なんとレイフォンが第17小隊の小隊員になった。
最初それがどういう事なのかよくわからなかったが、ミィフィが興奮気味に説明してくれたおかげでキャロルにも事情が飲み込めた。
小隊とは都市戦で武芸科生徒の中核を成す存在であり、要するに武芸科から選び抜かれた実力者が集まる場所なのだ。
小隊に所属するということはツェルニの武芸者の中でも最高位の実力を持つと目される。
当然のようにエリート扱いであり、武芸科生徒にとってはいつか自分もと胸に誓う憧れの立場なのだ。
当然実力重視で選ばれるため、小隊員は上級生が多い。
それに一年生で、しかも入学直後に小隊にスカウトされたレイフォンは異例の大抜擢ということらしい。
「すごいね。レイフォン」
他人事なので無責任に賛辞を送るとレイフォンが恨めしそうな顔をした。
「僕は武芸者として活躍したくなんてなかったんだ……」
「しかたがないよ。レイとん、入学式で大活躍だったから」
ミィフィに指摘されてレイフォンが崩れ落ちる。
「僕は、僕はただ平穏な学生生活を……」
ぶつぶつと呟いている。
少し不気味だ。
「レイとん。そういうことはあまり人にいわない方がいいよ」
ミィフィの忠告にレイフォンはなぜという顔をした。
「武芸科の生徒なら小隊員は憧れの的だよ? それに選ばれておいてそんなものになりたくなかったなんていったらきっと周囲からいろいろいわれるよ」
彼女は真剣な顔でいうがレイフォンは今ひとつわからないという顔だった。
「ミィフィのいうとおりだよ。他人の嫉妬は怖いよ」
キャロルも同意する。
今のレイフォンの立場で『小隊員になんてなりたくなかった』と触れ回れば、多くの人間が反感を持つだろう。
小隊員になりたくてもなれない人間からしたらこれ以上の嫌味はちょっとない。
小隊に属する生徒は増長と取るかもしれない。
「わかった。気をつけるよ」
そう肯きながらもレイフォンはそんなことがなぜ重要なのだろうと考えるような顔をしていた。
アレはわかっていない。
キャロルはそう思った。
キャロルも十歳にして英雄扱いされた経験がある。
当然当初は他人の嫉妬というものはあった。
もともと闘争都市アスラは実力主義だ。
実力さえあれば評価されるし、結果を出せば賞賛される。
それでも成功した者への嫉妬はあった。
幼い天才というのも過去に例がないわけでもない。
それほどひどい目に遭った記憶はないが、それでも自分に同年代の友人ができなかったのは嫉妬という感情が当然のようにあっただろうとキャロルは今にして思う。
いくら実力主義、結果主義といってもキャロルは幼すぎ、ましてややったことは退避命令を無視しての暴走だ。
その件をつついて、『武芸者としての冷静さが足りない』とか『自分の実力を過信してチームワークを乱すようでは困る』などと小言を言われることもあった。
まったく反論できない事実でもあるので以後は戦場ではなるべく冷静に、命令には従うように行動していた。
それ以外にも『あいつは普通ではない』『あいつは俺たちとは違う』とささやかれて、同年代の武芸者の交流の輪にはいれなかった。
さらに実力をつけ、実績をあげていくことでささやき声は減り、賞賛と羨望に変わっていったが、やはり距離は置かれた。
自分たちとは違う。
あいつは天才だ。自分たち凡人とは違う。
故郷ではキャロルは賞賛されたが、どこかで一歩距離を置かれた。
自分たちとは違う天才。
誰もその一歩を踏み出してキャロルの横に立ってくれる人はいなかった。
キャロルのその経験がレイフォンの危険を感じていた。
レイフォンの異例の抜擢に彼がこの先羨望と嫉妬の視線にさらされることを危惧した。
もっともレイフォンはとある事情からそんなものはすでに慣れっこでどうとも感じなかったのだが、そんなことはキャロルは知らない。
だからキャロルはレイフォンが心配だった。そしてこの抜擢に不自然さを感じていた。
確かに入学式の乱闘騒ぎを鎮圧したレイフォンの実力は素晴らしかった。
武芸科の上級生がそれを見てレイフォンを小隊員にと望んだのだろうか?
たったあれだけのことで?
