ゼロの使い魔で転生記   作:鴉鷺

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第四十二話 ファンガスの森の出会い

 レイジはアルビオンよりラ・ロシェールへ帰着した後に、トリステインを再度見て回ることにした。カトレアのための秘薬作り時に既に大半の土地を相棒のイリアスを巡ったが、流石にトリステイン全土を網羅できてはいない。そのため、未だ行っていない場所へと赴く。その土地土地での治め方などを直で見、参考になるところを記録していく。

 レイジは春を迎える頃にトリステインからロマリアへ向かった。ロマリアではこのハルケギニアの宗教、ブリミル教の本山がある。教皇がこのロマリアという宗教国家の枢軸をになっている。このロマリアから様々な名目で枢機卿が送られることがある。その一例がトリステインのマザリーニ枢機卿だろう。

 レイジは特段ブリミル教を信仰してもいないので、ロマリアは適当に有名どころを回るだけにしたのだった。といってもいくばくかの日数はかかったが。

 レイジは最後の漫遊地であるガリアに虎街道から向かった。ガリアはハルケギニア最大の国である。現在の王は数ヶ月前に亡くなったガリア王に変わり、人心が向いていなかったジョゼフⅠ世、通称無能王である。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 レイジはガリアを粗方見て回っていた。ガリア入りしてふた月は経った頃だ。レイジはガリアに入国してすぐに、オルレアン公つまり、王の弟であるシャルル公が暗殺されたと耳にした。

 レイジはシャルルが暗殺されることは覚えていたが、前世からいつどこで暗殺されるかは知らなかった。知っていたとしてもレイジの取れる行動はなかっただろうが。

 レイジがその噂の真偽を、どこぞの誰かと語らうこともなく是としてひと月ほど。

 彼は旅の途中でファンガスの森にほど近い村に来ていた。この村はもともとファンガスの森に隣接するように集落を形成していたのだが、どこかの研究好きなメイジが森を基点として研究を続けていたのだ。その研究とは人造合成獣、キメラの作製だ。その中でもキメラドラゴンなるものを作り上げたようだ。研究は実を結びキメラドラゴンは誕生したのだが、その誕生の代償として製作者のメイジはそのキメラに食い殺されたとのことだ。そのせいか、もともと魔物の多かったファンガスの森にキメラドラゴン以外の人造合成獣も蔓延るようになった。そのため村は危険な森から離れるようになった。狩りに行けば逆に狩られることが目に見えているのだから。

 

「『烈風』様!! どうかお願いします。もうわしら狩人として生きてきたもんは、農耕ではとても暮らしてけやしないんです」

 

 レイジが宿泊をさせてもらったこの村の村長が、レイジのフェイクの杖を見てメイジだとわかったのか、レイジに頼み事をしてきた。レイジは仮面のメイジとして、村人が困ってきたら少しの手助けから、魔物の巣の撲滅まで行ってきた結果か、民衆にちょっと知れた人物となっていた。といっても鉄仮面をしていたらの話だが。

 

「はぁ、もう一度詳しく話してください」

 

 仮面を着用しているレイジは必死な村長を見て、必死な理由を明確にするため聞いた。

 

「先にも言いましたが、わしらが元々住んでいたのはファンガスの森の近くなんです。しかし数年前にその森に合成獣が蔓延るようになったのです。そいつはわしらの弓などものともしなかった。だからこうして森を離れて狩りでなく農耕で生計を立てているのです。だども、農耕の仕方がわからない。税は収めなきゃならない」

 

 元々この村の住人は森で取れる様々な資源などで税を収めていた。狩りばかりしてきた人々が、ノウハウもないのに農耕などで安定した税を収めていけるはずもない。そのため領主は埋め合わせを要求してくるのだ。

 

「それで、ファンガスの森にいるキメラを退治してくれってことか? 自分たちがあった生活に戻すために」

 

「はい」

 

 レイジは先に聞かされたメイジの研究所のことを思い出した。人造合成獣なるものはレイジとて想像できる。確かにこのままいけばこの村は崩壊が未来に待っているだろう。

 レイジはため息をついてから口を開いた。

 

「分かりました。どれだけ殺せばいいんですか?」

 

「おお!! ありがとうございます!! キメラドラゴンは確実に屠っていただきたい。あとは――」

 

 

 レイジはそのまま村で一晩夜を過ごした。体が慣れているためレイジは定時に起床する。大きく伸びをする。天候は絶好の狩り日和である。レイジは早速朝食のあとに『烈風』の仮面を装着して、森へ向かって歩き出した。相棒のイリアスは村で留守番だ。

