アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~   作:高槻翡翠

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主役が出ていない傍観者共がだらだら話す話。
伏線らしきものは出てきますが晴らせるのはいつになるやらで。
次は本編に行くよ。


番外編 ゴルゴタの中で

【番外 ゴルゴタの中で】

 

『カルヴァリア』内、本の塔にて、オルトは一人、毛布を被りながら丸いピンク色のクッションを胸辺りに敷いて、空中にある表示窓越しに外を眺めていた。残っているメンバーであるルイスイは発掘作業中で、コウは情報の整頓で箱船に行ったので不在だ。

床には退屈しのぎに読んでいた本が置かれている。恋愛小説もあれば時代劇の小説もあるが、

どれも読み終わったのを片付けていない。

 

「世界霊魂って何でしたっけ……暇です」

 

外の状況を聞いていると世界霊魂という言葉が出た。

オルトは魔術は詳しくはない。詳しい者達は今は居ない。右手を空中で撫でるように動かして、別の小型表示窓を展開し、検索メニューを出した。

コウのように透明操作鍵盤で打った方が速いことには速いがごろ寝中のため、手書き検索をしようとする。

 

『暇なら交代してくれないか? 後方支援はそろそろ飽きたんだ』

 

聞こえてくるのは無理でありながらも、頼みを口にしているような声だ。

 

「ヴェンツェル」

 

検索を止めて、側に開いた表示窓をオルトは右手の指先で伸ばした。表示窓に写るのは濃い茶髪をショートカットにした青年だ。緑色の瞳をしている。両手には白い手袋をはめ、軍服を着ていた。軍服は黒く、アディシアが居た世界で言う国家社会主義ドイツ労働者党のものだ。

彼は別の世界の国家社会主義ドイツ労働者党に所属していたが、『カルヴァリア』を宿した者に殺され、不死英雄となってしまった。

 

『君だけかな。オルト』

 

「コウさんは作業してます。発掘はルイスイがやってますよ。そっちは」

 

『エルジュが前衛で撃ちまくってる。ロゼが補佐で僕とヨアが補佐の補佐。負荷を受けるだけだから暇だ』

 

「敵、全滅しませんか」

 

『次々とやってくる』

 

怠そうにヴェンツェルが言う。『カルヴァリア』は取り込んだ魂を食うことによって様々な力を使えるが無料というわけではない。

本体が魂を食ったときに生じる負荷が使用者にかかるのだ。

アディシアの場合、サマエルが盟約に介入しているため負荷は半分程度で収まっているが、

取り込まれた魂の怨嗟の声が聞こえたりすることにより、気分が悪くなる。

闘っている不死英雄は設定変更で半分を能力使用者が残り半分を補佐に負荷がかかるようにしていた。

今は前衛が敵を殺し続けて魂を取り込んでいき、力として使用するループ状態だ。

ヴェンツェルがいる場所は白い空間だ。上も下も距離感も曖昧である。

世界の狭間だ。

敵とはかつて彼等が滅ぼした世界の残党であったり、その残党に巻き込まれた者達である。

戦闘をしている面々に待機組は連絡を取らないし様子も見ない。それが彼等の決めたルールだ。

 

「私達が居るのはストウ大陸のシグザール王国、ザールブルグです。通信が繋がっているし、概要を送りますね」

 

待機組は活動組達と連絡を取ることはしない。向こうがしてきたらする程度だ。

指先でファイルを選択するとタッチパネル方式でデーターを送った。ヴェンツェルが読んでいる。

 

『南ドイツに似ているね』

 

「ザールブルグだと馬鈴薯も食べてますけど、<ベルグラドいも>はもっと食べられてます」

 

『ドイツが芋ばっかり食べているように見えるのは、三十年戦争で大地が荒廃したのと凶作の影響で観賞用の芋を食用に転じたからだよ。北とかは土地が豊かじゃないしさ。豊作の現代じゃなくても、昔だって地方によっては肉とか魚とか食べてる。

有権者に訴えたいのはドイツの食卓は貧相じゃないってことだ』

 

「……ヴェンツェルのその手の主張って、イタリア人はパスタばっかり食べてるんじゃなくて、

米も食べますとかに似てますよね。ザウアークラウトも元々は保存食ですし」

 

三十年戦争はヨーロッパで起きた戦争であり、これによりドイツは荒廃した。馬鈴薯ばかり食べていると言われているドイツだが、それは馬鈴薯が痩せた土地でも非常に育ちやすいし栄養価も高いためだ。

ザールブルグでも<ベルグラドいも>が平民の主食なのは、馬鈴薯と同じような理由だ。パンもあるが、芋の方が安いのだ。冷蔵庫に似たものは存在はしているが、一般に普及しているとは言い難い。

