ゼロの使い魔で転生記   作:鴉鷺

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原作開始前 第六章
第三十五話 ラ・ヴァリエール家でのひと時 その1


「そうだ、トリスタニアへ行こう」

 

 レイジ・フォン・ザクセスがトリステインのラ・ヴァリエール公爵家に居候して、早半年が経っていた。

 

「何よレイジ。唐突に」

 

 ルイズはレイジの唐突な発言に自身の構えていた杖を下ろした。ルイズは今レイジに魔法を教わっているところだ。

 レイジは半年の間少々の休みと残りは全て修行に当てた。

 言うまでもない。カリーヌ――カリンを師と仰いである。

 レイジが「烈風」カリンと正体を看破していたのは、当たり前であるが転生者という異常性故だ。

 「烈風」カリン。先代のマンティコア隊隊長を務め、国内外にその勇名を轟かせた風のスクエアメイジだ。しかし隊長を辞した後の消息は今まで知っているものは極一部に限られる。マンティコア隊隊長時代は鉄の掟という合言葉に、隊員達を震え上がらせていたそうだ。数々の伝説はどれも眉唾物のようであることで有名で、トリステイン貴族ならば誰でも知っているだろう人物である。

 レイジがカリーヌに教えを請うた次の日。レイジと鉄仮面をつけ、カリンとなったカリーヌは激闘を繰り広げた。といってもカリンはかなりの余裕を持っていた。

 魔力量はレイジの方が上である。しかし、圧倒的な経験から繰り出される正確で強力無比な魔法にレイジは翻弄された。

 レイジは対人戦、とりわけ対メイジ戦の経験がかなり少ないのである。魔物との戦闘ならば小さな頃からやってはきたし、動きも魔物ゆえ単調だ。

 ただ歴戦の「烈風」相手には分が悪かった。それでもレイジは精神力と、豊富なオリジナル魔法を駆使し食らいついた。結局レイジはカリンに一矢は報いたものの、惨敗したのだった。

 しかし、伸びしろのあるレイジを見てカリンはレイジに修行をつけてくれることを約束した。

 条件はルイズに魔法を教えることと、カトレアの病気を治す方法の模索だ。

 レイジとしては、前者は無理だとわかりきっているのだが、コモンマジックもできないのは流石に不便だと思った。そこで虚無の存在を一切隠し、爆発という現象がおかしいことを説いた。そもそも魔法はスペルを唱え失敗したならば、なんの現象も起こりはしない。  

 ましてや爆発などという現象も起こらない。

 レイジは修行の空き時間を用いて、ルイズにそのことを何回か聞かせてた。結果、完璧とはいかないまでもコモンマジックならば成功するようになった。それも最近のことになるが。

 後者は奇病とされるカトレアの病を治す方法を探すのだが、これはレイジが水のスクエアでもあるということで課せられたものだ。この半年公爵家の書庫にてそれらしき本は読んだが、これといった成果は挙げられていない。ただカトレアの健康診断をほぼ毎日行っている。それでもさっぱりであった。

 一方のレイジ自身のことでは、この半年で対人戦の極意をカリンから学んでいた。戦いの基礎は出来ているので、あとは戦いの知識を得、相手の動きを読むことだ。魔法に関しては豊富な技の量を活かしての搦手を基本として教わっている。半年してもレイジはカリンに一度として勝ってはいない。しかし着実に差は縮まっているだろう。いかんせん体がまだ出来上がってないことが大きな障害となっている。それでもそこらの軟弱な貴族を一掃出来るだけの力はある。

 レイジはカリンに一度だけ『ブリューナク』を見せたことがあり、スペルも教えた。予想と違ってか予想通りか、カリンは『ブリューナク』の顕現から投擲までを行えた。しかし二本目を投擲すると精神力が切れてしまった。とカリンは答えた。しかしまだ余裕があったようにレイジには見えた。

 カリンはレイジに『ブリューナク』の使用を禁止した。と言っても例外的に使うことも許可はしていた。己の正義を全うする時のみ使用しても良いとのことだ。

レイジとしてもこんなオーバードマジックを使う場面は、そうそう現れないだろうと考えていたので、カリンの言葉には首を縦に振った。

 レイジはルイズとその横で不思議そうな顔をしたカトレアに返事を返した。

 

「いやさ、修行ばっかでオレはいいんだけど、たまには世界を見て回らなきゃいけないと思ってな」

 

 レイジはこの半年ずっと公爵領内にいた。たまに報告される魔物退治を任させる以外は屋敷の敷地内に出ることもあまりない。

 