フェリ・ロスは言った。武芸科は頼りにならないと。
たったあれだけの活躍でも大抜擢するほど人材が不足しているのだろうか?
わからない。
キャロルは首を振った。
あとでフェリ先輩に会えたら聞いてみよう。すでに一年この都市で暮らしている先輩なら自分よりこの都市のことに詳しいだろう。
授業は比較的楽だった。もともと頭の回転はいい方だ。
さすがにトップクラスの成績は無理だろうが、よほど手を抜かなければ落第ということはないだろう。
ちらりとレイフォンを見てみると教科書と教師役の上級生が書き連ねる黒板を睨んで唸っていた。
後方の窓際の席からレイフォンの背中はよく見えた。どうやら武芸ほどには勉強はできないらしい。
今度一緒に勉強しようとでも申し込んでみようか?
模擬戦もしてみたいけれど小隊員という立場になってしまった以上、一般武芸課生徒と模擬戦をするのは問題があるかもしれない。
自分が模擬戦を挑んでレイフォンがそれを受けたら、他のレイフォンになんらかの含みがある人物や、自分の実力を示して小隊員の座を狙う連中が束になってレイフォンに模擬戦を挑むかもしれない。
さすがにそれはレイフォンに迷惑になる。
やめておいた方がいいだろう。
それにしてもレイフォン・アルセイフという人物は見ていると退屈しない。
どこか茫洋としているくせに底が知れない面があり、見ていて飽きない。
おもしろいおもちゃでも見つけたような感覚でキャロルはレイフォンを眺めていた。
「小隊の訓練はいいの?」
今日の放課後はツェルニ内を散策してみようと学校から帰る途中挙動不審な知り合いを見つけた。
わざわざ殺剄を使って気配を消し、物陰に隠れるようにこそこそと学校から離れる武芸科生徒レイフォン・アルセイフ。
通学路は他に人影がない。
ほとんどの生徒は放課後の時間を自分なりに有意義に過ごしているのだろう。授業終了と同時に自宅へ向かう者は希だ。
「キャロか……驚いた。あの人に見つかったのかと思った」
「あの人?」
誰だろう?
「小隊の隊長。むやみにやる気があって正直ちょっとついて行けないんだよ」
レイフォンが苦笑する。
これは素直にその隊長がやる気に満ちあふれていると取るべきか、レイフォンのやる気が水準よりはるかに低いと受け取るべきなのか。
「この間もいきなり小隊の訓練所に連れて行かれて模擬戦やらされたし」
「勝ったの?」
「負けた」
レイフォンが負ける?
その隊長はすごいのだろうか?
キャロルから見たレイフォンは少なくとも故郷のベテラン武芸者並には強いと思うのだけれど。
「その隊長さん、強いんだ?」
「そうだね。学生としてならそこそこだと思うよ」
その言い方に、キャロルは微妙に眉を傾けた。
ひょっとしてレイフォンは、本気を出さなかったのだろうか?
学生としては。
その一言に自分をその範囲に入れていないように感じた。
「もしかしてわざと負けた?」
レイフォンの表情が固まる。
嘘のつけない人だとキャロルは苦笑した。
「そんなに目立つのが嫌い? 確かにむやみに目立つのもうっとうしいと思うけど」
「そうじゃないんだ。僕は武芸以外の生き方を見つけようとここに来た。なのにみんな戦えという。僕はそれが嫌なんだ」
武芸者が武芸以外の生き方を望む。
別に珍しいことではないとキャロルは思った。
長年武芸一筋に生きてきた歴戦の武芸者がある日突然『俺はパン屋になるのが夢だったんだ』と言ってパン屋を開業したことも故郷ではあったし。
もちろん好まれる生き方ではない。
武芸者は戦ってこその武芸者だという意見が故郷でも一般的だ。
それでも才能に恵まれない者や気質的に戦いに向かない者、あるいは長年戦い続け戦いに飽きた者。
そういった者は武芸者である優遇措置をすべて返上して一市民として生きることが故郷ではできる。
もちろん非常時には協力を要請されたりもするが日常では一般人と変わらない生活を送ることができる。
褒められる生き方ではないが、そういう生き方もあると認められていた。
闘争都市アスラは戦いを尊ぶ。
故に戦う意志のないものは武芸者といえど戦いの場には入れるべきではないと考える。
戦いを望まない者に戦いを強要しない。
質の高い武芸者を多数抱えるアスラだからこそできるやり方かもしれない。
