ひときしり鞭で甚振ることで満足したのか、フェイトは解放された。今は自室のベッドで横になっているが、鞭打ちの跡が残る肌は見るに堪えない。
――ふざけるな! いい加減にしろ! ブッ飛ばしてやる!
大声でそう叫びたかったが、幽霊の俺が叫んだところで鬼婆に聞こえるわけがない。収まることを知らない怒りは、何時か殴る時の為に取っておくことにした。
あれから一言も話さないアリシア。覗いた横顔は今にも泣き出しそうだった。
アリシアはフェイトを本当の妹のように思っている。悪いのはプレシアだ。でも壊れた理由は自分にある。だから母親を恨むこともできないのだろう。
こんなことになったのは私のせいだ、全て私が悪いんだ、なんて考えているんだろう。短い付き合いだが、顔を見れば分かる。
面倒な奴。だが、嫌いじゃない。
「とりあえず、今できることを考えるぞ。こんな状態だからこそ可能なこともあるはずだ」
「手で触れない、声は聞こえない。なのに何ができるって言うの?」
「さてな。それを今から試してみるんだよ」
幽霊と言えば怖い。怖いと言えば恐怖。恐怖は知らないから生まれるものだ。先入観と無知から来る恐怖も、招待が分かればどうってことがない。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってな。
よくよく見れば分かるものを確認しないから、怪談が生まれるんだ。
だったら、それを利用しない手は無い。例えば、俺がいきなり金切声を上げるとする!
「すぅ……アリシアのツルペタ幼女―――「なにを叫んでるかーー!?」 グワー!」
左頬を中心に頭が大きく揺れた。アリシアの渾身の右ストレートに、思いのほか大きい叫び声を上げてしまった。痛い。
真っ赤な顔で肩を震わせているが、あれだけ(したいを)見せてきた癖に本当は恥ずかったのか。
「……? バルディッシュ、何か言った?」
『No,sir』
「……何だろ、今何か聞こえたような気がしたんだけど」
俺が声を上げると、聞こえないはずの声が聞こえるようになる。何故か?
悪意があるからだ。
有史以来、悪意のない幽霊が気づかれることがあっただろうか、いやない。今ので確信した。そりゃあもう、世界中の悪意をあのツルペタに込めて叫んだのだ。ツルペタ教死すべし慈悲はない。
つまり俺が言いたいことは、ここに幽霊がいる”かも”知れない。幽霊は存在するか? と聞けば、大半は存在しない、もしくは分からないと答えるだろう。
だったら居ると思い込ませればいい。そう思い込ませて存在を認識させることができれば、解決の糸口が見つかる”かも”しれない。
『フェイト、貴女何時まで休んでいるつもり? 残りのジュエルシードは何時持ってきてくれるの?』
「……ごめんなさい、母さん。すぐに地球へ行きます」
『あまり私を失望させないでもらえる? 残りのジュエルシード、全て持ってきなさい』
いきなり空間モニターにどアップのプレシアが表れたと思えば、ジュエルシードの催促だった。
休んだとはいえ、フェイトはまだ本調子ではないはずだ。本当ならまだ休息が必要だろうが、これ以上休めばまた鞭で打たれるであろうことは想像に容易い。
「おいアリシア、ここで一つ証明してやる。幽霊ができることをな」
もしまた鞭で打つつもりなら呪ってやると思いつつ、部屋を出たフェイトの後ろをストーキング。もちろん幽霊だから気付かれること皆無のはずだが……げに恐ろしきは魔法少女。フェイトは時々振り返っては『いないよね…? オバケいないよね……?』 などと怯えながら俺とアリシアのいる方を見て呟いてる。
「どうやら、俺は幽霊になっても存在感があるようだ。見ろ、今のフェイトの状態を。どう考えても俺の存在に気付いている」
視線に紳士の善意を込めてますから。
「ゴンベエ頭沸いてるの?」
「うっせえ。お前、幽霊らしく存在感をアピールとかしたことないのか?」
「む、それくらいやったことあるよ。夢に出たり、後から脅かしたりしたもん」
「フェイトにか?」
「お母さんにだよ」
お前それ喜ばれてるだけだから。アリシアの夢が見えたから超頑張るとか言い始めるくらい効果テキメンだから。
「よし、じゃあフェイトが気付けるか試してみよう」
「何するの?」
「まぁ見てろ。もう一度、俺の存在感が半端ないことを証明してやる」
