アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~   作:高槻翡翠

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採取というか外に出ようの話。
殺伐してるようでほのぼの出来るのは経験のせいなんでしょうが。

二月十二日にあちこちつけたしました。


第四話 ヘーベル湖でピクニック(採取も)

【アトリエ編 その4】

 

ザールブルグは晴れが続いていた。季節は夏で、温度が高い方だが、湿度が低いため、それなりに過ごしやすい。

教会の鐘の音がするのと同時に起きたアディシアは、庭で体を動かしてから、サマエルと朝食を取る。

リビングと決めた部屋でパン屋で買った食パンにカロッサ雑貨店で買ったオレンジマーマレードを乗せて食べていた。

塗るのではなく乗せる、だ。サマエルはテーブルの上で、左手に持ったパンきり包丁で山形食パンを食べやすい大きさに切っている。

部屋には大きい長方形のテーブルとテーブルを取り囲むように椅子が四つある。

買い出しの時に買っておいたのだ。

二人は向かい合い、食事をしている。

 

「パンにマーマレードを乗せて食べるのって久しぶりなんだよね」

 

塗る、ではなく乗せるである。

日本生活を続けていたアディシアは白い柔らかい食パンを食べるのに慣れたので、これは新鮮だ。

ジャムを軽く塗れば食べられるパンではなく、ザールブルグのパンはジャムやマーマレードをたっぷりと載せた方が美味しい。

”仕事”で世界中を巡ったことはあるが、国によってはジャムを塗ったとしてもパンの風味が打ち消せないと言うのもある。口に合わないパンもあった。朝食を作ったのはサマエルであり、彼はベーコン目玉焼きとスープを作ってくれた。

薄めに切られたパンを頬張ってから噛む。小麦の風味が生きていて、オレンジマーマレードの少しの苦みとあっている。

 

「食べ終わったらヘーベル湖に向かおうか。準備は万全だし」

 

オレンジマーマレードが気に入ったのか、アディシアはひたすらと食べていた。

オレンジの方はザールブルグから遠く離れた港町カスターニェの近くで作っているという。ザールブルグは食材が豊富だ。農業王国であり、食べ物には困らない。

 

「残りはお昼に食べよう」

 

食パンは一斤分購入した。アディシアとサマエルで食べても半分は余っている。食べることについては、サマエルは賛成ではあるが、気になることがある。テーブルの上にある瓶を一瞥した。

 

「マーマレードも持って行く気かな」

 

『そう言うクマ、居たわね。アディシア、口にマーマレードが付いているわ』

 

アディシアが口の側のオレンジマーマレードを拭っている。

リアが言ったのはイギリスのあのクマのことだろう。ヘーベル湖へ行くためのすでに準備は出来ている。

荷物も持って来ていた。昨晩と今朝のうちに準備をしたのだ。

朝食を全て食べ終わり、食器を洗っておいてから、アトリエと言う名の屋敷を出る。

アディシアもサマエルも動きやすい軽装にバックパックやベルトポーチをつけて、外で泊まるための荷物も持っていた。

 

「東門から出ると早いみたいだ」

 

イングリドからザールブルグについて聞いたときに教わったが、城塞都市であるザールブルグは、北門、東門、南門、西門の四カ所がある。夜には門がしまるが、朝には開く。東門に向かう。歩いていくと、シグザール教会やシグザール城が見える中央通りに着いた。

 

「シグザール城も行ってみたいんだよ。大きいよね」

 

「勝手には入れないと想う」

 

ザールブルグは王制であり、城には国王一家が住んでいる。アディシアは国王一家や城の中を見たいのだろう。

 

「こっそり入ってきて、帰ってくるんだよ」

 

「……君ならそれは出来そうだけど」

 

休業中だが、暗殺者であるアディシアは密かに侵入や脱出をすることにも優れている。

日本に来てからも体を鍛えることは欠かさないし、ザールブルグでもそうだ。

そのまま歩いていき、東門からザールブルグに出る。門番の兵に挨拶をした。スムーズに出られた。

出てからアディシアが振り返る。

城壁の上は上れるようになっていた。階段が塔があるのだ。

 

「あそこから景色とか見られそうだから、帰ってきたら上ってみる」

 

「ヘーベル湖は何日ぐらい滞在する?」

 

「二日か三日かな。まずは辿り着いてからだろうし」

 

道は土の道が踏み固められているが、歩きづらくはない。アディシアは地図を広げた。

カロッサ雑貨店で売っていたものにいくつか書き足したものだが、ヘーベル湖までは地図に道のりが乗っていた。

 

「他国に攻められる恐れもあるから地図は簡易なものしかなくて、各自で書き足すぐらいか」

 

「急ぐ旅でも無いし、ゆっくりね」

 

方向を確認しながらアディシアとサマエルはヘーベル湖を目指す。

カロッサ雑貨店で聞いたことだが、ヘーベル湖はザールブルグの外ではまだ人の行き来がある方だと言う。

アディシアが鼻唄を歌い出した。

 

「そうだね」

 

サマエルも油断はしないようにして、気楽に行くことにした。

 

 

 

