前に爆弾を作ってから二週間、3月の中頃に俺はスカーレット討伐のために村近くの森まで来ていた。
「俺らの担当は森の南だとさ、ついでにヤバいニュースも入ってる」
「ぷに?」
「なんでもこっからどんどん南下していってるらしい……」
「ぷに……」
この森から南はもれなく村がある場所、冗談じゃなくなってきたぜ。
「しかも俺以外の冒険者はまだ来てないらしい……」
「ぷに!?」
「まあ、俺らの移動速度が情人に比べて以上なんだから仕方ないけどな」
自転車二号に乗れば、最短一週間でアーランドから村まで来れる程度の速さだ。
馬車の二倍の速さで移動しているってことだ。
「ステルクさんは村にいる冒険者に外に出ないように警告しに行ったから、俺らが頑張るしかない訳だ」
「ぷに~……」
「まあ、元は俺らの悪ふざけだしな、なんとか時間くらいは稼ごうぜ」
「ぷに!」
ぷにが勇ましく返事をしてきた。今日ほど頼もしいと思った事はないぜ。
「うんじゃまあ、二手に分かれて殲滅するか」
「ぷに!?」
ぷにが今までに聞いた事のないような驚愕の声を出して、あり得ない物を見る目を向けてきた。
「俺だって不本意だっての、でも村の安全第一で考えると分かれた方が効率いいだろ?」
「ぷに~……」
「大丈夫だって、今日のために爆弾も量産してきたんだしさ」
コンテナにある材料の在庫がなくなるほどの量のラケーテレヘルンを生産してきた。
これだけあればスカーレット相手にもひけはとらないはずだ。
「これから始まるのは戦いじゃない……狩りだ」
「ぷに~」
俺がカッコイイセリフを行っている間にぷには森の中へと入って行ってしまった。
流行ると思うんだけどな、このセリフ。
…………
……
スカーレットが二体現れた!
「が、こっちには気づいていないようだな……」
俺はこそこそと草むらの中から奴らの様子を窺っている。
先手必勝、一撃必殺。
「はっしゃっ~……」
小声でラケーテレヘルンを三体置いて起爆させると、彼らは上空へと飛んで行った。
「君達の犠牲を無駄にはしない……」
俺が手袋をつけると同時に巨大な氷塊がいくつも奴らへと落ちて行った。
これで死なない辺り彼らもそこそこの猛者と言えよう。
「やっぱり原理が分からない……」
俺が飛び出すと、氷は既に溶けていた。
錬金術の道具について深く考えたら負けだと思っている。
「オラッ!」
俺は弱々しく起き上がり始めている一体に問答無用の拳を叩きこんだ。
顔面にクリーンヒットしたそいつは真っ直ぐ飛んで行き、木に激突した。
「とどめフラム!」
起き上がることも許さずに追撃のフラムを投げた。これでおそらくヤッタだろう。
「よしよしまずは一体。次はお前じゃあ!」
今だ倒れている一体には足によるスタンプをプレゼントした。
「ガアッ!?」
「終わり終わりっと、材料を剥ぎ取る時間はないよな……」
材料を結構使ってしまったから採れる物は採っておきたいが、そんなことしている余裕はない。
「次々、爆弾切れるまでは頑張るとしよう」
爆弾がなくなったら間違いなく人生を詰むことになるけどな。
…………
……
あれから一時間くらい経っただろうか、闇打ちで通算十体程度倒した辺りでどこからか爆発音が聞こえてきた。
「援軍……? なわけないよな、爆弾なんて使えないだろうし」
戦闘で爆弾を使いこなせるのは錬金術士だけだと思っている。
となると場所的にトトリちゃんなんだろうけど……。
「間が悪すぎないか?」
俺はうめきつつも爆発音の発信源まで歩いて行った。
続いていた爆発音を頼りに森を進んで行ったが、何故か爆発音が止んで俺は手探りで進んでいた。
「この辺か?」
俺は草むらをかき分けて、少し広めの場所に出た。
「ん、ん~……?」
状況が把握できない。大分ショッキングな光景が広がっていた。
「あ、アカネ君! た、助けて! メルヴィとトトリちゃんが!」
「わ、わーお」
そこにいるのはスカーレットが三体、その前には倒れているメルヴィアとトトリちゃん。そして膝をついているツェツィさん。
「あ、ありえん……」
メルヴィアがいくら数が多いとはいえこいつらにやられるとは……。
「とりあえず……!」
俺は三人から離れさせるために牽制のフラムを投げた。
