元踏み台ですが?   作:偶数

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Q&A

Q:近藤はどういう奴なの?
A:これを見たら大体わかる。

Q:踏み台じゃないよこれ?
A:これを見たら大体わかる。

Q:何でデバイスを渡したの?
A:これを見たら大体わかる。

Q:何で三人称なの?
A:近藤くんを少しでも良い奴のように表現するため。

Q:なんで感想に返信してくれないの?
A:まさかここまで人気が出るなんて思ってなかったから、若干恐怖している。

Q:何で次の話じゃなくて、一人のトラウマとかを書いたの?
A:ダイジェスト形式で書いた「一人」が不評だったから。

 作者からひと言、なんでランキング一位なんですかね......胃が痛いよ!?


一人のトラウマとお涙ちょうだい集

 近藤光は今日、五月某日に聖祥大付属小学校に転校してきた転校生である。配属されたクラスは二年一組、このクラスは一人の問題児がいることが有名なクラスなのだが、転校してきて間もない光にとって、そんな情報耳に入っているわけもない。

 

「えっと、福岡から来ました、近藤光です! よろしくお願いします!!」

 

 緊張で顔を固める少年の顔は、苦笑いをしてしまいそうになる。それに加え、彼が実際は小学二年生ではなく、元々は高校三年生だったと知っていたら尚更苦笑いしてしまう。

 彼、近藤光は転生者である。転生した理由は神の手違いによる事故死、転生した世界は魔法少女リリカルなのはの世界である。勿論、彼は魔法少女リリカルなのはのことを見ており、ある程度の原作の知識を有している。それに加え、二次創作と呼ばれる第二者が作り出した小説も軽く嗜んでいるため、こういう展開もある程度理解しているし、特典と呼ばれるものも貰っている。

 光は自分に注目するクラスメート達を見渡した。ほぼすべての子達が大人しく、そして、真剣な眼差しで自分のことを見つめていることに驚きを感じていた。それもその筈だ、小学二年生といえば、まだまだやんちゃ盛り、遊び盛りのお年頃、そんなお年頃の子供達が大人のように自分に注目している。これは感動と少しの違和感を覚える。

 

「えっと、好きな食べ物は果物全般、嫌いな食べ物は......梅干しが少し苦手です」

 

 光はもう一度クラスを見渡した。すると一人だけ自分に視線を向けず、窓の方へ顔を向けている少年がいる。その少年はくすんだ濃い茶色の髪に、日本人と白人を合わせたような整った容姿、猛禽類のように鋭いが、どこか頼れそうな琥珀色の瞳、光は彼に懐かしいという感情を抱いた。

 勿論、彼と光に接点など一ミリもない。あるとしたら今日から一緒のクラスで勉学に励むということぐらいだろうか?

 

「じゃあ、吉木さんの隣の席に座ろうか」

「わかりました」

 

 光は指定された席に移動する途中に懐かしいという感情を抱いた少年の名札を見てみた。そこに書かれていた名前は――龍崎一人というものだった。

 時間は経過して昼休み、この学校は私立なので給食などというものは存在せず、クラスメートの殆どが親御さんが作ってくれたのであろうお弁当の包みを開けている。光の場合は母親が忙しい人だという理由もあり、温かい愛の籠ったお弁当ではなく、どこかの工場で量産されているのであろう菓子パンを食べている。

 

「ねえ、近藤くん、福岡ってどんなところ?」

 

 隣の席の吉木さんが質問してくる。それに便乗して、周りのクラスメート達もゾロゾロと光の前に集合し、自分の出身地、福岡に付いて質問してくる。光は少し安心した、やはり彼らも年相応の少年達だと。そして、光はゆっくりと自分の出身地である福岡の話をはじめる。

 

「へぇ~、福岡ってそんなとこなんだ」

 

 クラスメート達の福岡の知識が大幅に上がった。

 光は不意に龍崎一人が座っている席に目を向けた。だが、一人はその席に座っておらず、残っているのは次の時間に使用するであろう国語の教科書とノートが一冊ずつ、それだけだ。

 

「ねえ、龍崎くんはどこにいるのかな?」

 

 一つの疑問、一人に対する疑問が妙に心に引っ掛かっていた。今日初めて会った、いや、今日初めて姿を確認しただけの間柄なのに、なぜ、ここまで親近感と表現出来ないようなモヤモヤとした感覚を覚えるのだろうか? もしかすると、彼は前世の自分と知り合いだったのではないだろうかと光は考える。

