アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~   作:高槻翡翠

3 / 11
二話目、ザールブルグ探検とも言うか

2月7日に改訂。まだこれで解りやすくなった。かな……。


第二話 工房……?

【アトリエ編 2】

 

アディシアが目を覚ましたのと同時に鐘の音が聞こえた。

音からして、教会の鐘の音だ。ここはアカデミーの寄宿舎の一室で、ここに泊まった。

ベッドの上で上半身を起こしてから、伸びをする。

藁の上にシーツが置かれた敷き布団と毛布が寝具だ。

 

「入学は、出来るはず……」

 

入学試験を受けてから、イングリドについていった後で制服からザールブルグでも違和感の無い服を貰い、着替えて、サマエルと共に魔力検査をしてから、食堂で夕食を食べた。

夜にはイングリドからザールブルグやシグザール王国や他の国や、どんな都市かと言う説明を受けた。

細かいこともいくつも聞いたがイングリドはこちらがした質問に全て答えてくれた。

情報収集は生活をしていく上で欠かせない。

 

「……中世ぐらい? 中世とか余り分からないけど」

 

『中世とか近世が混じっているわね。実際の中世はもっと住みづらいわ。

魔力の方は、感覚、忘れてないわよね』

 

世界史はそんなに詳しくはないので適当だ。答えたのはリアである。

ベッドに座り込むとアディシアは両手を眺めた。軽く集中すると魔力を感じた。

魔力検査の時はぶっつけ本番で使ってみたが上手くいった方だ。感じなさい魔力をとか、

リアに言われたときはどうしたものかと想った。

 

「魔法を使えとか、言われても魔法のイメージって、杖に弾丸叩き込んで相手に打ったり、格闘系が」

 

『そんなイメージなの?』

 

「魔法も使えるようにならないと駄目か」

 

話していると、ドアがノックされる。下僕、とリアが言ったのでサマエルと解り、入って、と声をかけた。

入ってきたサマエルは身なりを整えていた。

黒いズボンに白いシャツ、緑色のベストを着ている。

アディシアもイングリドから貰った服を着ている。

靴もイングリドが調達してくれた。今のアディシアが着ているのはドイツ風の民族衣装だ。一般市民の服らしい。

ディアンドルと、リアが教えた。着ていたブレザーはトランクに入れてある。

 

「おはよう。イングリド先生が朝食後に研究室に来いって」

 

「サマエル。おはよう。まずはご飯だ」

 

「話も大事だからね」

 

朝食は寄宿舎の食堂で取る。食堂は学校の教室ほどの広さがあり、長方形のテーブルが幾つも並び、背もたれの着いた椅子が置かれていたが、使っているのはアディシアとサマエルだけである。

朝食のメニューはベルグラドいものペーストをパンに塗ったものときのこのスープだ。

キノコはマッシュルームとオレンジ色のキノコが入っている。

おかずは目玉焼きとヴルスト(ソーセージ)に緑茶が付いていた。

ベルグラドいもは始めて食べてみたが里芋みたいで美味しい。

パンは白いパンだ。

日本では柔らかいパンばかり食べていたので、ちょっと硬めのパンが懐かしい。

 

「このお茶、緑茶のようで……微妙」

 

「美味く入れれば、美味しくはなるんだろうけど」

 

緑茶だと想って飲んだが、緑茶よりも苦いというか不味い。

ゆっくりと食べる。食べ終わったアディシアとサマエルはお盆や食器を洗い場に出してから、

教えて貰った研究棟に向かう。

教わったが、アカデミーには五つの主要施設があり、寄宿舎、大講堂、研究棟、中央フロア、図書室とある。

イングリドの部屋に辿り着くとサマエルがノックをして、アディシアが来ました、と言う。

入りなさい、とイングリドの声が聞こえたので二人は部屋に入る。イングリドの部屋は本や書類ばかりであった。

学校の職員室の先生の机を広げたような感じだ。

 

「来ましたね。二人とも。試験の方は学力も魔力も申し分はないです。入学に足るレベルです」

 

