フェイトは酷く心配そうな瞳でカズトとひかるの模擬戦を見つめる。フェイトの心は酷く揺れていた。自分は果たしてどちらの少年を応援したらいいのだろうか? カズトは自分が一番荒んでいた頃に支えてくれた親友であり、戦友。ひかるも大切な友達。だから、フェイトは何方を心から応援したらいいのかわからなかった。
「......かずと」
フェイトはカズトの戦いを見ていて、とても悲しくなった。それは、むやみやたらに応援が出来ないということと、自分が知っているカズトとは何十倍も弱くなっているからだ。フェイトは知っている。カズトという存在がどれだけ広く、そして、強いのかを。「アイリスと無駄にデカいリンカーコアがあるから俺は強いんだ。だから、フェイトみたいに努力してないし、このどちらかが欠けてしまったら、俺は本当に弱くなる」と、なんでカズトが強いのかと尋ねた時に答えた。フェイトはわかっていた、カズトは優しい嘘をついていると。カズトは人知れず努力をしている。それは魔術師として、人間として、自分の掲げる理想の為に努力している。だが、その努力は絶対に他者に気付かれない、フェイトはカズトのそういうところをよく理解している。だって、友達なのだから。
「ひかるくん!?」
なのはがそう叫んだ。そして、二人の方向を見てみるとカズトがひかるにバインドをかけ、砲撃魔法の詠唱に入っている。フェイトは思った、応援しよう――カズトを、と。自分は何故、カズトとひかるがこの模擬戦をしている理由はわからない。だけど、カズトに何らかの理由があって、ひかるに何らかの理由があってこの試合をしているということは理解出来る。そして、二人を天秤に掛けた。重かったのはカズトだ。
「カズト「ひかるくん!」頑張って!」
なのはの声でカズトという呼びかけが途切れた。その瞬間、フェイトの方に顔を向けるカズト。そのカズトの顔は酷く青褪めており、まるで死人のようだ。そして、カズトは殺気と呼べるようなものを垂れ流す。そして、次の瞬間に――
「おえっ......」
カズトの何かが崩れ落ちた......
◆◇◆◇
心が痛い、心の中でそう叫んだ。多分、カズトがあの時、負けを宣言したのは自分のせいだと、カズト――その呼びかけをもっと大きく叫べなかった自分のせいだと、フェイトは理解していた。だからこそ、フェイトはカズトに大丈夫だったかと、今度はわたしがカズトを助ける番だと、そう告げたかった。
「で、でもよ! おまえがリインフォースを救ってくれたんだ!! おまえにありがとうを言わなきゃ......済まねぇだろ......」
病室の外にまで響くヴィータの声、フェイトは背中に冷たい何かを感じた。そして、酷く胸が痛くなる。その理由がわからない、まだ彼女にはわかる筈がない。彼女は咄嗟に逃げ出した。これも理由はわからない。でも、彼女の心に何かしらが刺さったということは言うまでもないだろう。
しばらく走り続けた末に、一人の女性がフェイトを呼び止める。
「どうしたんだテスタロッサ?」
「......シグナム」
フェイトは涙を流していた、そして、とても弱々しかった。フェイトは流していた涙を袖で拭き取り、そして、
「――シグナム、一人と一緒に戦っていた時の話を聞かせて」
「......そうか、おまえも元はカズトと共に戦っていたのだよな」
シグナムは壁に背を付け、ゆっくりと語りはじめる。
「カズトは私達、ヴォルケンリッターの魔力の蒐集を手伝ってくれた戦友でもあり、家族を救ってくれた恩人だ。彼が居なければ、私達の悲願は達成されず、リインフォース、主はやてももうこの世には存在していないだろう。だからこそ、私は彼に感謝しているし、私以外の騎士達、特にヴィータは彼に感謝しているだろう」
「ヴィータが......」
ヴィータ、その名前を聞いた瞬間に胸が締め付けられる。涙が零れそうになる。そして、もう一度逃げ出したくなる。フェイトはまだ気が付いていないが、フェイトは酷くカズトに依存している。それもその筈だ、カズトという存在がどれだけフェイトに貢献してきたか、それを考えれば一目瞭然。なのはの金魚の糞程度の近藤に彼女の心を塗り替えることが出来るはずがない。もし、あと何年も経ったとしても、近藤を好きだと勘違いしたとしても、フェイトの心の中にカズトという存在が深い傷のように残り続ける。
「ヴィータはカズトが大嫌いだった。でも、カズトの性格、そして、性質を知っていくうちにヴィータもカズトに心を開いていった。それと同じく、カズトも私達に心を開いていった」
胸が痛む、まるで毒を盛られたかのように胸が痛む。吐き気がする、目が回る、呼吸が整わない。苦しい、苦しい、苦しい、狂うしい。揺れる、揺れる、揺れる、震える。寂しい、寂しい、寂しい、怖い。そんな感情が心の中に溢れ出す。こんな感情、母親であるプレシアの死に様を見た時にも感じたことはない。だからこそ、依存というのだろう。
「私達五人はまるで家族のようだった。互いに許し合い、励まし合い、分かち合った。何千年も戦い続けてきたが、あんなにも温かい戦士と出会ったのは初めてだった......」
シグナムは涙を流した。彼女もまた、カズトという存在に助けられた一人。それに加え、自分の主であるはやてだけではなく、本来は死んでしまっているリインフォースまで彼の善意、慈悲、行動によって助けられた。誰も、誰も、誰も、悲しまずで済んだのだ。済んでしまったのだ。その幸せが、カズトの不幸を気付かせるのを遅らせたのだ......
