アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~   作:高槻翡翠

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そんなこんなで書いてみた話。
クロスオーバーの所まで行けたら良いなとは。

2月2日にあちこち直しました。


第一章 やってきました。ザールブルグ
第一話 飛んだ先は


【アトリエ編】

 

「……『ヨーロッパ、お菓子物語』」

 

通っている中学校の図書室で、アディシアは本を返していた。

彼女はブレザーを着ていて空色の髪を黒いゴムで二つにくくり、緑色の瞳をしている。

放課後の図書室には司書も図書委員会の人間も居ない。アディシア一人だけだ。

同居人にして護衛対象である兄妹の本を返しながら自分が借りていた本も返す。

学年と組と出席番号で別れている図書の貸し出しカードを引っ張り出すと、返した日付を

黒鉛筆で書き入れていく。

兄の方が借りていた本は眺めていただけのお菓子の本であり、妹の方が借りていた本は

ビーズアクセサリーの作り方の本だ。

アディシアが借りていた本は『図解!! 生き残るためのやり方大百科』である。

 

「今は暗殺者は休業しているけど……この手の本は読んでおかないとね」

 

アディシアはイタリア・シチリア島で産まれて直ぐに両親を亡くし、天涯孤独の身となり、

暗殺者養成組織に拾われ、鍛え上げられた。

様々な言語の読み書きから、武器の使い方などを叩き込まれた。

そして八歳の頃、アディシアが居た組織は内部から壊滅し、アディシアも身が危なかったが、

助けもあり逃げ出せた。逃げたアディシアは路地裏で倒れ、そこで義兄となる人物に拾われた。

義兄も暗殺者であり、その組織に所属することになった。

それから、義兄の知り合いに連れて行かれた城で呪われた”何か”と盟約した。

呪われた何かの名は『カルヴァリア』と言う。端的に言えば様々な武器になれるアイテムだ。

『カルヴァリア』の助けもあり、暗殺組織で仕事をこなしていき、四年、裏社会で異名が轟いていた彼女は、唐突に暗殺部隊の上位組織のボスに日本に行き、ある人物達を護衛するように言われた。

暗殺者としての仕事は、ほぼ無くなった。

そんなアディシアは現在十三歳、休業中の暗殺者で、表向きの身分はとある家のホームステイをしている外国人で、日本の中学校の一年生だ。

中学校に通っているのは護衛対象が中学生であることと、上層部が学校に通うべきだと通わせているからだ。

 

「緊急時に役に立つ(かもしれない)百七十五の豆知識……か」

 

「サマエル」

 

本を返す手続きをしていると、側で話しかけられた。気配を感じずに彼はそこに居た。

居たのは長い金の長髪をシュシュで纏めた青年、サマエル、アディシアの相方とも言える存在だ。

 

「今は出られたんだ。今日は応接室でアルビレオの状態で寝てた」

 

アディシアの飼い猫である白い猫、アルビレオの正体とも取れるのがサマエルだ。普段は猫の姿で居るが、条件が揃えばサマエル本体が出てこられる。サマエル曰く、一ヶ月に三日でてこられれば良いぐらいらしい。

 

『寝てばっかりよねぇ……』

 

「活動時間が短いんだよ。お前のせいで」

 

二人の鼓膜の奥から声が響いた。サマエルは苛つきを出して声に応える。

声は軽くサマエルの言動を無視した。声は女性のものだ。

その声は、例え図書室に他の誰かが居ても聞こえるのはアディシアとサマエルだけである。

 

『――二人とも、準備は出来ている? 飛ぶわよ』

 

「飛ぶ? もしかして……」

 

笑みを含んだ声がする。

放課後の図書室で、アディシアの右手の中指と薬指につけている指輪が光る。片方は青色で片方には紫色の宝石が着いている指輪だ。

リングは『黎明のリング』と『黄昏のリング』と言う。この指輪の宝石が光ったと言うことは。

 

「異世界にまた飛ぶのか!?」

 

「カバン、カバン」

 