学力もそうだが、魔力は運動する人間にとっての体力のようなものなので、アカデミーもどれだけあるかはテストをして計っておく。

学びたい者には教えるというのがアカデミーだが、潜在魔力が皆無だったり、少ないと対策がいるので生徒の魔力量は知っておかなければならないのだ。

 

「……学力はね……こっちの方が進んでるというか、学べたというか」

 

アディシアが入学の許可を喜ぶのは心中内にしていた。アディシアもサマエルもここよりも発展した世界から来て、勉強は一通り学んでいる。アディシアも学校には半年は通っていた。

それ以前にも暗殺組織が勉強を教えてくれたし、サマエルも師匠から勉強を習い、今も勉強は続けている。

ザールブルグには誰にでも勉強を教えてくれる学校というものは教会ぐらいしかないし、教えるのは勉強の範囲は計算や読み書きぐらいだ。アディシアの知る学校に近いものがアカデミーだ。

アカデミーは誰でも入学を許可していたが、錬金術を学ぼうとする生徒が増えたため入学試験が出来た。

イングリドからザールブルグ周辺のことは聞いたが、シグザール王国の周辺にも村があり、小さな村からも入学希望者は来ると言うが、読み書きの問題があるらしい。

二人は先に『絵で見る錬金術』を読んでいたために問題も殆どが解けた。知っている状態だったのだ。

イングリドが入学許可証を二人に渡す。表彰状のような入学許可証だ。

 

「サマエルの方は二位に入っていますし、アディシアの方も二十位以内には入っています。これだけの成績があれば、寮に入り、学ぶべきでしょうが、私はもう一つの方法を提示します」

 

「もう一つの方法?」

 

「特別カリキュラム。一般的な生徒は寮に入り、衣食住や調合に必要な素材、機材の面倒もこちらが見ますが、このカリキュラムの対象生は、その援助を受けられません。その代わりに工房を貸し出します」

 

イングリドが受け持ったとある生徒のためにそのカリキュラムは作り出されたという。

アカデミーというのは在学期間が四年であり、中途半端な生徒は卒業させないという方針もあり、卒業出来るかどうかと言うのは厳しい。それでも、何年か留年すれば卒業は出来る。

だが、その生徒はアカデミー史上最低の成績をたたき出した。このまま勉強させていても卒業は出来ないとイングリドは判断した。

その生徒を鍛えるために考案されたカリキュラムは工房で生徒に錬金術の店を開かせて、

五年で何か一つ高位のアイテムを作り出すことと言うものだった。

その生徒は見事にやり遂げて錬金術士として良い意味でも悪い意味でも有名になったという。

 

「生活のためには嫌でも錬金術の腕前を上げて、材料とか機材も自分で調達しろか。厳しいね」

 

「今年の入学生も何人かは工房生になってもらいます。成績がいまいちでしたが光るものがあれば、こちらの方が良いと

言うこともありますからね」

 

(あるんだ)

 

『温室育ちとサバイバル。どちらにしろ、鍛え上がればいいの。人を育てると言うことは難しいのだから』

 

寮生にしろ工房生にしろ、卒業できるかどうかは自分次第だ。卒業後の進路も切り開くのは自分だ。

 

「ハリポタをやるか、魔女の宅急便をするかってことだよ。……こっちの世界の例えです」

 

ハリポタはハリー・ポッターで全世界で有名になっている魔法使い小説であり、

魔女の宅急便は空を飛ぶことしかできない魔女の少女が配達屋をやる映画だ。

後半部分はイングリドに向かってサマエルは言った。

アディシアはどちらも知っている。どちらも小説も読んだし映画も観た。

 

「工房生かな。やるとしたら、大変だろうけど、やりがいがありそう」

 

「君の決定に俺は従うよ。……それに、二人で行動した方が良いから、工房生の方が良いか」

 

ここは異世界だし、頼れるものは自分達とかろうじてドルニエやイングリドぐらいだろう。寮で庇護を受けるよりも、アディシアがやりがいがある方を選んだ。

 

「分かりました。工房となる建物は用意できています。必要なものは準備しましょう」

 

