幽霊たちでリリカルマジカルゥ!   作:じーらい

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誤字報告、感想ありがとうございます。返せていませんが、励みになります。
次回はまた時間を置くかもです。


幽霊は逃げ出すしかない

 

 リンディ達との面談を終えたアリシアとゴンベエは、面談終了と同時に現れたクロノによって再び護送室に送られた。相変わらず冷たい鉄格子の部屋に入れられているが、今回身体を拘束するものは手枷だけになっている。リンディとの面談が上手くいった結果だと、二人は待遇の改善にほくそ笑んだ。

 

「予定通りなら明日、もしくは明後日くらいに検査結果が出るんだよな」

「うん。だから脱走するなら今日の内だね」

 

 ああ、なんて都合が良いことなのだろうか。

 リンディの気遣いを余所に、警戒が緩んだことを暗く笑う幽霊が二人。クロノやリンディが見れば問答無用で封印魔法をブッ放す程に、今の二人は闇を纏っていた。

 そんな二人が表と裏に別れて会話をすれば、自然と独り言を話す危ない子供に見えてしまう。そう思われるのを避けるため、ゴンベエとアリシアは二人だけの会話が出来るよう、(からだ)の中で逃げる算段をしているのだった。

 

「出来ればシールド系の魔法くらいは憶えて欲しかったけど、時間的余裕もないよね。わたしが裏で魔法の構成や指示を出すから、ゴンベエは身体を動かすことに専念してね」

「任せろ。局員の一人や二人、俺が通信で習った空手でハッ倒してやる」

「何か凄い不安なのは置いておいて、あと必要になるのはデバイスだね。デバイスマイスターの部屋に忍び込む必要があるかも」

 

 器の中で逃げる算段をしている二人だが、その時の器は文字通り人形になっている。向かいの護送室にいるフェイトやアルフからは、今のアリシアは表情一つ浮かべない不気味な存在にしか見えない。そのアリシアの視線は真正面……つまりフェイトに向けられているわけで、そんな冷たい視線を向けられているフェイトは背筋が冷えていた。

 

(気に喰わないねぇ。家のご主人さまを睨むだなんて)

 

 主人の感情が伝わってくるアルフもまた、能面なアリシアを気味悪げに見ていた。

 使い魔は主人第一主義。主人が鴉が白いといえば、黒く見えても白と言わなければならない。極端に言えば、使い魔と主の関係はそうなのだ。

 だからアルフもアリシアが気に喰わなかった。フェイトがプレシアに虐げられてきた原因がアリシアで、そのアリシアが姉面でフェイトに接している。その事が主人第一主義のアルフは気に入らなかった。フェイトを傷つけた元凶はプレシアで、アリシアが悪いわけではないと分かっていても、原因であるアリシアにどうしようもない気持ちを持て余している。

 

 もちろん、アリシアはフェイトを構ってあげたいだけなのだ。フェイトがそれを受け止められないだけであり、フェイトの内心に気付けないでいるアリシアが空回りする状況になっている。

 そんな堂々巡りに、フェイトは自分が辛い目に合うのはアリシアのせいだと思うようになっていた。頭では違うと分かっているが、心が納得できない。自分勝手な感情なことは分かっていても、今では実の姉を妬みはじめている。

互いにコミュニケーションが足らず、相互理解が出来ていない故の問題だとゴンベエは気付いているが、アリシアに敢えて言葉で伝えなかった。

 

 アースラに来て、アリシア自身もフェイトの心情に気付けたからだ。

 始めはフェイトと話せることに嬉しくて我を忘れていたアリシアも、面談を経て冷静さを取り戻した今ならゴンベエの心の内も読める。フェイトが自分をどう思っているのかも察しがついた。

 そんなフェイトの気持ちに悲しくなったアリシアだが、なればこそ、この脱出劇を成功させねばならないと意気込んでいる。自分が居なくなりさえすれば、自然とプレシアとフェイトの時間は増えて行くはず。自分は一度死んだ人間。どの道逃げるしかないのだから、最後に一言だけ残して去ろうと。

 そう決めたアリシアに、ゴンベエは自分が出る幕ではないと判断し、何も言わないことにした。

 

「後はどうやって船から逃げ出すかだな。どうするつもりだ?」

「転移魔法、しかないだろうね。幸いにも地球の座標は憶えてるし、デバイスにはミッドの座標も登録されているだろうから――ゴンベエどうしたの? 顔真っ青だよ?」

「あーいや、その、なんだ。転移魔法じゃないと駄目、なのか?」

「……」

「いや、別に未知の技術が怖いとかじゃないぞ? むしろワクワクしている! オラわくわくすっぞ!」

 