 

「えっと、龍崎くんなら屋上にいると思うけど......行かない方がいいと思うよ?」

 

 隣の席の吉木さんが苦笑いをしながら、そう告げた。光は「なんで?」と率直に理由を尋ねる。そして、吉木さんは教えるか、教えまいかを十秒ほど考え、そして、光に理由を教えた。

 

「龍崎くんは隣のクラスの高町さん、バニングスさん、月村さんを自分の嫁とか言い張ってるのよね。だから、クラスでも一人だけ浮いているし、その三人からも酷く嫌われてるの」

 

 光はポカンと放心状態になってしまう。それじゃあまるで、彼が踏み台転生者のようじゃないか? なんて、頭で考え、少しの好奇心と、本当の彼はどんな奴なのかというのを確かめに屋上に足を運んだ。

 屋上は生徒達が気持ちよく食事を取るためか、花壇やベンチが設置されており、誤って転落することを防ぐためか、高いフェンスも立てられている。そして、極め付けに小高い山の上に建っているという点が生み出す絶景、山、海、町、そのすべてがこの屋上から一望することが出来る。それに、心地の良い風が吹き抜けるとあって、気持ちよくお弁当を食べるには最適の場所だ。まあ、彼女たちにとっては、彼がいなければ、だろうが。

 屋上に女の子の悲鳴に似た声と変声期を迎えていない少年独特の高い声が響いている。光は急いで屋上で何が起こっているのかを確認しようと重たい扉を開け、状況を確認する。すると、あんなにもクールで大人っぽかった龍崎一人少年が悪戯っ子のように三人の少女達に言い寄っているのだ。そして、三人の少女達はそれを酷く拒絶している。

 

「なあ、なのは~」

「あはははぁ~、くっ付かないでくれるな......」

「なあ、すずか~」

「ごめん、食べにくいから......」

「なあ、アリサ~」

「消えなさいよカス!」

 

 龍崎少年はこの世の春を謳歌しているぞ! と、言わんばかりの笑顔で三人の少女達と食事を楽しんでいる? のだろうか......

 光は少し呆れてしまった。最初の印象と百八十度違う龍崎少年の姿に幻滅してしまった。そして、こういうとき、自分が読んできた小説の主人公ならどういう風に対処するかを考える。そして、一つの結論が出された。

 

「龍崎くん、彼女達が困っているじゃないか......」

「んぉ?」

 

 こうして、二人の因縁は始まる。

 

 ◆◇◆◇

 

 それは、龍崎一人の父、龍崎玄史の葬式の後の話だ。

 龍崎玄史の葬式は密葬に近い形で執り行われ、彼に関係の深かった人間と数少ない親族で執り行われた。一人は年相応に涙を流しはしたが、絶対に声をあげることはなかった。何故なら、玄史は一人にこう告げてこの世を去っている。「不幸は幸福に変えられる」だから、一人は痩せ我慢に近い形で、その言葉を実行している。無理矢理に笑っている。心から、幸福だと思い込んでいる......。一人にとって、龍崎玄史という存在はそれくらい大切で、重要な存在だったのだろう。だから、彼の言葉を忠実に果たし、彼の願う自分を必至に作り上げようとしているのだ。だから、私は彼をこう表現しよう――騎士のような忠誠心だ。

 玄史の葬儀がすべて終わった後、一人は玄史の妹、一人にとっては叔母に当たる存在に事実上は引き取られるということになっていた。まあ、本当に引き取られる訳もなく、何時ものように自分と玄史の家に帰り、一人分少ない食事を食べる。

 一人は泣きたくなった。二人でも広過ぎる部屋が更に広くなり、そして、拠り所が消えてしまった。胸の中に空いた大きな穴、それを埋めることは一人には出来ない。もし、その穴を埋められるとするなら、それは一人の憧れ、そして、手に入れたい物、者。だが、その者はとうの昔に他者のものになってしまっている。このままじゃあ、穴は塞がらず、また、大きな穴を作り出す。

 多分、一人にこれ以外の選択肢はなかったのだろう。もし、自分という存在が拒絶されようとも、穴を、ポッカリと開いた穴を埋めたかったのだ......

 

「俺の嫁たち~元気だったか~」

 

 こんな軽い言葉に、一人の心の穴を察する程のヒントは隠されていたのかもしれない......