「ストウ大陸、ザールブルグ、シグザール王国、で分かる範囲の地図がこれと」

 

オルトルートが本の塔で丸い桃色のクッションに体育座りをしながら表示窓の情報を読んだ。

アディシアが見聞きした情報を纏めていたコウは丸テーブルの上に透明操作鍵盤を置いた。

背もたれの着いた椅子に座り、集まっているだけの情報分析を終え一息ついている。

 

「中世よりは発展してるよ。こちらの中世では地図なんて作られなかったから、あの地図は絵画的なものじゃないし」

 

情報を精査したりするのには基準が居るが、今の基準は元の世界を分析したものを使っている。

中世はあちらの世界では五世紀から十五世紀までであり、封建制度以降だ。

封建制度は緩やかな主従関係で成り立っているが、シグザール王国は集めた情報に寄れば王制であり、領主が居ない。

昔は居たのだが跡継ぎが居なくて断絶した家ばかりらしい。

ザールブルグの地図は絵ではなく、街の位置が詳細に描かれていたものである。

 

「近世ぐらいで、一部は近代ぐらいでしょうか」

 

世界の発展というのは並べていけば似たような状態で伸びることがある。

オルトもコウも、取り込まれる前は人間であったし、『カルヴァリア』によって滅ぼされるまでは自分の世界があった。『不死英雄』は皆そうだ。

魂や世界や情報を喰った『カルヴァリア』の中は雑多だ。取り込んだものが明確な形になっていないこともある。

これを掘り起こすのが発掘であり、今はルイスイがやっていることだ。

やっている理由としては役目が半分と暇潰しが半分だ。

かつて、何処かの誰かはこの『カルヴァリア』を記録庫にしようと様々な術式を使い、成功して、その機能はコウ達が使っている。

 

「地図はかなり精巧な手書き……。地図のデーターよりも、歴史のデーターが欲しい」

 

アディシア達の使っている地図は手書きの地図だ。

ザールブルグには活版印刷があるとは言え、地図にしろ本にしろ、色をつけるところは地道に一つずつ色をつけるしかない。

オルトは表示窓を眺めた。

歴史が解れば、推測できることは増えるのだが、イングリドもザールブルグの歴史は二十年ほどしか知らないようだった。

元の世界ならば歴史書もあるが、この世界で歴史書があるとするならば、アカデミーではなく城だ。

この中には歴史の記録を取れる”機材”もあるが、ザールブルグでは使えない。整備をしようにも整備が得意な者が出払っている。

 

「良い国ですね。ザールブルグ。平和な方ですよ。……隣国ってどんな感じでしたっけ」

 

体勢を変えて桃色のクッションに上半身を預けると。オルトは寝転んだ。

彼女が居た世界は四六時中戦争をしていて、太陽が滅多に差さず昼よりも夜の方が長かった。

元が騎士であり、戦ばかりしていたこともあってか、平和を好む気持ちが大きい。

 

「国通しの距離が離れているから、君の所とか、ヨーロッパみたいに戦争ばかりしているわけじゃないよ」

 

コウが透明操作鍵盤のキーの一つを押して、オルトの表示窓にザールブルグの隣国の情報を送る。

国によっては敵国が居るが、今は休戦状態だ。

敵国と呼べるのは南にあるシグザール王国と同じぐらいに大きな国であるドムハイト王国と、シグザールよりも規模が小さい、北国のダマールス王国だ。周辺国の情報もイングリドから聞いている。

ヨーロッパと違い、国通しの距離が離れているため大規模な戦争はこのところは起きていない。

 

「懐かしいですね。人によっては自分が住んでいる街や都市だけで一生を終える。世界は広いけれど認識できる範囲しか感じ取れないとか、宿主さんが読んでいた漫画でありましたね」

 

懐かしいは自身の生前の記憶を思い出しているようだ。オルトが話題に出した漫画は、美人の女店主と眼鏡をかけた従業員の漫画である。コウは頬杖を着く。

 

「あの漫画は僕も好きだ。あの作者の作品だと、東京が壊滅していく話とか好きだ。続編を書いてくれないかな」

 

「何処を探しても続編がなかったんですよね」

 

『カルヴァリア』内にあるデーターは発掘する気になれば本もある。彼等が居る本の塔がまさにそれだ。

この中には漫画もあるが、取り込み、形にしなければ出てこない。コウが読みたがっている漫画の続編は何処にもなかった。どの世界でも書かれていなかったのだ。

 

 

 

ヘーベル湖に向かう道を数時間歩き続けると、ヘーベル湖とザールブルグの間にある休憩所へと夕方前には辿り着いた。

休憩所はその名の通りに休める場所で衛兵が居た。

アディシアの感覚で言うならばキャンプ場である。衛兵が待機するための小屋が一つあり、

ならした平地が広がっている。

 

「こんなに歩いたのは久しぶりかも……(自転車も電車も無いもんね)」

 

「速めに夜の準備をしようか。野営にも、慣れないとだし」

 

『今は午後三時ぐらいよ』

 

