元踏み台ですが?   作:偶数

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ドキドキ! すずかとデート? 下

 肌寒い風が吹いている。一応は厚着をしてきたつもりだが、この季節はやはり冷えるのだろう、すずかは両手に息を吹きかけて冷たさを耐えようとしている。カズトはそんなすずかの姿を見て、自動販売機で温かい飲み物を買おうと提案する。そうだね、とすずかが財布を取り出そうとするが、カズトは流石にジュース一本も女の子に飲ませられない恥ずかしい男になりたくないと告げて自分が財布を取り出す。彼女はありがとうと優しく告げる。そんな姿に少しだけ心を打たれたりもした。

 自動販売機には色々な飲み物があり、何にするか悩んでしまう。が、すずかは悩むことなくホットココアのボタンを押した。よく考えるとこのメーカーのホットココアはあの日の夜にすずかに渡したココアのメーカーだということを思い出す。するとカズトはクスッと笑って、あの日飲んだ苦いブラックコーヒーのボタンを押した。

 

「あの日と同じだね」

「そうだな......あの砂浜行ってみるか?」

「え、でもすごく遠いよ」

 

 カズトは胸を叩いて、一応は魔導師なんだから飛行魔法くらいは使えないわけじゃないと胸を張る。デバイスが無くても飛行魔法は普通に使える、だが、回路が無いから少しだけ魔力の消費が多いだけ、魔力量Aあれば十二時間は平然と飛行できるとすずかに告げる。するとすずかはそうだね、と頷いてあの日の砂浜に飛んでいくことを決めた。

 カズトはすずかのことをいわえるお姫様抱っこする。すずかは酷く顔を真っ赤にさせ、挙句の果てには湯気をむんむんと出している。カズトはそんなことはつい知らず、足元に魔力を溜めて浮き上がる。すずかは空を飛ぶという不自然な状態に恐怖心を抱きながらも、カズトの「大丈夫だ、落としたりは絶対にしないよ」という優しい言葉を信頼し、生まれてはじめての飛行魔法を体験する。

 

「綺麗......」

 

 夜空に輝く多くの星々、それを映し出す澄んだ海、町の方を見たらビルや家からの光がキラキラと輝いている。二人はゆっくりと飛行してそんな景色を存分に楽しむ。

 

「空を飛ぶって気持ちいいね......」

「そうだな、俺もはじめてそう思ったよ」

 

 カズトは寂しそうにそう告げる。もう何年も魔法を使ってきたカズトだが、こんな風に人を喜ばせるために魔法を使ったことはない。いつも、自分の自己満足の為に魔法を使って、勝手に傷付いて、傷付けて、最終的には内なる世界へ逃避して、最近になって戦友に自分の有り方を教えてもらった。そう考えると酷く惨めなのだ。

 すずかはそんなカズトの姿を見てよしよしと頭を撫でた。

 

「ん?」

「綺麗な場所で悲しい顔は似合わないよ。綺麗な場所には感動の笑顔が一番だよ」

「......そうだな」

 

 カズトは悲しい顔をやめて景色を見ながら飛行する。すずかもカズトに身を委ねて景色を、空を飛ぶことを楽しんでみる。

 やがて二人はあの日の砂浜へ到着した。すずかは来ちゃったね、なんて、笑いながら告げ、カズトもそうだなと返す。二人は砂を踏みしめて地上から見える景色を、星空を、お月様を眺める。これもまた、空から見る景色と同じくらい綺麗だと思えた。

 カズトはブラックコーヒーを開け、香りの良い苦い液体を一口、二口と飲む。すずかもいただきますと言い、甘くて温かくなるココアを飲み始めた。

 

「温かいな」

「そうだね」

 

 二人はゆっくりと飲み物を飲み、あの日のことを思い出す。そして、カズトは嘘をついた自分を恥じる。逆にすずかは未練だらけの自分を断ち切ってくれたカズトに感謝する。だが、それを上手く口に出すことが出来ない。ただ、カズトもすずかも、互いに感謝し合っているのだ。嘘吐きの自分を許してくれたすずかに、悩んでいた自分に手を差し伸べてくれたカズトに。