レイフォンのいた都市ではそういう生き方は認められなかったのだろうか。
「レイフォンはグレンダン出身だっけ」
「うん」
「グレンダンでは武芸者が戦わないという選択をすることは許されないの?」
レイフォンはなにを言われたのかわからないという顔をした。
キャロルは少しだけ都市の違いというものを感じ取って苦い気持ちになった。
きっとアスラは武芸者にとって恵まれた都市だったのだろう。
戦いを望む者にも、望まない者にも。
「アスラでは武芸者として特権を返上することで、戦わないという選択ができるよ」
そう教えるとレイフォンは驚いた。
「武芸者なのに戦わなくてもいいの?」
「戦う気のない者を戦わせる必要はない。うちの都市はそんな感じ。もちろん非常時になれば協力を依頼されることもあるらしいけど、普通に日常を送ることはできるよ」
「そっか……そんな都市もあるのか」
考えたこともなかったとレイフォンはわずかに遠くを見る。
今もこの広い世界には無数の自立型移動都市が生きている。
それぞれの都市にはやはり違いがあり、中にはレイフォンの望みを簡単に叶える都市もあるだろう。
「武芸以外の生き方。それがレイフォンのやりたいことなら思い切りやってみればいいじゃない」
「え?」
意外そうな顔でこちらを見る。そんなことがこのツェルニでできるのかと言いたげだ。
キャロルは少しだけ笑った。
「ここは学園都市だよ? みんなここになにかを学びに来ている。レイフォンはここで『武芸者が武芸以外の生き方をする』事を学べばいい。文句を言う人はいるかもしれないけど、それがレイフォンの学びたいことなら止めることはできないでしょう?」
「でも、僕は……」
「ここは学園都市なんだよ。生徒ががんばって学ぼうとすることを邪魔するようなら文句を言ってやればいいよ」
「それはそうだけど」
そう簡単じゃないよと苦笑された。むっと頬が膨らむのを感じた。
「なぜそんなに簡単に諦めるの? 別に小隊員になったからといって武芸にすべてを費やしてツェルニを守ることを第一に生きなければならないわけではないでしょう? 小隊員だって生徒だよ? 自分の生き方を探してなにが悪いの」
「小隊員をやりながら、武芸以外の生き方を探すということ?」
レイフォンは肩にある第17小隊隊員の証であるバッチを見つめながらぽつりと呟く。
「出来ないわけはないでしょう? あなたはツェルニの生徒なんだよ。自分の生き方を模索してなにが悪いの?」
「そうか、そうだね。小隊員になったからって僕が何か変わるわけではないんだ」
「そう、あなたはあなたの好きなようにこのツェルニで学べばいいんです」
そう胸を張って断言するとレイフォンの表情が少し明るくなった。
それを見てキャロルは自分のことのように嬉しかった。
なぜレイフォンが戦いを望まないのかは知らない。
けれどもし本当に戦いを望んでいないのなら、それ以外の生き方を探すことをしてもいいはずだ。
武芸者に生まれても、武芸者として生きられるかどうかは別なのだから。
「今日私はツェルニを散策しようと思っていたの。よかったら一緒にどう? なにか興味を引くものがあるかもしれないよ」
「そうだね。僕もまだあまり出歩いていないんだ」
「では行きましょうか。第一次ツェルニ探検へ」
「探検か……それもおもしろいかもしれないね」
レイフォンの表情にようやく笑顔が浮かんだ。少し眩しいものを見るようにキャロルを見つめる。
そんなレイフォンに微笑みかけ、二人はツェルニの市街地へと歩いて行った。
キャロルはレイフォンと順調に仲良くなっています。
なんだかレイフォンに余計な入れ知恵をした感じです。
でも鋼殻のレギオスの世界では武芸者は基本武芸者としてしか生きられない感じですよね。
能力があまりに低い者、気質的に戦いに向かない者なんかはどういう扱いなんでしょう?
そんなわけでオリジナル都市である闘争都市アスラでは特権の返上により一般人とそう変わらない生き方ができることにしました。
それでもやはり武芸者くずれとして、あまりいい目を見ない立場だと思いますが。
戦いたくなかったり戦う能力がないのに戦うことを強制されるよりかはいいのではと思います。