アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~   作:高槻翡翠

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一話ぐらい書いてから序章というのは解りづらい関係とか
あったので書いては見たのですが……余計解りづらいかも知れない。
ザールブルグにはまだ飛びません。

かなりあとになって書いた序章で、序章にしては
長すぎるとあったので第0話にしてみたというか
解決になってない気もするが、0話で


第零章 始まりの話
第0話 はじまりのはなし


【第0話 はじまりのはなし】

 

黒い楕円形の石が麻紐に縛られたペンダント。

城の廊下を走り続けたまたま駆け込んだ一室にそれだけがあった。

広々とした部屋には家具も何もなく、フローリングの床だけが広がり、薄暗い。

窓はあるが外から聞こえるのは雨音で、空は灰色だ。時間は夕方になる前ぐらいだ。

少女はペンダントに近付く。ペンダントは大きめの直方体のガラスケースに入っていた。

ガラスケースの下には丁度ケースが乗るぐらいの白い一本足のテーブルが置かれていて

赤い布が敷かれ、ペンダントは横たえられている。

ガラスケースに少女の姿が映った。

空色の髪を背中まで伸ばし、緑色の瞳をしていて、黒色のゴシックロリータワンピースを着ている。

靴下も靴も黒い。ゴシックロリータワンピースは長袖で、黒いレースがあしらわれていた。

 

『bonum diem』

 

声がかけられる。

ガラスケースの上に女性が座っていた。年齢は十代後半から二十代前半ぐらい、

艶やかな黒髪が腰辺りまで伸び、赤い瞳をしている。着ているのは、長袖の黒いロングワンピースだ。

シンプルな作りをしている。靴は履かずに素足だ。肌が白い。

彼女が、ラテン語でおはようと言ったのを少女は聞き取る。返さずに問うた。

 

「いつの間に、居たの」

 

『貴方が来たから、起きたのよ。この城に封印されて……少し時間が経っているわね』

 

この城に少女が来たのは、呼ばれてからだ。

義兄が所属している暗殺組織のボスの父親……暗殺組織を含めた全ての組織のボス……が自分に逢ってみたいと言いだした。

組織のトップはマフィアだ。コーサ・ノストラとも呼ばれるかも知れないが少女は細かいことは知らない。

城には滅多に人が呼ばれることはないらしく、自分が呼ばれたことは珍しがられた。

 

「Etiam quis?」

 

彼女がラテン語で挨拶をしてきたので、疑問を少女はラテン語でぶつけた。

どんな言語でも彼女は読み書きや話すことが出来た。どうしてそんな能力があるのかは不明だが、義兄はお前が逃げてきた所が憶えさせたとかじゃないのか、と言ってきた。

自分はそこから逃げて義兄に拾われたのだが、何処から逃げてきたのかの記憶がない。記憶にあったのは名前ぐらいだ。

覚え込んだことは多種多様でその中には殺しの技術も含まれている。

聞いたことは”これ誰ですか?”だ。彼女は唇の端をつり上げ、微笑した。

 

『私の名は――』

 

名を彼女が告げたが、殆どが聞き取れず、かろうじて聞き取れた音を少女は口にした。

 

「リア……?」

 

『そうとも言うわね。ところで、のんびりしていて良いの? 悪魔が解き放たれたみたいだけど』

 

また彼女は微笑した。

おかしそうに笑っているが、その笑みに少女は違和感を感じる。笑っている人間は何人も見たことがあるが、彼女が浮かべている微笑はそのどれとも違う。笑っているというのをただ出しているかのような、違和感のある笑みだ。

雨音が強くなる。少女は彼女の姿が濃くなったように見えた。

 

「あの、おかしい何か?」

 

『私と同じように封印されていた、指輪の悪魔。指輪なんて珍しいものじゃないわ。マフィア黎明期にばらまかれた、力を得られるもの。皆、手段は問わなかったから』

 

「貴方も、悪魔?」

 

『そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないわ。――貴方も、このままじゃ、いずれ死ぬわね』

 

おかしい何かと少女が呼んだのは、灰色の泥に飲まれかけた人間らしき生き物だ。

城の一室で待っていたら悲鳴が聞こえて、待っていろの指示を聞いて待っていたらやってきたのが灰色の生き物だ。

灰色の生き物は次々と増えている。

少女の目の前で黒服の男が灰色の男に触れられて、悲鳴を上げて、灰色の泥に飲まれて、同じモノになった。

言葉を喋らず、うめき声をあげるだけの生き物。

映画、と言うのに出てきたゾンビに似ていた。

慌てて少女は走って僅かに空いていたドアを閉めた。武器を持っていないので対処のしようがない。

逃げることしか出来ない。

簡単に女性は言う。

 

