アーランドの冒険者   作:クー.

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お約束の登場

 

 花火事変から間もない頃、俺はアトリエで机に座ってノートを開いていた。

 

「あれから試作数回、未だにうまくいかないな」

「ぷに」

 

 お空に飛ばしては、地面に垂直落下するを繰り返す日々だ。

 ニュートンさえいなければこんな事にはならなかっただろう。

 

「いっそあれか、飛ばしてから何かぶつけて起爆させてみるか?」

「ぷに……」

「……うん、十回に一回ぐらいでライフが削れるのが目に見えてるよな」

 

 ノートを見つめながら軽く絶望していると、さっき来客に出たトトリちゃんが戻ってきた。

 

「アカネさん……」

「親方と呼びなさい」

「……へ?」

 

 トトリちゃんが手に紙を持ってこっちを見たままフリーズした。

 

「あれだ、俺には職人としての魂が足りなかったんだ。ここは形から入ってみるとしよう」

 

 俺がわかったな? という感じに目線を送ると、トトリちゃんは目をパチクリさせて言葉をつづけた。

 

「親方、外に出たら扉にマークさんからの手紙があったんですけど……」

 

 なんか悪いことしてる気分になってきた。

 

「手紙ねえ、どれどれ」

 

 受け取った手紙にはこう書かれていた。

 

 

『予告状 

  本日正午、あなた方に素敵な物をお見せしよう

  街の入口にある橋の中央まで来られたし。

       孤高の天才科学者 プロフェッサーМ』

 

 

「プロフェッサーМ、一体何者なんだ――!」

「だからマークさんですってば、全然隠す気ないじゃないですか」

「何を言ってるんだ。マークさんは孤高のじゃなくて、異能のだろ。簡単な推理だよトトリ君」

 

 この俺に挑戦状とはいい度胸じゃないか、マー……プロフェッサーМ!

 

「よーし行こうじゃないか、十数年間待った夢がかなう」

 

 そう、ロボットの世界が来る。用件的にこれしか考えられない。

 

「アカネさん、いざとなったらマークさんを止めてくださいよ?」

「まあ、うん……」

 

 そう言われると途端に嫌な予感しかしてこなくなるな。

 

 俺は一抹の不安を抱えながら正午を待ち橋まで向かった。

 

 

 

「来たぜ」

「来ちゃいましたね……」

 

 トトリちゃんが若干うなだれながらそう言った。まあ気持ちは察してあげよう。

 

 俺達の他にも、街の少年AとB、少女Aがギャラリーとしていた。

 依然見せられた猫型ロボットも横にポツンと佇んでいるあたり、このロボットで子供たちが遊んでいたのだろう。

 

「やあ、ようこそ。歓迎する。今回のショーは君たちの協力なくしては完成しなかったからね」

 

 マークさんが俺たちの方を向いて、満面の笑みでそう嬉しそうに言った。

 

「はあ……ところで、なんで予告状とか回りくどい呼び方したんですか?」

「フフフッ、お嬢さんは天邪鬼だろう? 素直に呼びに行ったら断る素振りを見せるんじゃないかと思って、一計を案じたんだ」

 

 マークさんがしたり顔でそう言葉を紡いだ。

 意外というか、この人は結構ちゃんと人のことを見ているよな。

 

「そしたらほら、予想通りちゃんと来てくれた」

「うっ……それってまんまんとのせられたってこと……?」

 

 トトリちゃんが落胆したような、暗い口調でそう呟いた。

 

「それに君もあんな感じの物は好きだろう?」

「否定はしない」

 

 むしろ、全力で乗りに行くタイプです。

 全ては神の手のひらの上というわけか……。

 

「まあそれは置いといて、君たちにはどうしても見てほしかったんだよ。うん」

 

 そんなやり取りをしていると、少年たちが騒ぎ始めた。

 

「おーい、いつまで待たせるんだよー」

「はやくみせて、みせてー」

 

 一方で少女の方は黙っていはいるものの、期待感こもった眼差しでマークさんを見ていた。

 

「おっと、他の観客は待ちきれないようだね。それでは……こほん」

 

 咳払いを一つすると、全員を見渡しながら続けた。

 

「長らくお待たせしました。それではお見せしましょう!」

 

 

 

「異能の天才科学者、プロフェッサー・マクブライン。一世一代の大発明を! スイッチ・オン!」

 

 カチリと、ボタンを押すような音が聞こえると、突如地面が揺れ始めた。

 

「きゃ、なに? 地震?」

「いや、地震というよりも……」

 

 辺りを見回しながら俺が言葉をつづけようとすると、マークさんに遮られた。

 

「きょろきょろしない! 世紀の一瞬を見逃すよ!」

「う、うわあ……やっぱり、ものすごく嫌な予感ー! ……ア、アカネさん!逃げないでください!」

「くっ!」

 

 俺は一足早くにマークさんが何をしようとしているか気づき、逃げようとするとトトリちゃんに腰辺りを両手で掴まれ動けなくなってしまった。

 