「ご近所付き合いと寮生との付き合いとあるけど、まだご近所付き合いなら気楽かな。貴族とか苦手」

 

「どちらにしろ……危なかったら、頭を掻いて誤魔化すさ」

 

『魔術師違いよ、それ』

 

リアの呟きをサマエルは無視した。アディシアは意味が分かっていない。

話ながら、アカデミーの生徒の出身比率について聞いたが、殆どが中級階層の者でその次が上級、最後が下級となるらしい。

下級は読み書きがまず出来ないので少ない。

アカデミーが出来てから特権階級やごく一部の者しか出来なかった読み書きが中級階層まで広がっていった。

 

(もうちょっとしたらもっと広まるかな)

 

「俺達の身分はどうする」

 

「それなら……」

 

イングリドが話す。

身分についてはシグザール王国は他国からの移民も多々居るためそれを利用して誤魔化せばいいと言う事になる。

 

「工房へと案内しましょう。機材も今日中には準備をします」

 

「ありがとうございます。頑張ってみます。分かんないことだらけだけど」

 

アディシアも戸惑いもあるが楽しみの方が勝っているようだ。アディシアが楽しそうにしていることで、サマエルも気分が良くなり、微笑んだ。

 

 

 

城塞都市ザールブルグの町並みはドイツに似ていた。

赤い屋根の建物であるアカデミーを抜けると中央広場へと辿り着く。イングリドは工房となる建物に案内をしてくれるついでにザールブルグの案内もしてくれた。

中心にある中央広場には大きな噴水があり、人々で賑わっていた。

大きな教会もある。シグザール教会と言うそうだ。ザールブルグは八角形の城壁に囲まれている。

城壁で囲む理由は周辺の敵国対策の他にも魔物対策としてだ。

ザールブルグは八つの区画に別れていて、住宅街が二つ、高級住宅街、職人街区画……通称を職人通り……に、

繁華街、妖精の木広場、とあり、二区画分使っているシグザール城がある。

 

「ドイツの家だ」

 

『ファッハベルク。英語で言うと、ハーフティンバー。木組みに漆喰を塗り固めた工法のことね。こちらの歴史で説明すると、中世では土地の広さで、税金を取られていたから、対策として上に増大していったの』

 

アディシアが町並みを見て言う。リアの声が聞こえた。

 

「こっちで言うと雰囲気的にはドイツの……南方ぐらいかな」

 

「貴方たちの世界にもこちらと似た場所があるのですね」

 

イングリドにはアディシアの世界について説明はしたが、文明が進んでいるほかにも国の広がりもあるとも伝えた。

職人通りへと入っていく。その店を象徴する看板がぶら下がり、店は雑多だ。

文字が無くても、看板でどんな店なのか解る。

むしろ、文字が読めない者ばかりなので看板で理解が出来るようにしているのだろう。

 

「行ってみたいのは分かるけど、後にしようね。アディ」

 

アディシアが物珍しさに惹かれそうだったのでサマエルが止めた。

 

「工房はどんなところかな」

 

ファッハベルクの建築様式で建てられて居るであろう工房をアディシアは今から楽しみにしていた。

歩くこと数分、職人通りからやや外れた場所に”工房”はあった。

 

「……これ、工房?」

 

「工房なのか……」

 

「余っている建物がこれだけだったんです」

 

そこにあったのは工房ではなく、館だ。三階建ての館である。庭も広い。手入れは最低限ではあるが、されていた。

外から数えても一階の大きめの窓が四つもある。木造ではなく石材で作られていた。石材で造られている屋敷は貴族のものらしい。

ファッハベルクを想像していたアディシアとサマエルは驚いた。

 

「借りられるなら遠慮無く借りるけど」

 

「こちらからの説明では工房が足りなかったと言います。事実ですから」

 

イングリドの説明によると破産した貴族が王国に売ったのを使用に困ったためアカデミー側に使えば良いと寄付したらしい。王国も使い方に困ったのだろう。

アディシアもサマエルも飛び入りでアカデミーに入学したのだ。ファッハベルクの工房が用意が出来なくても、仕方がない。

イングリドが鍵を取り出すと玄関の鍵を開ける。

中はホコリっぽかった。三階まであり、三階は元は使用人の部屋らしい。二階が住居スペースだ。

台所用の建物やトイレなどは一階にある。すぐにアディシアとサマエルは部屋を見て回る。

 