休憩所には狩人らしい男や、夫婦と子供連れなど何人も人が居た。リアが時間を伝えてくる。

空いている場所をアディシアとサマエルは取り、荷物を降ろした。

 

「竈作りとかして。薪集めと狩りはあたしがやるから」

 

「やってみる」

 

サマエルに竈作りを任せた。アディシアは休憩所近くの森へと入ると、薪を集め出す。

バックパックが殆ど空なのでその中に薪を詰める。小枝と大枝、燃えやすそうな物も集めた。

 

『倒木があるから、それを切ったら』

 

アディシアの前に倒木が落ちていた。買ったばかりの倒木ナイフを出すとアディシアは倒木を切り出す。

左手で倒木ナイフを持つと手頃な大きさに切っていく。この辺りは力を使うよりも手首のスナップだ。

倒木ナイフをしまい、集めていきながら、食べられそうなものも探す。

 

「蛇が居た」

 

探しているとアディシアから少し離れたところに緑色の蛇が居た。体を動かして草むらに消えようとする。

何も握っていない左手をかざすと掌の上に乗るように投げナイフが出てきた。

薄っぺらいナイフで、下の方は緩やかなカーブを描き、上はギザギザになっている。

見つけて直ぐにアディシアはナイフを蛇の頭に向かって投げた。

ナイフは蛇の頭を潰して地面に刺さる。

 

『さばく時は手袋をするのよ』

 

「美味しいんだよね。蛇肉」

 

キャンプの時以外は食べないが、アディシアは蛇も食える。サマエルは蛇を食べられるかは知らない。

死んだ蛇をアディシアは持ち、バックパックの中にある布製の小さな袋に蛇を入れた。

食べられるものを探すと、白い野兎が居たので野兎にもナイフを投げて、足に貫通させて、

動けないようにしてから、別のナイフで首を切りトドメを刺す。

使っているナイフは『カルヴァリア』が取り込んでいたもので、アディシアの同僚が愛用しているナイフだ。

大量に貰ったので取り込んで、必要な時に取り出せるようにしている。

アディシアが認識したものを『カルヴァリア』は取り込めるが武器として認識しなければならず、防具は取り込めない。

右手で両耳を掴んで野兎を持つ。アディシアの世界では兎は愛玩動物で、

蛇も場合によってはペットだが今は食料だ。

簡単にナイフを投げて捕まえられるのはアディシアはナイフを操る才能もあるが練習したからだ。

特殊な投げ方を何種類か教わっていてそのうちの一つを使用している。

イタリア時代に、義兄が連れて行ったキャンプは食料は全て自分で得るというものであった。

動物を捕まえるための罠も作れるがナイフを選んだのはナイフの方が早いからだ。

 

『二羽いれば十分だから、戻れば』

 

鮮度を保つ処理として血を抜いていたら、一羽、灰色の野兎が居たので同じ要領で狩る。

左手でナイフを取り出して、投げて野兎に突き刺す。野兎の処理をしながら、

アディシアは浮かんだ疑問を心中に投げかけた。

 

(どうして兎は日本だと一羽、二羽って数えるの)

 

『獣を食べることを禁止された坊さんが、これは鳥ですと言い放ったからよ』

 

日本で兎を羽と数えるのは僧侶が獣肉を食べられず、しかし食べたいので兎を鳥と言ったのが始まりだ。

アディシアが戻るとサマエルがテントや竈の準備をして待っていた。

 

「そんなに捕まえてきたんだ」

 

「蛇も居るよ」

 

「……兎、さばこうか」

 

調理器具セットを取り出す。夕飯の準備は二人でやる。アディシアはまずは蛇から処理を始めた。

買ってきた手袋をつけて、蛇は頭を切り落として皮を剥いで、内臓を取り出してから適度な大きさに切る。

サマエルは兎を処理し始めた。切れるナイフが手元にあるため、それを使い、捌いていくだけだ。

後ろ両足の皮に切り込みを入れて、頭の方に皮を引っ張りながらはがしていき、前脚辺りまで引っ張ったら、前脚先と首のところで皮を切り落としてから後ろ足を切り落とす。

手際よくサマエルが兎を解体していく間にアディシアはサマエルが作った竈に薪を並べた。

燃えやすいものと小枝、枝を並べて、火興しで火をつけて、燃やした。調理器具セットは二つ買って一つと一部を持って来た。今後はアディシアとサマエルは別行動をする可能性もあるため二個買ったのである。

着いている鍋は蓋が着いていて、中くらいの鍋と小型の鍋がある。

 

「スープにするね。パンとウサギは」

 

『燻製にでもしたら、材料はあるわよ。干し肉を作るのは無理だし』

 

「カロッサ雑貨店も良い物を売ってくれた……」

 

調理器具セットに燻製用のウッドチップが袋に詰められていた。

今後もあの店はひいきにしようとアディシアとサマエルは想う。

鍋の中に水筒内の水、ウサギ肉、蛇肉、ザールブルグから持って来た<オニワライタケ>を入れた。

ロスワイセが<オニワライタケ>は食べれば笑いが止まらなくなるワライタケではあるが、

毒抜きすれば食べられるので一般的に売られていると教えてくれた。

蓋をして煮込み、様子を見ながら味を調えていく。

鍋に塩を放り込む。ザールブルグは近くに海がないので塩が高いが、塩分がないと料理は美味しくないので買った。

 