「何かあったのだな?」
「......うん」
フェイトは自分の思いをシグナムにぶつけた。そして、シグナムも聞き手に回り、彼女の話を聞いた。そして、すべての話を聞き終えたと同時に、彼女はこう告げるのである。
「テスタロッサ、それは自分で考えることだと私は思う」
「シグナム......」
シグナムの真剣な表情にフェイトはすべてを理解した。カズトはすべてを自分で抱え込んで、すべてを解決しようとする。私だって、彼を止めようとしたことがある。だが、彼には彼の信念のようなものがあると感じた。その信念が、彼を止めることを躊躇した。だが、おまえなら彼、龍崎一人を止められるかもしれないと。
「わかったなら、早く行け......」
「うん!」
フェイトは駆け出した、カズトが眠っているであろう病室へ、今日より心が軽い日は無いと思いながら!
「......カズト?」
病室には、カズトの姿はなかった。まるで、夜逃げしたのではないのだろうかと錯覚させるほど、病室の中は酷く片付いていて、生活感というものを一切感じさせない。フェイトは思わずその場に倒れ込んだ。そして、涙を流す。しばらくの間、病室から少女の泣き声が聞こえたらしい。
◆◇◆◇
時間は少し進む。
フェイトは温かい布団の中で屍のようにうつ伏せになっていた。開かれた目に生気はなく、例えるなら死者、何か、未練を残して死んでしまった死人のようだ。そして、その未練というのが、龍崎一人という存在なのだろう。
「カズト......カズト......」
フェイトは龍崎一人の幻影を追いかけている。自分という存在をここまで明るくしてくれた大切な恩人。沢山のありがとうを告げなくてはならない親友。そして、誰にも感じなかった特別な感情を抱きはじめた思い人。そんな彼の姿が少しずつ、一歩ずつ、遠退いて行く。それが堪らなく嫌だった。隣に居て欲しかった。
部屋の中に鳴り響く携帯の着信音。こんな時間に誰だろうとフェイトはゆっくりと携帯電話を握り締め、携帯に表示される名前を確認する。龍崎一人だ。彼女は慌てて電話をとり、電話から聞こえてくる声に耳を澄ます。
「もしもし、フェイト......今、時間大丈夫か?」
「う、うん......」
久しぶりに聞くカズトの声、フェイトは思わず笑みになる。
今から数ヶ月前に交換した電話番号。今の今までが忙しくてかける暇など双方共になかった。そして、今日がはじめての通話、そして、最後の通話である。
「フェイト、最初に言わせてくれ......ごめん」
「カズトはいつも謝ってるね......謝らなくてもいいのに......」
フェイトは胸が苦しくなる。理由はわからないが、とても胸が痛くなる。そして、カズトに会いたい、直接、声を聴きたいと思う。こんな気持ちになるのははじめてだと思う。
「フェイト、俺は聖祥から転校する。そして、おまえらとの縁を絶つ」
「えっ――?」
携帯電話から聞こえてくるカズトの声、思わず携帯電話を落としてしまいそうになるが、寸前でくい留まり、次の言葉を待つ。それが、真実ではないことを、嘘だと笑いながら言ってくれることを。でも、カズトがどんな人間かをしている彼女はわかっている。カズトは絶対に酷い嘘なんてつかない。少なからず、自分の前では酷い嘘を一つもついたことがない、つくのは、優しい嘘だけだと......
「これは俺からのお願い......いや、命令だ......」
「カズト......」
「俺はおまえ達から逃げる形で出て行く。俺は卑怯者だ。だから、もう、俺に会わないでくれ......」
会わないでくれ、その言葉に背筋が凍る。冷や汗が流れる。涙が流れる。
「......嫌いになったの?」
泣き声に近い声で、そう訊ねる。
「......嫌いか、そうだ、俺はおまえが大嫌いだ」
カズトの声も泣き声に近い。
「カズト......!」
「もう、俺を頼るな......もし、頼るなら......一回だけだ、本当に、自分では何も解決できない時だけ、俺の家に尋ねてこい。俺はおまえを素直に招き入れて、その一回だけを親身になって解決しよう」
カズトの声が途切れる。
フェイトは咄嗟にカズトの携帯にかける。聞こえてくるのは、カズトの声、「すまないが、今は電話に出られない」という、カズトの声だった。
作者がとる五十点は苦い。