幽霊たちでリリカルマジカルゥ!   作:じーらい

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幽霊は立場を考える

 次元航行艦アースラの護送室。罪人は冷たい鉄格子の中に入れられ、管理局本部まで連行される。その間に罪を悔やむか、自分を逮捕した局員に暴言を吐き続けるか。この部屋に入れられた者はその2パターンが多い。

 そして今、その鉄格子の中に一人の少女が入れられている。手枷足枷はもちろん、バインドで全身を簀巻きにしての拘束。まるで暴れる虎を無理やり抑え込むが如き処置をされている少女の名を『アリシア・テスタロッサ』という。しかし、誰もがそれを正しい処置だと局員は言うだろう。その囚人名簿には、ロストロギア【ジュエルシードの憑依体】と記されているのだから。

 

「お腹すいたお腹すいたお腹すいた。……お腹すかない?」

 

(幽霊が腹減ったとか……ないわ…はぁ、腹減った……)

 

 そんな都合など知らぬとばかりに、鉄格子に囲まれた檻の中とは思えない台詞が響く。

 囚人らしい手枷足枷は勿論のこと、バインドで簀巻きにされて座らされている少女の名前はアリシア・テスタロッサ。幽霊ゴンベエ、幽霊アリシアが憑依した奇跡の二人だが、管理局の囚人名簿にはジュエルシード憑依体と記されていることを二人は知らない。むしろ、主犯を蹴り飛ばしたと言うのに囚人扱いされていることに理解は出来ても納得が出来ないという状態だ。

 

 二人がある意味で囚人になったのは、むしろ囚人扱いで済んだのは理由がある。

 

 時はゴンベエがプレシアを蹴飛ばした所まで遡る。

 ゴンベエがプレシアを蹴飛ばした丁度その時、管理局執務官クロノ・ハラオウン。現地魔導師高町なのは、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフがほぼ同時にその場に乱入してきた。

 乱入した各々が視た光景は裸一丁で仁王立ちしているアリシア、その下で気絶しているプレシアの姿だった。

 冷静に状況を判断したクロノはアリシアに杖を向ける。動くな、その場で武装解除しろ。

 杖を向けられたアリシア。ゴンベエはむしろ服すら着てねぇよと思いながら仁王立ちのまま微動だにしない。同じ顔の姉が全裸なことに困惑するフェイト、一応の説明を受けていても全裸のアリシアに目を白黒させてるなのは。鼻を抑えるユーノ。

 

 誰も彼もがどうするべきか迷っていたが、そんなカオス状況に一番動揺していたのはゴンベエとアリシアだった。保護して貰うつもりが杖を突き付けられ、あまつさえ動くなと命令されたのだから。

 入念に身体をチェックするクロノにアリシアは内心で変態と罵り続けていたが、表に出ているゴンベエはテコでも動かんとばかりに微動だにしない。銃を突き付けられた一般人が怖くて動けるだろうか、いやない。

 現場は一時混乱に陥ったが、庭園が消滅する恐れがある為に長居は出来ない。すぐさまプレシアとアリシアを確保し、一向はアースラへと跳んだ。

 

 その後、アースラで幽霊二人を待ち構えていた武装隊にクロノが封印処理の命令を下す。

 ゴンベエには意味が解らなかったが、慌てたアリシアが強制的に表に出て自分が無害だと必死に説明を始めた。

 始めは理性的に話していたが、頑なに危険だと、本物のアリシアであるはずがないと言うクロノにキレたアリシアは遂に泣きだした。

 勿論本当に泣いているわけではない。泣き落としだ。男は女の涙に弱い。表で泣き、裏で暗く笑っているアリシアにゴンベエは一人顔を轢きつかせていた。

 そんなアリシアにクロノは勢いを削がれ、アリシアの味方になったなのは、ユーノに封印は調べてからでどうかと提案される。尚ここで漸く服を渡される。

 それでもアリシアがジュエルシードに取り憑かれている場合の危険性をリンディに訴えるクロノは執務官の鑑だった。情に負けて局員全員を危険に晒すわけにもいかない。その点、クロノは優秀な管理局員だった。服を直ぐに渡さなかった以外は。

 だが最終決定権はリンディにあり、そのリンディはアリシアを護送室で厳重に監禁。後にアースラで簡易調査、結果が黒と出れば封印。出なければ本局にて再調査との決定を下した。

 

 そして今、幽霊二人が入っている身体は護送室で簀巻きにされている。

 