「童話で無かったかな。塩のように大切ですとか、言った娘を父親が追いだした話」

 

『その手の話はイタリアもスペインもアイルランドもドイツにもあるわよ』

 

(塩は大切だよね)

 

食料の調達から、食事を食べられるようになるまで三時間ほどが経過していた。

ゆっくりと食べながら燻製の準備もする。ノリとしてはキャンプだ。

 

「盗賊にも魔物にも襲われなかった。襲われない方が良いけどね」

 

サマエルが鍋をおたまでかき混ぜた。平穏に一日が終わる。食事も無事に終わった。

 

「蛇肉、食べられた?」

 

「……食べようとすればね。それより、俺とは<オニワライタケ>の毒が抜けているかどうか心配だった」

 

蛇よりも<オニワライタケ>の毒が抜けるかが心配であった。

夕飯のメニューは蛇と野兎と<オニワライタケ>のスープで、それに持って来た食パンとドライフルーツを食べた。

ドライフルーツはリンゴを干したものだ。

 

「蛇もなかなか美味しい。ウサギも久しぶりに食べた」

 

アディシアはウサギ肉の燻製を作っている。後ろではサマエルが座っていた。満腹になったアディシアはご機嫌だ。

 

『野兎は繁殖力が強いし、中世では一番身近な肉だったんだけどね』

 

「今じゃ狩りをすればところによっては動物愛護団体が煩いけど、愛護も考えないと」

 

『愛護に失敗して生態系を崩す例は多いわ』

 

元の世界では牛肉も豚肉も鳥肉も、苦労せずにスーパーで買えばすむが、野営では野兎を自分で取らなければならない。

食事は野菜の割合が少なかったが、ドライフルーツでカバーした。

 

「サマエル、見張りの順番を決めておこうか」

 

今日は盗賊も魔物も出なかったが、これからがそうだとは限らない。

ヘーベル湖は安全な方だが見張りは居る。アディシアはポケットから銀貨を取り出した。

 

「裏で」

 

左手で弾く。サマエルが裏と言ってきた。落ちてきたコインは裏だ。

 

「あたしが最初か。時間が経ったら、サマエルが先に寝てね」

 

当てた方が先に見張るか後に見張るかは決めていなかったが、アディシアが先に見張ることにする。

まだ眠くはならないので、二人で起きていることにした。

たき火の灯りだけが、夜を照らす。星空は元の世界よりも鮮明だ。

 

「星がよく見えるんだよ。星座とか知りたいかも。アレがデネブ、アルタイル、ベガとかそんな感じで」

 

アディシアが言うのは日本で流行したことがある歌だ。

夜になると、世界は暗くなる。人口の灯りが夜を消しているアディシア達の世界と違い、夜が夜のままだ。

 

「――星が降るよね、か」

 

サマエルが呟くと空を流星が流れる。アディシアが流星を指さして、喜んでいた。

 

 

 

交代で寝て起きてを繰り返し、次の日、朝食を取ってから休憩所の後始末をしてから、ヘーベル湖へと再び歩いていく。

数時間も歩いていれば目的地であるヘーベル湖には辿り着けた。

巨大な湖が、二人の眼前に広がっている。周囲には草原や森があり、静かで落ち着ける。

 

「ロンバルディアみたい」

 

アディシアは荷物も置かずにヘーベル湖の側に駆け寄ると左手を水の中に入れて、水をすくう。

冷たい透明な水が掌に乗った。

 

『このまま飲めるわ』

 

リアに言われて飲んでみる。とても美味しかった。これで帰りの水の補給も心配はいらなさそうだ。

二人が居る辺りには人が居ない。

 

「先にキャンプの準備を……」

 

採取よりも先に場を整えようとするサマエルだったが、それよりも先に腰にある剣を抜いた。

草むらから、三匹の魔物が飛び出してくる。

出てきたのは丸っこい魔物だ。ぷにぷにしている。色はピンクが二つと青が一つだ。

聞いたことがある。これはぷにぷにと言う魔物であり、世界で最もポピュラーな魔物らしい。

 

「もう一匹いて色が同じだったら、消えそうな気がするのに」

 

「俺も想った」

 

アディシアが言いサマエルが同意したのはパズルゲームの話だ。

 

「切ったら終わらないかな」

 

「直ぐに終わりそうだよ」

 

『アディシア、魔術の練習でもしてみたら。取り逃したら、下僕に殺させればいいから』

 

「や、やってみる」

 

ぷにぷにに危険はない。触れたら体が溶けるということも無さそうだ。

戸惑いがあるのはアディシアが、魔術を使わないからだ。刃物は扱えても魔術は初心者である。

 

『体の中を流れる気を外に出す感じで。火が良いかな。燃やすイメージ』

 

(罪深き者は全て等しく灰に帰るが良いとか、燃えるの、全部燃えて無くなるのよとか)

 