「それでトリスタニアで何をするのかしら」

 

 カトレアはゆったりとレイジに具合的な目的を聞いた。

 

「特にないですね。まぁとにかく街を回ってみたいんですよね」

 

 レイジとしては具体的な目的を持っていない。ただ街の人々に触れるだけでもいい経験になると思ったのだ。ゲルマニアとは違った風土があるのだから。強いて挙げるならば魔法衛士隊の訓練風景を見ることくらいだろう。

 

「けど、修行とやらはいいのレイジ」

 

 ルイズはこの半年レイジが修行大好きな人間であることを把握した。そして母の許可はとったのかという意味でもある。

 

「大丈夫だ、問題ない。明日から数日カリーヌさんは仕事で、オレには構ってられないそうなんでな」

 

「それなら安心ね。私も最近トリスタニアに開店したスイートロール店に、行ってみたかったの」

 

 ルイズはそう言って一人スイートロールを頬張る妄想に浸って顔をだらしなくさせた。

 

「カトレアさんは体調の方が良ければ一緒にどうです?」

 

 レイジはカリンに弟子入りする際に、自身のランクをカリンに明かしている。現在レイジの水はスクエアクラスだ。レイジはカトレアの体調管理のために、ここ半年レイジ自身も治療にあたっているので、簡易的な主治医みたいなものになっている。

 

「そうね。最近は体調の方も良好だし、レイジくんもいるから私も一緒させてもらいましょうかしら」

 

 カトレアは人差し指を唇に当てて考えつつも、レイジの誘いにのった。

 

「任せてください。何があってもオレが守りますよ」

 

 レイジは胸を張って発言した。12歳も半ばまで来てレイジの身長は160サントを超える程にまで伸びている。よってカトレアとの身長差はほぼ皆無だ。

 

「そうと決まればお父様とお母様に頼んでくるわね!!」

 

 ルイズは既に明日のことで頭がいっぱいなのか両親の許可をもらいにトコトコ駆けていった。

 

「はりきってるなぁ」

 

 レイジはルイズの桃色の髪が揺れるのを見送りつつ呟いた。レイジは自分が発案したにもかかわらず、そこまでテンションが上がっていない。

 

「あら、私も楽しみなのよ。なにせ初めての領地外だもの」

 

 カトレアはレイジの横顔を見て悪戯っぽく言った。

レイジの時が一瞬止まる。

 そういえば領地の外に出たことなかったのか。

 

「……そうですね。いい経験になると思いますよ」

 

 レイジは少しの間、落雷が落ちてこないかの危惧を感じていた。

 

 

 

 

「では、お父様お母様行ってまいります」

 

「行ってきます」

 

「行ってまいります」

 

 順にカトレア、ルイズ、レイジと出かけの挨拶をする。昨日のレイジの心配は杞憂だったようだ。

 

「レイジくん周りの警戒を怠ってはいけません。何があるかわからないのですからね」

 

 今日の公爵夫人はカリンではない。カリンならばもっとどキツイことを言ってくるだろうとレイジは思いつつ返事を返した。

 

「気を付けていきなさい。レイジくん娘たちを頼んだぞ」

 

 公爵がレイジをかなり信用していることが伺える。妻であるカリーヌにシゴかれているのだ。そして最初から一矢を報いるほどの実力。戦闘能力は相当な信頼を置いている。それにルイズとカトレアとも仲が良いことも一因を担っている。メイジの使用人も付けておくことはするが基本的に戦闘力はかっている。

 

「了解しました。何があっても必ず守ってみせます。では」

 

 そういってレイジはルイズたちの乗る馬車の中へ入り戸を閉める。馬車の御者台には公爵家の使用人が乗っており、レイジが中に入るとともに馬車を発進させた。

 

 

 

 道中特にこれといった出来事も起こらずに王都トリスタニアに到着した。

 現在このトリスタニアにある王城で執政を行っているのはマザリーニ枢機卿だ。王妃であるマリアンヌがトップであるが執政の大半は枢機卿が行っているらしい。マリアンヌは家臣らからは女王陛下と呼ばれてはいるものの、実際のところは女王に即位はしていない。

 その王妃の娘がアンリエッタ姫であり13歳くらいだろう。ルイズとは幼馴染である。

噂によるところのアルブレヒト3世が狙っているという子である。レイジは未だ見たことはない。

 

「最初はルイズの行きたいと言っていた店に行きましょうか」

 

 レイジはカトレアに確認を取った。

 

「そうね、そうしましょうか」

 