この物理馬鹿はどこまで未知が怖いのだろうか? いっそのこと、とんでもない魔法でも開発して成仏させてみようか。それはそれで面白いかもしれない。ヌフフと、アリシアは物騒な事を考えながら薄ら笑いを浮かべた。

 その物騒な考えがなんとなく分かるくらいにはコミュニケーションが取れているゴンベエは、死人のように土色の表情を浮かべて黙り込んだ。桜色の極太ビームが自分の身から出たなんてことになれば、それこそ成仏してしまう。それを避けるためにも、今回は黙っていよう。そう保身に入ったのだった。

 

「ランダムに転移して逃げるから、覚悟だけはしておいてよ?」

「はいはい」

「演算リソースだけはゴンベエの脳ミソにもして貰うからね?」

「わかった、わかったよ。だからそんなに睨まないでくれ」

 

デバイスなしで魔法の発動は難しいが、できないことはない。ユーノがいい例だが、適正さえあればできるのだ。その点、アリシアは自分の魔法構成に絶対の自信があった。

 

「基本は数学と一緒だから。極論いうと1+1=2みたいなものだからね」

「もうちょっと賢そうな公式出そうぜ」

「超分かりやすくていいでしょ? 数字の羅列なんて難しそうに書いた方の負けだよ」

 

デバイスという演算機を介す以上、魔法は種も仕掛けもある科学。所詮は数式で表すことができる技術でしかない。そして、この世は全て数式で表すことができるなどと言ってのける偉人までいる始末。故にできないことはない。

 

「現代の技術で数式化できない例外をロストロギアって言っちゃってるけど、物があるなら無理矢理にでも数式作って落とし込んでから考えればいいのにね。ま、それが出来ないからロストロギアなんて言われてるんだろうけど」

「数式で表せる程度は数学じゃねぇとかいう奴もいるしなぁ」

「その点今回は安心だよ、全部公式と解のある問題でしかないから。転移魔法っていう公式に、座標位置である入力値を代入したら解が出るって考えれば簡単でしょ? 偏差とか誤差の修正とか色々あるのはこの際無視して、後は文字通りのすたこらさっさってね」

「そりゃあ楽そうだ。俺の手伝いとかいらないんじゃないのか?」

「一人でもできるけど、計算速度を考えるとね。ほら、わたしとゴンベエでデュアルコアだよ! ゴンベエは8bitかもしれないけどね!」

「この俺をファミコン様と同列にするとは言い度胸だな。スパコン並だぜ、ゴンベエ様は」

「あ、それわたしも! ――じゃあそろそろ行こうか、相棒」

「おう。サポート任せたぜ、相棒」

 

お互いが自らを天才だと自負し、互いを普通という枠に嵌る凡才ではないと認めている。これ以上の状況は望めないし、今以上の奇跡を望むこともない。ただこれからを生きていくために、二人はこの場を逃げ切ることだけを考えて進む。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

 看守を任された局員は心身ともに疲れ切っていた。

 

「ねーねーお兄さん。お兄さんってばー」

 

 理由は言わずもがな、小さい方の金髪ことアリシアだった。

 局員は自分が子供好きだと自覚している。だから、何の罪もない少女が牢に入れられている姿を見ていることしかできない自分を悔やんでいた。バインドで自由まで奪われた少女を不憫に思い、彼は自ら進んで少女たちの見張り役を引き受けた。引き受けたのだが、護送室に来て直ぐに後悔することとなった。

想像していた以上にアリシアが煩かった。いや、子供とはそういうものだと彼も理解していた。だから最初は努めて笑顔で言葉のキャッチボールをしていた。しかしそんな表面上の会話にも飽きたのか、意地悪な笑みを浮かべる小さい方が自分をからかいだしたのだ。

 

「お兄さん子供が好きなの? ふーん。でも度が過ぎると捕まっちゃうよ? ……あ、もしかして今変なこと考えてたり? バインド緊迫プレイはお好き? 結構。もっと好きになるよ!」

 

 頭を抱えたかった。本当に5歳児かと疑ったが、向かい側の大きい方と見比べてもやはり小さい。話の内容はどう考えても5歳児には考えられないが、5歳児なりの可愛い冗談なんだと自分の常識を改めた。5歳児は下ネタを言うものだと。

 