「何でこうなるかなー? ご丁寧に足枷手枷、簀巻きにされて投げだすなんて乙女に対する処置じゃないよ。唯一褒められるのは囚人服とはいえ着させてくれたことだね。ねーねーフェイト、そう思わないー? お姉ちゃん可愛そうだと思わないー?」

 

「……」

 

 そうやって暇を持て余している二人がじっとしているはずがなく、同じく向かいの護送室に入れられているフェイトとアルフへ話掛けている。監視役を命じられている男性局員は居るものの、局員が黙るように命じればマシンガンの如く吐き出されるアリシアの罵倒で既にノックアウトしてしまっているので意味はなかった。

 

「フェイトはお腹すかない? わたしもうずっと何も食べてなくてさ、もうペコペコだよ」

「……」

「アルフは?」

「……別に」

「ふーん。こんな狭い所に閉じ込められて大変だと思うけど、お姉ちゃんが一緒だから頑張ろうね!」

 

 フェイトを妹の様に扱うアリシアだが、フェイトは苛立っていた。

 母親が自分を見てくれなかったのも、苦しい思いをしてきた理由も全ては同じ顔をして同じ声をしている目の前の姉モドキのせい。そんなモノが心底嬉しそうに笑い、話掛けてくるのは実に腹立たしい。腸が煮え繰り返る激情がフェイトを支配していた。

 フェイトは思う。今後母親と話合う機会は出来たが、オリジナルが生きていれば自分は用済みになるのではないか。それは嫌だ。それは怖い。面と向かってもう一度話すと決めたが、面と向かってもう一度拒絶されると次こそは心が挫けるかもしれない。それもこれも、全部目の前にいるアリシアのせい。そう考えると、どす黒い感情が沸き上がってくる。

 

「じゃあわたしだけでも頼んでおくね? あ、ちゃんと多めに頼んでおくから欲しかったら食べていいからね?」

 

 そんなことはいざ知らず、アリシアは朗らかに笑い続ける。漸く身体を手に入れたのだから色々と動き廻りたい。その思いでいっぱいだ。

 だからフェイトの心に気付いてあげられない。ゴンベエは何となく察しているが、今のアリシアはフェイトと話せることに浮かれ過ぎて話が出来ないでいた。

 

「ねーねーお兄さん、カツ丼持って来てくれない? わたしお腹すいちゃった」

「……まだ食事の時間じゃない」

 

 矛先を向けられた男性局員はギョッとした。打てば響く少女には何を言っても無駄。だが看守を命じられた身としては、何とか少女を御さなければならない。

 

「話聞いてたでしょ? お腹すいたお腹すいたお腹すいたのー!」

 

「頼むから黙ってくれ」

 

「お兄さんも乙女の柔肌見てたんでしょー? 訴えちゃうぞー」

 

「……」

 

「バインドで動けないわたしに変なことしたって艦長に訴えちゃうかも」

 

「……」

 

「艦長も女性だし、今後辛い職場で働きたくないよね?」

 

「……」

 

「キャーーー誰か「食堂のおばちゃん! カツ丼一丁!」 九人前でいいよ」

 

「九人前でお願いします……」

 

「話が解るお兄さんは大好きだよ!」

 

「……艦長、自分は胃に穴が空きそうです…」

 

 結局御しきれなかった局員がクロノに怒られるのは、また別の話。

 

 

   ◇

 

 

「アリシア・テスタロッサ。今から君の身体の検査を始めるから付いて来るように」

「はーい」

 

 結局九人前のカツ丼を全て一人で食べつくしたアリシア。

 不思議としない満腹感に二人が頭を捻っていたころ、数人の武装した局員と共にクロノが護送室に現れた。護送室に入れられる前に言っていた身体検査をするためだ。足枷だけ外されたアリシアは、局員に囲まれたままクロノの後を付いて歩く。

 

(検査って何するんだ?)

 

(魔力とか、ロストロギア反応がするかじゃないかな)

 

(反応が出たらどうするつもりだ?)

 

(十中八九封印だろうけど……そこは何とかしてみるつもり)

 

(また泣き落としか)

 

(ふっふっふ、ゴンベエはわたしに感謝すべきなんだよ。既に一回乗り切っているんだから)

 

 自信満々なアリシアだが、クロノは調査結果が黒ならば必ず封印するつもりでいた。

 一般局員の上に立つ者の義務として、何より『アリシア』 をジュエルシードの支配から解き放つために。もとより、死人が甦るなど誰一人として信じていないのだ。いくらアリシアが無害だと言っても、それはアリシアと言う皮を被ったジュエルシードが身の安全を計るための言い訳と捉えられる。クロノを含めた大半の局員がそう考えていることも無理はなかった。

 

「まずは魔力検査から始める。計器を取り付けるが、変な真似はしないように」

 

「あいさー!」

 

(何でそんなにハイテンションなんだよ)

(無害アピールだよ。従順な子は好きでしょ?)