 

 ◆◇◆◇

 

 時は流れる。多分、一人が最も人間として、魔導師として輝いていた時期のことだ。

 一人は信頼出来る三人の仲間を手に入れた。フェイト・テスタロッサ、アルフ、そして、アイリスである。

 一人は親愛ではなく、友情で心の中に空いた穴を少しずつ埋め始めていった。この頃、一人はもう踏み台なんて呼べる存在ではなかった。もう、どちらかというと自分の親友の願いを叶えようと必死になっている少年。友情の温かさを知った子供であった。

 この日は何時ものように一人の家でジュエルシードをどう集めるかという会議の後、二人分多い食事を一人が振る舞った。二人は一人の料理が酷く気に入っており、リニスの料理みたいに心が温かくなると絶賛していた。一人もそんな言葉に喜びの感情を抱いており、日に日に料理のレパートリーは増え、二人を満足させよう、二人を喜ばせようと優しい気持ちになっていた。こんな時間があと数ヶ月続いていれば、一人はもう少し良い人生を送れていたのかもしれない......まあ、過ぎたことだ。

 

「なあ、かずと......」

 

 アルフが窓際で雲一つない夜空、星たちが輝いている夜空を見上げながら、一人の名前を呼ぶ。一人は皿洗いを終わらせ、何だ? と、優しい声色で尋ねる。顔も、声の色と同じようにやわらかで、とても充実している。まるで、玄史と世間話をしている時のようだ。ようだった。

 

「まあ、座んなよ。疲れてるだろ?」

「そうでもないよ、二人の笑顔で俺は元気百倍のアンパンマンだ。今ならバイキンマンが百人いても倒せる気がするぜ」

「アハハハっ」

 

 一人には、父親が死んで以来、心から消えてしまった「ゆとり」のようなものが徐々に取り戻されてきた。それは龍崎一人という人間の本来の姿を取り戻す鍵でもあった。本来の龍崎一人という存在はとても温厚で、人の不幸を嫌い、人の幸福に共感する。そんな人間であり、優しさも厳しさも持ち合わせている。だからこそ、他人より人の考え、心の動きに敏感で、助けられるものなら、絶対に助ける。そんな良心も持ち合わせている。

 

「あたしはね、かずとに感謝してるのさ」

「感謝?」

 

 アルフは子供の成長を見る親のように優しく、そして、嬉しそうにそう答えた。

 

「そうさ、例えばね......フェイトのあんな笑顔、わたしだけじゃあ、見れなかった」

 

 一人は小さく、そうか、と相槌をうち、アルフの話を聞く姿勢に入る。元々、一人は聞き上手だ、人のことを理解するには、人の話をよく聞き、そして、その話の感想をこたえる。こういう風に話を聞いてもらうと人間はとても嬉しくなる。何故なら、一人の人間が自分という存在を、自分という存在の考えを親身になって聞いてくれるからだ。だから、一人は話を聞くことのプロであり、人の心を優しくさせるプロでもある。

 アルフはゆっくりと一人に対する感謝の気持ちを並べていく。その感謝の気持ちを相槌をうちながら、これまたゆっくりと聞き続ける一人。話し上手に聞き上手。まさにこのことだ。

 

「そうだね~、日頃の感謝の気持ちを込めて、一人の頭を撫でてやろ~」

 

 アルフは優しく、姉のように一人の頭をゴシゴシと撫でた。すると一人のくすんだ濃い茶髪はみるみるうちにぐしゃぐしゃに立った。一人は苦笑いを見せながらも、アルフの優しさに癒しのようなものを感じたのは確かである。

 一人は思った――こんな日々がずっと続けばいいのにな、と。

 

 ◆◇◆◇

 

 一人の心は酷く沈んでいた。それもその筈だ、自分が命を張ってまで手に入れたかったものをほんの数十分の間に近藤に奪われたのだから。いや、実際は違うのだ、フェイトはまだこの時、近藤より一人のことを信用していたし、友達のなのはの金魚の糞で偶々その場に居合わせただけなのだ。だが、なのは、アリサ、すずかという前例の前に、一人は逃げ出したのだ。――また、こいつを好きになる。と。

