押しつけられ系店員をしている時に俺はふと気づいてしまった。
「アーランドにどうやって帰ろう?」
「ぷに?」
「マークさん製水上バイクを運ぶのに歩いて行ったから、あっちに置きっぱなしなんだよ」
「ぷに~」
いまさら馬車に乗るのもなんだか癪だ。もっと言うとペーターに頼るのが癪だ。
トトリちゃんも連れてかなくちゃだから、歩いて行くと時間がかかる。
「コンテナに入ったら帰れたりしないかな……」
「ぷに!?」
「いや冗談だって……うん、冗談冗談」
今度ネズミでも捕まえて試してみよう。
「ペーターか歩きか……あれに金を払うしかないのか……」
「ぷに~」
あれに渡すくらいならまだどぶ川に投げた方がマシだと思えて仕方がない。
「…………」
「…………」
あっ、会話やめたらなんだか……。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「ぷにっ!ぷにに!」
俺とぷに、二人してむせてしまった。
原因は大体この店の生臭さのせいだ。
「クッ! 一体どこのどいつがゲラルドさんに魚の酒なんて入れ知恵を……」
「ぷに……」
ゲラルドさんは何故か痛く気に行っている様子なので、聞こえないのように小さく喋った。
「魚ごときが俺の知的でクールな思考を停止させやがって」
「ぷに?」
「よーし、ちょっとお兄さん厨房に行っちゃうぞー」
俺はギリギリと歯ぎしりをしながら奥の厨房へと入っていた。
…………
……
「……よし、できた」
「ぷに~?」
ぷにが凄い不安そうな声を出した。
「これでいいんだよ。こいつもこうなる方が本望だろう」
「ぷに!」
満足して腕組みをしていると、ゲラルドさんから壁越しに声がかかった。
「アカネー、メルヴィアに何か適当につまむ物を作ってくれー!」
「おいーっす!」
メルヴィア、何て間のいいタイミングで来て何ていいタイミングで曖昧な注文をしてくれんだ。
俺は目の前のモノを皿にとってトッピングをして持ち上げた。
「ぷに、覚悟は良いな」
「ぷに!」
俺は厨房を出てメルヴィアのいるテーブル向かい、おもむろにそれを置いた。
いい笑顔で俺はこう言った。
「お待ちどう!」
「……何コレ?」
メルヴィアが珍しく取り乱した様子でそう言った。
「何だ? 港町の生まれのくせに知らないのか?」
「え、ええ。ちょっとド忘れしちゃって……」
「焼き魚だ」
テーブルに置かれたるは、いい具合に焼けたアジのような魚だ。
俺のそこそこ高い料理スキルをふるった素晴らしい作品と言えよう。
憎たらしい倉庫の魚もこの姿になれば臭いもしない。
我ながらなんていいアイディアなんだろうか。
「ここって……何の店だったかしら?」
「酒場だろ」
「……ほほう?」
俺が迷いも何もなくそう告げると、後ろに巨大な気を感じた。
「おいアカネ。どこの酒場につまみに焼き魚を出す店があるんだ?」
「第二弾に刺身フルコースっていうのもあります」
振り返らずにそう言うと、肩をぽんと叩かれた。
「クビだ」
「お世話になりました」
そのまま俺が前に歩きだすと、ゲラルドさんは残酷な言葉を発した。
「次の依頼の報酬から引いとくからな」
客がいなくても流石は商売人ですね。
「あら、意外とおいしいわね」
「何? ふむ、いけるな」
料理の感想を背中に浴びながら俺は店の外へと出て行った。
「……うまいなら、いいじゃんかよ」
「ぷに~」
生憎俺は料理人じゃないので心の空虚さは埋まらなかった。
「だが俺はまた来るぞ。マズイ酒にされる魚たちの嘆きと悲しみが俺を呼ぶ限り!」
「ぷにに!」
「俺は何度でも魚料理を作ってやるぞ! ゲラルドー!」
「ア、アカネさん?」
「…………」
この村で俺の事さんづけで呼ぶのって誰だっけー?
あれだなエレオノーレだ。あいつはこの村で一番お淑やかな奴でだな。
「見てた?」
「えっと、なんかごめんなさい」
「ううん、いいんだよ。俺がバカなだけだから」
恥ずかしい! 他人の店の前で叫んでるの見られちゃった!
「と、ところでトトリちゃんは何しに来たんだ?」
「あ、そうだ! アカネさん!これ見てください!」
「にゃ?」
トトリちゃんが鞄の中から何やら水色で光っているふわふわしたワッカを取り出した。
「? 何それ?」
「これはですね! トラベルゲートって言って遠くの街まで飛べるんですよ!」
「…………」
「へっ?」
俺はトトリちゃんのおでこに手を当ててみた。
熱は特にない。
「どうしたんだ? 調合中に変な薬でも吸いこんじゃったのか?」
「ち、違いますよ! 錬金術で作ったんです!」
「いや、だってなあ……」
無理があるだろ。いくらなんでも。
「それで、どうやって使うんだ?」
俺は極めて温かい目で見たがらそう言ってあげた。
「これを掲げるとですね。翼が生えて、バサーッって飛ぶんです!」
トトリちゃんはたいそう得意げな顔をしてそう言い放った。
「そうかそうか、すごいな」
トトリちゃんも厨二病が発病したか、まあこんな不思議な力が使えたら仕方がないよな。
「アカネさん、信じてないんですか?」
「とりあえず……馬車を使ってアーランドに行こうぜ」
俺は現実的な言葉で彼女をこっちの世界に戻すことを試みた。
「……うう、アカネさん酷いです」
「ぐっ!?」
涙目+上目遣い、これで心が痛まぬ人はおらぬ。
「わかったわかった。使ってみてくれれば信じるから」
「そ、そうですね! それじゃあいきますよ!」
トトリちゃんがそれを持った方の手をかかげると、トトリちゃんに翼が生えた。
白い天使みたいな羽じゃなくて、なんかエネルギー体って感じの水色の翼だった。
「あれ?」
「ぷに?」
俺の横眼にも同じような色が見えた。
へえー、俺も一緒に飛べるんだー。
「た、タイム! ……ってあれ?」
「ぷにに?」
ちょっと飛んだと思ったらそこはロロナ師匠のアトリエでした。
「錬金術パネエ」
「ぷに」
目の前でトトリちゃんが腰に手を当てて、胸を張っている。
うん、威張ってもいいよ。これはスゴイ、錬金術士としての格の違いを見せられた。
「…………」
よく考えるとこれってペーターお払い箱じゃね?
次会ったときになんかおごってやろう。
まだワープに関して言いたいことはあるが、俺はそれを押さえて言った。
「よーし、それじゃマークさんの所に行くか」
「わたしもですか?」
「うむ、ちょっと用事があってな」
今更ながらに、バイクなくしちゃったけど大丈夫かね?
まあ、あんなボタンつけたマークさんが悪いよな、うん。
俺は多少の不安を抱きつつアトリエを出て行った。