幽霊たちでリリカルマジカルゥ!   作:じーらい

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バレルハズモナシ



幽霊たちの面談

「初めまして。アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです」

「高町なのはです!」

「ユーノ・スクライアです」

「アリシア・テスタロッサ5歳です!」

 

 31歳の間違いだろと、ゴンベエはぶりっ子ぶったアリシアを鼻で笑った。アリシアは心の中で拳骨を落した。精神体のくせに拳骨のイメージは鮮明に伝わっており、ゴンベエは実際に頭が痛くなった気がした。

 

 現在地はアースラの食堂。そこに二人はリンディたちに呼び出されていた。

 本来なら艦長室で面談をするはずだったが、食事を取っていたリンディの提案でこの場での面談になった。要はそこまで硬い話じゃないからご飯でも食べながらしましょうということだ。クロノはそんなリンディに呆れていたが。

 リンディもこの金髪幼女をどう扱えばいいのか困り果てた末に、なのはやユーノといった子供同士の会話でも判断材料にしようと考えた次第である。

 

「わたしもご飯貰っていいかな? またお腹すいちゃって」

「あら? 看守を命じた局員からはカツ丼を九人前も平らげたと聞いたのだけど」

「きゅ、九人前!? アリシアちゃんお腹大丈夫!?」

「だいじょーぶだいじょぶ。ずっと寝てたからお腹すいちゃってるんだ」

「そう言う問題じゃないと思うの」

「そう言う問題だよ。ね、ユーノくん?」

「流石に君の胃を心配するよ」

「ちぇー、ちょっとくらい賛同してくれても良いのに。あ、おばちゃーん! A定食とB定食。もう一個オマケにA定食ちょうだーい!」

 

 小さな体躯のどこに定食三人前の質量が入るのだろうか。三人は顔を引き攣らせながら、幸せそうにむしゃむしゃと食べるアリシアを眺めた。本人も自分たちの食事が常軌を逸していることは百も承知だが、身体の維持に必要なことだと気にしないことにしている。外聞よりもこの時間にどれだけ腹に詰め込めるかといった能率を重視するくらいには、アリシアとゴンベエも自分たちの立場を理解しているつもりでいた。

 

 なのはやユーノはもちろんのこと、検査結果がまだのためリンディも知らないことだが、二人は自分たちの魂がジュエルシードの魔力と何やかんやの奇跡で身体の中に留まれていると考えている。ジュエルシードの保有魔力は多いが、それでも二人を身体に留めているだけで魔力を消費しているのだ。そして、その魔力を補うために大量の食事が必要。

 ポジティブなアリシアはともかく、目の前の現実以外は頑なに否定するゴンベエはそうやって無理矢理自分を納得させている。そうでもしないと、食べた傍から磨り潰されたゴマのように溶けていく胃の中を相手に目を回してしまうから。

 

「ゴクゴク……ゲポ、落ち着いたぁ」

「いっぱい食べたね。お腹大丈夫?」

「平気平気、ちょっと膨れたくらいだよ」

「なんて言うかその、大変だね?」

「あはは、そう言うなのはちゃんも大変だったね。わたしも庭園から見てたけど、いきなり魔導師になってジュエルシードを集めて、フェイトと闘って。終いには次元航行艦で世界を救うお手伝いなんて、ミッドに住んでてもそうはない経験だよ」

「本当に大変だったの。でもユーノ君に手伝って貰えてたし……え? いま見てたって、え?」

「あ、ごめん。何言ってるか解らないよね。実は、わたしは――」

「わっ、わたしは?」

「幽霊だったのだ!」

「「「……は?」」」

「いやー驚いたよ。皆のことをボケーっと眺めてたんだけど、気付いた時にはジュエルシードに引き込まれちゃってさ。これ幸いとジュエルシードを管理下に置いて復活したんだ。あ、見てたってのはよくある幽霊的な意味ね」

 

 アリシアの思わぬカミングアウト。ほぼ合ってる説明にゴンベエは噴き出した。身体があれば目が飛び出ていたかもしれない。任せてと自信満々に言われたために任せたが、これなら自分が説明した方が良かったと心底後悔していた。

 今の一言でリンディは訝しげにアリシアを見つめ、ユーノはやはりジュエルシードの効果で甦ったのかと呟き、なのはに至っては幽霊と言う単語を聞いた途端に座っている椅子ごと遠ざかる始末。

 これではリンディがアリシアを本物だと信じる信じない云々はもとより、ただ疑惑を増やすばかりの自滅でしかなかった。

 

(正直に話す馬鹿がいるか!?)

(ここにいるぞー!)

(呼んでない! そんな馬鹿呼んでねーから!)

(呼ばれなくても現れるのが幽霊だよ?)

(それはまず間違いなく悪霊だな。円環の理に還れ。成仏しろ!)

(その時は一緒だよ! もう一人じゃない、何も怖くない!)