『過剰過ぎだから、火を灯す程度で。火の玉を発射するぐらい』

 

魔力についてはアカデミーで自分にも存在していることを知った。

ぷにぷには襲ってこないというか、出てくるのを間違えたという顔をしている。逃げようとしているが、逃げたところで殺されると言う風に大人しく振るえていた。

アディシアは腰のダガーを一本左手で抜いた。杖でないのは刃物の方が好みだからだ。

先端に灯る、丸くて赤い玉をイメージした。

ダガーの先端に赤い玉が産まれる。それを一番前に居るぷにぷにに当てるとぷにぷにが燃えた。

燃えたぷにぷにを見た他が逃げようとするが、サマエルが腰の剣を抜いて両方とも切る。

彼の剣は勘任せだが、それでも強い。

 

「出来た。燃えるものだね」

 

『魔術師として振る舞わないといけないところが出てくるから、練習はしておくべきよ』

 

「何か出てきた。核の玉みたいだ」

 

サマエルが溶けたぷにぷにの死骸から二つの玉を取り出す。拾い上げると一つをアディシアに渡した。

玉の大きさは三センチほどで、青と赤があった。

 

「取っておくんだよ。キャンプの準備をしてから採取、してみよう」

 

魔物も倒したので、まずは寝る準備を先にする。野営だと時間配分が解らないので、準備は速めにした。

今度は竈を作るのはアディシアで、薪を集めるのが、サマエルだ。

竈は風上を選んで、石を並べて作る。風の吹く方向を探ってから、準備を始める。

一時間が経過した。

 

「魚が居れば魚が欲しいかも。釣り竿を今度は持って来る」

 

「鳥を持って来たよ。飛ぼうとしたところを剣で斬った」

 

薪と大きめの鳥をサマエルが取ってきた。アディシアは竈の準備を終えた。

サマエルが取ってきた鳥は雉のような鳥だった。白目を剥いて死んでいる。血抜きも終わっているだろう。

今の時間は昼時だ。<ヘーベル湖の水>があるため、帰りの水も心配はいらなくなる。

 

「<ヘーベル湖の水>がいっぱい居るってヴェグタムさんが言ってた。草もいくつかあるね」

 

「まずは水から組んでみようか」

 

飲み水としても使えるので<ヘーベル湖の水>を最初は取ることにする。

アディシアは水袋を持ち、水辺に近付いた。

口を広げた水袋を沈めようとすると、水底から黒い影が浮き上がってくる。アディシアは咄嗟に下がった。

警戒する。

人影はヘーベル湖の水面から出た。

 

「ギリギリだったな……。空気がきれるところだった」

 

水面から出た人影は男だった。喋ってから、大きく息を吸う。

年齢は二十代ぐらいで、銀色の髪に右目が青色で左目が橙色をしていた。

黒色の半袖とぴったりとしたズボンを履いている。腰にはウェストポーチを巻いていて、左の腰には鞘に入った小型ナイフをさしている。

 

「……水泳中だったの?」

 

若干、警戒をしつつアディシアが聞いた。サマエルも直ぐ側に来る。

 

「大分、離れた場所に来ちまったな。――お前等、キャンプ中か」

 

「九月からアカデミーに通うの。それで採取の練習に来たんだ」

 

敵意はない。水辺から上がった男は全身を濡らしていた。アディシアは先に自分の情報を話す。

 

「アディ。その人、キャンプにでも来た人?」

 

「オレも錬金術士……ってか、冒険者だな。頼まれたものを調達しに来たんだが、

泳ぐのが楽しくて泳いでたら、自分のキャンプ地から離れた場所に着いた」

 

「(警戒しなくても良いよ。この人)目、イングリド先生達と同じだ」

 

サマエルに『カルヴァリア』を利用した通信で伝える。イングリドの名に男は反応した。

 

「あの人も、オレもエル・バドール人だからな」

 

「良かったら、火、どうぞ。夏だけど、風邪を引いたら大変だし」

 

乾かすべきだろうとアディシアは想う。サマエルが戻って薪に火をつけていた。

タオルを一枚持って来たので、彼に貸す。彼は悪い人間ではない。悪い人間ならば勘で察せるが、勘に引っ掛からなかった。

 

「俺はサマエル・ウェンリーでこっちはアディシア・スクアーロ」

 

「オレはユエリフレッド」

 

ユエリフレッドは火に暖まる。

 

「イングリド先生を知っているってことは、アカデミーの関係者なの?」

 

「ケントニスの方で、アカデミーも出て今は冒険者して、たまに頼まれた素材を取ってくるぐらいだ」

 

「……ザールブルグから離れたところにあるところだっけ」

 

イングリドからザールブルグやシグザール王国の説明は聞いたが、エル・バドールについては簡単にしか聞かなかった。

大陸が別であることぐらいだ。ユエリフレッドは干してある薪の木……生乾きだったので火を燃やすついでに干していた……を取ると、地面に丸と少し離れたところに楕円を書いた。

 

「こっちがストウ大陸でザールブルグがあって、海を挟んでこっちがエル・バドール。大陸一つが国だ」

 

「大陸一つが国とか大きいね」

 