 そうしてアリシアのネタ話も柔らかく受け止めようと努めたが、気付いた時にはキャッチボールがドッジボールになっていた。それも一方的な。時速150キロ以上の言葉(ボール)で心を抉るアリシアに、子供好きな局員も流石にノックアウトした。これ以上話掛けないでくれと一人心の汗を流し続けていた際に、再び悪魔のような顔を向けられた局員の心境は「助けてクロノ執務管」で埋め尽くされていた。 

 

「無視しないでよー。泣いちゃうよー? いいのー?」

「はぁ……。今度は何の用だい? まさか、またご飯じゃないだろうね?」

 

 だが悲しいかな。アリシアにどれだけ言われても、局員はやはり子供のことが嫌いになれないでいた。自身の子供好きも此処までくれば筋金入りだなと、彼は苦笑した。

 苦笑いすると言えば、小さい方のアリシアの食事量である。既にカツ丼9杯、食堂では定食を三つも平らげた。これ以上何か食べると言うのなら、それこそ人間じゃないと彼も思わざるを得ない。

 

「もう食べないよ。それより、ちょっとこっちに来て欲しいんだけど」

 

 また妙なことを言われるのだろうか。

 嫌な予感を全身で感じる。出来れば近寄りたくないが、素直に行かなければそれこそ酷い言われようになるかもしれない。読んでいた本を置いて近寄った。

 

「手を出して」

「…? こうかい?」

 

 鉄格子に向かって手を差し出す。それを少女の小さい手が掴んで―――

 

「えい」

「ブッ!?」

 

 幼女のものとは思えられない勢いで引っ張られ、局員は鉄格子と熱いキスを交わすことになった。鋭く痛む歯と、顎を強打したせいで意識がどんどん遠ざかっていく。

 

「ごめんなさーい」

 

 謝るくらいならするな。

途切れゆく意識の中、彼は最後まで言えなかった悪態を吐いた。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

(えげつねぇ。これが人間のやることかよ)

「人間ってカテゴリーには含まれないんだけど」

(これで挫けるなよ、お兄さん。頼むから子供を嫌いにならないでくれ)

「無視すんなゴンベエ。いいもん、後でピンチになったらわたしも無視するから」

 

 気絶させた局員から手錠のカギと鉄格子のカギを奪うアリシア。ゴンベエ自身も見ている分には面白かったので止めないでいたが、アリシアとの会話に付き合わされた挙句のこの仕打ちに、彼の今後を祈らざるを得なかった。

 

(さて、と。早く挨拶を済ませて逃げるぞ)

「解ってる。――フェイト」

 

枷を外して自由の身になったアリシアは、鉄格子の中で口をポカンと開けているフェイトへと近づいて行く。

 脱走時はゴンベエが表に出る予定だったが、それはアリシアがフェイトとの別れを終えてからの話。

 フェイトに一つ二つ、姉として何か言葉を残してあげたい。既に嫌われているかもしれないが、それでも妹を想う姉がいたということを忘れないで欲しい。これが今生の別れになるかもしれないからと、アリシアはフェイトに向き直った。

 

 

「フェイト、その、何て言えばいいのかな? ……えっと、ごめんね。わたしのこと、恨んでるよね?」

 

 いざ真面目に話すとなれば、どこか気恥ずかしさと後ろめたさから言葉が紡ぎ出せない。アリシアは頭を掻いて苦笑いを浮かべた。可能な限り言葉を選んで話そうとするも、あまりいい言葉が出て来なくてむず痒い。他愛ない冗談程度なら幾らでも浮かぶが、いざとなれば思うように動けないアリシア。そんな己の半身に、半身は深い溜息を吐いた。

 

「わたし、何も出来なかったの。一緒に居てあげられなくて、ごめんね」

 

「本当はずっと一緒に居て、ずっと守ってあげたいんだけど……それはちょっと無理なんだ」

 

「わたしはもう行かなくちゃ駄目だから、フェイトが母さんの面倒を見てあげて欲しいな。お姉ちゃんから大好きな妹への、最後のお願い」

 

「……っ」

 

「バイバイ、わたしの大好きな妹。幸せを祈ってる」

 

 そう言って、アリシアはフェイトに背を向けた。護送室の出口の扉が開き、光のある方へ足を進める。

フェイトは遠ざかるアリシアに何も言わなかった。途中、声を上げそうな素振りがあったが、アリシアは敢えて気付かない振りをして言わせなかった。ゴンベエは何も言わなかった。ただ二人は別の意味で、ほんのちょっぴり嬉しそうに口元を緩めた。

 

(泣きたかったら後で泣け。此処から逃げられたら幾らでも聞いてやる)

 

「……うん」

 

(じゃあ―――

      

―――逃げるか」

 

(うん! 行こう、ゴンベエ!)

 


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