 

 どうしてこうなった。

 頭を抱えて蹲りたいゴンベエだが、生憎と抱える頭も身体もアリシアに預けているためにストレスだけが溜まっていく。せめてもの弁解のために表に出ようとするが、元気100倍のアリシアを退けられるほどの余裕もなく、ただ喚くしか出来ないでいる。

 

(各々の意志はもちろん、テンションや気合いも表に出る要素なのか……)

 

 なんて、こんな状況でも考察してしまう自分が悲しいゴンベエだった。

 そんなゴンベエを指さして大笑いしているアリシアだが、何も考えずに真実を話したわけではない。アリシアにもアリシアなりの考えがあっての行動だった。

 

(わたしは正直に言った方が効果があると思うな。だってまだ検査結果は出てないし、矛盾もないから色々と騙されてくれるはずだよ)

(真実だらけで何一つ騙せてない件) 

(真実を知ってる身からするとそうだけど、真実は時に嘘をも越えた嘘になるんだよ?)

(それはまぁ、そうだろうがな。こんな話を信じる奴がいたとしたら、そいつはとんでもないバカか、疑うことを知らない素直な奴だ)

(ま、リンディ艦長はそのどっちでもないから安心だよね。むしろ頭が働く分、色々な可能性を考えて動くに動けなくなるんじゃないかな。偉い人はみんなそうだって相場が決まってるんだから)

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを内心浮かべるアリシア(31)、ゴンベエは女性の怖さを思い知らされた。見た目が幼いぶん反則だろ、なんて考えを浮かべれば、これが子供の特権だよ、と求めてもいない応えが帰って来る。実はとんでもない奴と一緒になったのではないかと戦慄した。

 

「アリシアさんは今までずっと幽霊だったの? それって、どんな感じなのかしら?」

「うーん、まず、誰にも相手にされないから寂しい。けど、それ以上に辛かったよ。かれこれ20数年間も幽霊してたけど、フェイトが生まれてからの数年は特に辛かったかな? 話掛けても無視されるし、夢に出ても変な夢だとか思われるだけだし。……友達もいなかったし」

「にゃ?」

「うん?」

「だからこうやってなのはちゃんやユーノくん、リンディ艦長と話せることが本当に嬉しいの! あ、もちろんフェイトとはもう話したんだけどね」

「アリシアちゃん……」

 

 アリシアは満面の笑みを浮かべながら、なのはとユーノを見つめる。子供らしい無垢な笑みを浮かべるアリシア。リンディもプレシアの事情聴取で得たアリシア像そのままなだけに、警戒を解いて笑みを浮かべて微笑んだ。

 今目の前にいる少女は、本当にジュエルシードが擬態した存在なのだろうか。こんなにも純粋で無垢な少女の真似など、願いを歪めて叶える石には不可能ではないのか。管理局提督として、一児の母の立場としても、リンディは目の前の少女のことを信じたくなっていた。

 

(などと思っているであろう三人には悪いが、こいつの打算的な考えが俺には全てまるっとお見通しなんだが)

(いやー生きてる時もそうだったけど、わたしの笑顔って本当に効くわー。お母さんの仕事場の大人もイチコロだったし。かーっ、幼女の笑顔の前には皆ちょろいわー!)

(まず有権者の人々に訴えたいのは、このアリシアが下衆い奴だと言うことであります)

(ゴンベエと生きる為にやってるんだよ?)

(笑顔で責任を擦り付けようとするお前が怖えよ)

(これからは策士とか軍師って呼んでくれたまえ!)

 

 策士や軍師じゃなくて小悪魔だろ。ゴンベエはそう思った。

 今まで見てきたから、なのはとユーノは優しい子供だと知っている。情で味方に引き付けられる。リンディには在りのままの姿を見せて困惑させ、判断力を鈍らせた後に情で押そう。二人は騙すような形になってしまった三人を心苦しく思っていながらも、それでも自分達の為に騙されてくれと願う――――はずもなかった。

 

(嘘は言ってないからね!)

(ああ、嘘は言ってないからな。正直に話したのに勘ぐる奴が悪い)

 

 長く生きすぎたせいか、二人はいい具合に性格が悪かった。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

 初めてその子を見たとき、誰かにそっくりだなって思った。その誰かがフェイトちゃんだって気付いたのは直ぐだったけど、その子は全てを無くしたみたいに空っぽな顔をしてた。

 はじめは怖かった。

 モニターで見た女の子は無表情で冷たそうな、触れたら凍ってしまうんじゃないかと思うくらい、その子は無表情を貫いていたの。

 

 その子のことが少し解ったのは、クロノ君と一緒に庭園に向かう前。プレシアさんに心無いことを言われて呆然とするフェイトちゃんを医務室に運んでいた時だ。

 廊下で出会ったクロノ君はとても悲しそうで、でも強い決意をした人の目をしてた。クロノ君が言うにはその子、アリシアちゃんはジュエルシードが憑依した生体ロストロギアかもしれないって。そのアリシアちゃんを封印しに行くって言った。驚いたけど、でもあんなに無表情になれるのならもしかして……なんて、その時の私もそう思ったの。

 

 でもやっぱり、どうにかして助けてあげられないかな?

