を入れ始める。
私設・直営を合わせて十六校アカデミーがあるエル・バドール大陸と違い、ザールブルグのアカデミーは一つだけだ。
錬金術ブームもあってか、増えすぎた生徒をアトリエ生として分けたとしても焼け石に水である。
「『絵で見る錬金術』とか配って補佐はしてるが……まずは二年、三年か」
今年から全員に基礎を叩き込めないため、分かりやすいテキストを最初の方に配ることにした。
「二年だろう。そっちは二年が終わったら専門課程なんだから」
ザールブルグのアカデミーは最短で四年で卒業が出来る。二年間の基礎実習……初等教育期間共言う……が終わったら、残り二年は専門教育期間に入る。攻撃や防御の魔術を専門的に学ぶ総合部、物体に魔力を持たせる付与魔術部、錬金術を専門的にやる錬金術部に薬を専門的に扱う薬学部の四つがある。
初等教育期間中は魔術も付与魔術も錬金術も、基礎的なものを教え込む。一般常識もだ。
錬金術士や魔術師として世に出るには腕前の他にも人間性も関わってくる。
なお、エル・バドールのアカデミーだと基礎教育は一年だが次の選択がザールブルグよりも細かい。
「一回で卒業できる奴は少ないし、多くなったら多くなったで世に出る錬金術士多くないかとか言われそうな、街もたまにそうだが、村とかに行けば錬金術士って何? ばっかだ」
「ザールブルグは錬金術士が職業になってないし、全体に広まってる訳じゃ無いからしゃーないだろ。これからだって、だから悩んでるんだろうが」
ユエリフレッドの故郷であるエル・バドールと比べてザールブルグは文化面では未成熟で成長途中 だ。
進路についてのデーターも机の上には紙で書いてある。
卒業生は少ないというのは一回の試験で卒業が出来る生徒が少ないと言う事だ。
アカデミーを卒業した生徒は大抵は自分の得意な分野で生計を立てていく。金属加工や薬物加工の補助などだ。
マイスターランクに進んだりアカデミーで教師をやったりケントニスに行くと言うのもありだ。
ごく稀に旅に出る錬金術士も居る。
ヴェグタムの役目はアトリエ生を無事に卒業させることや、アカデミーのこれからを考えることだ。
教師として職員としてやるべきことだ。
校長であるドルニエは研究の方が好きであるため、こちらである程度決めておいてから話を振った方が良い。
「まずは地盤だ」
会話をしていたら考えが纏まったのかヴェグタムは言い切ってから、ユエリフレッド用の<ビッターケイト>を入れ始めた。
ナイフと制服をどちらを優先するかと言えばナイフだ。アディシアとサマエルは製鉄工房へと行く。
最初は武器屋に作って貰おうとしたのだが、サマエルが鍋をオーダーすると言ったのでついでにナイフも頼んだ。
「設計図は細かく書いたもんね」
『書いたのは私だけど』
鍋もナイフもリアの手を借りた。
アディシアもサマエルも欲しいものはイメージは出来るのだがそれを図にするぐらいの画力を持っていない。
リアは『カルヴァリア』内に蓄え足られた知識や技能を使い、フリーハンドで設計図を書けた。
職人通りの外れにある製鉄工房は武器の他にも調理器具を作ったり修理したり、農機具を作ったりと
金属に関わることならば何でもしている。
「こんにちは。品物を取りに来ました」
「ナイフを取りに来たんだよ」
製鉄工房の中は暑くて熱い。ザールブルグは夏でも湿度が低いために快適に過ごせるが、
工房内は火力がなければ金属が加工できないため、火をたくことになり、湿度が高い。日本の夏をアディシアは思い出す。
金属をハンマーで打つ音が響き、大声を出さないと声が届かない。
「いらっしゃいませ。注文したのは鍋とナイフでしたね。持って来ます」
柔らかい声で言うのは、二十代前半の青年だった。黒に近い茶髪のショートカットに青い瞳をしている。
革製の素材で出来たエプロンやミトンをつけていたが、真新しい。
サマエルが布袋を取り出した。財布代わりに使っているものだ。
「ああ。注文の品を取りに来たんだね」
「カリンさん。こんにちは。今日には出来てるって聞いたから」
アディシアも財布を出そうとすると二人に声をかけたのは、茶髪を短くした青い瞳の女性だ。年齢は四十代ほどだ。
彼女はカリン・ファブリック、この製鉄工房の長だ。彼女は父親から受け継いだ工房を切り盛りしている。