「死んじゃうんだ」

 

『確実に、殺されるわ。映画みたいね』

 

「……貴方も」

 

『私は死なないわ』

 

当然のように女性が言うので少女は腹立たしくなるが、腹立たしさを収めてしまう寒気がした。

 

「近い」

 

『この城は罪業を封印する場所でもあるし、上もろくに人員はおかなかったんだろうけど、

端末をばらまいて自分がきちんと復活するための力を集めているのね。――また死んだ。

泥に飲まれて、呑まれて貴方も死ぬ?』

 

この部屋に居ても彼女には死人が増えていくのが解るらしい。

 

「私は、死ねない」

 

『どうして?』

 

「生きなきゃ、いけないから」

 

消えた記憶の奥底にある誰かとの約束、それが少女に生きろと言う。彼女は、眼を細めた。

ガラスケースから女性は降り立つ。少女の緑色の目を赤い瞳で見つめながら、聞いた。

 

『私と盟約を交わす?』

 

「盟約?」

 

『貴方は、生きたいと言ったわ。私はその願いを叶えてあげられる。その代わり、魂を頂戴。貴方の魂は最後でいいから。

私はアレを倒す力を貸すわ。どう?』

 

強く、ドアが叩かれる。鍵なんてかけていないドアは、あっという間に開いてしまう。

答えは、決まっていた。

 

 

 

名前と盟約の言葉が聞こえたことで、微睡みから目覚めたものが居た。

 

「盟約者さんが現れてくれたんですね。あの時封印されてから……ちょっとだけですね。時間が経ったのは」

 

自分を確かめるように声を出す。

声は少女の声だ。暗闇の中から形をハッキリさせるように右手を動かしつつ、鐘の音を聞いた。

多重音と共に暗闇が解けていく。

広がるのは、大広間だ。天井が三メートル以上はあり、シャンデリアがぶら下がっている。

灰色の泥が床を埋め尽くしていた。泥の中には男が居たし、女もいた。

立ち上がろうとしては倒れ、呻きながらも、歩こうとしている。泥が集まり、大男が出来た。

男の身長は二メートルを超えていて、赤い帯と六つの巻髪をしている。

少女は金髪を背中まで伸ばして、ポニーテールにしていた。瞳は青色あり、服装は水色がメインに使われている。

白のエプロンが着いた半袖のワンピースだ。胸元には大きな水色リボンが付いている。

白の靴下に黒色のローファーを履いていた。

 

「ヨア、服、もうちょっといいものがなかったのとか問わないでくださいよ。ロゼさんとコウさん、魔術セット、ありがとうございます。ルイスイ、ヴェンツェル、起きてますか? エルジュはまた暴れる機会が来ますよ」

 

男が右手の拳を少女の顔面に叩きつけようとするが、少女は両手剣を出して拳を受け止めた。

二メートルほどの両手剣は少女には不釣り合いなほど大きい。刃が波打つ、フランベルジュだ。

少女のワンピースが、変わっていく。

白色の上半身を守る鎧になった。鎧は両肩に肩当てが着いていて、肩当ては少しずつずれた三段重ねになり、一番上の肩当てには菱形の飾りが等間隔に三つ付いていた。

首元も金属のようなもので守られている。首元の真ん中と胸元には濃い黒色の楕円形をした宝石が着いていた。両腕には肘より下にはガントレットがはめられ、手首までを守っている。

足下はスカートで、膝より少し上から足までの金属製らしきブーツを履いていた。空間に揺らいでいる。

あやふやなのはこれが実際の鎧ではなく魔術で編まれたものだからだ。

封印する前に食った魂から力を取り出して、発動させた魔術、この時に生じる負荷は彼女は自分で受けた。

一瞬だけフランベルジュを離すとそのまま押し込むようにして男の右腕を斬るが、泥によって再生する。

少女は剣を変化させた。

 

「不死英雄、オルトルート・ストリンドヴァリ。本体である『カルヴァリア』、復活記念に一撃、行きまーす!!」

 

変化させたのは日本刀だ。装飾が一切無い、シンプルなものだが、雷を纏っている。

彼女はただ、日本刀を横凪に振るう。

単純な一刀は、城の壁を破壊した。

 

 

 

俺が師匠からその話を聞いたのは、姉のような姉弟子と魔術の勉強をしていたときのことだ。

世界から少しずれたところにあるログハウスで、俺と姉弟子と師匠は暮らしていた。

「サマエル、頼みがある。『カルヴァリア』の封印が解けた」

 