 

 私にはまだ何かできることがあるかもしれない。そう思った私も、ユーノ君やクロノ君と一緒に庭園へと向かった。何か出来るときに何も出来ないのが嫌だけど、何故かあの子に会わないと駄目な気がしたの。

 

 そして駆けつけた場所で見つけたのは、無表情なアリシアちゃんなんかじゃなかった。

 鋭く吊り上がった目には強い意志が見えて、でも怖いとは思わなかった。何て言うか、どこかに熱いナニかを秘めていて、すごく頼りになる感じがしたの。一緒の場所にいるだけで胸がぽかぽかする気がした。ユーノ君は何も感じないって言ってたけど、私は確かに感じたの。

 

 心は熱く、でも頭は冷静に。それを体現しているみたいだった。

 

 そこからのアリシアちゃんの戦いは正にそうだった。無茶苦茶に走り回って逃げているように見えていて、弾幕を搔い潜れる僅かな逃げ場に身体を躍らせる。訓練を受けた武装隊でも簡単にできることじゃないって、後から戦闘映像を解析したクロノ君が言ってた。ここ一番では身を捨てられる覚悟がないと駄目だって、剣士のお兄ちゃんやお姉ちゃんが言ってたから、きっとアリシアちゃんはその覚悟ができていたんだと思う。だって凄い叫び声が聞こえてきたもん。スーパーイナズマキック! なんてアッチッチだよ。

 

 そんなアリシアちゃんも、フェイトちゃんと一緒にアースラの護送室に入れられてしまって。

 本当は直ぐにでも封印してしまう予定だった。封印するとアリシアちゃんはまた眠って、今度こそ目を覚ます事はない。アリシアちゃんが武装隊の人に囲まれて泣いてた時、ユーノ君が小声でそう教えてくれた。

 

「待って、待ってよ!」

 

 気付けば私は泣いているアリシアちゃんを庇うように前に出て、リンディさんにそう訴えていた。その御蔭かは解らないけど、なんとかその場での封印は免れて護送室で済んだ。それでも私は納得いかなかった。今までずっと一人でいたアリシアちゃんをまた一人にするなんて、そんなのってないよ。

 

「わたしもご飯貰っていいかな? またお腹すいちゃって」

「だいじょーぶだいじょぶ。ずっと寝てたからお腹すいちゃってるんだ」

「おばちゃーん、A定食とB定食。もう一個オマケにA定食ちょうだーい」

 

 でもさっきお話してたアリシアちゃんは凄く元気だった。心配した私が間抜けだと思うくらい元気だったの。心配して損したかも。

 それにすごい量のご飯を食べるの。いったい食べたものは何処にいったの? お腹も全然膨れてないし。少し驚いたけど、それ以外のアリシアちゃんは普通の女の子だった。本当に可愛くて、フェイトちゃんに妹がいたらこんな子なのかなぁ、なんて。にゃはは、アリシアちゃんはお姉ちゃんなんだけど、見た目が小さいからそう見てもいいよね?

 

『寂しいけど、それ以上に辛かったよ。かれこれ20数年間も幽霊してたけど、フェイトが生まれてからの数年は特に辛かったかな。だって話掛けても無視されるし、夢に出ても変な夢だとか思われるだけだし。……友達もいなかったし』

『だからこうやってなのはちゃんやユーノくん、リンディ艦長と話せることが本当に嬉しいの!』

 

 そんなアリシアちゃんが”寂しい”って言った。一人ぼっちで誰とも話せないでいるのが辛いって。

 その気持ちは分かる。私も痛いくらい解る。

 まだ小学生よりもっと小さい頃、私も家族といられなくて一人ぼっちだったから。

 その時はお父さんがお仕事で大怪我をしたのが原因だった。今では大盛況の翠屋もその頃は人手が全然足りなくて、お母さん達はずっと忙しそうに働いていた。

 私はお母さんやお兄ちゃんたちと一緒に居たかったけど、忙しそうにしている姿を見てたらそんなこと言いだせなかった。そうやって一人きりになるのが寂しくて、でも寂しいって気持ちを誰にも伝えられなくて。

 

 そんな経験があるから、私にはアリシアちゃんの一人が寂しいって気持ちが良く解る。私はお父さんが元気になってからは寂しい思いをしなくなったけど、アリシアちゃんは今も寂しい思いをしいるんだと思う。だって寂しいって言った時のアリシアちゃんは、庭園の時とはまた違う無表情だったから。

 

 だから、私は決めた。リンディさんやクロノ君、エイミィさんが何と言っても、私はアリシアちゃんの友達になろうって。例えジュエルシードに身体が奪われていたって、私と話したアリシアちゃんの心は、アリシアちゃん本人のものだって信じ続ける。そう決めたの。

 

「クロノ君、難しい顔してどうしたの?」

「ああ……なのはか。アリシアの検査結果が出たんだ」

「どうだったの……?」

「結果は――黒だ。アリシアは、アレは間違いなく生体ロストロギアだ」

 

 だから、絶対に一人にさせない。悲しい結末になんて、させないんだから。

 


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