(誰だってそうだな)

 

「魔力値は……だいたい予想通りか。詳しい結果は後日になるから次の調査だ。上着を脱いでくれ」

 

「……え?」

 

「君の身体をスキャンするために、服を脱いでくれと言っている」

 

「ど、どうしても……?」

 

「……僕としても、女の子にこんなことを言いたくない。でも必要なんだ」

 

(従順な子は好きでしょ? なんて言ってたアリシアがどうするのか見物だ。いや、本当に)

(うわーん! ゴンベエなんて大っ嫌いだー!)

 

 諦めたように上着を脱いで行くアリシア。なるべく見ないようにするクロノと男性局員たちだが、それではいざという時動けない。

 なので彼らは自分自身にこう言い聞かせた。女の子と言っても、アリシア所詮は5歳の子供。特殊な性癖の持ち主以外が反応することはなく、自分達はそんな性癖は持ち合わせていない。反応することはないが、それでも凝視するのは良くないだろう、と。

 その結果、自然とチラチラ向けられる視線。女の子は男のそんな視線に鋭く、アリシアもまた例に漏れず鋭かった。そんなアリシアがこっち見んなと威嚇して返しすと、クロノを始めとした局員は慌てて視線を外す。そんなイタチゴッコが続いている。

 直接手を触れるのは女性局員なのが唯一の救いか、体内をスキャンして次々にディスプレイに情報を映していく。

 

「じゃあこれで終わりだ」

 

「え? もう終わり?」

 

「ああ。結果は後日になるだろうけど、アースラに置かれている機材じゃあまり詳しく調べられないんだ。本格的に調べようと思ったら本局じゃないと出来ない。まぁ、ここでの結果は僕らの気休め程度になる予定だ」

 

「それなのにわたしを剥いたの?」

 

「……すまないと思っている」

 

 若干顔を紅く染めているクロノに、ジト目で見つめるアリシア。クロノはそんなアリシアを見て、更に顔を紅く染め上げた。

 

「艦長に訴えてやる。身体の隅々まで見られたって訴えてやるー!」

 

「なっ!? それは必要なことだからであって、別に見たくて見たわけじゃ……」

 

「見たくて見たわけじゃない!? 乙女の柔肌見てその感想はないよ!」

 

 喚くアリシアにたじたじになるクロノ。局員たちは矛先が自分に向かないように微動だにせず、まるで置きモノのように立っている。彼らも護送室の局員が受けた仕打ちを聞いているため、クロノ以外に矛先が向かないように必死なのだった。

 

「とにかく! 調査が終われば君を艦長の下に連れて行くことになっている!」

 

「むぅ……あんまり苛めるのもあれだから話を変えてあげる。面談でもするつもりなのかな?」

 

「その通りだ。……でも、今となっては君を封印すべきだという考えを改める必要かもしれないな」

 

「…? 何で?」

 

「少なくとも、今のやり取りで君に心があることが解ったからね。ジュエルシードが擬態している可能性も否めないけど、プレシアの言っていたアリシアと君は同じ人物だと感じた。僕自身も、君が本物のアリシアだと思いたくなったよ」

 

「…! 母さんと話したの!?」

 

「ああ。それも含めて艦長と話すと良い」

 

 

   ◇

 

 

 そう言えばアリシア、お前カツ丼の味したか? 俺にはまったく味がしなかったんだが……

 

(実はわたしも。久しぶりのご飯なのに味がしなかったよ。九杯目には思わず看守のお兄さんに味付けが悪いと投げつけてやりたかったくらい)

 

 止めてやれ、お前の罵倒でかなり心に傷を受けていたみたいだから。あれ以上やったら胃薬が必要になるか、下手したら新しい扉を開くかもしれない。

 

(やらないよ。理由も解ってるし)

 

 そうなのか?

 

(うん。食べた分のエネルギーは全部ジュエルシードに送られてるみたい。食べたら食べるだけ魔力が補充されてたし。あ、庭園で使った分が元に戻った意味でね? 許容量の限界以上には増えないみたいだけど)

 

 人が食べて力を得るのと同じ理屈だな。それならまだ納得できる。

 じゃあ味がしないのは何でだ?

 

(死んでるからじゃないかな?)