アディシアは本を引き寄せずに側にある学生鞄を引き寄せた。抵抗しても無駄だからだ。

光が、アディシアとサマエルを包み込む。光が収まったとき、二人の姿は図書室から消えていた。

 

 

 

地震が起きた。

防御するよりも前に本や石版が次々と頭上に当たっていき、意識が落ちる。

それから少しして。

 

「――痛い」

 

コウ・シリングは意識を取り戻した。

彼がいる場所は、横幅が体育館ほどの広さがある円形の塔だ。高さはビルの十階以上はある。

本の塔と呼ばれているこの場所は内部に大量の本が入った本棚がぎっしりと置いている。

本はハードカバーからペーパーブック、石版など、書物が書物として形作られる前の記録物から、丁寧な装飾をされた本まであらゆる形の記録物がそこにはあった。

床にも本が、散らばっていて、塔内部は薄暗い。

 

「聞いていたけど、今か。世界移動……。状況は……」

 

俯せになっていた状態から起き上がると、右掌を空中で撫でるように動かして、表示窓を出す。

指先で表示窓に触れ、誰が居るかを確認した。

 

「オルトとルイスイだけか。残りの四人は出されて……戦っているのか」

 

つい先ほど、世界を移動した。それも、異世界だ。

表示窓を指先で操作しながらコウはまず、他の同胞、不死英雄の状況を把握する。

世界移動をした際に宿主及び自分達の本体が、敵に襲われそうになったから、

対抗するために他の不死英雄が外に出されたのだ。

不死英雄というのは皮肉でつけられたコウ達の通称である。

一度死に、魂が『カルヴァリア』に食われながらも自我が残り、気まぐれに存在が許されている。

不死英雄はアディシアが盟約を交わしている『カルヴァリア』内に居る者達だ。

コウが使っているシステムはこの中で使用できるシステムであり、コウが構築した。

生前の特技の応用だ。不死英雄なら全員が使える。真っ暗な本の塔に別の気配がやってきた。

 

「コウさん、圧迫祭中ですか。それとも圧死ですか」

 

「どっちもしてないから」

 

本の塔に入ってきたのは濃い金髪を背中の辺りまで伸ばし、ポニーテールにした十代後半の少女で、服装は黒のカットソーに灰色のスカートだ。少女の名はオルトルート・ストリンドヴァリという。

コウはトレンチコートをはたいた。

 

『どんな世界か確かめられる?』

 

「今、調査する。動かせる機材をまずは確かめる」

 

「前兆はあったみたいですけどね」

 

コウの側に別の表示窓が開き、黒いコートを着た青年が出た。

茶髪をショートカットにしている青年は、ルイスイ・ムシェンユイアン、コウを含めた三人だけが居る。

 

『ヴェンツェルの代わりに発掘の続きをするから、変化があったら教えて』

 

「頑張ってください。ルイスイ。コウさん、ここで状況確認をするんですか?」

 

普段のコウは本の塔を根城にしていない。別の場所に居るのだが、いつも居る二人組が外に出ている。

 

「そうしようかな。ロゼもヨアも居ないし」

 

それを聴いたオルトが手を一度叩くと、暗い塔の上から光が差し、明るくなる。

太陽の光ではない。蛍光灯の灯りのような光だ。コウは準備を始める。見物者達は、各々の仕事を始めだした。

 

 

 

「……また飛んだよ」

 

アディシアは着地した。異世界に移動した後は空中からいきなり落下するため、着地には気を使う。

通学鞄は左手に持ったままだ。隣にはサマエルの気配がした。

 

「図書室みたいだ」

 

サマエルが状況を確かめている。

移動する前に居た学校の図書室よりも狭いが、天井近くまで本棚があり、どの本棚にも本が詰められている。

周囲はやや暗い。油式のガラスランプの灯りで補っているようだが、完全に暗闇は消えていない。

電灯がないのだ。

 

「君たちは、空中から現れたが……何者かね」

 