「右の部屋が広いからそこを工房にしたいかな」

 

「そうだね。騒がしくしてしまうだろうし、地下倉庫もあったし」

 

「工房は四年間、貸し出します。卒業できるような実力を身につけて下さい。機材の方はこれから搬入します」

 

昨日の夜に聞いた説明から考えると、今日は八月十七日であり、入学式は九月一日だ。

およそ二週間ほどの準備期間がある。イングリドがポケットマネーからアディシアとサマエルに二百枚の銀貨をくれた。

 

「実力が出来たら返しますので何から何まで助かります。イングリド先生」

 

「本当に……ありがとうございました」

 

「異世界の者であろうとも、錬金術を学ぶ気があるならば学ばせる。それがアカデミーの方針です。貴方たちは資格を持ちましたから、何かあれば言いなさい」

 

イングリドは言うと、館から出て行く。アディシアとサマエルだけが館にいた。

 

「裏には井戸があったんだよ。井戸か……」

 

「俺はラズベリルを換金してくる。ばれそうになったら頭を掻いて誤魔化して」

 

「サマエル、何かその台詞が好きだよね」

 

『――必要だとは言え、名字でウェンリーなんて名乗るから。ウェンリーって名字じゃなくて、名前だし』

 

「あたしは名字、スクアーロにしたんだよ」

 

ウェンリーの意味は分からないが、リアはサマエルがその台詞を多用している理由を知っているようだ。

夜にイングリドと話したときに名字があるかどうかを聞かれ、必要ならばとアディシアもサマエルも速攻でつけた。

アディシアは元は孤児だ。身元は分かっているが、その時の名字を使いたくはなかったので、義兄の名字を借りた。

サマエルも名字は姉弟子や師匠から借りることも可能だったが、好きなものから取った。

 

「イングリド先生から借りた銀貨は返さないと。……嵩張るな。紙幣が欲しい」

 

『あるわけがないじゃない』

 

銀貨は袋に入れて、ラズベリルは白いハンカチに来るんでサマエルは持った。

 

「あたしは機材の搬入が終わったら職人通りを見てくる。掃除用具の調達と職人通りの見学」

 

「任せるよ」

 

「そっちもね」

 

アディシアとサマエルは別行動を取った。

別行動を取っても不安がないのは信頼関係もあるが、『カルヴァリア』の盟約を利用して、互いに連絡が出来るからだ。

調子が悪くなることもあるが、携帯電話が使えない世界では重宝する。

サマエルが出て行ってから、待っていると業者が来た。

業者は右の部屋を手早く掃除して、錬金術に必要な基礎的な機材を二人分入れる。

細かい場所についてはリアが指示をしたのでその指示をアディシアが聞いて設置して貰った。

機材は理科の実験に使いそうな調合器具や、ファンタジーでしか見たことがない大釜だ。あるいは拷問器具でも良い。

大釜など、今はもう使わない道具だ。

 

「速かったね」

 

『急いでくれたんでしょう』

 

「じゃ、買い物に行くか」

 

館を出て、アディシアは扉に鍵をしっかりと閉めた。職人通りで、まず探したのは雑貨屋だ。

揃えなければ行けないものは多い。

探していると二階建ての雑貨屋を見つけた。二階建ての建物で、二階へと続く階段が側にあり、まずは一階に入る。

 

「いらっしゃいませ」

 

ドアをくぐると店員が迎えてくれた。濃い茶髪をポニーテールにして緑色のエプロンを着けた少女だ。

雑貨屋らしく果物や野菜などが並べられ、生活必需品も置いてある。

店には店員を除けばアディシアだけしか居ない。少女の年齢は十代後半ぐらいだ。

 

「バケツと箒と雑巾を下さい。それと……ゴミ箱と……」

 

「引っ越しでもするの?」

 