 レイジがファンガスの森に差し掛かったところ、一人の少女が看板の前に棒立ちでたっていた。少女は真っ青な長い髪を持ち、手に身の丈を超える杖を握っている。靴はブーツで、ズボンは乗馬用の白いズボンだ。上にはレイジの髪のような赤い上衣を着ている。どう見ても貴族のお嬢さんであるとレイジは訝しげに思った。

 看板には「この先立ち入り禁止」とだけ書かれている。

 

「やぁ、お嬢さん。こんなところで何を?」

 

 レイジは珍しく爽やかに言葉をかけた。少女は一瞬肩を大きく震わせると、レイジの方へと振り返った。その顔には濃い影が差して要るように感じられた。髪色が違うだけでレイジの妹のフィーネと若干似ている顔立ちだ。

 

「え、あの武者修行……?」

 

 仮面の男の突然の登場に驚きつつも、少女は疑問符付きの回答をした。

 

「なるほど武者修行か、オレもそのくらいの頃に武者修行とか言って修練に明け暮れたなぁ」

 

 レイジは少女の言葉が冗談であるとわかっていながら、昔のことを思い出した。

 

「で、ホントの理由は?」

 

 再度質問をする。すると少女は数秒目を泳がせたあとに観念したのか、本当のことを言った。

 

「……キメラドラゴンを退治してこいって言われたんです」

 

 レイジは少女の本当だと感じる答えに、驚愕する。10歳そこそこの子供が人造とはいえ、ドラゴンの討伐を命ぜられたのだ。この少女がそこまで腕が経つとは感じられないレイジとしては、その命令したモノに対して心の中で憤慨した。

 これではまるでテイのいい死刑である。

 

「なるほどな。君はキメラドラゴンを退治するまで帰れないのか?」

 

 少女は無言で頷く。ますますレイジとしては腹が立ったが、腹の中だけに抑える。

 

「なら、オレもそのキメラドラゴンを退治しに来たから一緒に行こう」

 

 レイジはこの少女一人くらいならば守ると決めた。少女は一瞬迷うも、やはり不安なのか首を再度縦に振った。

 

「よし、決まりだ。安心してくれ、オレはこう見えてもスクエアメイジだからな」

 

 レイジは自身から滅多に言わない、魔法のランクを口に出した。これも少女の不安を紛らわせるための一環である。少女はレイジの発言を聞いて驚いた。レイジも鼻頭から下は隠しているといっても、目元で年齢の判断はできる。まだまだ若い青年といった人物が、スクエアであることに驚いたのだ。

 二人は森の中を淡々と歩く、歩き慣れていないのか少女は、所々で躓きつつもレイジについて行く。レイジも少女のペースに一応合わせて、ファンガスの森の中を闊歩していく。森に入って数分した時最初の襲撃が訪れた。その頭部はオオカミの形をしている。だが通常のオオカミと違い体は一回り大きく、頭部が二つある。

 レイジはこれがキメラか、と思いつつも何故三頭でないのかと疑問に思った。思いつつも素早く腰の短剣を抜き、ブレイドを刃に這わせる。

 少女は初めて見る凶暴な魔物に怯えてしまっている。キメラが怯えている少女めがけて跳躍する。少女から小さな悲鳴が漏れる。レイジは飛びかかってきたオオカミもどきを、ブレイドで二枚おろしにする。血の雨も魔法で防ぐ。

 少女は鮮やかな一撃にあっけにとられつつ、レイジを見上げた。

 結局それから何度かキメラに遭遇して、それをレイジが退けたり、少女に戦わせたりした。常時レイジの『エア・シールド』で守られている少女に、傷をつけれる魔物など存在せず、結局少女の魔法にやられていくだけだった。

 レイジは風メイジとして、空気の震えに敏感なこともあり、魔物は尽く肉塊へと替えられた。

 何度かの戦闘の後にレイジが茂みに向かって声をかけた。

 

「あんた、そこで何してるんだ?」

 

 少女は突然のことにレイジの見た茂みを見やると、一人の活発そうな女性が出てきた。

 

「いつからバレてたんだい?」

 

 おかしいな、といった調子で女性は出てくる。その手には弓を持っており、背には矢筒を背負っている。

 

「最初からだ。で、あんたはなにしてんだ?」

 