姉弟子の方は睡眠中で、リビングには俺と師匠だけだ。四人がけのテーブルセットの椅子を二つ使い、向かい合っている。テーブルの上にはオセロ盤があるが、俺も師匠も触れない。

師匠は半袖のTシャツにジーンズ、赤茶色の髪を無造作に腰の上ぐらいまで伸ばし、

前髪を分けて額だけ出している外見は二十代ほどの女性である師匠だが、実年齢はそれ以上だ。師匠も憶えていないらしい。

職業は一応魔術師で超能力者で、依頼されては自分が出来ることをしている。

 

「……『カルヴァリア』……」

 

意味はゴルゴタのラテン語の名前でもっと言うと頭蓋骨のことだ。イエス・キリストが十字架刑にされた丘のことを言う。

 

「前に一つの街を壊滅状態に追い込んだのを私や前のボスとその守護者でどうにか封印した」

 

「壊さなかったんですか」

 

「封印ぐらいしか出来なかった。壊したら壊したで危険だし、封印は百年ぐらいなら持つはずだったんだ」

 

師匠が話す。

百年も封印が持たなかったのだろう。年月はともかく、封印が崩壊したことを師匠は苦々しく想っている。

 

「それで、僕に何の頼みを」

 

「盟約をしたのはお前の本体が好きな子でさ。八歳ぐらいの女の子で、盟約したのは城に他にも封印されていたモノの

封印が解けたからで……城が半壊したぐらいで被害がすんだのは僥倖だ」

 

僥倖で片付けて良いんですか師匠、それでも大変なことではとか感じたが、八歳の女の子というのが気にかかる。

それに俺の本体と言うのも気にかかった。

俺の出自は、ややこしい。

姉弟子はとある国の王女で、下には双子の兄弟が居た。その兄弟達は非常に仲が悪く、毎日毎日、喧嘩ばかりをしていた。

師匠は、その国の城で姉弟子と双子の兄弟の家族が住んでいた城へ依頼で行き、依頼を解決したら姉弟子に好かれた。

姉弟子は魔術に傾倒し、師匠からソロモン系の魔術やら黒魔術を習った。

そんな姉弟子はある時、”静かで言う事を聞く弟が欲しい”と言いだした。その矢先、事件が起きる。

双子の兄弟が殺しあいをしたのだ。

ナイフを持ち出して互いに斬りつけあい揃って滅多刺し、生き延びたのは弟で殺されたのは兄で王室はパニック、いずれこうなると言ったのは姉弟子だ。止めることはなく、二人を殺しあわせた姉弟子も姉弟子は自分が言ったことを師匠に依頼して実行したのだ。すなわち、静かで言う事を聞く弟の制作だ。

死んだ兄の魂をベースに生きている弟の使っていない心の部分、シャドウと呼ばれている場所を写して……兄の魂をそのまま、使わなかったのは欠損があったとかと言う……それだけではまだ安定していなかったから、猫を連れてきた。緑色の目の白い猫だ。どこからか連れてきた白い猫の魂や肉体を足して、サマエルと言う名前を与えられた。

 

「ってことは、暗殺者」

 

弟の方は兄を殺した感覚が忘れられないと暗殺組織に入って、その暗殺組織のメンバーと上の組織にクーデターを起こしたが失敗したと話には聞いている。四年ほど前の話だ。

 

「『カルヴァリア』は誰かと盟約を交わし、その願いを叶えるが、対価が居る。主な対価は魂だ。アレは魂を欲す。最後には盟約者の魂を喰らうんだ」

 

願いを叶えるために殺しを強要するのが『カルヴァリアであり、今までに何人も何人も盟約しては、魂を喰らって来たのだそうだ。それにより、街も都市も、世界まで壊滅していく。

世界は大げさではないかと言おうとしたが師匠は真剣だった。

 

「願いはちゃんと叶うんですか」

 

「叶うはずだが、そうなっても大抵は破滅だな。誰かと盟約しない限りはろくな力が振るえないのが丘だ」

 

「師匠の封印が弱かった……」

 

「……最高で最適な封印はかけた。サマエル、お前は様子を見てこい。情報は向こうから聞けるが、あの暗殺組織、本部とは距離を取ってる。私が見に行っても良いが、被害が大きくなるし」

 

師匠も被害を起こそうとすれば街一つとか壊滅させられる。

俺は本体に関しては余り好きではない。自分でもある本体だが、血を見たら狂乱するし、自由奔放すぎる。

血を見たら狂乱するのは俺には受け継がれなかった。狂乱は血が嫌いだからではなく、

兄を殺した感触を思い出して昂揚するからというものだ。

 