「渡された設計図通りに作った鍋ですが、確かめてくださいね。付属の道具も」
「ユスト、仕事の方は終わったのかい」
「アカデミーに渡す分の品には付与はかけ終わってるし、納品も終わってる」
受付に出ていたのはユストゥス・ファブリック、カリンの息子だ。ユストゥスがカウンターの上に鍋を置く。
オーダーした鍋はこちらの世界で言うダッチオーブンであった。
ダッチオーブンは全て鉄で出来ている鍋で、ユストゥスは軽く持っているが、重さは九キロ以上はある。鍋の直径は三十センチほどだ。
主にダッチオーブンはアルミ製か鋼鉄があるがアルミはこの世界ではまだ発見されていなくて、
鋼鉄が一番良かった。手入れの手間はかかるようだが、これがあれば焼く、炒める、揚げるなどが一つで出来る。
付属の道具はリッジリフターというダッチオーブンを開けるための道具だ。
『申し分ない出来ね。慣らしは後でしておきなさい』
アディシアがダッチオーブンに触れている。リアの声が聞こえた。鉄製のダッチオーブンは調理に使う前にならさなければならない。
「ありがとうございます。俺達の故郷だとコレを使っているので」
「外に出るときに持って行ったら武器になりそうな鍋だ」
「料理しますよ。料理。……さすがに重いので持って行きませんが」
九キロを持って行くには馬車がいるし、アディシアもサマエルも馬車は持っていない。サマエルは収納の魔術も使えるが、何処から取りだしたと言われそうだ。
「ナイフも今、渡します」
「こんな鍋を使ってアンタ達は料理をしてるんだね。ザールブルグでは見ないよ」
「設計図の方は置いておくので好きにどうぞ」
サマエルが書いた設計図は詳細なダッチオーブンの図面と手入れ方法が書いてあった。渡したところで、二人は困らない。
ユストゥスが茶色い革製の鞘に入った三十センチほどの長さの短剣だ。鞘から出して確認する。
「凄く良い出来」
「気に入ってくれて何よりだよ」
頼んだナイフを打ってくれたのはカリンだ。設計図だけ渡したのだが、カリンが設計図に書かれた剣に興味を持ち、作ってくれた。サマエルとアディシアはナイフと鍋の資金を払う。
「ゲルハルトさんも武器は作るけど細かい細工は母さんの方が得意だから。……武器屋のオヤジさんのこと」
(武器屋のおっさんゲルハルトって名前だったんだ……)
武器屋のオヤジの名前を聞いていなかったというか、逢ったときに武器屋のオヤジと呼ばれていると言っていたので、アディシアもサマエルもそう呼ぶことにしていた。
『下僕、鍋は屋敷に置いておけば』
(そうするか……重いから)
(あたしは中央広場の方で日向ぼっこしてるんだよ)
『カルヴァリア』には武器を取り込む機能がある。取り込み方がアディシアが取り込みたいと想いながら触れることだが、作って貰ったナイフは取り込まない。
ダッチオーブンを作ることにアディシアは賛成した。ダッチオーブンは費用の割には非常に良い出来である。
リアが心中の声をサマエルにも届ける。
「何かあったらまたおいで。アトリエで学ぶんだろう。頑張るんだよ」
「また来ますね」
「助かります」
カリンが笑顔で見送り、ユストゥスも微笑していた。アカデミーに関してカリンは好意的だ。
注文の時に自分達の立場については話している。
アディシアとサマエルは製鉄工房から出る。外は涼しい。
サマエルが鍋を抱えて屋敷に戻るのを見送ってから、アディシアは中央広場の噴水へと歩いた。
手元に刃物があると気分が落ち着く。
「あそこに居るの。アレクシスだ。……冒険者に絡まれてるっぽいな」
噴水の側にはアレクシスが居た。アレクシスは嫌そうな顔をしながら、少女を庇いつつ冒険者の男と話している。
冒険者の男は革鎧を着けていて、年齢は二十代後半ほどだ。
少女は茶色い髪をセミロングにしていて、年齢はアレクシスと同じぐらいだ。
「謝ってるんだから、許してやってよ。ぶつかったのに他意は無いんだ」
「気取った顔しやがって……」
男は朝っぱらだというのに酔っていた。アレクシスは冷ややかに言っているが、男はその言葉に激昂する。
酔いながらも腰にある細身の剣を抜く。
『行く?』
「行く」
アディシアは駆け出した。
人混みを抜けてアレクシスと少女の前に行くと作ったばかりのナイフを鞘からすぐに取り出して、