 一人の胸の大穴は友情である程度埋まったことは確かだ。だが、それでも穴という存在はまだまだ一人の心の中に存在している。今から二、三ヶ月前の一人なら、この辛さを幸福と言い張り、気持ちをヒロイン達にぶつけられたのかもしれない。が、今の一人にそんな気力は残っていなかった。

 何時しか一人は人気の無い路地裏の中に足を踏み入れる。そして、一人の少女との出会いを果たす。

 

「おまえの魔力、闇の書の餌だ......」

 

 鮮やかな赤毛にヨーロッパの貴族の子供のようなゴスロリファッション。容姿はやはり西洋人形に整っていて、身長の低さがそれを助長させている。

 

「闇の書事件......もう、そんな時期なのか」

 

 一人はビルとビルの隙間から姿を見せている青い空と白い雲を眺めた。明日は雨になるらしい。到底、そうは思えない。一人は溜息を吐いた。そして、どうせ、近藤のことだからはやてとはもう面識があるだろう。なら、俺は裏方になってしまうが、ヴォルケンリッター達について戦うのも悪くない。と、考えた。自分という存在がどんなにも否定されようが、この世界の行く末を見てみたいと思うからである。

 

「俺はこの町に住んでいる魔導師だ。もし、君達が厄介ごとを起こそうとしているのなら、それを手伝おう」

「はぁ? おまえ、何言ってんだ......」

「君の目を見る限り、心の底から悪いことをしているようには見えない。此処に住んでいる身としては、そういうのは早く終わらせたいからな」

 

 一人は財布の中から一枚の紙を取り出す。この紙には、一人の携帯電話の電話番号が記されている。何故、こんなものが財布の中に入っているかというと、まあ、ヒロイン達に配る予定だったのだ、大量に余ってしまったが。

 

「自己紹介がまだだったな、俺は龍崎一人、この町に住む魔導師だ」

「......悪い奴、ってわけじゃなさそうだな。あたしはヴィータ」

「何かあったらそれに連絡してくれ、手伝えることがあったら何でもする」

 

 ヴィータ達、ヴォルケンリッター達にとって戦力の追加はとても嬉しいことであった。それに、一人はこの町の土地勘に優れている。蒐集の速度は原作より早まった。そして、一人の心は満たされていく。

 

 ◆◇◆◇

 

 痛い、それだけでは表現できないような、不思議な苦しみが体中を駆け巡る。

 意識は殆どない、ほんの少しの気力で一人は歩き続けている――闇の中を。

 光なんてない、あるのは死肉の生臭さ。

 力が出ない、

 頭が働かない、

 目が霞む、

 心が痛む、

 だが、歩き続ける。

 そして、一筋の光が見えた。

 

「ありがとう......」

 

 落ち着いた女性の声が聞こえた。声の主はリインフォース。彼女もまた、一人と同じように自分のリンカーコアに闇の書の浸蝕プログラムを封印しに来たのだろう。が、先を越されていた。その辛い運命は、一人が変わりに引き受けたのだ。

 

「......どういたしまして」

 

 一人は「ありがとう」に「どういたしまして」と返した。そして、意識を手放したのである。

 

 ◆◇◆◇

 

 一人は目を覚ました。闇の書の奥で感じたあの痛みはとうに消え去り、何時もと変わらない、痛みのない体へ戻って来た。それと同時に一人はフェイトの顔が見たくなった。理由は単純に自分の偉業を褒めて欲しい、だとか、アルフは元気か、だとか、そういったものである。そして、まだまだ眠っていなければならない体を起こして、フェイトを探す。

 一人は逃げ出した。そして、涙で枕を濡らした。これで、逃げるのは二回目である。

 何で、フェイトは俺にしか見せなかった笑顔を――

 何で、フェイトは俺にしか見せなかった声色を――

 何で、フェイトは俺にしか見せなかったすべてを――

 何で......アイツに見せてんだよ......