俺との距離が縮まって行くほど身体の振えが大きくなるフェイト。そんなに怖がらないでいいじゃないかぁ(ネットリ
『ひっ……?』
うむ。肩に手を置いてこの反応。気付いているのではないか? と大半の人は思うだろうが、俺にはまだ確信が持てない。もう少しハードに行かせて貰おう。
『うぅ……ぅ?』
頭を撫でてやると震えが止まった。撫でる手をそのまま下げていく。
『ひゃわぁッ!? ……ぁ…っ!?』
「ここか? ここがええんか? お嬢ちゃん、気付いてるんだろう!?」
『ひぅ…ぅ……あっ!?』
生意気にもその歳で膨らみかけているのか……。胸は人類成長の神秘だ。あれには夢と希望が詰まっているに違いない。
……ん? 俺が何をしたかって? あれだ、ストレートに言うと胸を撫でてみた。胸を撫でてみました。掴んで、揉んで、撫でてみました。大切なことなので何回も撫でてみた。実際には触れないので、脳内保管で撫でてみたら凄い反応だった。やば、もっこりしそう。
「じゃあ次は———「お前は人様の妹に何さらしとんじゃボケェッ!?」 ———ヌルぽ!?」
『なに!? 今のなに!?』
「何しやがるアリシア! 実験途中に殴り掛ってくるなよ!?」
「今の実験だったの!? 今のが実験だったら痴漢なんて存在しないよ!?」
『何か寒い……む、胸が変な感じだったしゆっ、幽霊でもいるの……?』
「俺の存在感を試しただけじゃないか!? 見ろ! 気付いただろ!?」
「……で? どうだったの?」
「生意気にも膨らみかけていた(脳内変換)」
「変態! ゴンベエの変態! 浮気者!」
「変態じゃない! 紳士だ! 幽霊だから本気で触れれたわけないだろ!」
幽霊とか透明人間とかになったら……なんて、男なら一度は考えてしまうことを実際にやってみただけじゃないか。しかも幽霊なので実害なし。いったい何が悪いのか。
『バッ、バルディッシュ、誰もいないよね……?』
『Yes,There is no life reaction』
『だ、だよね。……うん、きっと私の勘違いだ。早く母さんの所へ行こう』
『Yes,sir』
しかし、おかげで良いデータは集まった。
「アリシア、俺の良心とフェイトの胸という犠牲を払った答えが出たぞ」
「変態行為の果てに何が得られたの?」
「そう怒るなって。結論から言うと、人は幽霊を感じることが出来る」
「私には何年も反応してくれなかったよ?」
それはお前の存在感が皆無だったからだ、とは冗談でも言えない。言えば機嫌悪くするだろうし。……と言うか、流石にそんなことは言えないだろ。こいつの数十年を本気で馬鹿にするようなことは。まぁ、だからこそもっともな理由も無理矢理考えこじつけたんだけどな。
――ん? 無知から生まれる恐怖が幽霊の存在を認識させる? バッカそんなことあるわけないだろ何言ってんだ。幽霊なんているわけないだろ。
「お前の場合、生きている人を本気でどうにかしてやろうと思って無かったからだろ。ほら、良く話しに出る幽霊なんて悪霊の類の方が多いだろ? でも守護霊の類はあまり話に出て来ない。あれと同じだ。今回の場合は、俺が害を為そうとしたためにフェイトは反応した。ほら、理屈は通るだろ?」
「じゃあ心霊写真に映るような悪霊だけが気付かれるの?」
「心霊写真なんて所詮はトリックだ。創り方なんて幾らでもある……が、実際に映ってしまった連中はそういう類の奴なんだろうよ」
「あれ? 非科学的だ〜、なんて反論しないんだ?」
「もう諦めた。それに所詮これは俺の夢だ、否定しても仕方が無い。――それで続きだが、人には感じられても機械には感じられない」
「まぁ、だいたいそんな感じだよね。一般的に幽霊のイメージって」
「まあ、やりようはあるんだろうけどな」
生命反応には引っ掛からなかったみたいだが……よし、気になることはやってみるか。
「もっと……ッ! もっと熱くなれよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!!」
「ごっ、ゴンベエ!? いきなりどうしたの!?」
『Master』
『ど、どうしたのバルディッシュ?』
『There is a heat source reaction』
『……え…』
「えぇ!?」
『A heat source reaction starts movement』
熱源としてなら捉えてくれるぅ! 熱くなってきた! 幽霊たちでリリカルマジカルゥ!