「ケントニスは今の錬金術発祥の地で、でかいアカデミーがある」

 

ケントニスについてユエリフレッドは話す。

説明によるとイングリド達もケントニス出身であり、オッドアイなのはあちらの民族の特徴の一つらしい。

彼はケントニスからザールブルグへとやってきた。

錬金術士ではあるのだが、どちらかと言えば冒険者として、活動をしている。

今は頼まれていた素材を取りに湖に潜っていたらしい。

 

「頼まれていた素材は、どんな」

 

「<水色真珠>だな。ヘーベル湖にはアイテムを使って潜らないと取れないぐらい深いところに真珠があるんだ」

 

「真珠が取れるんだ」

 

彼はボンベやシュノーケルを使わずに……この世界にそんなものはないのだろうが……湖の深くまで潜っていた。

 

「低レベルじゃ使わないアイテムで、酒場の依頼に出す程度だ。宝石くれってのに」

 

(それなら取りに行かなくても良いよね。サマエルが魔術を頑張れば取りに行けそうだけど)

 

(アイテムが作れるようになってから挑戦しようよ。錬金術の最初すらやってないんだから)

 

『カルヴァリア』の利用した通信を心中で行う。宝石くれ、は採取依頼の一種だろう。

 

「初心者が調合に使うような素材はどんなの」

 

「ここだとまずは<ヘーベル湖の水>だろう。<ズフタフ槍の草>に<ミスティカ>に<ズユース草>に<魔法の草>だな。<湖光の結晶>は秋か冬だし」

 

ユエリフレッドは採取で取れる材料について丁寧に言う。アディシアとサマエルはメモを取った。

<ミスティカ>や<ズユーズ草>はカロッサ雑貨店でも売っているハーブの一種だ。

特に<ミスティカ>はザールブルグでは重宝されているハーブで、綺麗な水辺の側に育つ。冬でもある程度は育ち、水を入れたコップに<ミスティカ>を入れておけば空気を清浄化してくれたりする。

<ズユーズ草>もハーブの一種だ。

 

(<魔法の草>は絵で見るのあの本にも書いてあったな)

 

アディシアはノートの記述を思い出す。

<魔法の草>は通称であり、正式名はトーン、日のあたる平地や森に生える錬金術では使用頻度が高い草だ。<中和剤(緑)>の材料でもある。<ズフタフ槍の草>はユエリフレッドが生えている物を手に取った。

先端が槍のような穂先になっている。睡眠薬になると教えた。本当に槍が生えているような草だ。

 

『武器として取り込めないか? 無理』

 

(何も言ってないんだよ)

 

察したのかリアが話しかけてくる。

武器を取り込める『カルヴァリア』だが、<ズフタフ槍の草>のようなものは無理であるようだ。

 

「季節で取れるものが違うんですね」

 

「その季節だけしか取れないのはレアもあるな。火、ありがとな。これから戻って依頼の品を届けに行かないと、速めが良いし」

 

火に暖まっているユエリフレッドの体は段々と乾いてきた。

 

「こちらこそ、参考になりました。錬金術士になるとは言え、知らないことばかりで」

 

「誰でも最初はそうだろう。知ってくのが楽しいんじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

笑顔でユエリフレッドは言う。ヘーベル湖で取れそうなものを知ることが出来た。

体が乾いたユエリフレッドは自分のテントへと戻る。ここから非常に離れたところにテントを作ったようだ。

 

「有意義な話だった。取れそうなものは取って帰ろう」

 

「近くの森とかで取れそうなものとかあるかもだけど、近くの森なら運べるしね」

 

近くの森には行ったことはないが、ザールブルグの直ぐ側だ。日帰りで行ける。

情報を元にアディシアは<ミスティカ>や<ズフタフ槍の草>を集めた。

 

『雑草なんて草はないとは言われて居るぐらいにはどの草にも用途がありすぎるから』

 

「お前でも……情報は持っていても絞りづらいみたいな感じか」

 

『世界によって同じだけど違う草とかあるから、一つずつ調べた方が良いわ。アザミは同じだった』

 

同じ名前の草でも毒薬と食べられる草として変わるものがある。コレは何も異世界に限ったことではなく、生えている場所で変わってしまうと言うものもある。知識として教えて貰ったし、旅もののライトノベルにも書いてあった。

 

「食料にも余裕があるし、二、三日ぐらいは居られるよ」

 

「キャンプだね」

 

採取と休息、両方が出来そうだ。薪をそのままに、アディシアは丁寧に採取をし、

サマエルはアディシアが組めなかった<ヘーベル湖の水>を組み始めた。

 

 

 

ロスワイセは店番をしていた。

兄であるヴェグタムが九月からアカデミーで教員になるため、その準備に追われている。ロスワイセも手伝っていた。

彼女がイングリドに言われたのはアトリエ生の生活のサポートというか、気配りをして欲しいというものだった。

カロッサ雑貨店は数々の品物が安いため、住民の間では重宝されている。

両親から祖父の代の話になるが、イングリドは店のお得意様であったと聞いていた。

アトリエ生については兄が言うには、”寮生以上に難しいし、アカデミーとしても両刃の剣だから、万全に行きたいんだろう”とのことだ。酒場を通して依頼を受けるようだが、自分で店をやるようなものであり、アカデミーの評判にも関わってくる。