「ありがとう、ちいねえさま!」

 

 ルイズはレイジの対面で横に座るカトレアの腕に抱きついた。

王都と言っても道は大きくない。むしろ馬車が通ろうものなら、すれ違うことでせいいっぱいではないかというほどの狭さだ。

 公爵家の家紋が入っている馬車だ。道行くものがモーゼの十戒のごとく割れる。そのこともあり直ぐにルイズお目当ての店までつくことができた。御者に馬車を止めさせ、レイジたちは馬車から降りる。

 レイジは小さな声とともに体のストレッチをする。そして件の店の看板を見ると「フルース・ゴエ」とあった。

 どうやらゲルマニアで成功を収めチェーン店化させたようだ。

 店を見るとみな貴族であることがマントをつけているのでわかる。もちろんレイジたちも着用している。カトレアとルイズは麦わら帽をかぶっている。どこぞの職人が作ったものだとレイジは聞かされたが覚えていない。

 

「ついにこの日が……たのしみ!!」

 

 ルイズは列に真面目に並ぶと興奮を言葉にした。どうやらトリステインでもスイートロールは貴族の子女に人気のようだ。ルイズの好物はクックベリーパイだが、今は新商品に目を奪われている。

 

「あらあらルイズったら」

 

 カトレアはそんなルイズを微笑ましげに笑って見ている。

 

「落ち着けルイズ、スイートロールは逃げないって」

 

 完売はするかもしれんがな。などという意地悪い言葉をレイジは飲み込んだ。

 

「まだかしら……」

 

 ルイズはどうにか興奮を抑えつつ列にて待つこと幾ばくか。ついにルイズの買える番になった。ルイズは迷わずにスイートロールを二つ注文した。

 スイートロールの形状はドーナツをホールケーキ並みに大きくしたものだ。そのドーナツに高級な調味料である溶かし砂糖をかけただけ、というとてもシンプルなよそおいだ。しかしそこらのドーナツとは違いしっとりとしており、とても砂糖が絡みつき甘さが生かされている。

 独自の製法であることには違いない。レイジはルイズがスイートロールにぱくついている姿を視線の端に置きつつ、自身も切り分けられたスイートロールを頬張る。感想としては前に食べた時よりも美味しくなっているといるなぁ。という普通の感想だった。

 ルイズにも好評なようでご飯もあるのにもかかわらず、半ホールも食べてしまった。カトレアはレイジと同じ量を美味しいと言って食べていた。街での食事なども人生初体験だろう。

 スイートロールを食べ終わり、レイジたちは魔法衛士隊の演習場へと足を運んでいた。

そこではヒポグリフ、マンティコア、グリフォンの姿は見れないのだが、みな一様に軍杖を持っており、なにやら口をモゴモゴとして魔法を打ち合っている風景が繰り広げられていた。相手に魔法を悟らせないための練習だろう。レイジはこの技術を既にカリンに教わっていた。

 ふと横目でルイズを見ると、なにやら忙しなく顔を動かしている。誰かを探しているようだ。

 

「ルイズは多分ワルド子爵をさがしているのね」

 

 レイジの視線に気づいたカトレアが小声でレイジに話しかけた。

 

「ワルド?」

 

 レイジは聞き覚えのある名前に疑問符を浮かべ聞き返した。

 

「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。ルイズの許嫁よ。と言ってもお父様の冗談半分らしいけれど」

 

 カトレアはそうやってキョロキョロするルイズを優しい目で見つめた。

レイジはこのことを聞いてようやく古い記憶をサルベージに成功した。といっても敵対関係になるということしか思い出せなかった。いつどこでどうしてというものは諸々忘れ去ってしまった。

 

「なるほどね」

 

 レイジはカトレアの話を聞き納得した。すると一人の少々口ひげを伸ばした男性が、レイジ立ちの方へと小走りに向かってきた。どうやら件のワルド子爵だろうとレイジはあたりをつけた。

 ワルド子爵の体は引き締まり、身長は180サントを超える程度ということがわかる。現在のレイジより頭一つ分背が高いことになる。

 

「ルイズ!! ああ僕のルイズ!! どうしたんだい魔法衛士隊の訓練を見に来るなんて珍しいじゃないか」

 

 予想通りワルド子爵であり、ルイズを見つけ訓練を少しの間抜けてきたらしい。ワルドは優しい笑みを浮かべルイズへ声をかけた。

 

「し、子爵様。きょ、今日は友人が訓練風景を見たいといったので……」

 