 

「なんというか、今日は楽しかった。あんな風に誰かと買い物に出かけるのは凄く久しぶりだったから」

 

 カズトは照れ臭そうに頬を掻く。そんな姿をすずかは笑みを溢しながら眺める。

 

「わたしも楽しかった。龍崎くんの意外な一面も見れたしね」

「例えばどんな?」

「昔と変わらないところも沢山あるところ」

 

 すずかはまだ踏み台と呼べた頃のカズトのことをよく知っている。だが、今の昔と変わらないというのは、カズトの父、龍崎玄史が生きている頃のカズトのことをさす。その頃のカズトは生きることに希望を持っていて、なのはに、アリサに、すずかにと嫌われてこそいたが、自分の信念だけは絶対に曲げはしなかった。自分の意思をよく理解していた。でも、ここ数年のカズトは信念も意思もすべてがブレ、何をしても裏目に出る。ここ最近になって底なし沼のような状態から抜け出すことが出来た。

 すずかは嫌いだったながら、カズトのことをよく見ていた、彼の本質が完全なる悪ではないことを理解していたからだ。だが、ある日を境にカズトの意思がブレた、まるで自分という存在を保つために、自分がやってきたことを保つために、自分を忘れてもらいたくなかったから、自分に気が付いてほしかったから、そんな彼に心なんてなかった、動く屍、人間のように振る舞う何かだった。

 少しだけ元に戻ったこともあった。だが、その時は昔みたいに嫁とか、好きだとか、そんな軽い言葉は絶対に使わなかった。だが、昔と同じで困っている時は必ず駆けつけてそれを解決して何も言わないで去っていく、自分なりの正義を抱いていた。

 でも、また元に戻った。学校で見かけるカズトの背中には酷く悲しい何かが感じられた。アリサやなのはは最近は全然何もしてこないわね、なんて、喜んでいたけど、すずかはそうとは思わなかった。カズトは絶対に深く傷付いている。でも、彼女に彼を助ける力はなかった。

 カズトはもう一度、自分の意思を取り戻した。そして、何かを守ろうと戦った。そして、多くを守った。だが、彼は何も手に入れることなく消えた。それから数年の歳月が経って再会した。彼のことを変わったという人間も多くいた。それでも、変わらないところは一切変わらない。曲がっていた意思はようやく真っ直ぐ伸びた。ようやく元の形に戻っただけなのだ。

 

「龍崎くん、うんうん......一人くんは凄く変わったよ。でも、変わってはいけないところは何一つ変わってない。すごく良くなった」

「......」

「わたし、心配したんだよ、一人くんが嫁とか、好きだとか言わなくなって、悲しい背中になって......確かに、昔はあまりいい印象を持っていなかったかもしれないけど、わたしは、一人くんのことはちゃんと認めてたんだよ......」

 

 風が吹く、強い風ではないが、心に響くそんな風だ。

 カズトは何も言えなかった。そうか、彼女も自分のことを理解してくれていた一人なのだと、だけど、俺に手を差し伸べる勇気が出なかっただけだと。カズトはとても嬉しくなった。それと同時に自分の物わかりの悪さに苛立ちを覚えた。俺が変わったことで彼女を心配させた、俺が元に戻ったことを彼女は喜んでくれた。

 一滴の涙が頬を伝って流れる。

 

「......月村」

「すずか、友達なんだから下の名前で呼んでよ」

「......すずか、心配してくれてありがとう。俺はもう、変わらないからさ、心配しなくていいぜ」

 

 二人は握手をした。

 温かい手すずかの手と冷たいカズトの手が重なる。

 数十秒握手を続け、ゆっくりと手を放す。双方共に照れくさそうに頬をかいて、でも、確かに友情を感じたのだ。

 

「帰ろう、思ったより今日の買い物は長引いたからな」

「また一緒に買い物に行こうね」

「ああ、お姫様のお誘いには絶対服従するよ」




 一応は綺麗にまとめたぞ!!
 正直、もう名前を忘れている人がいると思うが、次回はアイリスの話を書こうと思います。

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