誰も居ない店内でロスワイセが品物を整えようと、カウンターから出た。

 

「ロセ、お前の兄貴は居るか」

 

「リフさん。兄さんなら、二階に」

 

雑貨屋に入ってきたのは黒い鎧を着けた銀髪の青年だ。片目が橙でもう片方の目が青のオッドアイだ。

彼はユエリフレッド、兄の友人であり、愛称はリフだ。ヴェグタムが居るかを聞かれるのには慣れた。

兄はたまに居留守を使う。

店が開いているという目印の看板もあるのだが誤魔化すときもあるため、ロスワイセが仲介するのだ。

 

「……騒がしいと想ったらお前かよ」

 

「お前が頼んでた<水色真珠>、取ってきたぞ。昨日、取ってきたばかりだ」

 

疲れた様子でヴェグタムが二階から降りてきて、店内に入ってくる。

ユエリフレッドはウェストポーチから取り出した白い小袋をヴェグタムに渡した。

ヴェグタムが右手で小袋を持ってから中身を左手に落とす。

水色の大きな粒の真珠が六つ出てきた。

ヘーベル湖は片道大体二日で行けるのだが、ユエリフレッドは早く動けるブーツを履いているため、一日でこちらに戻ってこられる。

 

「金はすぐに持って来る……そこで待ってろ。リフ……」

 

袋を持つとヴェグタムは雑貨屋を出て行き、二階へと戻る。疲れているようだ。

 

「<ビッターケイト>でも、入れてやりたいが」

 

「あるよ。兄さんはよく飲むから」

 

「あるのか。<カリカリの実>と、出来れば<ハチミツ>があれば」

 

ロスワイセはカウンターテーブルの下からハチミツの瓶と<カリカリの実>が入った瓶を出した。

ろ過器とランプも出す。カウンターテーブルの下には錬金術に使う道具の一部が置いてある。

ヴェグタムはいくつか予備を持っていた。高いが稼ぎで購入している。

<カリカリの実>は赤く丸い実が五つほど付いていて緑色の細い葉が付いている実だ。

世界に数個しかないのだが数十年前に<カリカリの種>をザールブルグに錬金術を広めた人物が、錬金術で<カリカリの実>を再現し作り出せてそれを植えて実が収穫できるようになった。

ランプに火を入れると<カリカリの実>を金属板の上で焼いてから、荷物から出した乳鉢で

実を砕き、砕いた粉をろ過器にセットして上からお湯を注ぎ込む。

これで出来るのが<ビッターケイト>で兄の好物だ。ユエリフレッドは荷物から<中和剤(緑)>を出す。

 

「入れててくれたのか」

 

「<ハチミツ>入れておくぞ。疲れてるな」

 

「九月からアカデミーで教員をすることになって、準備をしてるんだ。それに依頼もいくつかあるし」

 

「お前がか!? ってことはあちこち行けなくなるな。カリエルとか、ヴィラント山とか」

 

調合をしながらユエリフレッドは驚いている。ユエリフレッドはヴェグタムの友人で場合によっては護衛者でもある。

ヴィラント山もそうだが、北にあるカリエル王国は遠く、無事に辿り着くためには腕利きの護衛が必要だ。

ユエリフレッドとヴェグタムは、遠くの採取先から他国まであちこちに行っていたが、ヴェグタムが教師になれば遠出する時間が取れなくなる。

 

「必要な材料の採取は頼むかも知れん。妖精は居るが、ヘーベル湖に潜ってこいとか、きつい」

 

<水色真珠>に対する報酬をヴェグタムは袋に入れた。銀貨を渡して払う。依頼として頼んだので銀貨を出すのは当然だ。

これにはヘーベル湖に潜ったときに使ったアイテム代も入っている。

錬金術士によっては妖精を雇っていることもある。妖精は子供の背丈ぐらいにある好奇心旺盛な者達で、採取や調合の手伝いをしてくれるが、無理は出来ない。

 

「オレもこの辺りで冒険者の依頼を受けつつ、ゆっくりしてるさ。カスターニェに行くことも考えたんだけどな」

 

「フラウ・シュトライトのことか。……アレは倒さないとお前、故郷にも帰られないな」

 

ユエリフレッドは調合して出来た<ビッターケイト・ハチミツ入り>をヴェグタムの前に出す。

港町カスターニェはカロッサ雑貨店とも取引がある。塩はカスターニェから仕入れている。

海にフラウ・シュトライトと呼ばれている海竜が出たためにカスターニェの人々は漁がし辛くなった。

それに加えて、別の問題としてエル・バドール大陸に行けなくなってしまったというものがある。

ヴェグタムは<ビッターケイト・ハチミツ入り>に口をつけて、飲む。

苦みがハチミツにより打ち消されて、やや甘い。苦さと甘さが丁度良よく混じっている。甘さが疲労感を取り除いてくれた。

 