 メイジ相手にぞんざいな口の利き方をする者はそういない。と言ってもレイジそんなことは気に止めるほど狭量ではない。

 

「あたしはこの森で狩りをしてんのさ」

 

「狩り? こんな危険な森でか?」

 

「そうさ、獲物は獲り放題だよ。それよりあんたたちは何しに来たんだい」

 

「そうだな。武者修行だ」

 

 レイジは少女のジョークをそのまま流用した。

 

「悪いことは言わない。こんな森でやるもんじゃないよ。なんたってキメラドラゴンがいるんだからね」

 

 レイジと少女はキメラドラゴンという言葉に反応する。

 

「そのキメラドラゴンを退治しに来たのさ」

 

 女性は迷いなく言い切るレイジの言葉に一瞬あっけにとられた。

 

「なるほどね。確かにメイジ様にゃあ出来そうなことだね」

 

 納得したように女性は頷いてみせた。

 

「あんたキメラドラゴンの場所を知ってるのか?」

 

「いや、知らないよ」

 

 レイジはそうかとだけ呟いて歩き出した。

 結局その日の日が沈むまでにキメラドラゴンを見つけることができずに、キメラを数十体狩るだけにとどまった。そして、あれから行動を共にした女性――ジルのネグラへと少女とともにおじゃました。ネグラは洞窟内であり、寝床のようなわらが敷かれた場所や、様々な器具がおかれた台が置かれていた。

 

「メイジ様にはしけた場所だろうがくつろいでくれよ」

 

 ジルは快活に言って夕食の準備を始めた。

 

「いいところだな」

 

 レイジは洞窟内を見渡してお世辞抜きで言った。

 

「そうだろ? ホントはもっとしっかりしたとこに住んでたんだけどね」

 

「そこはどうしたんですか?」

 

「あたしが家から離れていた時に、魔物に襲われたのさ。そこには家族だったものがあったよ。家族全員が何かに食い荒らされたあとだったよ。父は半身が食われていて、母は内臓を食われていた。妹なんて片腕しか残っちゃいなかった」

 

 ジルは奥歯をギリっと噛み締めながら言った。

 

「それより、シャルロット。あんたはどうしてこんなとこにいるのさ。『烈風』と兄妹ってわけじゃあないだろう?」

 

 少女――シャルロットは水を向けられて少し言いよどんだが、言ったことをもう一度言った。『烈風』とはレイジが仮面着用時に名乗る名前だ。

 

「……キメラドラゴンを退治しに」

 

 ジルは目を見開いてレイジを見る。レイジは肩をすくめてみせた。

 

「どうしてあんたがそんなことをしようっていう話になるんだい」

 

 レイジは聞かなかったがジルの言う通り、元を聞かないことには彼女の根本的な問題解決はできない。

 

「わたし、父さんを殺されたんです。母さんも心を奪われてしまったんです。わたしはもう一人ぼっちになっちゃったんです。生き残ったわたしにキメラドラゴンを退治しろって下知がくだったんです」

 

 シャルロットは徐々に声を震わせ、終いにはすすり泣きを始めた。

 

「なるほどねぇ。それで、キメラドラゴンを倒しに来たわけかい」

 

「わたしは戦ったことなんてなかったんです。ドラゴンなんかに勝てるわけがない」

 

 どこかのアホは除くが、10歳そこらの子供にドラゴンを殺せというのは無理がある。

 

「ならそのまま殺されるの?」 

 

 ジルは諦観した調子のシャルロットに質問をした。

 

「そうだ。キメラドラゴンなんざ、朝飯前だ。ここにはジルとシャルロット、そしてオレがいる」

 

 レイジとジルの言葉にシャルロットは顔を上げた。

 

「ドラゴンを倒せるの?」

 

 希望の光を見てシャルロットは前向きな疑問を口にした。

 

「最初から諦めるのは性に合わないからね」

 

 ジルはやる気だ。

 

「やるまでもなく楽勝だ」

 

 レイジは幾度となく戦闘を繰り広げてきた自負から言う。二人の言葉にシャルロットの目から流れ出ていた涙はとまっていた。

 

 

 開けて翌日。レイジたちはファンガスの森へと繰り出した。今日もレイジを戦闘としてシャルロット、ジルの順で歩く。

 結局その日もキメラドラゴンには会えずじまいで夕刻になる。

 

「そういえばあんたら何歳なのさ」

 

 昨日と同じ洞窟――レイジの魔法によって大空間となった洞窟で、ジルが唐突に質問した。

 