図書室らしい場所には人が居た。

男の老人で、外見の年齢は六十代ほど、目の色が片目で違う。片目は橙だが、もう片方の目は青色のオッドアイだ。

服装は青色のビレッタのような帽子に首回りや肩を白い布で覆い、青色を基調としたローブを着ている。

ローブの下は茶色い長袖だ。

老人は驚いていた。

飛んで着地、来たところを見られたらしい。

殺意はない。純粋にアディシアとサマエルが何者かを聞いているので、穏やかにアディシアは応対する。

言葉に丁寧さを加えた。

 

「あたし達は怪しい者ではなく、――すみませんが、ここは何処なんでしょうか。また飛ばされて」

 

老人の話す言葉は聞き取れるし、アディシアも話すことが出来た。

 

「飛ばされた……?」

 

「信じて貰えないかも知れませんが、事情は説明します」

 

サマエルが説明を引き継いだ。老人に違う世界から来て、ここに飛ばされたと話していた。

その説明はあっている。アディシアの持つ『黎明のリング』と『黄昏のリング』は両方揃うことでたまに主であるアディシアを別の世界に飛ばしてしまうのだ。

別の世界は異世界やパラレルワールドとも取れる。

 

「そう言うことなのか。飛ばされたというのは魔術の一種かね」

 

「魔術に、なりますね」

 

サマエルがそう言ったのは魔術と表現した方が楽だからだ。指輪の力は超能力とかも混じっている。

魔術という言葉が老人の口から出たのが引っ掛かった。

 

「……お爺さんは魔法使いか、魔術師なの?」

 

魔法使いや魔術師はアディシアの世界にも存在はしているが、殆どの者はファンタジーや物語の世界の者だと想われている。

アディシアは魔術師が実在することを知っていた。隣のサマエルがそうだからだ。アディシアの疑問を老人は首を横に振り、否定する。

 

「違う。私は錬金術士だ。……魔術も使えるがね」

 

「錬金術というと両手を打ち合わせて……攻撃したり防御したりする」

 

錬金術で浮かぶのは日本に来て見たアニメや漫画だ。鋼の方である。

 

「……君たちが違う世界から来たと言うのは本当のようだね。彼女の服は見たこともない服であるし、錬金術も違うようだ」

 

(信じてもらえた)

 

こちらの錬金術は手を打ち合わせて錬成しないようだ。きっと、陣を書いて錬成もしないのだろう。

アディシアが制服を着ていたのも、異世界から来たと言うことの判断材料になったようだ。

この世界にはブレザータイプの制服は存在していないらしい。服としてみても、異質なのだろう。

 

「詳しく事情を聞かせて貰えないか。名前は」

 

「あたしはアディシア。そっちはサマエル」

 

「私はドルニエという」

 

ドルニエと名乗った老人はアディシアとサマエルに椅子に座るように促す。

図書室らしき部屋には四人がけのテーブルセットがあった。

 

「こちらの錬金術は、様々な物質や人間の肉体、魂をも対象としてそれらを高次の存在に引き上げる試みですね。アディが言ったのはこちらの世界の物語の錬金術なので」

 

アディシアの世界の錬金術は、化学的な手段で金を製造しようとする試みや完全な存在になろうとする試みを錬金術と言うらしかった。前者はアディシアも知っているが後者は知らない。

 

「私達の錬金術の分野にもそれはあるが、こちらは物事の本質を理解し、その働きや特性を制御、または統合することで

新しい物質を産み出す技だ」

 

「……工作?」

 

「とも取れる。こちらの錬金術士や爆弾や薬、料理から雑貨まで錬金術で作り上げられる。得意分野は人によって違うが……」

 

ドルニエの説明に寄れば物質は属性として赤、青、緑、白と分類が出来、

物質を組み合わせ、魔力を入れたりすることで、別の物質を作り上げることができると言う。

例えば錬金術で食べ物を作ると、食べれば体力が回復したり、疲労が取れたりする効果が現れることもある。

便利な品物だと、一例だが、履いていると体が軽くなる靴や水が溢れ出す壺が出来る。

想像の学問であるようだ。

 

「賢者の石とか金とかも」

 

「出来るが、ごく一部の者しか作られない」

 

「面白そう」

 

「君たちは他の世界から来たと言うが、これからどうするのかね」

 

