「…………終わった」
連行からの個室に閉じ込められて反省文を百枚、なかなかの重労働だった。
たぶん三、四時間はかかったな。
「タイトルは、アカネの一日ノーカット版ってところだな」
起床から、寝るところまで普段見せないところまで余さずに書いてみた。
ちょっと恥ずかしいけど、反省文だからな。
クーデリアさんに怒られる時の俺の心情まで書いた門外不出の作品だ。
「どうしよ……」
一行目を書いてから、乗りに乗って全てを使いきってしまった。
このままでは、お仕置きが地獄コースから、地獄のお仕事コースになってしまうかもしれん。
「くそ、ぷにの奴はいつの間にかいなかったしよ……」
アトリエを出る所までは一緒だったはずなのに、着いたときには消えてたからな。
まあ、正解か大正解で言うなら、地獄に落ちろって感じだな。
「よし、脳内シミュレートだ。まずはフィリーちゃんが来たと仮定しよう」
まずは甘口、後の現実という激辛に耐えれるようにしておこう。
「はい、反省文」
「お疲れ様でした。…………?」
原稿に目を通すとフィリーちゃんは首をかしげた。
「アカネさん、これ渡したらわたしが怒られちゃうんですけど……」
フィリーちゃんが目に涙を浮かべて、上目遣いで見てきた。
「こりゃダメだな。可愛さと罪悪感を刺激させる表情のダブルパンチとは、汚ねえ奴だよアイツは」
妄想でさえもうまくいかずに、木の机に頭を置いて項垂れていると、背後の扉がノックされた。
「入るわよ~」
俺は素早く立ち上がってクーデリアさんの方を向いてこう言った。
「もう一度弁解の機会を下さい。俺は無罪です」
「はいはい、ったく往生際が悪い奴ね」
そう言いながら机の上に置かれた反省文、もとい日記をクーデリアさんが手にとって一番上の用紙に目を通した。
俺は素早くドアの取っ手を持って開けようとした。
「クッ!」
空しくもガタガタッという音を鳴らすばかりで、開くことはなかった。
「アカネ……」
「ひっ」
こちらを振り向くクーデリアさんの顔を見るまでもなく、漂うオーラを感じて悲鳴が出てしまった。
「靴を! 靴を舐めますから許してください!」
「いらないわよ、気色悪い! それにしても、まったく仕方のない奴ね」
クーデリアさんは可愛らしくニコッと笑ったがもう騙されない。
ここで俺が、エヘッとか言って銃で撃たれるパターンだ。
もういっそ素早く土下座して靴を舐めまわしてやろうか……。
「ほら、鍵よ」
「あ、あれ?」
かつて俺に手錠という束縛を与えた右手から、今度は解放という名の鍵が差し出されていた。
しかも、俺がそれを多少ビクビクして取ったが、何のリアクションもなかった。
「さ、サヨナラ……」
「ええ、さよなら。お気をつけて」
俺が扉を開けて、閉めるまで、クーデリアさんは終始笑顔で逆に不気味だった。
ギルドの受付のあるエントランスに戻る廊下で思わず考え込んでしまった。
「あれか、次に会った時はすごいのが来るわよとか? この文章を本にして街中にばら撒くわよとか?」
お、恐ろしい。何が恐ろしいって、全てが恐ろしい。
もしかしたら、アレは幻覚だったんじゃないだろうか?
それにしたって、薬中の人間だってこんなに恐ろしい幻覚を見たりはしないさ。
「本当に、一体何なんだ」
思考を巡らせながら歩いていると、いつ扉を開けたのか気づいたらエントランスにいた。
そこで調度フィリーちゃんと通りすがった。
「あ、アカネさん……頑張ってくださいね。どうかお気をつけて」
「へ?」
俺が問いただそうとすると、フィリーちゃんは既に通り過ぎていた。
「なんだってんだ?」
なんか、得体の知れない恐怖が俺の中に渦巻いてきた。
戦々恐々としながら、ギルドを出ようとすると扉が開いてステルクさんが出てきた。
「君か……心意気は買うが、少々危険ではないかね?」
「ん?」
「手が必要なら言ってくれて構わない。気をつけてな」
「あ、はい?」
威圧感に負けて普通に返事しちゃったけど、何コレ?
