深夜の海というものはどこか悲しい雰囲気を醸し出し、冷たい印象を与える。そんな真夜中の海に、厳密には波の音が木霊する浜辺に、紫色のロングヘアーをなびかせ、海と同じような悲しい雰囲気を醸し出している一人の少女がいる。彼女は俺が小さい頃に恋心を抱いていた女の子の一人――月村すずか、その人である。
「こんな夜遅くに女の子が人気の無い砂浜にいるのはよくないな......」
俺は自動販売機で購入したホットのココアを右手に、ブラックコーヒーを左手に握り、彼女の元へテクテクと歩み寄る。
「......龍崎くん?」
「ああ、久しぶりだな、月村」
俺は落ち着いた声色で月村の隣に立ち、温かいココアを月村に手渡す。月村は不思議そうな表情を見せながらも、ゆっくりとココアを手に取り、プルタブを開ける。そして、一口、二口と甘く温かいココアを飲みはじめる。
「バニングスから聞いたよ。高町と近藤が付き合うことになったんだっけな?」
「う、うん......」
「これもバニングスから聞いたんだが、夜な夜な家を抜け出して散歩をしているらしいじゃないか?」
「う、うん......」
月村はバツが悪そうに顔を下に向けた。自分が悪いことをしている、家の人に迷惑を掛けているということは自覚しているのだろう。その点について問いただすことはやめておこう。
俺もプルタブを開けて、苦くて眠気の覚めるブラックコーヒー流し込む。
数分の間の沈黙、その末に月村の口がゆっくりと開かれた。
「龍崎くん、変わったね......」
「バニングスからも言われた。まあ、自分でも変わったと思うよ......すごく」
「でも、変わらないところもあるね」
「?」
「女の子が悩んでいる時は必ず、ひかるくんより早く駆けつける......そんなところは全然変わってないね」
月村は優しい表情を見せながら、そう告げた。
確かにそうだ、今から三年前に起こった誘拐事件も近藤ではなく俺が二人を助けたし(助けた後に恭也さんにズタボロにされたが)、まだまだ踏み台と呼べた頃はヒロイン達が悲しそうな表情をしていたら必ず声を掛けていた。そう考えると、月村が言っていることは間違えではないのだろう。
「ねえ、龍崎くんはわたしが吸血鬼だってこと、知ってるんだよね?」
「一応な、でも、言いふらす気は一切ない」
「わかってるよ、龍崎くんはそんなことをする人じゃない......」
月村は立つことをやめ、その場に座り、星々が輝く空を見上げた。俺もそれにつられてその場に腰を下ろした。
「わたし、ひかるくんに恋をしてたんだ」
「でも、先を越されたと?」
「まあ、そうだね。でも、わたしはなのはちゃんに先を越されて良かったと思ってるの、だって、わたしは吸血鬼、絵本や小説に出てくる化け物なんだよ。だから、普通の人間のひかるくん、近藤光には、重過ぎる。だから、わたしはアリサちゃんのようにアタックをしなかったし、なのはちゃんのような存在になろうとはしなかった」
「でも、なりたかったんだろ?」
今日は満月だ、そして、月明りがよく輝いていて、流れ落ちる雫がよく確認出来る。
俺はポケットの中から一枚のハンカチを取り出し、何も言わずに月村に手渡した。月村の方も無言でハンカチを受け取り、零れ落ちる雫を拭き取る。でも、雫は流れ続ける。
俺は何も言わなかった、言えなかった。もし、俺が彼女を慰めたとしても、彼女が、月村すずかが惨めな気持ちになるだけだ。俺はそれをよく知っている。慰められることが、癒してもらうことが、傷を増やすということを。
「ねえ、龍崎くん......わたしはどうしたらいいのかな?」
月村は俺に答えをたずねた。
「もし、月村が答えというものが欲しいというのであれば、俺はその答えを作り出して、月村に渡すことが可能だ。だが、それはあくまでも俺という他人が作り出した答え、数学のように百%正しい答えとは程遠い。正しい答えは自分で見つけ出すものだ」
「それが出来ないんだよ! だから、こんな風に涙が出るし、頭が痛くなる。そして、一人になりたくなって、そして、寂しくなって、隣に誰かがいてくれたらいいのにと思う!! ねえ、教えて――わたしは、月村すずかはどうしたらいいの?」
声が震えている。それくらい、彼女は答えを求めているのだろう。だから、だから、俺なんかに縋っているのだ、頼っているのだ、嫌われていた俺に、嫌っていた俺に。だから、だから、間違っている、間違っているかもしれない答えを彼女に伝えた。
「――なあ、月村、おまえは本当に近藤が好きなのか?」
「えっ?」
バニングスにも渡した答え、これを彼女にも渡そう。
「好き、大好きです」
「なら、今も愛しているか?」
「愛してます、この世界の誰よりも」
「それならそれでいいじゃないか。これは悩んでいたバニングスにも渡した答え、絶対的な不正解で、絶対的に正解な答え。好きなら好きでいいじゃないか、アイツはそう言うのに鈍い、何人からの愛でも受け入れてくれるさ」
月村は数十秒の間、考えることをやめて、そして、数十秒たってから答えを出した。
「でも、ひかるくんにはなのはちゃんが!?」
「なあ、おまえの知っている近藤光という男は、エコヒイキするような奴なのか? 俺が知っている近藤は、恋愛とかには一切無関心で、女の子からの好意なんて感じない。でも、誰にでも優しくて、かっこよくて、強くて、俺とは正反対の存在だ。だから、おまえも受け入れてくれるさ、吸血鬼であろうが、化け物であろうが――恋する女の子であろうが」
俺は悔しかった。こんな純粋に自分のことを思ってくれている女の子を何人も持っている近藤が羨ましかった、妬ましかった。だが、どんなに妬んだところで、自分が近藤になれるはずがない。だからこそ――悔しかった。
「帰ろう、答えは見つかっただろ?」
「うん」
俺は月村を家まで送り、自分も家まで帰った。
自分の隣には、誰もいない、
国語の点数は五十点ですぜ!