 一人の穴が地の底までついた瞬間である。

 

 ◆◇◆◇

 

「近藤、おまえに模擬戦を申し込む」

 

 一人は生気の無い瞳で近藤にそう告げた。

 

「何を言ってるんだ!? おまえの体はまだまだ休めないと......」

 

 近藤はそう一蹴りし、けが人の一人の模擬戦なんて受ける気はなかった。

 だが、一人は一つ二つと条件を提示する。その条件は、近藤にとって、社会にとって、決して許されることではないのだ。一人が提示した条件、それは――

 

「おまえの大切な友達を全員レイプするぞ?」

 

 正義感の強い近藤は何を言っているんだ! と、声色を変えて怒鳴った。が、一人は相も変わらず無表情で、瞳には生気なんてものは存在しない。そしてまた、正義も存在しない。元々、一人は正義の味方ではないのだ。もし、一人のことを正義と称する人間がいるとすれば、それは、偽善を正義とみなしている人間だけ、一人が正義の為に戦ったことは一度もない。戦ったのは、自分に戻ってくるであろう対価のためだ。まあ、その対価は未だに一つも貰えていないのが現状なのだが、それが、一人が正義のように見える原因なのだが......

 

「......わかった、その模擬戦受けるよ」

「聞き分けの良い子は大好きだ。そのクソしか出し入れしたことのない尻を掘り倒してやりたいぜ」

 

 近藤は一人が平常な状態じゃないと悟った。もし、自分が全力でぶつかったら彼は尚更壊れてしまうかもしれない、だから、自分が施せる最低限の善意を提示した。

 

「手加減してやろうか? けが人に本気で戦うことは出来ないからな......」

 

 一人は近藤の手加減という言葉を聞き、どうすれば自分が勝てるかどうかを考える。だが、勝利できるビジョンが浮かんでこない。そして、ようやく、これなら勝てるかも知れないという案を出すことに成功する。

 

「なら、互いに管理局が使っている量産型のデバイスで戦うなんてどうだ? 俺は一応、アイリスはミットチルダ式の入っているデバイスだからな、若干だけどこっちの方が分がある」

「自分のデバイスは使わないのか?」

「ああ、リンカーコアを六割そぎ落としたからな、今の魔力量はA+が関の山らしい。それに、アイリスはああ見えて魔力を多く消費する、今の俺じゃあ――五分が限度だ」

 

 一人は遠い目をした。もう何年も使い続けてきた相棒、それを五分程度しか使用できない。これは色々と心にくることがある。だが、今はそれを受け入れなくてはならないのだ。欲しいものを手に入れるには、それ相応の代償を支払う必要があるのだ。一人はそれをこの場の誰よりも理解している。そして、その代償は欲しいものより重たいということも......

 

 ◆◇◆◇

 

 一人と近藤の模擬戦はアースラの訓練場で大々的に執り行われることになった。それもその筈、闇の書事件で一二を争うほど功績をあげた二人の少年の模擬戦。互いに自他も認めるほどの強い魔導師。その戦いを見たいと思う人間は少ない筈がない。

 一人は体が軽かった。まるで羽のように軽く、頭がよく回る。こんなのは久しぶりだと笑みを溢しながら、アイリスではないデバイスを握り締める。

 

「なあ、俺はおまえのことが大嫌いだ。だから言わせてくれ......本気でぶつかろう」

「そうだな、戦うからには本気でやろう」

 

 互いにデバイスを構える。そして、試合のはじまりを告げるベルが鳴った。

 一人は一瞬で距離を広げ、遠距離から誘導弾を発射する。一人は知っている、近藤光という男が接近戦バカだということを。自ら敵の領域に入るのは愚、ダメージは通りにくくても、遠距離から確実に仕留めてやる。近藤も一人の考えはお見通しだぞ、と、言わんばかりにシールドを張って自分の距離、インファイトに持ち込もうとする。一人は慌てて空を飛び、近藤は一人の尻を追いかける。これは戦闘機での戦いで言うならば、ドッグファイト、後ろを取った方が若干だが有利になる。近藤はその有利な状況を無駄にせず、比較的弾速の早い魔力弾を高速で発射する。

 

「おまえ、ベルカ使いじゃなかったのか?」

「もの覚えは良い方なんだ」

「そうかよ!」

 

 一人は地面すれすれで飛行し、魔力で一本のナイフを作り出す。そして、地面にそれを突き刺し、急激に減速する。その減速に付いていけなかった近藤は後ろを取られてしまう。互いに一歩も譲らないドッグファイト、経験も才能も五分と五分、この勝負、何方が勝つか全くと言っていいほど予測できない。もし、予測できる者がいるとするならば、勝利を司る女神くらいだろう。

 

「当たった!」

「クソッ!?」

 

 一人は近藤の足に一発だけ魔力弾を当てることに成功した。そして、近藤は体勢を崩し、地面に激突する。一人はそんな隙を見逃さず、近藤にバインドをかけ、動きを封じる。そして、このデバイスに入れられている砲撃魔法の詠唱を開始する。

 

「俺の勝ちだ......」

「そうだな......」

 

 一人は勝ちを確信した。近藤も負けを確信した。誰が予想しただろうか? こんな展開を?