錬金術に関しての情報交換を終え、ドルニエに聞かれたアディシアは考える。

異世界に来た時点でアディシアの肉体の年齢は止まり、……それはサマエルも一緒だ……帰ればまた動き出す。

帰るには帰還条件を満たせばいいがその条件が不明だ。

前の帰還条件は世界を救うとか、他にも、特定の時期まで過ごすなどだった。

 

「帰る条件が満たせるまではこの世界に居ないと行けなくて、錬金術とかやってみたいけど、帰還条件が解るまで滞在することになるんだよ」

 

帰還条件を満たせば戻ることが可能だ。それは保証されている。

 

「そちらの世界では錬金術は広まっていないのかね」

 

「魔術全般が廃れていますから。……俺とか、やっている人も居ますけどね。

錬金術は俺は師匠に軽く習った程度だし、この世界の錬金術とは違います」

 

やっているとサマエルは言う。彼も魔術師だが、魔術の流派が違う。

サマエルがドルニエに説明するが、錬金術がある意味源、流になったとも言える自然科学がアディシアの世界のメイン技術だ。科学により、色々なことをしている。

アディシアのカバンに入っている雑誌をドルニエに見せたりして説明していた。

 

「世界によっては、こうも違うのか……。錬金術が無くても世界が発展しているのだな」

 

「千年以上の時間をかけてるので」

 

今の便利な生活は西暦零年から換算をするにしろ、二千年以上の時間がかかって構築されたものである。

紀元前だってあるし、もっとかかっている。

 

「そっちの錬金術についてもうちょっと知りたい。どうせ、しばらく居ることになるし、錬金術をしてみたい」

 

「魔術は使えるのかね」

 

「……その辺りは何とかする」

 

「分かりやすい錬金術の本を持ってこよう」

 

ドルニエが教えたがこの部屋はドルニエの秘密の図書室であり、錬金術士からしてみれば高度な本ばかりがあるという。

本を持ってきて貰う間、サマエルが適当に本を一冊取って軽く読んて、戻した。

 

「俺は魔術だとカバラ使うし」

 

「神様の力を使って世界改変する感じだったよね」

 

サマエルの魔術というのはタロットカードで占ったり、ゴーレムを作り出したりする。

彼も彼で武器の使用も出来るため日本刀ばかり使っていた。

 

『……魔術だけどこっちで何とかしてあげる。アンタの場合、使う必要がないから使ってないだけだし』

 

眠そうな声がアディシアとサマエルの耳奥に聞こえた。

アディシアが盟約を交わしている『カルヴァリア』の<化身>であるリアの声だ。アディシアは魔術を使えないが、使わないだけであるし、使うことも無いから憶えていないのだ。魔術を使うぐらいなら剣や刀という武器を『カルヴァリア』の力で射出したり、自分で握って使った方が速い。

魔術師ともアディシアは仕事で戦ったことはあるがそれで勝てていた。別に魔術を使う必要は無いのだ。

 

「ちょっと何とかするって、前にもやってくれたよね」

 

『色々憶えても使う技術なんてほんの一握りだもの。魔力とかその辺りは調整可能だから』

 

「魔術も種類によって誰が使えるか使えないとかある」

 

「血脈とか、本人の才能依存だったよね」

 

聞いたことがあるが、魔術というのは何よりも本人の才能と血脈に依存するらしい。魔術にも相性があり、種類によっては学べなかったり使えても、体に負担が来るものがある。

ドルニエが二冊の本を持ってきた。

 

「九月に入学するアカデミーの入学生に配る『絵で見る錬金術』だ。これならば分かりやすい」

 

「読む」

 

受け取り、サマエルとアディシアは読み出した。この世界の文章はドイツ語に似ていた。

 

「活版印刷があるんだな」

 

「アルファベットだと楽だよね」

 

印刷は手書きではなく、活版印刷だ。先ほどサマエルが適当に捲った本は手書きだった。

『絵で見る錬金術』は錬金術について分かりやすく絵で説明されていた。十分ほどで読み終わる。

その間にドルニエがいくつか質問をしてきたのでサマエルが答えていく。

二人の世界では義務教育と言う、金は多少かかるが誰もが学校に通えるシステムがあることを話すとドルニエがアカデミーも教育費がほぼ無料ではあるが、卒業試験は厳しいと言うことを教えた。