振り下ろされた細身の剣を受け止めてから、弾いた。
「……アディシア?」
「おはよう。災難みたいだけど」
「彼女が馬車酔いしていて、その人とぶつかったんだよ。……剣、使えるんだ」
「ちょっとだけね」
アディシアが左手に握る剣は武器屋で作って貰ったばかりのものである。軽い応対をしていた。
「一撃、弾きやがって……」
「酔拳をやってるんじゃないからお酒飲んでも強くなるわけでもないんだろうけど、危ないんだよ」
「うる……」
強い酒の匂いがした。アルコール度数が高い酒を飲んでいるらしい。男が再び剣を振り下ろすが、
アディシアは剣の面を変えた。刃が直刃のところからぎざぎざになっているところにすると細身の剣を挟み込み、折った。
カリンに作って貰ったナイフは鍔の部分が左右に伸びていて、片方は真っ直ぐにもう片方が櫛状になっている。
先端は尖っていた。
男は酔いが覚めたように目を見開いていた。
「これぐらいなら、ナイフに慣れたら誰でも出来るようになるんだよ」
『騎士隊が来たわ』
「……僕もそれらしきものは習ったけど、実践でやれとか難しいんだけど……」
アディシアにアレクシスが冷静に言う。少女の方は驚いたままだった。リアが言うように青い鎧を着た聖騎士が来た。アディシアは事情説明の言い訳を考え始めた。
コウは本の塔で椅子に座り、宿主の一連の対応を眺めていた。
「作って貰ったのはソード・ブレイカーですね。あれなら相手を殺す前に武器を折るの選択肢が強く意識できます」
オルトが来た。彼女の今の姿は城のTシャツにジーンズにスニーカーだ。現代風の衣装である。
アディシアの左手に握られている武器はソード・ブレイカーだ。名前の通り、剣を折るための剣だ。
「聖騎士の剣とか太い剣は折れないだろう」
「細身の剣、レイピアとかなら折れますよ。アレは防御用の剣ですから。片面は真っ直ぐなので受け流すは出来ますし、受けきれないのは避けられます」
数歩でオルトルートはコウに近付く。右手には片刃の剣を持っていた。一メートルほどの剣で
全体的に細く、切っ先が鋭利で、中央部分がやや膨らんでいる。これにより、切れ味が増している剣だ。左手には全長が三十センチほどの細い剣を持っていた。刺突剣だ。
「右手に攻撃用……利き手か。利き手に攻撃で反対で防御か」
「宿主さんは防御用として利き手で使っていますが、これは防御のみに絞ったんですね。人を斬るのは危ないですから」
アディシアは左利きである。オルトは人を斬るのは危ないと言うがアディシアは敵意を向けてくれば、相手を殺す、ぐらいまで行ってしまう。暗殺者として鍛えられたせいだ。
「ルイスイが居ないし、相手を出さないからしまいなよ。右手の剣は分からないけど左手はマン・ゴーシュかな」
「届かざる左の護剣です。右手の剣はフリッサですよ。カビール人の剣です」
コウはオルトの話を聞きながら透明操作鍵盤を操作して、データーを出す。カビール人からまずは調べた。
アルジェリア北東部のベルベル系民族で使われているのはアフリカ北部だ。
マン・ゴーシュはフランス語で左手用短剣の意味を持つ。防御を行うために特化された短剣、
パリーイング・ダガーの一種だ。
「チョイスがアフリカに行ったんだ。……武器屋には無かったね。ソード・ブレイカー」
「鎧が十二分に機能してますから」
「僕等の場合は魔術で鎧作ったり、付加魔術で防御あげた方が効率が良いしね」
「防具っぽい武器なら出し入れ可能ですけど鎧とか兜は出せませんもん」
アディシアの世界では時代が進むにつれ重火器の発達で鎧がアテにならなくなり、重い鎧よりも軽い鎧を着けて逃げた方が良くなっているが、ザールブルグではそれなりに重い鎧でも、相手の攻撃を防いだり、魔物の攻撃から身を守れる。剣を受け流すにも他の剣で十分だ。
あえてソード・ブレイカーを作ったのは、採取に行って盗賊に襲われたときのための対策用だ。
小型の剣ならば折れるし、無理ならば別の剣に切り替えられる。今回は街でのトラブル解決に使った。『カルヴァリア』の制限として武器は入るが防具は入らない。
「マン・ゴーシュを指定しないでソード・ブレイカーを指定する宿主って」
「実用が半分と趣味半分かなと、マン・ゴーシュは骨董品としての価値が大きい奴ありますけどね」