 

『そっちは平和そうだ。……錬金術とか、ロゼが楽しみそうだけど』

 

「ロゼさんと通信繋げません? 世界霊魂について聞きたいです」

 

『アニマ・ムンディのことか』

 

「知ってるんですか」

 

オルトの役割は剣を取り、切り込むことだ。

問い返してみてオルトは気がつく。ヴェンツェルは出身のためか、魔術に以外と詳しいのだ。

居た組織がオカルトに傾倒していたためである。

 

『世界霊魂についてだけど、僕の世界の話で、世界の仕組みの説の一つとして、

世界は唯一神を起源とする世界霊魂によって存在しつつ、動いているってのがある』

 

ヴェンツェルが左手で空間を撫で、透明操作鍵盤を出すと文字列を打ってからキーを押した。

オルトの頭上に一冊の本が落ちてくる。

彼女はそれを見ずに右手で受け取ると引き寄せてページを捲った。

唯一神の信仰はキリスト教やイスラム教のことで、神が一つしかないことを言う。

ザールブルグは神が何柱も居るので、多神教だ。

 

「猫さんが説明していたような」

 

校長にサマエルが説明していたのをオルトは思い出す。その時は説明を聞いていると眠くなるので表示窓は消して時代劇小説を読んでいた。

 

『ここからデーターを取り出して、本体が纏めたのを喋ったんだろう。世界霊魂は全ての元みたいなものだ。ザールブルグの錬金術はまだ解らないところばかりだけど、重要なモノであることは間違いない』

 

「<世界霊魂>がわき出す壺が銀貨五千枚もするんですよ。……ザールブルグの銀貨の単位、元の世界で換算してないですけど」

 

『解りやすく銀貨一枚、百円換算にしておいたら? そうしたらあの壺は五十万円だよ。円が単位なのは最後にいたのが日本だからで、マルク換算だと……』

 

「マルクって昔、ベンチの上に大量の札束を積んでも価値がろくになかったお金じゃないですか」

 

『パピエルマルクとかマルクも種類が何種類かあるから』

 

物価の価値は生産体制や世界情勢によっても変わってくる。銀貨一枚百円にしたのはわかりやすさのためだ。

彼等が最後にいた世界は工業化による大量生産から、輸送システムの確立、海外生産、不況の影響下で起きるデフレーションにデフレスパイラルなどの影響で物はそれなりにいい品質を安く手に入れられる。

――しかし一部、酷い製品もあるが。

ここで重要になるのは物価の価値が安定していると言うことだ。ヴェンツェルとオルトの会話に出てきたようなことは、ザールブルグでは今のところない。これは治安も政治も安定しているのだ。

オルトは銀貨一枚百円として、ザールブルグの物価を換算していく。

 

「百円換算にしても『初等錬金術講座』とか、八万円ですよ。宿主さんが大好きなゴスロリ衣装がひと揃い買えます」

 

『文化面を考えると本が高価なのは仕方がないとは言え、ぼったくりと想えるね。――そろそろ出番だ。通信を切る』

 

爽やかに告げるヴェンツェルにオルトは心底、同意する。つい最近まで居た世界なんて本はところによっては百五円で買えた。

およそで銀貨一枚である。

笑っていたヴェンツェルが表情を変えた。つまらなさそうにする。

彼はオルトのように剣を振るうことはないが、彼が使える武器は性質が悪い。

 

「こちらの時間でどれぐらいになるかは解りませんけど、暇ならまた話に来てください」

 

こちらとあちらでは時間の流れが違う。時間の流れについて考えるとオルトは頭が痛くなるので考えない。

時間や空間については余り操作するべきではないし、干渉するべきではない。

 

『通信を切る前に一つ。そちらの時間で数日後ぐらいかな。何か起きそうだ。今はそれしか読めない』

 

ヴェンツェルの右手には八角形の金属板が握られていた。漢字と幾何学模様が刻まれている。羅盤だ。

中国で使われる羅占いの道具であり、彼が持っているのは三元三合盤だ。

 

「俺の占いは当たるぐらいに自信もって言いましょうよ。それに占いとか嫌いじゃ」

 

「昔に話したけど卜占は使うべき時に自然と使うし。占いの仕方は違うけど、猫もそうだよ」

 

通信が擦れていく。自動できれるようにしたのだ。彼の右手に持っていた羅盤が消えていく。

前戦に向かう同胞に剣士は声をかけた。

 

「行ってらっしゃい。壊してきてくださいね。ヴェンツェル」

 

「行ってくる。壊してくるよ。オルトルート」

 