「寝ている姉弟子は」

 

「様子を見に行こうにも、弟をからかうだろう」

 

そのからかいで屋敷が破壊されるなんて日常だったと俺は思い出す。

 

「……猫の姿で行ってきます」

 

白猫の姿は行動が制限されるが、適任の筈だ。師匠が簡単に作戦らしきものを説明したので俺は聞く。

出かけた俺が本体とは出会わずに彼女と出会い、『カルヴァリア』を含めた盟約関係になったのは、数日後のことだった。

 

 

 

劇場のステージ上で、文庫本を読んでいたのは濃い茶髪をショートカットにして、緑色の瞳をした青年だ。

外見は二十代、着ているのは国家社会主義ドイツ労働者党の軍服であり、彼自身は黒ずくめだ。

身長は百七十センチを少し超えたぐらいで、両手には白手袋をはめている。端整な顔立ちをしている、彼の名前はヴェンツェル・バウムガルトと言った。

ステージの上にはスポットライトが着いていて、グランドピアノが一台おかれている。観客席は無人だ。

 

「発掘はいいのかい」

 

「指示だけ出している。コウ、何のようかな」

 

ステージ横から現れたのは、緑色の髪が肩当たりまで伸びた青年だ。髪の一部が赤色で、目も緑色、着ているのは茶色いトレンチコートだ。彼の名はコウ・シリング、ヴェンツェルと同じ存在だ。

 

「暇だから来たんだよ。”外”で一騒動があったけど平和じゃないか。今の盟約者はそれなりに生きている」

 

彼等は不死英雄と呼ばれている存在だ。『カルヴァリア』と名付けられている願いを叶えるモノに魂を取り込まれながら、自我が残っている者達であり、今の役目は本体に命じられるままに仕事をすることだが、無い場合は外を見学したり、読書をしたりしている。

ヴェンツェルの役目は発掘で、『カルヴァリア』が取り込んだ情報や品物を掘り出している。

二人が居るのも、『カルヴァリア』が取り込んだ情報をベースに出している場所だ。外ではない。

コウの言葉にヴェンツェルは眉を上げてから、本を閉じた。

 

「盟約の負荷とか軽減されているからだろう。でないと、直ぐに死んでいる」

 

盟約をした人間は短期間のうちに死ぬ。

それと言うのも、願いを叶えるためには魂が必要で、魂をどう渡すかと言えば『カルヴァリア』を宿した盟約者が、人を殺すのだ。願いを叶えるために誰かを犠牲にする。そのことを覚悟して、魂を取り込んでいっても、その事実に押しつぶされていくし、『カルヴァリア』は魂を欲する。拒否しても力を出し渋り、しまいには盟約者を喰らう。

魂を欲する『カルヴァリア』の声や取り込んだ魂の怨嗟の声に精神を摩耗させて死んだ者を彼等は何人も知っている。

 

「猫が盟約者との盟約を折半してるからね。代価は大きいが、……それを了承する本体も本体だ」

 

「アレに興味があるのかい。持つべきじゃないよ。下手なことをしたら消される」

 

何人もの盟約者や人間達を犠牲にしていたら、封印された。盟約者を使い潰した隙を突かれたのだ。

封印されている間はあやふやだが、そのあやふやが新しい盟約者を得たことにより解消された。

前の記憶は曖昧ばかりだが、今の記憶は濃い。

 

「本体で結ばれている猫と宿主だ。三、四年ぐらい前かな。今の関係になったのは」

 

猫が来たのは今の盟約者が盟約をしてから、少ししてのことだった。猫と言っても青年の姿を持っている。

彼は昔は少年だった。少年は盟約者との盟約をきれと彼等が本体と呼ぶ存在に言ったが、無理だと答えた。

盟約は解けないと。

会話の後に提示されたのは別の盟約だ。今の盟約者の負荷を半分受けることと、猫が本体との対話で引きだした

力の封印だ。封印が解けた直後と違い、『カルヴァリア』は最大で七割方の力しか出せない。

代償として猫は人間の姿になるのはこの世界では一ヶ月に数日だけとなってしまっているが、盟約者はすぐには死ななくはなかったし、全能力を引き出すことも出来なくなった。

全能力を引き出せば負荷が体に来すぎて、確実に死んでしまう。

七割方は今の世界に居て引き出せる力でもあり、世界によっては上下するが、最大で七割だ。

 

「宿主は猫を相方と呼んでいるし、猫は……」

 

