あれから一ヶ月、俺はアーランドから南東に行った所にある海岸にいた。
俺は座り込んで双眼鏡で海の方を覗いていた。
「俺の日数計算が正しければ一週間以内にはこの辺を通るはずだ」
「ぷに」
「噂のフラウシュトラウトの海峡とやらがこっから海に出て少しの所だから、まあ見つかるだろ」
「ぷに~」
面倒くさいとは失礼な、ここでやめたらマークさんに頑張ってもらったのが無意味になってしまうじゃないか。
「しっかし、よく作ってくれたもんだよ」
「ぷに?」
「水上バイクだよ。動かせる時間は短いけどそれを差し引いてもいい仕事だよ。本当に」
マークさん曰く、稼働時間は長くて二時間が良いところらしい。
結局燃料問題は完璧に解決できなかったようで、不満そうな様子だった。
「ただな、アレはどうすればいいんだ?」
「ぷに!」
「押すっきゃないって言われてもなあ」
俺はちらりと後ろに置いてある水上バイクを見た。
黒い塗装の流線形のフォルム、スピードメーターまで完備されている。
あとは、ここからは見えないが、メーターの下に赤いボタンと青いボタンが付いているのだ。
青でエンジンがかかるらしいのだが、赤いボタンについての説明は……。
『このボタンは押してはいけないよ。押したら……フッフッフ』
「あれか? 匠の遊び心が光りますって奴か?」
「ぷに~」
「言っとくけど絶対に押さないからな、海で落っこちたりしたらそれこそ命の危機だからな」
「ぷに……」
つまらない奴だとか言われようとも絶対に押さない。
マークさんも一体何を考えているのやら。
「おろ?」
溜息を吐きつつ再び双眼鏡で海を見ると遠くの方に小さく船が見えた。
どうやら真っ直ぐフラウシュトラウトの海峡に向かっているようだ。
「って、こんな所に来る船なんてトトリちゃんの船以外にある訳ないっての」
「ぷに!」
「おっしゃ、見つからない程度に近くまで行って様子見すっぞ!」
俺はバイクを海上まで持って行き、座席に座りこんでハンドルを握った。
ちなみにぷには俺の足元に乗りこんでいる、流石に頭の上は無理だ。
無免許かつ未経験の未知の乗り物だが、まあなんとかなるだろう。
「アカネ号、発進!」
「ぷにに!」
俺はボタンを押してエンジンをかけ、自転車で言うところのブレーキにあたる部分にあるアクセルを握りしめた。
「ぷに?」
「ごめん、心の準備をさせてくれ」
握り締めようとするのだが、力が入らない。だってこれ、いきなり車の運転してみろって言われてるのと同じなんだぜ。
イメージではうまく乗りこなせているのだが、現実としてはどうなるかわからないと言うか……。
「ぷに~」
「わかったわかった、俺が始めた事だ。ちゃんとやるって」
俺は観念して今後こそアクセルを握りしめた。
「のののっ!?」
「ぷに!?」
甲高い音と共にバイクは真っ直ぐ急発進した。
速い速い速すぎる! 波で凄い揺さぶられて落ちそうなんだが!?