「越してきたの。職人通りの端の館で、あたし、アカデミーの生徒になるんだ」

 

「生徒なんだ。うちの店は安いよ」

 

掃除用具一式を購入する。

バケツは金属製のものだった。雑巾も五枚セットになっているものを購入する。

店員が話しかけてきたのでアディシアも話す。品物を選びながら、自分の状況を伝えていく。

看板には雑貨店の名前が書いてあった。

 

「カロッサ雑貨店、だったね」

 

「そう。お爺ちゃんが始めた店で、今日は両親が居ないから、私が店番。

自己紹介が遅れたけど、私はロスワイセ・カロッサ」

 

「アディシア・スクアーロ、たびたび買いに来ると想う。……二階の店は……」

 

会計時、ロスワイセは雑巾を袋に入れてくれた。バケツと箒は手に持つ。

錬金術の基礎機材を運び込むときに右側の部屋は掃除はしてくれたが、他の部屋は自力で掃除をしなければならない。

 

「兄さんの店、兄さんは今日は居ないから、開いていないよ。兄さんは錬金術士で、材料を取りに外に出かけてる」

 

「多いんだ。錬金術士」

 

「お爺ちゃんの代ではそうは多くなかったみたいなんだけど」

 

ロスワイセの祖父には錬金術士の知り合いが居て、祖父はコメートという宝石を作って貰ったらしい。

コメートは高級な宝石で貴族がこぞって欲しがる宝石であり、その錬金術士はロスワイセの祖父に世話になったからとコメートをプレゼントしたそうだ。大層、祖父は喜んだという。

 

『宝石は原石を研磨すれば出来ると言えば出来るから、そうしたんでしょうね』

 

口で言うのは簡単ではあるが、難しそうである。

アカデミーが出来て、入学者も増えて、錬金術はザールブルグに浸透してきているが、

街中では怪しい学問のイメージも、まだ根強いと聞いている。

ロスワイセがそんな偏見を抱いていないのは祖父や兄のことがあるからだろう。

 

「あたしもこれから錬金術の勉強をするんだよ」

 

「頑張って。お買い上げ、ありがとうございました」

 

銀貨を払い、店を後にする。右手には箒を持ち、左手にはバケツだ。雑巾の紙袋はバケツに入れた。

 

「戻って部屋掃除でもしておくかな。サマエルが上手く資金調達ができたらそれで買い足していかないと」

 

『待機しておいたら?』

 

(そうする)

 

リアへの受け答えは心中でやった。

探検を止めて、アディシアは館に戻る。鍵を開けてから、三階へと行き、隅の部屋を陣取る。

 

「……コレ三階まで水を運ぶの、大変なような」

 

『体が鈍らないように運動よ』

 

自室として決めた部屋を掃除することにする。

裏口の井戸から水をくんで、バケツに入れて掃除を始める。

鉄製のバケツはそれなりに高いが、バケツはずっと使うのでこちらにしておいた。

ハタキで掃除をして雑巾で床を磨いた。一部屋をじっくりと掃除してから、三階の廊下も磨いておく。

部屋も確認していくが三階は四部屋あった。階段を掃除し続ける。

 

「アディ。帰ったよ」

 

「サマエル」

 

二階から一階の階段を掃除しているとサマエルが帰ってきた。一階の右の部屋に集合する。

 

「資金は手に入った……入ったんだけど」

 

「少ないの?」

 

サマエルが何処からかタロットカードを取り出す。通販で買える比較的安めのウェイトタロットカードだ。

小アルカナ、ペンタクルのカードを全て地面に落とすと、そこに高級そうな袋に入った銀貨が出てきた。

やや大きい。

持って振り回せば相手を撲殺できそうなぐらいに袋が大きい。

 

「逆だ。手に入りすぎたんだ。……全部で銀貨四万枚」

 

「……四万?」

 

「四万」

 

四万枚の銀貨は五千ずつに分けて貰っていた。袋は全部で八つある。

アディシアが袋を開けると、中には銀貨がぎっしりと入っていた。アディシアが問い返し、サマエルが答える。

 