ヴェンツェルが言いかけたが、それよりも優先して文庫本を消し、手に羅盤を出した。羅盤は八角形の金属板で、東洋の卜占で使う。漢字や幾何学模様が入っている羅盤を眺めた。

 

「ヴェンツェル」

 

「――近いうちに飛びそうだ」

 

飛ぶと聞いてコウが考える。

 

「本体が?」

 

「指輪の力じゃないか。本体も飛べるが負荷が大きすぎる」

 

「何処へ飛ぶのやら……。君を見てると僕も本を読みたくなってきたから本の塔にでも……」

 

「それなら返しておいてくれ」

 

文庫本をヴェンツェルがコウに渡した。表紙のドイツ語を彼は読む。

 

「Zur Genealogie der Moral,Eine Streitschrift」

 

著者名はフリードリヒ・ニーチェ、タイトルを日本語にすれば『道徳の系譜~一つの論駁書~』だ。

受け取るとコウは歩き去る。ヴェンツェルもステージから離れることにした。

 

「発掘に戻るか。中断されないことを願おう」

 

 

 

サマエルはソファーの上に居た。

誰も居ない時に戻ったのが幸いだ。ここは中学校にある応接室にある黒いソファーだ。

 

「俺の意識が出られたかな」

 

前は自由に猫と人間の姿を切り替えられたが、今はサマエルの意識が出るのは一ヶ月に三日有れば良い方だ。『カルヴァリア』の制御に力が取られているからである。

四年ほど前に何故そんなことをしたのかはサマエルにも良く分かっていない。

 

「盟約をねじ曲げたのはアディが可哀想だからとかもあったのだろうけど」

 

アディシア、それが今の『カルヴァリア』の盟約者の名前だ。アディシアとは猫の姿で出会った。

義兄が白猫状態のサマエルを拾ってきた。義兄はアディが猫を欲しがっていたので拾ったと話していた。

始めて逢ったアディシアは細い、目に少しの生気しかない少女で、猫の姿の自分にアルビレオとつけた。

そこから彼女が宿した『カルヴァリア』と対峙したりもして、今の状態だ。

 

『可哀想とか同情してもあの子は仕方がないで解決しているわよ』

 

笑いと共にサマエルの耳に声が響く。『カルヴァリア』の<化身>であるリアだ。

 

「知っているさ。殺し続けていれば生きていられる、とも」

 

終わったことは仕方がないと、盟約をしたことは生き延びるためだったと、その盟約により命が危機にさらされても、彼女はそれを選んだ。暗殺者である彼女は定期的に人殺しをしていたから魂も補充できるとしていたが、それをしていても『カルヴァリア』は近いうちにアディシアを殺していた。

 

『アディシアは下僕、貴方を相方と認識しているわ。私に対する、ね』

 

下僕呼ばわりされているが、言っても直さないのでこのままだ。

四年前に『カルヴァリア』を宿すアディシアの手伝いをしたいとサマエルはアディシアに話した。

アディシアが死ねば、サマエルも死ぬ。アディシアが死ねばその魂を『カルヴァリア』が喰らい、サマエルも喰らうのだ。

 

(終わりが決まっていて、それまでを楽しんでいるってか、引き延ばしてるって言うか)

 

『誰だってそうでしょう』

 

状況は変わり続けていて、今のアディシアもサマエルも平穏な生活を送れている。

 

「お前に関しては不明な点ばかりだ。師匠も指輪だけ託して別世界だしな……」

 

常に魂を補充しなければアディシアが喰われてしまうと想っていたのに、このところは誰も殺していないのに『カルヴァリア』は平穏を保っている。サマエルも人殺しはしていない。

これからがどう転がるかはサマエルにも解らないが、それをリアに言えば”何でもそうでしょう”と返しそうだったので言わない。

ここに居ても時間だけが過ぎていくので、アディシアに逢いに行こうとするが、アディシアの居場所が不明だ。

 

『図書室にいるわ』

 

「……図書室か」

 

学校の構造は知っている。サマエルはアディシアを探しに図書室へと歩いた。

歩きながら、考える。

サマエルにとっての本体はアディシアのことが好きだが、サマエルはと言うとアディシアに抱く感情は、恋愛感情ではない。言葉では表せないのだが、ただ一つだけ、言えることがある。

 

「彼女は了承していたけれど、死んで欲しくなかったんだよな」

 

それだけは、はっきりと言えた。

 

 

【続く】




逆にもっと解りづらくなった気がしないでもない。
不死英雄のちょっととかは余りアテになりません。

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