「あわわわっわわって、こうか!?」
完全に初歩的なミスだが、アクセル全快状態にしてしまっていた訳だ。
現在進行形で手が冷や汗で濡れてきた。
「よーし、なんとか近場まで行くぞ」
「ぷに」
…………
……
噂のフラウシュトラウトがトトリちゃんの船に襲いかかった。
そんなときに俺ときたら……。
「やっべ、全然進んでねえ」
「ぷに!ぷに!」
「いやー、波って恐ろしいな」
波で揺らされる→怖くて減速する→進まない。
周りが一面海ってさ心が何か不安になって必要以上にチキンになっちゃうんだよね。
「やっばいやっばい、早くしなければ……」
「ぷにに!」
「つかさ、なんかあいつが出て来てからやたらと海が荒れてるんだけど」
「ぷに」
流石は海の魔物というべきなのか、海同様に空模様も怪しくなってきた。
「ぬおっ!?」
その時、ひときわ激しい波が俺を襲い、俺は体勢を崩して前のめりになってしまった。
「ん?」
ポチっと、前についた左手が何かを押す感覚があった。
「青でありますように青でありますように」
俺は念じつつ左手をゆっくり避けて行くと……。
『このボタンは押してはいけないよ。押したら……フッフッフ』
頭の中にあの言葉がリフレインした。
「あれ~? なんか後ろがゴウゴウと音を鳴らしてる気がするんだけど?」
「ぷに~……」
いくら青を押しても何の反応もなく、音は続いている。
次の瞬間、ありえない風圧で俺の首がゴキッと音を鳴らした。
「――――――――っ!」
「ぷにーーー!」
なんとか顔を前に戻すとトトリちゃんの船が目と鼻の先にあった。
「フンフンッ!」
「ぷに!」
俺は足をドンドンと鳴らして、ぷにに飛び乗ると合図をした。
このまま進めばフラウシュトラウトとは逆サイドの方を通る事になる。
そこで船にしがみつくしかないだろう。
「行くぞ!」
「ぷに!」
俺はバイクを蹴り飛ばして船に飛び、なんとか垂れ下がっていたロープを掴んだ。
そして上を見ると、ぷには俺のはるか上空に飛んだようで、船上にいた。
「ずっけえ……」
そりゃ体勢の違いでそうなるよな、お前はいつも通りにタックルすればいいだけだし。
俺は愚痴りつつロープを手繰って登って行った。
「みんな助けに来たぜ! って、ええ!?」
俺の方をミミちゃん、後輩君、トトリちゃんの三人が見ているが俺はその先の風景に驚きの声を上げてしまった。
「津波?」
とっても強面で大きな爪を持ったフラウシュトラウトさん、その向こうに大きな波が見えた。
「いいタイミングで来たわね。ほら、とっととアレをなんとかして頂戴」
「あ、アカネさん……」
「先輩! 何とかしてくれ!」
ミミちゃんは余裕そうに見えるが結構焦った表情。
トトリちゃんは少し怯えたように。
後輩君は軽くお願いするぜと言った様子だ。
いやいや、俺の予想図では助けに来たぜ! ってカッコよく言い放って人生の最盛期を迎える予定だったんだが。
こんな確定で死ねる技が来るとか聞いてないぞ。
俺が呆然としているとぷにが俺の脚に噛みついて一鳴きした。
「ぷにに!」
「む……そうだな」
言われてみれば、このピンチを何とかすればみんなの俺に対する株が急上昇。
頼れる先輩像を確立することができる!
「よし! 俺に任せろ!」
俺はそう言って飛翔フラムを使ってマストの上にある見張り台のような場所に立った。
「確かまだ一回くらいは使えたよな!」
「ぷに!」
俺は幾度となく俺を助けてくれた最強の武器、黒鉄の砲身を召喚した。
俺はその砲口に作ったN/Aを全て詰め込み、片足を導火線部分に押しつけ、火を点けた。
「黄昏の光(ラグナロク)!」
三度目の蒼い閃光は、フラウシュトラウトのやや上を通り見事、波に大きな風穴を開けた。
扇状に散らばっていったN/Aも連鎖的に爆発を起こした事により、津波は死に、ただの白波と化した。
下からは先輩すげーと言う後輩君の呆けた歓声が聞こえてきた。
「サンキュー、相棒」
使用回数が限界まで来たのだろう、大砲からは何の力も感じ取れなくなった。
なんとなく寂しい気分になりながらも俺は下にいる後輩三人組に声をかけた。
「次が来る前にかたをつけるぞ! 俺とぷにで隙をつくるから後は何とかしてくれ!」
完全に他力本願だが仕方ない、俺が持っているまともに聞きそうな爆弾なんてもうないんだ。
それにトトリちゃんに止めを刺してもらいたい。
だってねえ、あいつの顔面にある傷跡ってたぶんトトリちゃんのお母さんがやったやつだろ?