「宝石の価値が分かった人が居たんだ。あの宝石、元の世界で言うと百万ぐらいだよね」

 

『二百万ぐらいかしらね。あのラズベリル』

 

「売ろうとしたら、貴族の人と会ったんだ」

 

宝石を売るのならば職人通りよりも貴族が使いそうな店が良いとサマエルは高級住宅街へと行き、宝石店を探して、ラズベリルを売ろうとした。

高級住宅街はファッハベルク形式の家ではなく、石で出来た館ばかりが建っていた。

町並みを見学しながら、宝石店を探していたサマエルは貴族の青年と出会い、貴族の青年はサマエルが持っている宝石を見て是非売って欲しいと頼み込んできた。

 

「だから四万で売ったんだ」

 

「最初は六万とか向こうが言いだしたけど、四万に落とした。この辺りは僕の勘だ。

相手はエンバッハとか名字は名乗っていたね。来年になるけど結婚するそうだから、婚約者にあげるための宝石らしい。……あげるときに加工はするだろうけど」

 

「四万枚なんてもてないから、魔術で持っていたんだ」

 

『――四万枚も持っていたら目立ちすぎるわよ』

 

重いのもあるが目立つのを嫌ったのだろう。

 

「サービスで占いもしておいたよ」

 

サマエルの魔術はカバラ魔術を応用したものだ。彼の場合はタロットカードを媒体にする。

彼の占いはよく当たる。占いをするべき人間に与えるべき結果を伝えるのだ。

アディシアは銀貨をいくつか掴む。いきなり、資金が増えたため、生活には困らなくなった。

と言うよりも、稼がなくても慎ましく行けば数年は余裕で生活が出来るのである。

 

「……別のやっすい宝石にしておくべきだったかな」

 

喜ばないのは多すぎる金は使いどころが難しいということだ。

そこそこにあればいい。

ちなみにアディシアは元の世界では大量の金を持っていて、スイス銀行に貯金してある。

少しは使っていたが、使いどころがなかったのでたまっただけだ。

任務で組織にこき使われていたが金払いは良かった。

 

『取っておきなさい。一部は入学までの資金にして残りは緊急事態用に』

 

「生活が怠惰になったらいけないしね……五千枚有れば良いか」

 

残り七つの袋をサマエルはしまい、サマエルは自分が制御が出来る空間に入れる。制御にはタロットカードが必要だが、必要に応じて取り出せた。

次に当面の生活資金にした銀貨五千枚から、寝具や調理道具や食材など、これからに必要なものを買うことにした。

 

「錬金術に必要な材料も自分で買うか、取ってこいだったよね」

 

「外には魔物が居るとは街中の話題で聞いている」

 

魔物と闘うか、魔物対策も、しなければいけないようだが、それよりも優先するべきことは、まだまだある。

 

「……まずは館を整えようか。サマエル」

 

「そうしようか。アディ」

 

そういうことにした。

一つずつ、片付けていくのだ。

 

 

 

カロッサ雑貨店にサマエルもつれていき、ロスワイセにサマエルを紹介したりしてから、

ベッドや棚などが手に入りそうな店を聞いた。

ザールブルグでは店で家具は売っているが、職人に頼めばしっかりとしたものを作って貰えるという。

二人は昼を全て使い切るという勢いで生活に必要なものを購入し、寝具も手に入れていく。

殆どは当日中に配達や次の日に設置をして貰うことにした。

食器を買ったり、調理道具も買う。生活必需品は全て二人分揃えたが、五千枚全ては使い切らずにすんだ。

通りには屋台があったので食事を次の日の朝の分まで購入しておく。

買い物の後で待っているのは掃除だ。

 

「……感覚的には三時に近いかな……これから掃除、掃除」

 

寝具や棚は次の日になるそうなので……これでも速かったのだが……掃除だけしておく。

今日は床で寝ることになりそうだったが、季節は夏だし、眠ることには問題は無い。

二人は掃除に時間をかけた。

サマエルは自室として二階の一室を選んでいる。アディシアはバケツと雑巾を上まで運んでひたすら磨き続けた。

三時間が経過し、全ての掃除が終わる。時間がかかったのは、追加の買い物もあったからだ。

 