「12歳」

 

 シャルロットがはじめに答え

 

「14歳」

 

 レイジが続き

 

「19歳。って『烈風』、あんた14なの? あたしゃてっきり同じか年上かと思ってたよ」

 

 ジルが最後に言って、レイジの年齢に驚愕する。

 

「わたしもジルさんくらいかと思ってました」

 

「そうか? まぁこの仮面のせいもあるかもな」

 

 そう言ってレイジは食事以外、外さない仮面をつついた。

 

「昨日から気になってたけどその仮面なんなのさ」

 

「わたしも気になります」

 

「これはオレの魔法の師匠にもらったものだ。師匠に教えてもらうものを全て教えてもらった証だ」

 

「そうなんですか」

 

 シャルロットとジルは納得したように頷く。

 

「そういえばレイジはどうしてこの森に?」

 

 ジルは昨晩シャルロットの理由を聞いたが、レイジの理由を聞いていないことを思い出して質問をした。

 

「オレは近くの村の人にキメラドラゴンを退治してくれって頼まれただけだ」

 

「あんた家族はいないのかい?」

 

 ジルは家族を失う悲しみを知っているからの質問だろう。シャルロットも似たような表情だ。

 

「いる。だけど今は世界を見て回って、知識をつけるために旅をしている。これも貴族として特権階級の人間としての義務だ」

 

 まぁ国は違うがな、と最後に付け加える。

 

「えらく高尚なことをしてるんだね。あたしには真似できない精神だね」

 

「権利を得るものは必ず義務を果たさなければならない。それが為政者の勤めだ」

 

 レイジは当たり前のことだと言った調子だ。そんな彼にシャルロットは優しく貴族の鑑だった父を見た。12の時には既にスクエアのメイジとなったシャルロットの父、シャルル。彼もまた特権階級の利権だけに囚われない人物だと、シャルロットには感じられていた。

 

「……父さん」

 

 シャルロットは小さく呟く。レイジはその声を聞いた。

 

「シャルロット、君はキメラドラゴンを退治したらどうするんだ」

 

「そうさ、父を殺され、母の心を奪われて悔しくないの? あたしは奪われたのが悔しくてこの森の合成獣を駆逐するまで、復讐を続けるよ」

 

 ジルはこの森にとどまり続ける理由を言った。

 

「…………」

 

 シャルロットはジルの言葉を聞いて俯いてしまった。

 

「助けてやんなよ。母さんを」

 

「でも、母さんはもう……」

 

 シャルロットの母はエルフの薬によって心が奪われてしまっている。

 

「ま、どちらにせよ今は雌伏の時だろうな。実力をつけてからが本番だ」

 

 レイジは最後にそう締めくくった。

 

 

 またも明けて翌日。シャルロットは昨夜とは違い、覚悟をした顔つきになっていた。彼女はどうやら、母の心を取り戻すための戦いをするようだ。彼女の心は父を殺した憎き伯父への憎悪で満たされている。

 レイジはそれを感じつつも、特別諭すことはしなかった。彼女自身が決めた道なのだ。外野であるレイジがとやかく言う立場ではないためだ。今現在のレイジの目的はキメラドラゴンの滅殺なのだから。

 この日は朝から鉛の雲が立ち込めていた。お世辞にも天気がいいとは言えない。昨日通り彼らは隊列を組んで歩く。昼になろうという頃に彼ら三人の前にそれは現れた。

 レイジが右手で静止の合図を二人に送る。そして木の向こう側を伺うと、そこには無数の顔があった。狼、熊、豚、豹、馬などの多種多様な顔がある。レイジは世にも奇妙な生物――キメラドラゴンを見て眉間にしわを寄せた。

 生命を馬鹿にしているとしか言い様がない、今まで以上にそう思わずにはいられなかった。レイジの怒りの行き場は結局どこにもない。研究していたメイジは既に殺されているのだから。

 

「どうしたんだい? ……っ!?」 

 

 ジルはレイジのように木の陰からその先を伺い、絶句した。シャルロットも同様にキメラドラゴンを見て、今まで倒したキメラが赤子のような感覚に襲われ、恐怖で吐きそうになってしまった。しかし同時に生命を貶めている生物に怒りの感情を抱いた。

 

「あれは……」

 

 ジルが絶句から覚め、無数に生える頭のひとつを凝視した。その顔は人間の少女の顔だ。

 

「まさか」

 

 レイジはジルの反応に一昨日の話と照合した。

 