 ルイズはそんなワルドに顔を赤らめて、どもりつつもなんとか答えを返した。ルイズは答えながら、ちらりとカトレアの横に並ぶレイジの方を見やった。

 

「カトレアさん。あれはルイズなんですか?」

 

 レイジとしてはルイズの乙女モードに薄ら寒いものを感じた。常とは違った印象はレイジにそう感想を持たせた。

 

「おお、そういうことか。カトレア嬢。お屋敷にいなくても大丈夫なのですか? それと……ほう、いい目をしている」

 

 転でルイズから後方へとワルドは目を移す。そこでカトレアの姿を見たワルドは驚きとともに心配の旨を述べた。最後にワルドはレイジの目を見たあとに目を細めて言った。

 

「はい、最近は体の調子はとてもいいですから」

 

 カトレアが大丈夫な旨を伝える。

 

「それはどうも」

 

 レイジとしてはそこまで自分にとって重要な人物でないので、適当に返答をしておく。

 

「どうだ、見ているだけだはつまらないだろう。グリフォン隊副隊長として将来入るかも

しれない衛士隊を紹介しようじゃないか」

 

 ワルドはレイジのぞんざいな反応を、気にもとめずにレイジに提案した。レイジが断るより早く、となりのカトレアがレイジに言葉をかけた。

 

「レイジくん。いい機会だから見てみましょう」

 

「……カトレアさんがそういうのなら。ミスタ・ワルドお願いできますか?」

 

 結局レイジはカトレアの提案に首を縦に振った。レイジとしてはゲルマニアの伯爵家の息子なのだから、この先何があろうともトリステインの魔法衛士隊なぞには入る予定はない。

 

「いいとも。さぁ付いてきたまえ」

 

 ワルドはつば広の帽子をかぶり直しルイズの手を引いて歩き出した。ルイズはとてもしおらしくしており、満更でもないようであった。

 珍しいものが見れたな、とレイジはひとりゴチた。 

 カトレアとしてはこうなることは予想通りなので妹の微笑ましい劇を見守るのみだ。

レイジは魔法衛士隊の訓練風景を特に感動もせずに見ていた。それもそのはず、どれもこれもこの半年で烈風様に教えてもらったことばかりなのだから、特に吸収すべきだと感じるものもなかったのだ。ワルドは説明を一応挟んでいるがレイジにはほぼ全スルー。

 一方のルイズは、愛しのワルドの話を集中して聞き入っている。カトレアは初めての体験ばかりなので目を輝かせていた。

 

「レイジくんといったか、なにやら魔法衛士隊に興味があると思いきや、そうでもないのかね?」

 

 ワルドはレイジの冷めた目線に気づき問うた。

 

「いえ、興味はあったのですが、今見ていたものは全て既知のものでしたので」

 

 レイジは正直に答えた。

 

「ほう。知識は豊富なようだ。ならば訓練に参加してみるかね?」

 

 ワルドの目が細められ、気になっていた腰の一対の短剣を見つつレイジに提案をする。

 

「子爵様!! 今の訓練は模擬戦ではありませんか!! レイジはまだ私と同い年ですよ。危険ではないですか?」

 

 ルイズはワルドの提案に驚いて抗議した。カトレアはワルドの発言に驚いたものの、面白そうなのでレイジに参加して欲しいという顔だ。

 

「大丈夫さ、安心してくれルイズ」

 

 そもそもカトレアは知っているがルイズはあまり知らないことなのだが、レイジは現在行われている衛士隊の訓練よりもハードな模擬戦をカリンと行っている。今更こんなものに臆する道理はない。

 カリンとの訓練をおこなっていなかったとしても、レイジはこの程度の模擬戦で臆しはしないが。

 

「因みに何をするんですか?」

 

 レイジはワルドの提案に素直な疑問を返した。

 

「今はちょうど模擬戦のようだから、模擬戦かな。そうだな相手は僕がしようじゃあないか」

 

 ルイズは声を上げる。これまたルイズ以外知っていることなのだが、レイジがスクエアであるという事実を、ルイズは知らない。

 

「子爵様!! 手加減をして下さいませ!!」

 

 もちろんワルドとて手加減をするつもりで申し出たことだ。ワルドとしては将来有望そうな少年に興味を持ってもらいたくて、という表向きの理由での提案だ。

 

「もちろんだとも、さあこっちへ」

 

 ワルドはマントを翻して、レイジを招き一人で演習場へと入っていった。

 

「オレはやるともやらんとも言ってないんだが」

 

