あれから三週間、俺たちは東に進んでいき数年ぶりに見る雪で覆われた白い大陸に降り立った。
「言葉にすると一言で済むけどさ、実際飯作りやら筋トレやらで結構大変だったよな」
「ぷにに」
「趣味だけど実益があるからいいんだよ。船の中で出来る事なんてあれくらいしかなかったしさ」
腕立てとかやっているたびにミミちゃんが暑苦しいわねって舌打ちするのがすごく悲しかった。
仕方ないじゃないか、イケメンがやったからって爽やかになる訳でも……。
「いや、なるか」
「ぷに?」
「これだから顔面偏差値の高い野郎は……」
俺は前を歩いている後輩君に怨嗟の視線を浴びせてみる。
「――――っ!?」
「どうしたのジーノ君?」
「いや、何か寒気がしてさ」
「ハッハッハ、後輩君。そんな格好しているからだろ」
まったく、半袖でこんな雪の中を歩き回るなんて何を考えているのやら。
「クシュンッ!」
「あーもう! あんたらなんてまだ良い方でしょうが!」
トトリちゃんがかわいらしいくしゃみをして、ミミちゃんは手を擦りながら怒鳴ってきた。
トトリちゃんは肩を出して足丸出しのスカート。
ミミちゃんは太もも露出のマントの下では腋が露出しているの二重苦状態。
「なんていうか、みんな満身創痍って感じだな」
「ていうか、なんであんたはそんなに平気そうにしてるのよ?」
「え? あ、う、うん。な、慣れているノサ」
決して、料理当番なのを良い事に水筒に唐辛子水を入れているとかそう言う事はありえない。
「ゲホッゲホェウホ!」
「ぷに~」
喉がヒリヒリしているけどそんなことはありえない。
「装備的にも俺だけ長袖長ズボンだからねえ」
布地的に全然防寒できてないけど。
「もういいわよ、早く行きましょう」
「そうだね、そうしようか」
流石のミミちゃんも寒さでまいっているのかあっさりと引き下がった。
別にミミちゃんに渡してもいいんだけど、俺が口付けた物なんか飲む訳ないよな。
「いや、もしかしたら羞恥に耐えて水筒に口をつけるミミちゃんを見れるかもしれない……」
「ぷに……」
ぷにが下賤な物を見る目で見てきた。
…………
……
歩く事数時間、俺たちはようやっと村が見えてきた。
「ひゃあ! 我慢できねえ!」
「あ、アカネさん!?」
唐辛子が切れて既に満身創痍メンバーの仲間入りを果たしてしまっていた俺は村が見えるなり駈け出していた。
走る事十数分、俺は村の中に入った。
「あれ? なんだか、あったかいのに寒いや」
俺の体はぽかぽかしていた、しかし仲間を置いてきた俺の心はとてつもなく凍てついていたのだ。
俺はうめき声を上げながら雪に覆われた地面に手をついた。
「大丈夫? おにいちゃん」
「ああ大丈夫だ。頭の病気とかじゃないからな」
視線を上げると金髪ロリ娘がいた。おそらく出会ったころのトトリちゃんと同じくらいだろうか。
この寒い中スカートとはこの子もなかなかにチャレンジャーだな。
俺は立ち上がって雪を払った。
「おにーちゃん誰?」
「人に名前を聞くのは自分からが常識だぞ。俺はアカネです」
「ん~?」
新しい妹はよく分からないと言った様子で顔をしかめていた。なんか悪い事をした気分になった。
「えっと、わたしはピアニャだよ?」
「うん、それでいいんだ。何も間違ってないぞ」
なんか本当にごめんなさい。
「アカネ、どこから来たの?」
「違う、違う、アカネじゃなくてお兄ちゃんと呼びなさい」
まったく、いきなり相手の呼称を代えるなんて失礼極まりない。
こういうところは俺みたいな大人が正していかないとな。
「クックック」
「変な笑い方~」
「グッ!?」
ピアニャちゃんは笑いながらそう言った。これが純粋故の刃って奴か……。
「って、こんなことをしている場合じゃない。ピアニャちゃんここで一番偉い人って何処にいるよ?」
「えっと、おばあちゃんなら一番上の家にいるよ」
「よっし、ありがとう! また会おう妹よ!」
ピアニャちゃんに別れを告げ、村の奥にある木枠の階段を上がって行った。
偉い人の家=暖かい家って相場が決まっているのさ!