アカデミーの運営資金は殆ど王国が出しているからこそ可能であるようだ。

アディシアの通っている学校も運営資金は殆どが税金から賄われている。

 

「四大元素なら俺も扱える。ドルイド系よりはまだマシに使えるよ」

 

「面白そう。やってみたい。でも、どうやって学ぶの?」

 

アディシアは楽しそうにしている。錬金術に興味が出たようだ。

 

「君たちが居るこの図書室があるのが王立魔術学校、通称アカデミー。ここで学ぶことが出来る。入学試験は終わっているが」

 

「終わってたのか」

 

「だが、君たちは行くところがないようだ。そして錬金術に興味も持っている。私はこの学校の校長だ。学ぶ気があるのなら何とかしてみよう」

 

「校長だったんですね」

 

ドルニエがアカデミーについて、話した。

アカデミーがあるシグザール王国へ、ここから別のエル=バドール大陸にあるケントニスと言う都市からドルニエと数人が、錬金術を広めるためにやってきた。錬金術は初めは受け入れられなかったが、努力によってアカデミーが建てられ、錬金術が入学した生徒達に教えられている。

 

「やってみないことには分からないしね。やってみる」

 

「ならば、待っていてくれ。イングリドに君たちのことを話そう。アカデミーの経営面に携わっているのは彼女だ」

 

図書室からドルニエが出ていき、アディシアとサマエルは再び待つこととなった。

 

『アディシア。その本の内容を開いたノートに写す。下僕。今トランクを出すから、宝石を後で換金しておきなさい。先立つものとして』

 

「お金、必要だね」

 

リアの声がした。

何もおかれていない机の上にアンティーク調の茶色いトランクが図書室のテーブルの上に置かれた。

トランクは『カルヴァリア』の力がかけられているものであり、中には詰め込まれた衣服や

宝石類や貴金属類が入っている。異世界用だ。

この中に物を入れておけば劣化はしないし、別の世界に渡っても、『カルヴァリア』の

調子が悪くならない限り、取り出せる。

宝石類はアディシアがイタリアにいた頃に貯め込んだものである。鍵を開けると中にはゴシックロリータの衣装と宝石の入った和柄の巾着袋が入っていた。布袋からアディシアは通学鞄に入っていたハンカチで持ち上げてピンク色のカッティングされた丸い宝石を出し、サマエルに渡した。

 

「……ピンク……の」

 

『ラズベリル』

 

「昔の任務でターゲットを殺したときに持って来たの。助けて貰ってる同僚に

全部あげようとしたんだけど、一部だけ貰って残りはアディの、って」

 

持って来たの、とアディシアは言うが、窃盗だ。ターゲットの住処は燃やし尽くしている。

任務がキツイ割りに依頼料が足りなかったので腹いせに持って来たようだ。巾着袋の中の他の宝石も高そうであるし、一部は金も入っていた。

 

「金の方が良くないかな」

 

「売っちゃえ」

 

宝石類がトランク内に入っているのは大概の世界でも売れそうだというものだ。

これが現金だと世界を移動すると殆どの場合は単なる紙くずになってしまう。

例えば日本であっても大正時代に飛べば、現在の現金は使用できないし、同じような現代に飛んでも、紙幣を使用すれば偽札騒ぎを起こすこともある。

持ち主が承諾するのでサマエルは宝石をハンカチにくるんだままポケットに入れた。

アディシアは鞄から新しいノートを取り出すと『絵で見る錬金術』を写しておく。

使っているのはシャープペンだ。

 

「お前の調子は」

 

『最大で四割。大鎌は出せるようにしたし、普通の武器なら出せる。アンタも調子はいいでしょう』

 

「猫の姿には戻らなくてすみそうだ」

 