「倒せるの? フラウ・シュトライト」

 

「やってみないことには不明だが、すぐに倒すわけでもねえし、ザールブルグ辺りに居る方が楽しいからな。そうだ。<水色真珠>を取ったときにヘーベル湖で錬金術士の見習いにあったぞ」

 

彼はエル・バドール大陸ならば、あらかた行ったのでストウ大陸に来た。錬金術士の見習いと聞いてカロッサ兄妹は最近、店にやってきた二人を思い出す。

 

「もしかして……」

 

「水色髪と金髪の、あの二人見てると懐かしくなった」

 

アディシアとサマエルのことだった。ユエリフレッドも錬金術士だ。冒険者として非常に有名なのだが、錬金術士でもあり、後身と出会えたのが嬉しいようだ。<ビッターケイト・ハチミツ入り>を飲み干したヴェグタムが険しい顔で言う。

 

「そのことなんだが、お前も相談に乗ってくれ。新年度の教育方針を纏めてるんだが、エル・バドールの意見も聞きたい。……今のままだと、生徒を突然、死ぬようなサバイバルに送る可能性があるかも知れないんだよ。止めてるけど。アトリエ生にしろ、寮生にしろ、瀕死にするわけにはいかない」

 

「何やってるんだよ。アカデミー」

 

「兄さん、だから疲れて……」

 

「選別も必要だが、その手のことは人気だから出来る面もあるんだよ」

 

「過激なことを言う奴は心当たりがあるな。オレで良ければ相談とか載るぞ」

 

徒弟制度にしろ、アカデミーの教育方法にしろ、後進を育てることは難しい。

友人に会い疲労が若干取れたヴェグタムの表情が和らいだことにロスワイセはほっとした気持ちになった。

 

 

 

ヘーベル湖には二日間、滞在した。滞在中は雨が降らずにずっと晴れであった。

一日目は草を中心に採取をしてから、二日目はヘーベル湖の探索をしつつ、ぷにぷにを狩り、体を動かした。三日目に旅立つときには<ヘーベル湖の水>を採取するだけ採取した。

 

「調合はメモがあるからしてみたい。早いけど、フライングだけど」

 

「同じことを言っているけど……」

 

『<中和剤(緑)>や<中和剤(青)>ぐらいなら、危険なことにはならないから、挑戦してみたら?』

 

軽くなったような、重くなったような荷物と共にサマエルとアディシアは帰路に着く。

爆発の危険はないとリアは言っていた。その保証は信用する。

 

「失敗したら困るけど」

 

『――失敗しても死なないのなら、良いのよ』

 

暗殺者時代のアディシアは成功率が低めの任務に送られては帰還した。任務を果たしてだ。成功確率が九割はないと任務をしないはずの独立暗殺部隊であったが、そんなことは上はお構いなしであった。

 

「失敗は成功の元、が出来るんだ」

 

「ありがたいね」

 

失敗が出来ないと言うのは恐いことだ。後がないのだが、調合には後がある。

これから先、失敗が出来ない状況もありうるが、今はまだ無い。

バックパックの中には採取した素材が入れてあるし、首尾は上々だ。

 

「アザミが生えてる。食べよう」

 

「……素材じゃなくて、食べるんだ」

 

『食べられるのよ。種も茎も根っこも』

 

街道沿いにアザミが咲いていたので、アディシアがナイフを取り出して採取を始めるが錬金術の材料ではなく、食事にしようとしていた。

休憩所はまだ歩かないと着かないが、休憩するときに食べる分だろう。

アディシアはヘーベル湖でのキャンプの時も採取した<魔法の草>を食べてみたりもしていた。<ズフタフ槍の草>もアディシアは自分に使ってみている。

睡眠薬の筈だがそんなに強くはないと話していた。

サマエルも<魔法の草>は食べた。結果として<魔法の草>は食べられないこともないが、

美味しくはないと言うのも判明する。

 

「残りの日、どう過ごすかな」

 

「近くの森にも行って、お城にも行くの。やることばかりだよ」

 

「付き合うよ。城は正面から見るだけにしておくべきだけど」

 

『帰ったらまず掃除よ?』

 

リアが二人に伝えてくる。魔術を仕掛けておいたので発動させれば掃除が楽にはなるが、あの屋敷は大きすぎた。

 

(普通サイズのアトリエが欲しかったな……)

 

「掃除か……」

 

気落ちしながらもアディシアはナイフでアザミを適度に刈り取った。

怠そうにするアディシアとサマエル、この二人が後にあの屋敷で良かったと言える事態が起きるが、それはアカデミーに入学してからのこと、つまりは九月の話になる。

 

 

【続く】




コレを書いているときぐらいから教師サイドとか
書いているのが楽しかったです

サマエルは適当(本人にとっては)に剣を使っても強いと言う
天才タイプというか元の性質を引きずってはいます。

おまけ

「何に使うんだよ<水色真珠>」
「<ゲヌークの壺>。割っちまったんだと」
「……近所で大量の水が家に溢れたとか聞いたけど、まさか……」
「水が<パチパチ水>だったんだ」
「<パチパチ水>の洪水かよ」

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