 

 ……まぁ、こんな状態じゃ生き返ったとは言えないよな。

 

(心臓も止まってるし)

 

 だよな、って待て。お前、今なんて言った?

 

(心臓も止まってるし?)

 

 ……俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない。

 よし、俺は何も聞いてないぞ。お前も何も言ってない。いいな?

 

(逃げたねゴンベエ。さしたる問題はなさそうだから良いけど。あ、ちなみに他の感覚もあまりないよ。痛覚とかは特にね。バインドでぐるぐる巻きにされてたのに痛くなかったのはそのせい)

 

 あーあー聞こえない。俺には何も聞こえねー。

 

(痛くないのは便利だからいいんだけどねー)

 

 ……話は変わるけど、本当に笑い話だよな。幽霊としてお前の隣に現れたと思ったら、こうやって次元航行艦にまで連れて来られる嵌めになったんだから。

 

(嫌だった?)

 

 別に嫌ってわけじゃない。信じられないだけだ。魔法なんて信じられないものを見せられる、ジュエルシードなんて龍球七個分を一つでやってのける石ころ。挙句の果てにはアースラなんて宇宙戦艦みたいなものに連れて来られるなんて思ってもみなかった。今でも信じられないことばかりだ。

 

(まーたそんなこと言う。いい加減しつこいよ?)

 

 解ってるさ、理解はする。納得も……まぁ、科学で証明できるのなら出来ないことはない。実際にイナズマキックなんてやったし、いい加減信じないわけにもいかないだろ。魔法が使えるかどうかは置いておいて。

 

(何で? 魔法は使えた方が楽しいよ?)

 

 そりゃそうだろうよ。人間なんて苦しくなれば魔法やら神様やら、ありもしない不思議に頼りたくなるんだからな。そんな力が使えるなんて解った時には、我先となる人間が大半だろう。俺も今となれば好奇心の方が勝っているし、出来れば学んでみたいと思ってる。でもな、根本的な部分でどうしても魔法を拒絶してるみたいなんだよ。

 

(だったらわたしが教えてあげるよ! それでゴンベエの体質も治してあげる。憶えて貰わないと困るし)

 

 何でだ? 学びたいのは確かだが、使えなかったからって別にお前が困るわけないだろう。   

 

(そう言う訳にはいかないよ。わたしの予想じゃ検査の結果は黒。つまり、本部に到着次第封印処理されるの)

 

 それは困る、と言うか嫌だな。封印されたら元に戻るだけじゃないか。せっかく気合い入れてババアを蹴飛ばした意味がないぞ。でも、何でそれが魔法を使えないと困る理由になるんだ?

 

(此処から逃げ出すためだよ。その時、わたし一人じゃ手が回らないと思うから)

 

 ……は!? 逃げるってお前、この船からか!? いやいや、方法とかはこの際置いておくが、本気で逃げ切れると思ってるのか? 時空管理局とやらがどれほどの規模かは知らないが、時空なんて大層な名前が付いているってことはとんでもない巨大組織なんだろ? オマケにこんな戦艦まで持ってるんだ。戦力だって半端じゃないはず。常識的に考えて逃げ切れるわけがないだろ。

 

(じゃあ黙って封印される?)

 

 ……。

 

(ゴンベエが考えていることは手に取るように解るよ。実際怖いよね……。時空管理局なんて組織から追われる身になるなんて、わたしだって怖いよ。本当なら検査結果が白であって欲しい。でも黒になるの。ジュエルシードのおかげでこうしていられるんだから、間違いなくわたし達は黒なの)

 

 ……本局とやらに連れていかれるまで解らないって言ってたぞ。

 

(連れていかれたらそれこそ終わりだよ。運が悪ければ珍獣扱いで研究室行き。ゴンベエだって科学が好きなら、科学者が訳の解らないモノをどう扱うかくらい察しがつくよね? それが嫌なら逃げ切るしかない。幽霊に戻りたくないのなら、逃げるしかない)

 

 マジか……本当にやるしかないのか? 他に手は?

 

(ないよ。ロストロギアは管理対象。執務官くんはああ言ってくれたけど、黒と出たら必ず封印される。それが時空を管理する組織の義務だから)

 

 クソ……仕方ない、こうなったからには一蓮托生だ。嫌でも憶えてやる。基礎からみっちり頼むぞ。

 

(頑張ろうね、ゴンベエ)

 

 おう。だがまずは面談だ。上手く騙し続けてくれよ。

 

(ふふん、このアリシアちゃんに任せておけば安心だよ!)

 

 激しく不安なんだが。

 




生きてるんだよなぁ

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