『カルヴァリア』は常に本気を出せるわけではない。元の世界で出せる力は最大で七割だ。

三割が出せないのはサマエルが身を犠牲にして押さえ込んでいるからである。

そうしなければアディシアは直ぐにでも、『カルヴァリア』に殺されていた。

辿り着く世界によって『カルヴァリア』は調子を変え、押さえ込んでいるサマエルにも影響が出る。

アディシアが本の内容を要点のみではあるが、書き写し終わり、ノートを鞄にしまうのとほぼ同時刻、ドルニエが戻ってきた。水色の髪をしたドルニエと同じ、オッドアイの女性を連れている。

 

「ドルニエ先生、この子達が異世界から来た二人組ですか」

 

「こんにちは。始めまして。アディシアと言います」

 

「サマエルです」

 

厳格そうな人だな、とアディシアは想いながら一礼する。彼女がイングリドであるようだ。

年齢は三十代ほどで、長い髪を後頭部で、金色の髪留めで留めている。

白い上着を着て、紫色の胸元が開いている長袖を着ていた。

イングリドは机の上にあるアディシアが出しっぱなしにしていたシャープ面に目をやり、手に取る。

サイドノック式のピンク色をしたシャープペンだ。

 

「これは」

 

「シャープペン、真ん中を押して、芯を出して文字とか書いていくの」

 

イングリドが真ん中を押して芯を出す。シャープペンはアディシアの世界では数百円から買える代物であるが、非常に珍しい目で見られている。

 

「異世界から来たのは本当のようですね。このような筆記用具はまだありません」

 

「俺もアディも錬金術をやってみたくて、入学試験は終わっているようですが」

 

サマエルは速めに話を進める。まずは生活が困らないようにすることが先だからだ。

 

「今から、貴方方に今年出した試験問題を受けて貰います。成績に寄りますが、アカデミーの入学を許可しましょう」

 

「……今から?」

 

「今からです。筆記用具はこちらが用意します。テストでするのは基礎的な錬金術についての問題や計算、後は実技として魔力の使用についてです」

 

こちらがとイングリドが言ったのは、アディシアの持っている筆記用具がアカデミーで使っているものとは完全に違うからだ。

アディシアは椅子に座りっぱなしでサマエルは立っている状態だったので、サマエルはアディシアから離れた場所に座る。

唐突に試験となった。イングリドが羽根ペンとインクを二人分、机の上に置く。

 

「昔は入学試験はしていなかったのだがね。近年はアカデミーも入学希望者が増えた。全員に教えるのは無理だからね」

 

アカデミーは学ぶ意欲さえあれば、誰にでも魔術や錬金術を教えていたが、このところ、入学希望者が増えすぎて、今のアカデミーでは全員、面倒を見きれなくなり、入学試験を始めていた。

 

(羽根ペン……。せめて万年筆とかなら)

 

『無さそうねぇ』

 

ドルニエの話を聞きながら、アディシアは左手で羽根ペンを持つ。羽根ペンは数回しか使用したことがない。

現代社会で数回は使用できたのは機会があったからだ。慎重に書く必要がある。

問題文をざっと読んだが『絵で見る錬金術』に書いてあったことばかりだ。

 

「制限時間は六十分です。始めて下さい」

 

名前を書き込み、アディシアは先に憶えている範囲の錬金術の基礎知識を書いていく。中和剤についてや、属性についてだ。

サマエルも書いている。羽根ペンが紙に筆記していく音のみが図書室に響いた。

 

 

 

『カルヴァリア』は、盟約を交わした相手に力を与える。

その力は主に武器を出すことだ。何もないところに刀や銃、魔術がかかったような武器も出せるが、タダで出せるわけではない。

他者の魂を与えることで糧として、武器を出したり、他にも奇跡のようなことを起こせるのだ。

取り込んだ魂を消費するとき、盟約者には怨嗟の声や負担がかかる。

暗殺者として、武器が何処でも出せるというのはアディシアの大きなアドバンテージとなっていたし、暗殺という仕事上、与える魂には困らなかった。

 

「僕達が”本体”と呼ぶ『カルヴァリア』だが、どういったものなのかと言うのは不明なんだ」

 