「一番偉い人の家はここかー!」
俺はかじかんだ手を生かした超高速ノック毎秒五〇連発を決め中に入って行った。
「あ、暖かい!」
扉を開けるとともに暖気が俺を包みこんだ。
「何者じゃ、騒々しい」
「どうも、ピアニャちゃんの新しいお兄ちゃんです」
俺はテーブルの前に座っている老婆に御挨拶をした。
おそらくこの人がピアニャちゃんが言っていたおばあちゃんだろう。
「…………」
あ、なんかすごい睨みつけられている。そりゃ睨むわ。
俺もトトリちゃんの兄とか言いだす奴がいたらグーで殴るもん。
「主にギゼラって人を探しています」
とりあえず主目的を話してみた。偉い人に話を聞くのはRPGの王道だしね。
「何!? ギゼラじゃと!?」
「へ?」
おばあちゃんは立ち上がり俺の方にツカツカと歩み寄ってきた。
「それはギゼラ・ヘルモルトの事か!?」
「そ、そうだけど……知っていらっしゃる?」
「知っているも何も……」
その言葉を遮って後ろの扉が開いた。
「おばあちゃんおばあちゃん! 大変大変! アランヤ村の人が来たの!」
「他にもがいるのか?」
「あ、それ俺の仲間たちです。一人は娘ですよ。」
「娘じゃと? なるほど……」
おばあちゃんは何やら遠い目をしたと思うと外に出て行った。
「ついてくるがよい。見せなければいけない物がある」
「? あいあいさー」
よく分からないが俺とピアニャちゃんはおばあちゃんについて行った。
間の抜けた返事をしたが、俺は虫の知らせと言うか、若干嫌な予感がしていた。
「あれは……墓?」
おばあちゃんの後ろについて歩いて行くと、トトリちゃんが石でできたお墓のような物の前にいるのが見えた。
「うーん? なんでこんなところに一つだけあるんだろう?」
トトリちゃんの疑問に答えるようにトトリちゃんに声がかかった。
「恩人の墓だからじゃよ」
「きゃあ!? あ、ごめんなさい。勝手にお墓に……」
トトリちゃんは驚いた声を上げて振り返った。
「構わんよ。アランヤ村から来たのであれば。お主との縁もあろう」
「わたしと、縁……。あ、あの……誰のお墓なんですか?」
「ギゼラ、ギゼラ・ヘルモルトの墓じゃ」
…………え?
「……え? やだ……何言ってるんですか?」
「……どことなく、面影が似ておるな。娘が二人おると話しておったが……すまぬ。わしには頭を下げることしかできん」
「やめてください! そんな冗談……わ、わたしだって怒りますよ」
俺が問いただすまでもなくトトリちゃんは今までに聞いた事がないほどに冷たい口調でそう言い放った。
「……すまぬ」
「やめてくださいってば! ウソですよね? ウソなんですよね?」
「…………」
何も言葉は無く、その場には沈黙が流れた。
そして間もなくトトリちゃんは顔を俯かせて言葉を発した。
「そんな……」
涙を浮かべながらトトリちゃんはお墓の方へと向き直った。
「……わたしだって、もしかしたらって思った事はあったよ? いくら探したって、実はもうって……何度も考えたけど、でも……。やっと、やっと見つけたのに……」
「…………っ」
俺はこれ以上いるべきじゃないと思いその場を立ち去った。
後に残ったのはお墓の前にしゃがみこんだトトリちゃんの泣き声だけだった。
「あ、先輩……ってどうしたんだ?」
「どうしたのよ? ついさっきまではしゃいでたくせに」
「ぷに?」
村はずれをなんとなく歩いていると三人に出会った。
「あーっと、ちょっとぷにの事借りてくわ」
「……もしかして」
ミミちゃんは勘のいい子だ。俺の雰囲気から何かに気づいてしまったのだろう。
「いいわ、ほらあんたは相棒についていなさい」
「ぷに」
「どういうことだよ?」
「あんたは黙ってる」
ミミちゃんはこう言う時に優しいから嫌いになれない。
俺はぷにと一緒にさらに村からはずれた方向へと歩いて行った。
「別にさ、俺が落ち込む必要もないと思うんだよ。一番つらいのはトトリちゃんな訳だしさ」
「ぷに」
「でも、なんとなく……な」
「ぷにに」
今頃トトリちゃんはあのおばあさんからお母さんについて聞いているころだろうか、それともまだ泣いているだろうか。
残念だが、俺は師匠みたいに暗い雰囲気でもいつも通りに振る巻くことなんてできないからどうすることもできない。
「トトリちゃんのあの言葉は聞かない方が良かったのかもな」
「ぷに?」
『……わたしだって、もしかしたらって思った事はあったよ?いくら探したって、実はもうって……何度も考えたけど、でも……。やっと、やっと見つけたのに……』
「トトリちゃんは、本当に……心が強いって言うのかね?」
「ぷに」
あんな事を考えているそぶりなんて少しも見た子は無かった。
いつも笑顔でいたのにな……。
「はあ…………先輩的にへこむな」
「ぷにに!」
「へいへい、戻ったらいつも通りな。わかってるわかってる」
「ぷに」
ぷにはならば良いと言った声を出して頭の上でポンポンと跳ねた。
そしてそんな事をしている内に俺が気になっていた物の所についた。
「でっかい塔だな」
「ぷに」
海からでも見えた巨大な塔。
傍から見上げると一番上が見えないほどに大きい。
「そしてなんかダークパワーっぽい物を感じる」
「……ぷに~」
「いやいや、まだふざけるほどテンション戻ってないから」
ぷにがおっかない声を上げていたので訂正した。
だってダークパワーなんだもん、黒の魔石の図鑑の説明にもダークパワーって書いてあったんだからしょうがない。
「開かない……か」
「ぷに」
扉を上げてみようとしたがガッチリと閉まってビクともしなかった。
「まあいっか、そろそろ戻ろう」
「ぷに」
戻った頃にはせめて俺くらいはいつも通りになっとかなくちゃな。