 あかん、川、ロボ、地震、こっから導き出されるものは一つ――。

 

 マークさんが右の人差し指を前に突き出して、大声で言葉を放った。

 

「出でよ! 究極ロボットー! マグヴェリオン!!!」

「ですよねー!!」

 

 バシャーン! と、水飛沫が上がると同時に、白いボディと水飛沫越しに光る赤いモノアイがあった。

 

「え……えええええ……!?」

 

 トトリちゃんが俺を捕まえておくのも忘れて、素っ頓狂な声を上げた。

 

 そこにいるのは、水上から赤い両手を上げて出てきた以前倒したロボットと同タイプのロボットだった。

 

「ふっふっふ、どうだい? 驚いたかい?」

「お、お、驚きますよ! 本当に巨大ロボット……」

 

 俺も二重の意味で驚いた。まさか街中でこんな事をやらかして、さらにサイズがおかしい。

 前のロボットがマークさん二人分くらいだったのに比べて、今回はその二倍以上ある。

 これなら俺としても、多少は認めるところだが……。

 

「って、なんで街の中で作っちゃたんですかー!?」

 

ト トリちゃんが俺の言いたいことを叫んでくれた。

 

「知らないのかい? 巨大ロボットを格納しておくのは水の下だと古来から決まっているんだよ」

「そんな気まり聞いたことないです!」

 

 ごめんトトリちゃん、たぶん話したの俺かもしれない。

 

 俺は心の中で謝りつつ、すり足でジリジリとこの場から遠ざかろうと試みた。

 

「何をそんなに怒っているのかな。子どもたちは大喜びじゃないか、ほら!」

「わああ……すげー! でっけー!

「ロボットだー! 巨大ロボットだー!」

「かっこいいー! のってみたい!」

 

 無邪気だな、俺もこの先来るであろう恐怖を知らなければあんくらいはしゃげたんだがな……。

 そう、彼女は絶対に来るそしてここの俺がいる。それだけで何が起こるかは十分にわかってしまう。

 

「う、たしかに喜んでますけど、でも……こんなの絶対怒られますって!」

「やれやれ、先のことに怯えて目先の感動を失うなんて悲しいことだ。現代人の心は、ここまで荒んでしまったというのか」

「はっ!」

 

 今、神からの天啓が舞い降りた。

 そうか、逃げちゃ駄目だな。クーデリアさんが何だっていうんだ!

 ちょっと怒られるだけかもしれないじゃないか!

 

「ハッハッハ! 少年たちよ、俺はなあのロボットと同じようなのと戦ったことがあるんだぜ」

「ええ、うっそだー!」

「でも、本当だったらすごい……」

 

 あれだな、片方の男の子は生意気だな。それに比べて女の子のお淑やかなこと。

 

「アカネさん! 何混ざってるんですかー!」

「いいじゃんいいじゃん!俺はもう何も怖くないんだ!そう――」

 

 俺が言葉を続けようとすると、遠くから足音と声がした。

 

「こらー! なんの騒ぎ……うわっ! 何よこれ!?」

 

 俺は驚くクーデリアさんを尻目に見て、あの人もあんなリアクションするんだと思った。

 それを見ながらも、俺の口から解き放たれる全てを崩壊させし言葉、ジェノサイド・ワードを止めることは叶わなかった。

 

「俺は! クーデリアさんなんか怖くねえぜー!!」

 

 俺は右の拳を天に突き出して、そう叫んでしまった。

 そしてツカツカとこっちに寄ってくる足音のみが聞こえる。

 

「あんたの仕業なの!? 常々バカだバカだとは思ってたけど……なんてバカなことを……早くなんとかしなさい!」

「俺は無実だ」

 

 怖いよこの人、なんか目から殺人ビームでそうだよ。

 ……目からビームを出すクーデリアさん……。

 

「プッ」

「……なーに、笑ってるのかしら? この状況がそんなに面白いのかしら?」

「俺は無実だ」

 

 だって、脳裏にビームで書類にサインするクーデリアさんが浮かんできちゃったんだもん!

 

「ほら、キリキリ歩きなさい! 今回ばっかりは笑って済ませないわよ!」

「俺は無実だ。俺は無実だ。俺は無実だ」

 

 俺は機械のように同じ言葉を繰り返しながら、クーデリアさんに手を掴まれて連行された。

 

 ふと、後ろを振り向くとトトリちゃんがこっちに頭を下げていた。

 大丈夫、君は悪くない。悪いのは全てプロフェッサーМだ。これはあいつの陰謀なんだ。

 

 しだいに小さくなっていく、トトリちゃんから目を離し、顔を前に戻して俺はこう言った。

 

「クーデリアさんの手……柔らかいですね」

「反省の色なしっと」

 

 ガチャリと、俺の手首に鉄の輪っかがかけられた。

 確かこれは俗世では手錠と呼ばれているものだったかな?

 

「俺は無実だ」

 

 最後に小さくそう呟いて、俺は今日が自分にとって一番長い日になるだろうなと、そう思ったんだ。


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