魂を食われ、『カルヴァリア』内に取り込まれた不死英雄達が通説としているのが、『カルヴァリア』と喚ばれている何かは得体が知れなくて、その得体の知れ無さを知りながらも制御しようとした者達が術式やら放り込み続けて今の形になっている。

この中は雑多であり、全容を知っているのは”本体”ぐらいだとコウは推測している。『黎明のリング』や『黄昏のリング』が無くてもコレは世界を巡っては喰らっていた。

 

「本体さんは穏やかですけどね。今は」

 

今の盟約者であるアディシアのお陰で内部は、まだ落ち着き払っている。これでもだ。

彼等が本体と呼ぶのはリアのことである。名前を出すことすら畏怖するため、本体と呼ぶ。

不死英雄が普段居る空間も、『カルヴァリア』が喰った情報を元にしていたり既存情報を組み立てたりしていて、成り立たせている。

 

「仕事の話題だけど、呪力による超常的な能力や行為を魔術と宿主の世界では定義されている。呪力というのは魔力とか気だね」

 

コウは自分の作業がしやすいように透明操作鍵盤を出していた。透明操作鍵盤はコウの手元で浮いている。

これは見た目は透明なパソコンのキーボードで、キーの配列は彼のオリジナルだ。

見た目は透明の板で大量の四角いボタンが付いているものだ。

叩きながらコウはオルトに話出す。先ほどまで、外の状況を眺めていた二人に聞こえてきたのは本体の声だ。”アディシアが魔術を使う手助けをしろ”と言うものである。

やろうとすれば本体も出来るが、本体はコウに任せていた。命令されたなら仕事はする。

しなければ消されるし、コウは消されたくはない。

 

「理術とは違うんですか」

 

「魔術の一種だけどプロセスはきちんとしているよ。世界に溢れる力を文字などで制御……とか言ったら他もそうかも」

 

「ロゼさんが楽しみそうですけど、居ませんからね。魔術担当なのに」

 

本の塔には透明操作鍵盤を叩く音が響く。

塔内部は映画館のスクリーンのような表示窓が浮かび、そこにアディシアが見た光景がうつる。

視界情報を出しているのだ。

表示窓を分割して、サマエルのも出してある。コウが作っているのは魔術回路用のプログラムだ。

プログラムと言うが、『カルヴァリア』内の使えそうな力を使える範囲で制御しているだけである。

コンピュータープログラムを作るように制作するため、プログラムと呼んでいた。

 

「宿主さんは私のように魔術を使わない人ですしね。手助けって、どう……」

 

オルトも魔術は使わない。武器に付加されている魔術を使うし、魔術担当が別にいるので彼女が魔術を使う必要性を感じていない。

アディシアの世界では魔術で火を灯すぐらいならライターで灯した方が速いし楽だと言う世界だ。

 

「魔力というのは気(プラーナ)の一種だ。その手のものは全部、ある意味では気で変換方式が違うだけだ。原油を気としたら、魔力は重油や灯油になる。宿主に魔力を気付かせるだけで良い」

 

コウが使っている方式は彼にとっては解釈がやりやすいため使っている。今回はアディシアに 魔力の存在を気付かせればいい。

 

「魔力量とか燃費とかもありますよね」

 

「あるね。魔力の量、魔法攻撃力、コスト軽減とか」

 

RPGで言うならば魔力の量はMP総量だ。これに魔法攻撃力がかかってくる。単純にすれば使う呪文にかかるMPを消費して発射するものだが、これは使用者の魔力量や使っているアイテムの補助などもかかってくる。

魔力の量が少なくても燃費が良ければ、魔力を大量に持ち燃費が悪い者と同じぐらいには魔術が使える。

簡単に魔術と言ってしまっても奥が深いのだ。

 

「錬金術は魔力だけを使うんですね」

 

「物質を組み合わせるときには魔力を注ぎ込んで、MPだけ使うんだ」

 

オルトが空中で右手を動かし、触れて自分用の表示窓を出し、ファイルを広げた。

ファイル内容はアディシアとサマエルが読んでいた『絵で見る錬金術』だ。

絵で錬金術の品物の作り方が描いてある。

物質を組み合わせ、中和剤を入れて、作業をして、別の物質を作るのが錬金術である。

 