「取り込まれればどれも一緒さ」
オルトルートが左手の剣を放り投げると、空中に幾つものマン・ゴーシュが浮かぶ。右手には剣は握ったままだ。
多機能なものから、装飾過多なものまである。
「今回は成功したのは相手が酔っていたのもありますし、これからも油断無く、自分を鍛えて欲しいですね」
「以前に油断していて死にかけたのあったからな……彼女」
浮かび上がるマン・ゴーシュ達の下でコウとオルトは今の宿主を見守る。彼女は自分達のことを知らないが、本体の方針ならば従うまでだ。
油断は大敵であり、彼女はまだ伸びる。剣士としての成長をオルトが楽しみにしていることをコウは察した。
アレクシス・フェルディーンは貴族であるフェルディーン家の四男坊であり、明日にはアカデミーに入学する。
成績も上位を取れた。彼がザールブルグを散歩していると馬車酔いをしている少女が冒険者に絡まれていたので、助けようとした。見て見ぬ振りは出来なかったし、そんな性格ではなかったからだ。
「……相手の方は<ホッフェン水>を飲ませた。話は詰め所で聞く」
「スー兄さんとダグラスさんって、騎士団の副隊長と分隊長が来るとか冒険者も災難な」
<ホッフェン水>は<ホッフェン>と言う白い花を絞り汁であり、飲むと酔いが解消される。
彼の兄、スルトリッヒ・フェルディーンは金髪の短い髪に青い瞳をした背の高い青年だ。メガネをかけている。
四人いる王立騎士団の分隊長にして、騎士団の副隊長でもあった。ダグラスも分隊長の一人だ。
二人が居るのは噴水の側で、ダグラスや冒険者、巻き込まれた少女やアディシアはやや離れたところで、話をしている。
聞いてみれば冒険者の仕事に失敗して朝から自棄酒を飲んでいたら少女とぶつかり、気に障ったそうだ。迷惑である。
「冒険者は依頼とか無かったらならず者と変わらんところもある。盗賊になったりでもしたら危険」
「知ってる。僕はあの子を案内しないといけないから、帰っても良い?」
「ん。証言の方は取れたし、守りに入った奴も、相手に怪我とかさせとらん。……変わった剣術つかっとるが」
「故郷のものだってさ。外から来たんだって」
この場合の外はザールブルグではない国のことだ。ザールブルグは今の王になってから外国人に対しても、寛容だ。今の騎士隊長はザールブルグの人間ではないし、ダグラスもそうだ。
「俺はダグラスと冒険者の男を連れて詰め所に戻る。今日の夜はアカデミー入学記念で宴だ」
「……合格でも宴しなかった?」
「めでたい。……ダグラス、戻るぞ」
ダグラスの方はアディシアと話していた。少女の方は<ホッフェン水>を飲んで徐々に落ち着きを取り戻していた。
スルトリッヒとダグラスが男を連行していく。
「ダグラスさん、話してみたら、良い人だったんだよ」
「あの人は気さくだよ。……落ち着いた?」
「助かった。ザールブルグって恐いね」
「災難だっただけだから。街自体はそんなに恐くない」
アレクシスからしてみればザールブルグの外の方が魔物や盗賊が居て恐い。改めて少女を確認してみる。
茶髪のセミロングに大きめの鞄が一つ。古い鞄だ。年齢は自分と同じぐらいだ。
「あたしはアディシア・スクアーロ」
「僕はアレクシス・フェルディーン」
「私はエルフィール、エルフィール・トラウム。エリーで良いよ。明日からアカデミーに入学するんだけど、アトリエで生活しろってことになっちゃって」
アディシアはエルフィールに笑顔を向けた。互いに自己紹介をする。アディシアもアディで良いや
アレクシスもアレクで良いとエリーに言う。エリーは噴水に腰掛けていた。
「同じだね。あたしも何だよ。何処のアトリエ?」
「住所がこれで……」
エリーは紙を一枚取り出した。<魔法の紙>と呼ばれている紙である。アレクシスが紙を受け取り文字を読む。
その住所なら分かった。
「案内するよ。一人だと危なっかしいから。僕も寮生だけどアカデミーに入学するし」
見たところ彼女は村からザールブルグに来たようだ。乗り合い馬車を使ってきたものの、馬車の旅になれずに酔ったようだ。
馬車は慣れないと長時間の移動が厳しい。
「二人とも、錬金術士になるんだね」
「うん。同じ」
(僕はまだなるかは決めてないけど)