「そのまさかさ。あれは妹の顔だ」

 

 ジルは怒りの形相をキメラドラゴンに向けている。

 

「え……」

 

 シャルロットは状況に追いつけていないようだ。

 

「あれはあたしが殺る。あんたらは手を出さないでくれよ」

 

 ジルはそう言って茂みを移動した。レイジはむざむざ殺されるのを見て置けるわけではない。レイジはジルを守る用意だけをしっかりとしておく。

 ジルがキメラドラゴンの目の前へと躍り出る。それに気づいたキメラドラゴンはジルの方へ向き、ブレスを吐こうと口を開ける。レイジはすぐに『エア・シールド』が展開できるようにした。しかし、その大きく開けた口からはただの息しか出なかった。ジルは手に持っていた矢を弓につがえ、ドラゴンの頭めがけて放った。

 見事流麗な動作から放たれた矢はキメラドラゴンの頭を捉える。瞬間矢が刺さった部分が凍りつき、バラバラに砕け散った。ジルの切り札である凍矢だ。ジルはキメラドラゴンを倒したと言う安堵から緊張を解く。しかし、キメラドラゴンの中枢は頭ではなかった。キメラドラゴンは無数の頭のうち一つを失いつつも、ジルに攻撃を仕掛けた。

 剛爪から繰り出される攻撃は人が受ければ致命傷間違いなしだ。しかし振るわれた爪はレイジの魔法によって止められた。

 

「行けシャルロット。内側に魔法をぶち込んでやれ」

 

 レイジはシャルロットに指示を出した。シャルロットは生命を貶めているこのキメラに怒りを感じていた。父の命と母の命を弄んでいる伯父が重なる。

 魔法の威力は感情によって増幅する。シャルロットは復讐の第一歩をキメラドラゴンの、レイジによって大きく開かされた口腔へと、『ジャベリン』を打ち込むことによって踏み出した。

 大きく口を開けられたジルの妹の頭部から喉・胃を突き抜け、シャルロットの魔法は内部から攻撃した。少女の口からキメラドラゴンの血が溢れ出て、小さな地響きとともにキメラドラゴンは大地に倒れた。

 レイジがワザと彼女に止めを刺させたのは、これから起こることへの第一歩だと感じたからだ。

 レイジはその後、涙を貯めたジルとキメラドラゴンの爪を持ったシャルロットの護衛を洞窟までした。ジルはキメラドラゴンがいなくなったが、まだこの森で狩りを続けるらしい。理由は変わらず、キメラの全滅だそうだ。

 レイジもできれば全滅まで手伝ってあげたいが、そろそろ旅の続行をしなければ、魔法学院入学前の諸事情が色々できなくなるので、激励だけ送った。

 シャルロットは依頼の報告をしに帰るとのことだ。その顔つきはここ数日で、怯えた少女から、多感でない少女へと変わっていた。最後のキメラドラゴンを倒した時の覚悟の表れだろう。髪はボサボサで乗馬服は汚れてしまっているが、精神的な成長は著しいようだ。

 レイジとシャルロットは最初にあった立て看板の位置で別れの挨拶をした。

 

「じゃあな。また縁があれば会うだろう」

 

「『烈風』さん、些細なことまでありがとうございました」

 

 レイジは仮面をとって頑張れよ、とシャルロットの肩を軽く叩いて、村へ歩き出した。

 シャルロットは歩き出したレイジの背を見た。

 

「どうして、止めないんですか?」

 

 シャルロットはどうしても気になった。覚悟したのは復讐だ。そのことを把握している人は物語では決まってこう言う。「復讐なんてなにもうまないからやめろ」と。

 

「? ああ、復讐がどうこうってか?」

 

 レイジはシャルロットへ向き直り質問の意図を察した。

 

「別にいいんじゃないのか。その道は君が選んだ道だ。一瞬道が交わったオレがとやかく言うようなことじゃあない。それに復讐は何も生み出さなくはないさ。だがその手は否応なく濡れることになる。そして目的は忘れるな。憎い伯父と一緒になりたくないならば」

 

 何でとは言わない。レイジは再度村へと向き直って歩き出す。彼の手は既に血で真っ赤だ。常道とは少し違っていることは確実だ。彼もまた復讐をしようとしたのだから。

 

「不思議な人……」

 

 シャルロットはレイジの背を見て呟き、キメラドラゴンの爪が入った袋を背負って歩き出した。

 

 

 




次回で原作前六章終了です。

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