「これが魔術攻撃だと本人の魔術攻撃力とかかかってきますから、猫さんは良いとして宿主さんは」

 

「調べてる。注ぎ込むだけならばまだしも、使うとなると……この辺りも個性が出るからな」

 

「魔力は高いけど攻撃魔術として使うと制御が下手とかありますからね」

 

表示窓にアディシアとサマエルの様子が写っているがが半分以上の問題が書かれていた。

 

 

 

問題を解き終わり、サマエルはテスト用紙を見直した。

アディシアも解き終わり、確認していた。十二分に確認した後で、鐘の音が聞こえた。

 

「終わりです。提出して下さい」

 

「羽根ペンは苦手」

 

「なれないよね」

 

イングリドにテスト用紙を提出する。問題自体は解きやすいものであった。計算も簡単である。

 

「下で魔力のテストを行います。結果は明日の朝、出しますので」

 

「何処で寝るの? ここ?」

 

「一部の部屋が開いています。二人とも、服装が目立つので別の服を用意しましょう。今は夏休みで殆どの生徒が、帰省していますから」

 

アディシアは図書室で寝ても良かったようだ。体が横に出来て贅沢が言えない状況ならば飲み込むタイプである。

寝床がなかったら宿でも借りようか、ぐらいは言うだろう。

 

「着替えてから魔力か……」

 

『コツは教えてあげる』

 

リアの声が聞こえた。自分はまだ突破出来そうだが、アディシアの方は難しいかも知れない。

 

(アディの魔力については、何とかなるだろうけど)

 

錬金術は魔力を注ぎ込む方が重要視されている。それならばアディシアも何とかなるだろうし、自分ならば楽勝だ。

問題はこの世界に何年居なければいけないかと言うことである。持っているタロットカードはめくれてくれない。

タロットカードがサマエルに何かを伝えようとするならば占う内容が解り、カードが勝手にめくれるが、何も起きない。

 

「下へと降りましょう。……この図書館については秘密にして下さい。場所を知っているのはドルニエ校長以外は、私とヘルミーナだけなので」

 

「分かった。喋らないんだよ。行こ。サマエル」

 

「私はここで研究を続けているよ。良い刺激になった」

 

「行こうか。お世話になりました。ドルニエ校長」

 

テーブルの上に置いてあるアディシアの通学鞄をサマエルは持つ。自分は手ぶらの状態だ。

サマエルの隣でアディシアも頭を下げた。なりましたにしたのは今の分だ。なります、になるかはこれから次第である。

イングリドとアディシアと共にサマエルは階段を下りて、ドルニエの図書室から出た。

 

(上手くいけばサマエルと学校に通えるんだよ)

 

(嬉しいのかい?)

 

(サマエル、学校には通えないじゃん。余り一緒に過ごせないし)

 

アディシアの声がサマエルの耳元に届く。『カルヴァリア』の盟約を利用した通信だ。

元の世界でのサマエルの活動時間は短い。表に出ていないときも、夢の中で活動はしているが、アディシアとは関われない。

 

『下僕と過ごしたいんだ』

 

(相方だし、家族、みたいなものだし)

 

(家族か……)

 

彼女の家族と言うのは暗殺組織の同僚や居候している家の者達である。サマエルもその中には含まれているようだ。

みたいなものとつけているのは彼女がそう本当に定義して良いのか不安になっているのがあるのだろう。

 

(この世界に居る間も、俺は君を助けるよ)

 

間はでなく間もだ、サマエルがアディシアを助けることは彼が決めたことである。

 

(こっちも助けるからね。――いつもありがとう)

 

アディシアが笑う。

サマエルも微笑した。

 

『思い出し笑いしてるみたいで気持ち悪く見える気がする』

 

(……お前……)

 

リアがサマエルにだけ聞こえるように言い、サマエルは笑いを消した。

 

 

【続く】




そんなこんなで始まった感じですが。
暗殺者であることは言ってません(引かれるため)

改訂して大分変わったというか解りやすくなった……んだろうか。

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