アカデミーと言えば錬金術士であるが、目立っていないけれども、魔術師も育てている。
アレクシスがアカデミーに入学しようとしたのは自身の進路をはっきりさせるためだ。エリーが噴水から立ち上がる。彼女のアトリエへと移動した。エリーは辺りを見回している。シグザール王国内でザールブルグ並の規模の都市は、ザールブルグしかない。残りは村ばかりだ。
「エリーはどこから来たの?」
「ロブソン村からだよ」
ロブソン村は徒歩だと十日間以上はかかる村のはずだ。話にしか聞いたことはない。
職人通りの中に入る。アディシアが職人通りについてエリーに話しているのを聞きながらアレクシスは紙を眺める。
「ここになるね。……鍵は」
「持ってる」
「君が開けなよ」
ファッハベルクの赤い屋根の建物がエリーがアカデミーから与えられた工房だ。エリーは鞄から鍵を取り出す。
鍵を鍵穴に差し込むとドアが開いた。
エリーが中に入り、次にアディシアが最後にアレクシスが入る。
「こんな感じなんだね。工房は」
「アディの所は違うんだ」
「屋敷かな」
「職人通りの工房とかみんなこれだよ」
一階には使い込まれている錬金術の基礎道具が置かれていた。エリーは調合釜を眺めているがアディシアは地下室の扉を開けていた。ファッハベルク形式の建物だと一階が作業場兼取引の場で二階には親方の家族が住み、屋根裏には弟子が住むが、このアトリエは二階形式で二階が住居となっている。
「誰か最近まで使ってたみたいだね」
(……聞いた覚えがあるような)
この工房の前の主については聞いた覚えがあるがアレクシスは思い出せない。非常に有名だったはずだ。
アレクシスも工房の中を覗く。
「私、ここで生活するんだ……」
エリーが言う。
アトリエ生は寮生以上にある意味では過酷だ。アレクシスが声をかけようとすると、腹の鳴る音が聞こえた。自分ではないし、アディシアでもない、となると、エリーだ。エリーが顔を赤くしている。
「ご飯、食べようか。買ってくるんだよ。サマエルも呼んでくる」
アディシアが促す。時間は昼時になろうとしていた。
ザールブルグの生活に慣れたアディシアは美味しい店も知っていた。サンドウィッチ形式の食事を食べる。
アレクシスが今回は奢ってくれた。エリーの工房で三人でサンドウィッチを食べているとドアが開く。
「ここに居たんだ」
「サマエル。彼女はエルフィール・トラウム。エリー、あたしの相方のサマエルだよ」
「始めまして。サマエル・ウェンリーです」
あらかじめエリーの名前や特徴や『カルヴァリア』を利用した通信で届けているが、また教える。
サマエルはダッチオーブンの慣らしをしていた。ソード・ブレイカーを使って冒険者の男の剣を折ったことについても、血なまぐさいことにならなくて良かった、で終わらせている。サマエルは自分のサンドウィッチを持っていた。
「エリー、十五歳なんだ。僕もだよ」
「みんなそうなんだね。あたしも」
『二歳あげたところでそうは見えないし』
アディシアは十三歳だがアカデミーでは十五歳と通した。最近のアカデミーの平均入学年齢は十五歳であったので、それにあわせたのだ。サマエルは十六歳……彼も正確に計算すると違うのだが便宜上はそうなっている……であるが、十五歳にした。年齢を一歳ぐらい調整してもサマエルは代わりはしない。
リアの声にアディシアは心の中でナイフを投げておく。年齢相応に見えないのは良く言われていた。
言われていたのだ。
「明日はアカデミーの入学式があるけど、準備は」
「揃えなきゃいけないものとか、まだ揃えてなくて」
「アトリエ内も掃除した方が良いんじゃない? 換気は良くしたけどホコリっぽいから」
「掃除道具がなかったんだ」
アトリエにはバケツはあったのだが竹箒や雑巾、ハタキがなかった。エリーに話を振っていたアレクシスにアディシアは疑問をぶつけた
「……掃除とか出来るの?」
「簡単なら掃除なら出来るよ」
「資金、いくらぐらい持ってる?」
「お父さんとお母さんが持たせてくれた分が」
エリーが布袋を出した。財布だろう。全額を確認する。家の中の物を整えるには十分な金額だ。
『親心ね。きちんと持たせたのね。カロッサ雑貨店を紹介しておいたら』
(しておくよ)