通信が切れた。

オルトは表示窓の手書きモードで会話の詳細を記してから、ルイスイとコウに送りつける。

ヴェンツェルが元気ならば他の三人も元気だろう。負荷に苦しんでいたり、敵を虐殺したりと各々で過ごしていそうだ。

 

「帰ってくるまで時間がかかりそうですね」

 

渡された本を最初からページを捲りながら読む。外の状況を耳で聞きながら、男二人のどちらかが、

戻ってくるまで、彼女はゆったりと過ごす。本を十ページほど捲ったとき、本の塔に誰か入ってきた。

 

「コウは、居ないんだね。ヴェンツェルが前戦に行ったと。ぼくもアレを使ったアイツとは戦えないし」

 

「まず、近づけませんからね。遠距離攻撃をしようにも届きませんから」

 

ルイスイだった。オルトがルイスイに逢ったのは数日ぶりだ。ヴェンツェルの役目である発掘をしているのは彼だ。

片手で十冊ほどの本を持っている。本は和書やペーパーブック、辞書ほどのサイズのものもあった。

彼が一番上の本の表紙を軽く叩くと勝手に本が浮き上がり、本棚に収まる。

本棚や本が勝手に動いて本が整頓されていく。

 

「読みかけの本も解放してあげないと。出しっぱなしは良くないよ。片付けようか」

 

「それとそれとそれは読みました」

 

指さされた本をルイスイは拾い上げ、浮かせて本棚に戻した。二冊を戻してから一冊の表紙を読む。

 

「『ヨーロッパお菓子物語』……」

 

「データーですから、本体さんが何処かで読んだんじゃないかなと」

 

小学生向けの本だった。本の塔の本には直接取り込まれた本と知覚情報で本の形になっているデーターの二種類がある。

可愛らしい絵でヨーロッパのお菓子が紹介されている。

 

「料理か。本体も猫もザールブルグに来てからは料理はするけど、買い食いばかりだね」

 

「竈の使い方になれないみたいです。でも、そろそろ慣れてきたんじゃないでしょうか」

 

スイッチを押したり操作するだけで火が付くガスと違い、竈は火をたくところから手間がかかる。

火力の調整も難しい。美味しく作るには薪や炭で料理が良いと調理している料理屋もあるが一般家庭ではガスだ。

資金は足りているので買い食いも可能だが、長期的に滞在するならば竈の扱いには慣れるべきだ。

ルイスイが表示窓を開いて食材方面のデーターを取り出す。

 

「この世界、アレがないんだね。マヨネーズ」

 

「マヨは……こちらで発見されたのが、説の一つだと十八世紀半ばですね」

 

「それに米も無いし」

 

「ルイスイ。お米の方が好きですしね」

 

不死英雄達に飲食の必要は無い。この中に待機しているときは餓えはない。

たまに嗜好品としてデーターから取り出して食べる程度だ。意味はないが、味は分かる。生前の味覚は残っている。

宿主が食べたものを自分達の味として感じられた。

 

「卵かけご飯とか好きだ」

 

「……私はアレを始めて見たとき、正気を疑いましたね。疑わなかったのルイスイぐらいだったような」

 

生卵を白米にかけて食べる卵かけご飯は日本ではよく食べられているが、

日本の生卵は殻を洗浄していて、サルモネラ菌が繁殖しづらくなっているため、生でも卵が食べられる。

外国は殻を洗浄しないので衛生上のリスクがある。その代わり、賞味期限は長い。

そして卵を生で食べるという発想は日本ぐらいで、外国にはない。

 

「コウもアジア系だけど、知らなかったからな。……ザールブルグは味噌と醤油も無いし、……どっちも、米麹がないと作るのは無理か」

 

和食を食べようにも、ザールブルグはヨーロッパに近い世界だ。主食も小麦と芋が中心である。

 

「作られるとしたらマヨネーズとか、パンとか……」

 

「無発酵パンを作るならチャパティだ。とても楽。マヨネーズも作れるよ。発明はされてないだけで」

 

オルトがチャパティを検索する。チャパティはインドのパンで、作り方は全粒粉……全て粉砕した小麦粉……に水を加えて生地を馴染ませてから焼くだけだ。マヨネーズの材料はザールブルグに全て存在している。

 

「ところで、ヴェンツェルの言う数日中に起こる何かって何でしょう」

 

「近くなったら連絡がまた来るはず」

 

「起きたら起きたで即日対処で」

 

「本体に寄るけど」

 

自分達がどう動くかは全て本体にかかっている。ヴェンツェルの言葉を気にかけつつ、

外の情景を気にしつつ、オルトはヨーロッパのお菓子の本を読みだし、ルイスイも椅子を出すと座った。

 

 

【Fin】




お金の話とかそう言うのをだらだらと。
上司が言うまで暇とかやってますが、そう言う連中

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