見て初めてわかるが、こんな奴に挑みに行く冒険者である程度戦える人なんて限られてくるだろう。
だから、だぶんトトリちゃんもそう思っているだろうけどお母さん意外に考えられない訳だ。
「まあ、俺が正面切って戦えないっていうのもあるんだけどな」
「ぷに?」
「聞き流してくれていい」
「ぷに」
こちとら元学生だ。いくらか修羅場を潜ってきたが、どれもまともなサイズだったがこいつは明らかに別格だ。
死にたくないし死なせたくないからサポートに回る。
いくらドーピング手袋があるからってあいつに効果があるとは思えないからな。
「やるぞ!」
「ぷに!」
俺はぷにを片手に持ち、飛翔フラムを思いっきり踏みつけた。
「覚悟は良いな?」
「ぷにん!」
最高点まで達した俺は吹き荒れている風の中、体勢を必死に整えつつ奴に狙いを定めた。
元々マストで十分にの頭より高い位置だったのに加えこの飛翔、これなら思いっきり投げられる。
手の中のぷにを握りしめ、右腕を大きく後ろへと持って行った。
見せてやるぜ、俺とぷにの合体攻撃を。
「必殺!」
「ぷに!」
「彗星!」
俺は体ごと投げ出すように、力の限り腕を振り下ろしてぷにを投げつけた。
ぷに彗星、彗星拳を使えば俺の拳にダメージがあるという弱点をカバーした素晴らしい必殺技だ。
まあ、ぷにの方が目立ってしまう訳だけどな。
「ぷにーーー!」
「ガアアアアアッ!?」
見てみると、ぷにが奴の目の部分に当たったようで体をのけぞらせて体勢を崩していた。
「よっしゃ! 頑張れよ!」
俺はフラムを使って見張り台に着地して三人を見守った。
「行っくぞーー!」
「続くわ!」
後輩君が奴が前のめりになったのに合わせて顔面に袈裟、水平、袈裟からの回転切りと連撃を決めた。
それに続く形で、奴が引く前にミミちゃんが突進からの突きを突き刺した。
後方でトトリちゃんも爆弾を投げる体勢に入っていた。
「うっしゃー! やっちまえ!」
「やれ! トトリ!」
「決めちゃいなさい!」
「うん!」
二人が引いたのに合わせて、トトリちゃんはN/Aを投げつけた。
「ガアアア――!」
着弾と同時に、奴を四連続の爆発が襲った。
四つ目が終わると、奴は大きく咆哮した。
「オオオオオオオン!」
「ま、まだやるのかよ?」
だが、その恐怖も取り越し苦労だったようで、奴は海に潜るとそのまま消えて行った。
「や、やった! 勝ったーー!」
下からはトトリちゃんの喜びの声が聞こえてきた。
それに続いて後輩君も喜んでいるようだ。
ミミちゃんは当然ねとか言っている。素直じゃないんだから。
「ぷにも、よくやったな」
「ぷに!」
俺は下に降りて相棒の健闘を讃えた。
ぷにからも珍しくねぎらいの言葉をもらえた。
「いやー、先輩が来てくれて助かったぜ」
「まあ、否定はしないわ」
「クックック、そうだろうそうだろう」
これだよこれ! この反応こそ俺が期待していたもの! ここでトトリちゃんが怖かったですーって抱きついてくる訳よ!
「でもアカネさん、どうして来たんですか?」
トトリちゃん、それは聞かないお約束だぜ?
「き、急に心配になってな。うん、言いだしづらかった訳じゃないぞ」
「素直じゃないわね」
ミミちゃんにそう言われる日が来るとは思わなかった。
「とにかく! 俺はカッコ良かっただろ? って話だよ!」
「すっげえカッコ良かったぜ! 流石は先輩だよな!」
お前じゃない、お前じゃない、トトリちゃんに言われたいんだよ。
「そういえばトトリ、進路は大丈夫なの?」
「あ、そうだ! ちょっと確認してくる!」
「あ…………」
俺の思いも空しく、トトリちゃんは舵の方へと行ってしまった。
「先輩の剣も使いやすかったし、今回勝てたのは先輩のおかげだな」
「うん、ありがと」
俺は自分でもわかるほど生気の抜けた声で返事をしていた。
なんか、一気に疲れが湧いてきた。
しばらく戦いとか荒っぽい事はしたくない。