カロッサ雑貨店は良質な品物が揃い、値段も安い。アトリエで暮らすと言うことは一人暮らしをすると言う事だ。
掃除も洗濯も料理も自力でしなければいけない。
食べ終わってから、カロッサ雑貨店に行く。今日の店番はカロッサ兄妹の母親だった。
アディシアとサマエルは何度か顔を合わせている。エリーを紹介してから、買える必要なものを揃えた。
掃除用具を優先して買う。
エリーの工房には井戸が着いていなかったので井戸の場所も教えた。職人通りの井戸は一日一回だけしか、使えないと言うルールがある。水の枯渇を防ぐためだ。そのルールも教える。
「水ぐらいなら運ぶよ。桶、アトリエにあったし」
前のアトリエの主が残したものは活用しておく。アレクシスとサマエルが桶に井戸水を運んでくれた。
水は食事に使うものと掃除に使うものと分けた。二階の自室にはベッドがあったが布団はない。
備え付けのクローゼットと小さな箪笥がある。
ハタキを使ったり、竹箒でホコリを取り、水拭きをした。エリーはきれい好きのようで、掃除を丁寧にしていた。
「アディとサマエルのアトリエはどんなのなの?」
「屋敷だよ。アトリエを振り分けたら、建物が無くてね。あたしとサマエルは成績は良かったんだけど……」
寮には入れるのにアトリエ生になった理由はアディシアはそちらで勝ち取った方が良さそうだからと言うものだが、表向きはアカデミーが成績優秀者もアトリエに住ませ、特別カリキュラムをやったらどうなるか、のテストケースにアディシアとサマエルは参加したことになっている。
「私、全然駄目だったんだ。成績が悪くてさ……読み書きもようやく出来るようになったばかりだし」
(……読み書きを憶える必要がなかったんだよね。村だと……)
リアに習った。そうだ、とリアが首肯したのをアディシアは感じ取る。
『特権階級のものだった読み書きが中層階級に広がっている最中と考えれば、やれている方よ』
勉強は学ばなければ出来ないし必要がなければ憶えない。アディシアが憶えているのは組織が憶えさせたからだ。
アディシアは竹箒で床を掃除していて、エリーは雑巾で窓枠を掃除している。
サマエルとアレクシスには裏庭を頼んだ。物干竿をつけて洗濯物が干せるようにしておく。
カロッサ雑貨店で必要なものはまとめ買いしたし、何日か分の食料も追加してある。
採取用の道具は後回しにした。家優先だ。
「アカデミーもギリギリで入学できて、入学試験を受けたとき合格してないと想って帰ろうとしてたんだ。イングリド先生が、条件付きだけど合格してるって教えてくれて」
「ってことは、村に一回帰ったんだ」
「報告をしたりしないといけなかったから、馬車には未だに慣れないかな」
アディシアは酔いに強い方だし、馬車に長時間乗っても平気だろうが、この辺りは体質だ。
玄関からアレクシスが入ってきた。
「庭の方は整えて物干し台を置いておいたから」
「掃除も終わったよ。残りは地下室だけ」
二人でやれば掃除も速い。地下室を除いて掃除は完了した。エリー、アディシア、アレクシスは地下室に降りた。
地下室には樽がいくつか置いてある。樽は液体系の素材を入れておくためのものだろう。
「……ワイン、残ってる」
「<祝福のワイン>だっけか。アカデミーで販売してるワインだよ」
アカデミーを訪れたときに見たことがあるラベルが巻かれた瓶だ。アレクシスが手に取る。ワインボトルは五本あった。
右手でワインボトルを持ったアレクシスは左手でワインボトルの下にあった紙を掴んだ。
二つ折りにされている紙だ。エリーが紙の内容を読む。
「このアトリエを使う人へ、私はこのアトリエで勉強しました。辛いこともあったけれど、嬉しいこともあって、錬金術を学んだり、楽しかった。貴方も大変な状況になるかもしれないけれど、素敵なことはあるから。これは餞別です」
「ワインは保存が利くから、前の人がワイン好きだったのかな」
メモの内容を聞きながら、アレクシスはワインボトルを持ち上げてワインラベルを読む。去年のものだ。
「貰ったのは良いけど、ワインが苦手……お酒苦手で」
「美味しくないの?」
「酔うの」
「(弱いんだ……)グリューワインにすれば」
アディシアも酒を飲む方では無い。酒には好みがあるが、酔いやすさもある。
グリューワインはワインに各種香辛料を入れたホット・カクテルの一種だ。