そういやクーデリアさんも気をつけてとか言ってたけど、流行りなのかな?
「んな訳ないよな……」
小さくつぶやきながら、俺はアトリエへの帰路についた。
「ただいま~」
「あ、おかえりアカネ君」
「おかえりなさい、アカネさん」
よかった、この二人は普通だ。
「あの、アカネ君。気をつけてね」
「わたしはお手伝いできませんけど、気をつけてくださいね」
そんなことはなかった。
「二人とも、そろそろ俺は頭がどうにかなっちまいそうなんだが、なんでみんな俺の顔見たらおはようみたいなノリで、気をつけてって言うんだよ」
「え、だって、アカネ君が一人で盗賊退治に行くって聞いたから……」
「はい、騒ぎの責任を取るために自主的にってクーデリアさんが言ってましたよ」
「ほほう」
なるほど、つまりアレか。
完全に嵌められたってことか。
きっとあそこで、真面目な文を書いて本当に反省していたら結果は変わっていたんだろう。
あの鍵は天国への鍵だと思ったらさらなる無限地獄への鍵だったとはな……この俺の眼力をもってしても見抜けなかったぜ。
「トトリちゃんに聞いたけど、アカネ君本当は悪くないんでしょ。今からでもクーちゃんに説明して……」
「必要ないぜ師匠、俺は国の平和と正義のために行くんだ」
ハハッ、この怒りを盗賊たちにぶつけてやんよ。
平和一割、正義一割、隠された八割が怒りと奴当たりだ。
「アカネ君偉い! さすがはわたしの弟子だね!」
「ハッハッハ、それじゃあ早速行ってくるぜ」
俺はアトリエを出て、一直線にとある所へと向かった。
「マーーク君! あっそびましょー!」
俺は手袋をつけて、黒の魔石を握りしめた拳を思いっきり叩きつけた。
木製の扉が折れた中心から縦に。
「呆れた威力だぜ」
俺はドーピング二点セットをさっさとポーチにしまいこんでマークさんを待った。
すると、奥の方からマークさんがいつも通りの猫背で現れた。
「今度からは扉は鉄製にしておくよ」
「そうしといてくれ、これは脆すぎる」
さて、一体何から言ったもんか。
「とりあえず、謝罪を要求する」
「いやいや、僕も本意じゃなかったんだよ。ただ、ちょっとした急用を思い出してね」
「急用だあ?」
「ああ、前に作った水上を走るバイク、アレの点検をしてなかったなあってね」
…………やりおるわ。
すっかり忘れていたと思ったんだがな。
「よーし、これは痛み分けで終わらせよう」
「どうしたんだい? 謝罪はいらなかったのかな?」
「とにかく! 逃げた件はいいんだ。問題はそのせいで盗賊退治に行く羽目になったってことだ」
「おやおや、それはそれは」
マークさんはようやく申し訳なさそうな声を出した。
「つか、このご時世に盗賊ってどうよ?」
今まで一回も襲われたどころか、噂に聞いたことさえないぞ。
「まあ、それも警備隊の日ごろの成果ってやつだよ。今回のはちょっと厄介みたいだけどね」
「なるほどねえ、まあそういう訳でお願いに来たんだよ」
「お願い? まあ、さすがに大抵の事なら聞いてあげるとも」
「言ったな?」
よーし、これで子供のころから叶えたかった夢ベスト10の一つがようやく叶うぜ。
「マグヴェリオン貸してくださいな」
…………
……
時刻は夜、最近はアーランドの南あたりで活動しているとの情報を得て探索中だ。
「クックック。来るなら来い、盗賊共」
俺は右の手をポケットに突っ込み、リモコンを握りしめた。
「しかし、話を聞いてみるとひどい奴らだな」
なんでも、冒険者に集団で襲いかかって有り金と武器を奪っていくらしい。
これは本格的に天誅が必要だ。
「ムフフッ」
正義のロボットで悪を蹴散らす、最高に理想の展開だぜ。
「まあ、生身の人間にロボを使うのは……悪役っぽいよな」
ここは、理想と現実の壁という事で仕方ないという事にしよう。
相手もロボを出してきたら理想通りなんだが。
そんな事を考えながら街道をそれた、森を歩いてると、複数の方向から葉の擦れる音が響いた。
「ゲヘヘッ、おいでなすったぜ」
あれ? なんで俺の方が盗賊みたいな言葉言ってるんだろ?