 

「――ひかる、頑張って!」

 

 一人は耳を疑った。自分のよく知る少女が、自分の親友と呼べる少女が、自分ではなく、自分ではなく、自分ではなく、近藤を応援しているのだ。

 ――殺意、そんなものが一人の中を巡る。もし、殺傷設定で砲撃を撃てば、こいつは死ぬよな、と。一人は殺意に呑まれる。自分からすべてを奪い去ったこの男を殺そうとする。そして――

 

「おえっ......」

 

 そんなことが出来る筈もない。一人は涙を流し、鼻水を流し、汚物を吐き出し、尿を漏らした。その姿は誰が見たって汚く醜い。そんなこと、一人が誰よりも理解しているだろうて。

 近藤は慌てて一人の元に駆け寄り、大丈夫か! と、心底心配そうに尋ねた。そして、一人はこんなに優しい奴を殺そうとした自分が酷く憎たらしくなった。

 

「畜生、チクショウ、ちくしょう......」

 

 一人はデバイスを投げ捨て、大きな声で俺の負けだ、そう叫んだ。この戦いを見た人間からしてみれば、一人が一方的に負けを宣言したように見えるかも知れない。だが、私にはそうは思えなかった。一人はこの数年で酷く疲弊していた。父親の死、親友の裏切り、能力の低下、これらが一人の心を蝕み、傷つけてきた。そして、親友の一言が、脆くなった心を砕いたのである。一人はもう戦えない。一人はもう争えない。心が砕けた人間は、闘争心というものを失ってしまうのだ。

 

 ◆◇◆◇

 

 一人は寝慣れた消毒液臭いベットの上で転がっていた。

 

「ほんと、情けないわね......」

 

 待機状態のペンダントのアイリスが一人にそう告げた。一人は悔しい筈なのに、悲しい筈なのに、なぜか笑っている。これは心が砕けた人間によくある行動で、もう何もかもがどうでもよくなり、すべてが面白く感じてしまうのだ。だから、アイリスの慰めの言葉も一人にとっては面白く感じてしまう。笑みを溢してしまう。それが堪らなく不気味なのだ。

 

「なんで、私を使わなかったの? あの程度なら、五分でも倒せたでしょ......」

 

 アイリスは苛立ちを含んだ声色で一人を叱った。

 

「アイリス、俺はおまえのことが大好きだ。だから、おまえを悲しませたくなかった」

「なんで私が悲しむのよ?」

「なあ、わかってるだろ、知ってるだろ、俺じゃあもう、おまえを使いこなせない」

 

 アイリスは喋ることをやめた。自分のマスターはどうしようもないくらい軟弱者で、女々しくて、自堕落で、諦めの悪い人間だったはず。それなのに、今の一人は共に戦った、共に語り合ったどの時よりも潔かった。それが彼女を傷付ける。まるで、自分が彼をこうしたかのような錯覚におちいる。それが我慢できなかった。叫びたかった。でも、アイリスは声をあげることが出来ない。何故なら、一人は心の中で泣いているのだから、泣き叫んでいるのだから。自分より――苦しんでいるのだから。

 

「......龍崎、体調はどうだ?」

 

 まるで悪いことをした子供のように病室の中に入ってくる近藤。一人はその姿を見て、細く、「よお、負けちまったよ......」と告げた。近藤は困惑した、まるで彼が自分の知っている龍崎ではなく、もっと他の人間ではないのだろうかと錯覚したためである。だが、この場にいるのは、龍崎一人とデバイスのアイリスで間違えない。それがまた、近藤少年を困惑させるのだ。

 

「なあ、近藤、一つ頼まれごとをしてくれないか?」

 

 一人は薄気味の悪い笑みを浮かべながら、こっちに来いと言わんばかりに手招きを繰り返す。

 

「な、なんだよ......」

「俺は魔導士を辞める。戦わないし、争わない。だから、俺の我儘を聞いてくれ、近藤、そして――アイリス」

「......一人、もしかして」

 

 一人は笑うことを止めた。そして、とても真剣な顔付で語りはじめる。

 