『夏に飲むの? それなら、ワイン煮にするべきじゃないかしら』
「ワイン煮という手もあるね」
「三人とも、居たのか。アディ、アカデミーの制服、引き取りに行かないと」
サマエルも地下室に降りて来る。制服のことをアディシアは忘却していた。
何日か前から、作って貰った制服は引き取るだけだが、サマエルの言葉を聞いたエリーは慌てる。
「……制服……作り忘れてた……どうしよう……」
「特急料金とか、かなりかかるんじゃないかな。一日しかないよ」
「あたしとサマエルが制服を作った店に聞いてみよう」
アレクシスは冷静だ。
ワインの使い道を考えるよりも先にエリーの制服を何とかすることになった。アディシア、サマエル、エリー、アレクシスで、職人通りにある服飾店へと向かう。織機と机と針糸が描かれた看板がぶら下がっている青い屋根のファッハベルグに着いた。
「いらっしゃいませ」
迎えたのは店主だ。ウェーブのかかった茶色い髪に青い瞳をしていて、ディアンドルを着ている。店主は売り物の布を整えていた。
「すみません。この子にアカデミーの制服を作って欲しいんだ」
「入学式は明日のはず」
「作るの、忘れちゃって……」
エリーは申し訳なさそうに言う。店主はエリーの方を観察する。
「とりあえずは一着。すぐに居るし、急ぎの仕事もないから、朝一番に取りに来てくれれば間に合うかな。代金は……」
店主は落ち着いてエリーに代金を提示する。持って来た資金で十二分に払えた。
「お願いします」
「採寸するね」
エリーを試着室に店主は案内していく。店はそれなりに広く、店内には布の他にも古着が男女別に置かれていた。
アクセサリーも並べられている。
「店で選ぶことってあんまり無いや。屋敷に来てくれるし」
「君はそんなもんだよね」
「古着ばかり」
『前にも話したけど、大量生産が出来ないのよ。服は基本オーダー。最初から服の形をしてるのは古着だけみたいな』
アディシアの世界では機械化が進んでいるため安価な服は服屋に行けば手に入るし、高級品も同じだ。
オーダーメイドの衣装だと、高級感がある。
ザールブルグでは機械化なんて無いので衣装は一から職人が作る。布を一つ一つ手に取っていく。サンプルとして、いくつかの布が置かれていた。羊毛、麻、リネンは知っているが知らない布もある。
「白い布は国宝布、こっちはフォルメル織布。高いよ」
(魔術系の布かな……)
アレクシスにとっては見慣れているものなのか、簡単に言われる。アディシアもサマエルもこの店には来たことがあるが、改めて確かめると布にしろ染料にしろ種類がいくつもあった。
『近代の話をするけど、オーダーメイドの衣装ばかりだから服は高価。農民は普段着か、晴れ着ひと揃い持っていれば、
良かったの』
(……寝間着は?)
『無いから裸か、そのままの服ね。晴れ着の方は教会があるから、着る機会は多いわ』
アディシアはそのままの服でも寝られるが裸で寝ると場所によっては、寒そうだ。農民は普段着は古着で、晴れ着は余裕があれば作るぐらいだ。
(洗濯は余り出来なさそうな)
洗濯をしたら服が縮んだというのは聞く。洗濯すれば服は綺麗になるが、何度も洗っていれば服が傷む。
『多い方の記録として夏場は一週間に一度、冬場は二週間に二度ぐらい。ザールブルグではまだ洗濯回数はあるけど』
服が傷んだらつぎはぎをしてたまにしか洗濯をしない。長く服を着るための対策だ。アディシアは読んだ小説を思い出す。
あれは十二歳の少女が自分の国を何とかするために山を登ると言った話だった。
(ザールブルグはこちらの近世に比べたらまだ進んでるんじゃないかな。靴とかこちらに近いし、高いが)
会話に加わるのはサマエルだ。近世の範囲としては前に教えて貰ったがルネサンスから産業革命前辺りらしい。
ルネサンスって何と聞こうとしたらリアは自分の国で起きたことなのに、と返していた。
(スニーカーがあればいいのに)
『それだと現代になっちゃうから』
エリーの制服の話し合いが終わるまでアディシア達は暇をしていた。ちなみにアディシアがザールブルグに来た時に履いてきた学校の内履きはトランクに押し込んである。サマエルは魔術で収納していた。
一時間ほどしてエリー制服の採寸や生地、染料や必要なものは調達したり、準備のめどが付いた。