「おい、兄ちゃんこんな夜にこんな場所歩いて。道にでも迷ったのかい?」
「ま、とりあえず大人しく金と武器を置いていけば穏便に済ませてやるかもしれないぜ?」
うわあ、清々しいほどに盗賊らしい台詞やな。
見た目も黒い外套羽織って、上下布製の服で色は違えど全員ツンツン頭。
腰には猟銃を背負っていた。
一人だけ銀の鎧を着たリーダーのような男が目の前にいた。
ここは、俺も正義のテンプレとして行動しよう。
「フッ、道に迷ったのはお前らじゃないかい?」
「何だって?」
「俺こそが! 人の道に迷った貴様らを正す正道を歩むものなり!」
「何だ? 頭おかしいのか?」
その言葉につられて、周囲から雨のように笑い声が降ってきた。
そこはさあ、もっと相応しい発言があるだろ。
貴様、何者だ!? とかさ……。
「消え去るがいい! カモン! マグヴェリオン!」
俺は手のひらサイズのリモコンを取り出し、側面全体についている赤いボタンを握りしめ、大声で叫んだ。
音声入力式とは、マークさんも味なことをしてくれる。
空の一点がキラリと光、周囲の木を押しつぶして白い巨体が現た。
風圧で俺を除く全員が腕で顔を覆っていた。
「なっ!?」
目の前のリーダー格と思われる男が目を見開いた。
そりゃあ、周りの木よりもでかいロボが突然現れたら驚くわな。
「参・上!」
俺のポーズに合わせて、同じようにマグヴェリオンも腕を曲げてファイティングポーズをとってくれた。
「お、おい、待ってくれ!」
「マグヴェリオン! 戦闘開始(オープンコンバット)だ!」
リーダーさんの声を無視して、マグヴェリオンは赤い鉄球の付いている方の右腕を横に薙いだ。
その巨体ゆえにその場で腕を振るだけで周囲の木まで巻き込んで、盗賊たちをなぎ倒した。
「ひぃ!」
どこからともなく悲鳴が上がった。
「逃げても無駄だぜ! マグヴェリオン! 追撃だ!」
逃走を許さぬように、逃げる奴を右腕を振りおろして倒していった。
「残るはお前だけだ!」
「や、やめっ!」
一番重装備なお前には必殺技をお見舞いしてやるぜ!
「ヒートアップ! マグヴェリオン!」
その言葉と同時に、逃げていくリーダーに向かってマグヴェリオンが腰からスラスターを吹かせて一直線に飛んで行った。
「ファイナル・アサルト・オメガァ・ナッコオォォォ!!!」
俺が右腕を突き出すと同時に、メグヴェリオンも腕を突き出してリーダーのちょっと脇に拳をぶち当てた。
その拳からレーザーが放たれ、直線状の木をまとめてなぎ払っていった。
マグヴェリオンが横に戻ってきたので、俺はリモコンのボタンを握りしめてこう言った。
「ミッション終了。パーフェクトだ。マグヴェリオン」
俺がそう言うと、再び空に向かって飛んで行った。
「さて、どうしたもんかね?」
なんか、ハッスルしすぎちゃったみたいだ。
そこかしらに盗賊たちが散らばって、まるで地獄だ。
「正義は勝つ!」
何故か、今のおれは正義のはずなのにこの言葉に引っかかりがあった。