「終わった……大きすぎるのもきつい」

 

工房部屋でアディシアとサマエルは一息ついていた。飲んでいるのは井戸水だ。

そのまま飲もうとしたら一応は沸かせとリアに言われたので、沸かしてから飲んでいる。沸かしたのはサマエルの魔術だ。ザールブルグの夏は湿度がまだ低いので過ごしやすいが暑い。

機材設置の時に業者がイングリドが書いたメモを置いて行ってくれた。

内容は工房生としての過ごし方だ。サマエルが読んでいる。

紙も錬金術で作ったものであるようだ。

 

「酒場で依頼を受けて果たす。依頼を出す酒場は飛翔亭か金の麦亭か……外に採取も行かないと、入学前に一度は外に練習で行こうか」

 

「明日ね。明日、午前中には寝具が来てくれるみたいだからそれを待ってから、午後に買い物をして、採取」

 

『武器は買っておいてね』

 

「……お前の武器出し能力があれば武器がいらないのに」

 

金は無駄に使いたくはないアディシアだ。『カルヴァリア』には武器を出す機能があり、取り込んだ武器を自由自在に出し入れが出来る。

 

『私も調子が崩れるかも知れないから』

 

アディシアは寝転がる。外からは夕焼けが差し込んでいた。

いずれアディシアの魂を食い殺すリアであるが、その関係は今は穏やかだ。終わりが決まっているからかも知れない。

『カルヴァリア』の調子は上下する。

 

「明日は俺が寝具が来るまで待っている。アディはザールブルグ見学でもしていなよ」

 

「うん。……銀貨はサマエルが守っていてね」

 

資金の管理はサマエルに任せる。新しい生活を始めるのは大変だが、どうにか、生活が出来るぐらいまでにはなった。

 

「灯りがロウソクとかランプとか……電気がないのは当たり前だけど」

 

アディシアとサマエルはロウソクなども買っておいた。油を使うランプは貴重であり、貴族のものである。

平民はロウソクを主に使うらしい。こちらではロウソクは停電の時に使うぐらいである。

 

「悪くないんだよ。暗くなったら寝れば健康だし」

 

「アカデミーに通い始めたらランプは買うことになるだろうけど。蛍の光や雪の光で勉強はしたくないな」

 

「魔術で灯りを灯すとかは」

 

「出来るけど、体裁はあるから、文明が仕えるなら使うべきだ」

 

体裁を気にしているのは、彼等はよそ者であり、追い出されたりでもしたら今後の生活が困るからである。

馴染むようにはするが、近所付き合いは難しい。

灯りが勿体ないので、明るくなる前に起きて暗くなったら寝ることにした。

 

「入学式までの準備して……いつ頃、帰還できるかは不明だけど、待っていれば帰還できるし」

 

「その保証があるのはありがたいよ。師匠はその設定はきちんとしてくれた」

 

アディシアが楽観的なのは異世界に飛んでしまう原因である指輪がいつ発動するかは不明だが、発動さえすれば確実に元の世界に帰られるからだ。その指輪を作ったのはサマエルの師匠であるらしい。

兆候も分かれば、帰宅準備もしやすい。帰宅の時は非常事態以外は発動してから、何日後かを計り、帰るだけだ。

しかしそれまでは生活をしなければならないし、アディシアもサマエルも錬金術を学ぶと言う選択をした。

 

「学校は好き。楽しかったもの。――アカデミーも楽しいと良いな」

 

半年ほどではあるが通った学校をアディシアは楽しんでいた。

 

『楽しくなるかは自分次第だけどね』

 

「……最もだ」

 

「それなら、楽しくしよう」

 

からかうようにリアが言ったのでサマエルが肩をすくめた。アディシアが笑う。

ザールブルグでの日々は、動き出していた。

 

【続く】

 




屋敷が大きいのは後のためです。
40000はマリーの時に書かれたウェブページサルベージして見ましたが
銀貨一枚100円らしいので四百万ぐらいでしょうか
そんだけあっても、きりつめてますけど。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。