靴も準備が出来るらしい。
「ありがとうございました。あの……」
「カーヤ・ブランケ。私もアカデミーの卒業生で、今はこうして服屋をしているの」
「アカデミーを卒業したのに服屋なんだ」
「錬金術は布も作れるから、布を作るのが楽しくて、染料は余り興味がないんだけどね。
武器屋に服も降ろしてるから。そっちの二人には、制服」
アレクシスの言葉にカーヤは微笑む。武器屋に降ろしている服というのは冒険者用の服のことだろう。
カーヤはアディシアとサマエルに大きめの布包みを一つずつ渡した。アカデミーの制服だ。
二着分作った。代金を二人は払う。
「明日の入学式には間に合いそうなんだよ」
「入学式前には仕上げるからエリーちゃんは制服、取りに来てね」
改めて礼を言うとアディシア達は店を出た。
「疲れた……」
「夕飯の準備をそろそろした方が良いかな」
「エリーは疲れているし、俺達と一緒に食べる? 作るよ」
「お願い」
ザールブルグに来たばかりのエリーが疲れていることを気遣い、夕食は合同にすることにした。
アディシア達からすれば二人分作ろうが三人分作ろうが同じだ。
「僕も食べてみたい」
「四人分だ」
まず、肉屋に行く。ザールブルグでは鳥獣肉(ジビエ)が中心だが、豚や牛も食べられる。
鹿肉が売られていたので鹿を購入した。エリーの工房に戻ると、疲れているエリーを休ませてアディシアとサマエルで調理をする。アレクシスはエリーに着いて貰うことにした。
<祝福のワイン>を鍋に注ぎ込み、鹿肉と共に煮込む。<ベルグラドいも>を潰して、野菜を入れてサラダにして、パンをつけた。
(ベルグラドいもサラダ、元ネタはポテトサラダ。馬鈴薯もあるけどね。この世界は)
「明日は魚でも食べようか」
カロッサ雑貨店にランチプレートが売られていたので購入してきた。一つの皿に纏まるものだ。
アカデミーの卒業生が作ったものを置いたらようだ。コレは洗い物をするときに楽が出来る。スープは一人用のボールに入れた。
「芋が主食みたいだね」
「パンは補助かな」
貴族だとパンがメインであるようだ。準備が終わる。アレクシスは軽くでいいと言ったので少なめにして食事に入る。
「ワインでお肉を煮込むと美味しい」
「明日はアカデミーに入学だから、力はつけておかないとね」
「改めて、明日からよろしく」
「僕の方こそよろしく」
「アディもサマエルもアレクも、ありがとう。ザールブルグ、知らないところで不安だったんだ」
エリーが安堵していた。
アディシアにはサマエルが居るし、この手のことには慣れていたので不安はないが、一人で来たエリーは不安だったのだろう。
(上京した人だね)
心中で呟き、アディシアはベルグラドいもサラダとパンを共に食べる。
食事が終われば夕方も終わろうとしていた。アレクシスは明日アカデミーで逢おうと言い残して、家に戻った。
「俺達も帰るから」
「明日は呼びに来るんだよ」
「二人とも、ありがとう。頑張ってみる」
食器を洗い片付けてから、アディシアとサマエルも屋敷に行く。エリーに見送られた。帰る前に戸締まりはしっかりとして、怪しい人は入れないようにすると言い含めておいた。
アディシアとサマエルは怪しい相手が来ても対処が出来るのだが、エリーは一人だけだし、戦闘能力も無さそうだ。
「治安は安定してるから不安はないんじゃないかな」
「襲われるときは襲われるからね」
「それはエリーの前では言うべきじゃない。事実だけど」
ザールブルグの夕暮れは賑やかだ。夜になれば酒場に人が集まる。
アディシアもサマエルも夜になればすぐに寝てしまうので、徹夜はしないがアカデミーに入学してからは夜起きていないといけなくなるだろう。勉強もあるのだ。
「エリー、友達になれるかな」
「もうなってるんじゃないか」
「入学式の話は短くして欲しいかも」
『セオリーとしては校長の話とか無駄に長いのよね』
八月が終わる。
明日からは九月で、アカデミーの入学式だ。アディシアもサマエルも錬金術としての一歩を踏み出すことになる。
夏風がアディシアとサマエルに吹き付ける。気持ちが、落ち着いた。
【続く】
祝福のワインネタは昔に読んだアンソロジーのアレンジというか
ストック分はコレで使い切ったと言う