「俺は手に入れたかった、すべてを。でも、手に入れられなかった、すべてを。そして、最後の最後に汚名返上でおまえに挑んだものの、それも負けちまった。モチベーションダダ下がりだぜ......」

 

 一人は涙を零した。

 

「医者に聞いたらアイリスを使える時間が五分だってよ、信じられなかったぜ。長年使い続けてきた相棒が、俺の最強のデバイスが、たった五分。最初は人の命を救ったんだから、安い代償だと思ってた。でも、安くねーよ、ぼったくりだぜ、俺にとっても、アイリスにとっても......」

 

 一人は鼻水を流した。

 

「だからよぉ......アイリスを使ってくれ、おまえだったら、俺と同じくらい使いこなせるだろうからさ......」

 

 一人は笑った。

 二人は言葉を発することが出来ない。

 

「アイリス、おまえが俺のことを嫌いでも、俺はおまえのことが大好きだ。だから、おまえの幸せ、願いたいんだ。思う存分暴れさせてやりたいんだ。今の俺には、もう無理だから......」

 

 ◆◇◆◇

 

 音の響かない病室で、一人は天井を見上げていた。勿論、天井に何かが書かれているわけではなく、ただ見るものがないから天井を見上げているのだ。だが、天井ではなく、見知った少女の顔が写り込む。

 

「よお、派手に負けたじゃねぇーか。かっこ悪かったぜ」

 

 赤いおさげを二つぶら下げた一人の少女、ヴィータその人だ。

 一人はにこやかにわらい、どうしたんだ? 尋ねてみる。

 

「はやてがおまえにお礼を言いたいんだってさ」

「そうか、確かに、面会拒絶にしてたからな......」

「そうだぜ、なんであたしまで面会拒絶にしてたんだよ? 友達だろ......」

 

 一人は少し考える。だが、答えはとうの昔に纏っている。多分、一人だからこの考えに至ったのだろう。一人だから、自分一人で背負い込み、歌われぬ主人公になろうとしているのだろう。

 

「会えないよ。俺は八神はやてには会えない」

「そうだよな、早く――はぁ?!」

 

 ヴィータは酷く驚いた。そして、「なんでだよ!」と、強く反論する。だけど、一人の心はとうの昔に纏っていて、ヴィータがなんと言おうが、絶対に曲げることはない。もし、一人が一人じゃなければ、わかったよと言い、はやてに挨拶に行くのだろうが、私は一人がどんな人間かをよく知っている。負け犬に多くを語る資格はない。勝った人間だけが、多くを語り、共感される。所詮、敗者は悪なのだ。勝てば官軍負ければ賊軍。

 

「わかってるだろ? 俺がこういう人間だって......」

「で、でもよ! おまえがリインフォースを救ってくれたんだ!! おまえにありがとうを言わなきゃ......済まねぇだろ......」

 

 ヴィータは酷く怒っていた。確かに、近藤との模擬戦に敗北したのは確かだが、それとこれとは話が百八十度違ってくる。それに、ヴィータにとって一人は家族を救ってくれた恩人であり、双方共に友達と言える関係だ。だから、自分の我儘、はやてに会わせたいということを聞いてほしいし、彼のはやてに会いたくないという我儘も聞いてあげたい。そんな間で心が揺れる。

 

「わかるよ、その気持ち」

 

 一人は遠い目をする。そして、一枚の手紙をヴィータに手渡す。

 

「負け犬が多くを語る資格はないが、記す資格ぐらいあるよな」

 

 ヴィータは一人の弱々しい姿を見ていられなかった。自分の知っている一人じゃないと心の中で叫ぶ。だが、ここにいるのが、この弱々しい一人が一人なのだ。ヴィータは心が冷たい気持ちになった。そして、早く逃げ出したくなった。

 

「この手紙は渡しとくけどよ......絶対に会ってくれよ......」

 

 ヴィータは逃げ出すように病室を出て行った。次の日、その病室に一人の姿はいなかったらしい。

 そして、ヴィータはこう呟いた――嘘吐き、と。




 近藤くんのキャラを崩さない為に、「すずか」の(助けた後に近藤にズタボロにされたが)を(助けた後に恭也さんにズタボロにされたが)変更しました。
 それと、この話と「一人」には色々と矛盾点が存在するので、これから編集してきます。あと、次の話は一週間後くらいに書きます。書き過ぎて頭が痛いので......

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