 レイジは一人ぼやくも、既にレイジ以外はレイジが参加する気満々だ。

 レイジは半ば強制的にワルドのあとを付いていくことになった。ヴァリエール姉妹も近くで観戦できる位置に移動した。

 渋々ながらも、実はレイジとて自分の実力の把握をしておきたかったので、いい機会だとも思っていた。

 ワルドは隊長らしき人物に話をしている。すると隊長はグリフォン隊に小休憩を命じた。

 これにより大きなスペースの確保に成功したわけだ。隊員は小休憩を言い渡されるも広場の端で、ワルドとレイジの模擬戦を観る気まんまんだ。毎日の訓練の息抜き程度の娯楽というわけだ。

 

「ルールは、そうだな。杖を落とすか、降参の宣言でどうかな?」

 

 ワルドはレイジに試合のルールを説明した。このルールはレイジが訓練で行っているものと差異はない。レイジはワルドに首肯をした。

 

「では、はじめよう。どこからでもかかってきたまえ」

 

 ワルドはどうやらレイジに先手を譲る腹積もりらしい。子供相手であるから当たり前である。レイジは短剣を一本引き抜き、まずはジャブとして『エア・・ハンマー』を唱えた。口を極力動かさない魔法衛士隊の詠唱と同じやり方である。これにワルド感嘆しつつも『エアシールド』で防ぐ。

 

「知識だけでない……というわけかな?」

 

 ワルドはレイジに言葉をかけるが、レイジは無愛想な表情を崩さない。

 

「ふむ、こちらからもいかせてもらうよ」

 

 ワルドはレイジに対して同じように『エア・ハンマー』を唱えた。手加減されているとはいえ、スクエアクラスの強力な魔法で、風故に目視は難しい。しかしレイジも同じように『エア・・ハンマー』でワルドの魔法を相殺する。衛士隊の面々も「やるな」などと感心している。難しいといっても風のメイジにならば感じ取れる。レイジは相殺する魔法を唱えた瞬間、前へ一足飛びに踏み込んだ。これによりワルドとの距離はクロスレンジまで詰め短剣の峰で斬りかかった。

 数合を交える間にワルドは新たな魔法を完成させレイジに放ってきた。しかしレイジは近距離ということもあり、スペルを聞き取っていたので、何が来るかは予測済みである。

 余裕を持って『ウインド・ブレイク』を避ける。

 レイジは数合の斬り合いと魔法の攻防で、ワルドはやはり手練のメイジだと感じた。

一方のワルドは自身の初撃が相殺されたことにも驚いたが、斬り合いでも普通のメイジなど敵ではない腕だと感心した。そして斬り合いでの最後に放った『ウインド・ブレイク』を悠々と避ける姿は確実に戦い慣れしているだろうと感じ取っていた。

 ワルドはレイジのことを無愛想な子供から、冷静な子供と心の中で改めた。

 

 結局模擬戦の勝者となったのはワルドだった。トリスタニアにあるヴァリエール公爵の別邸に向かう際の馬車の中で、不思議に思ったカトレアはレイジに質問をした。

 

「レイジくん、どうしてわざと負けたのかしら」

 

「どういうこと、ちいねえさま」

 

 ルイズはなぜ自分の姉がそのようなことを言うのか理解できなかった。子供でありながらもワルド子爵に善戦した。というのがルイズの見解だ。しかしレイジは先の模擬戦でラインスペルまでしか使用していない。それをカトレアは不思議に思ったのだ。

 

「そりゃ能ある鷹は爪を隠すもんですからね」

 

 レイジはそれっぽいことわざでお茶を濁した。それに自分の今の実力がどの程度なのかの把握が目的だったのだから。

 

「トライアングルのスペルまで位使っても良かったんじゃないのかしら」

 

 カトレアはまだ腑に落ちないといった風に小首をかしげる。カトレアの発言にルイズはなるほどと思った。ルイズ自身、許嫁のワルドに夢中だったのでそこまで気にしてはいなかったが、確かにレイジはトライアングルまで使えるはずにもかかわらず、使っていなかったと思い出した。

 

「まあまあ、それはまた今度にしましょう。どうやら別邸に着きましたよ」

 

 レイジは話をそうそうに切り上げ姉妹の荷物を持って馬車を降りた。公爵家の使用人が別邸で荷物をレイジから受け取る。

 既に夕刻の時だ。そろそろ夕食の時間だ。既に別邸に来ている使用人たちによって食事の用意はなされている。明日には王都を出発する予定になっている。

 レイジは、今日は早めに寝るか、と思った。

 




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