「ガアアア!」
退いた内に一体が間に割り込んだ俺に威嚇してきた。
とりあえず、無視。今は三人が心配だ。
「おい、メルヴィア。大丈夫か?」
俺はスカーレットの方を向いたまま、メルヴィアに話しかけた。
「正直無理ね。とりあえず、あたしはいいからツェツィとトトリ連れて逃げてちょうだい」
いつもの陽気さはどこに行ったのか、呻き声まじりにそう淡々と言葉にした。
「ちょっと! メルヴィ! 何言ってるの!」
「仕方ないでしょ、こいつにあいつら倒せないだろうし……」
酷い言われようだ。まあ、確かにタイマンで三体も相手にしろって言われたら大分きついけどな……。
「で? トトリちゃんは?」
「気絶しちゃってるわ……。わたし達を助けに来てくれたんだけど……」
「な――――!?」
絶句した。同時に殺意も沸いてきた。
まさか、トトリちゃんの柔肌があいつらの爪でキズものに……。
「ちょっと、あたしも大分傷だらけなんだけど?」
「うっせ、回復力的にお前は大丈夫だろうが」
そしてさらりと思考を読むなよ。
まあ、メルヴィアも見た目美少女だからな。血だらけになっている姿を見て怒りが湧いてこないと言えば嘘になる。
口にしたら確実に後でからかわれるから言わないけどな。
「とりあえず任せろ。昔グリフォンから助けてもらった借りも返してやんよ」
「随分昔の事引っ張り出してくるのね……。難易度高いだろうけど、よろしく頼んだわよ」
「あいよ」
俺がそう返事すると空気を読んでくれていたスカーレット一同が、俺に向かって来た。
「ガアアッ!」
俺は常々危険な戦いはしたくないと言っているが、例外はある。
「ヒロインのピンチに駆けつけるのがヒーローって奴なんだぜ!」
俺はラケーテレヘルンを地面に置いて起爆した。
「って、速い速い!」
スカーレット達は一気に速度を上げてこっちに接近してきた。
爆弾の特性上ある程度距離が開いてないと当たらないのがこの爆弾。
後ろに下がろうにも怪我人二人がいるので無理だ。
「ガア!」
「っと!」
右の一体が俺に向かって爪を振り降ろしてきた。
俺は体を左に捻ってそれを回避した。
「「ガアアア!」」
「ヤバッ」
残り二体が俺に向かって炎のブレスを吐いてきた。
熱源が迫ってくる中、俺はポーチの中に手を突っ込んだ。
「っと!」
俺はポーチから飛翔フラムを取り出して、地面に叩きつけ思いっきり踏ん張って跳躍した。
三人に近づけさせないように上空からフラムを数発投げて牽制する。
俺は落下していくのに合わせてもう一発飛翔フラムを使い静かに着地した。
立ち位置は完全に初期状態と変わらない。
「結局、ジリ貧だな……」
攻撃しようにも間合い詰められるし、格闘だと多勢に無勢。フラムも牽制程度にしか効かない。
「スカーレットも倒す、三人も守る。二つやらなくちゃいけないのがヒーローの辛いところだな」
軽口を叩いてはみるが、結構辛い。ラケーテレヘルンさえ当たってくれれば形勢は一気に有利になるんだが……。
「ガアアッ!」
「へ?」
後ろからスカーレットの声、それも数体分。
顔だけ振り向かせると木の間から三体のスカーレットが現れた。
「あれ? 詰んだ?」
頭の中は完全に真っ白。間抜けにもオワタの顔文字だけが頭に浮かんでいる。
どうしたら勝てるかが全く分からない。
メルヴィアの言っていた難易度が高いの意味がようやくわかってきた。
「アカネ君……」
「あ、ああ、大丈夫だ。最悪ツェツィさん達は守るさ」
「そんなこと言わないでよ……」
まさか、前の悪ふざけがこんなでかくなって帰ってくるとわな……。
因果応報とは言うけど、これは厳しいぜ。
「まったく、だから逃げろって言ったのよ」
「うっせ。俺はまだ真の力は出してないんだよ」
事実、前の三体だけならすぐに倒す方法がある。
やったら後動けなくなりそうで危険だからやらなかったけど、このままじゃ確実にエンドしちゃうしな。
「今日ばっかりは、命削って頑張るヒーローになるか」
俺はポーチの中から黒の魔石を取り出して、右手で握り締めた。
手袋着用時、黒の魔石からのダークパワーによって俺は数段に強化される。俺のファンならみんな知ってる基礎知識だな。
疲労感が半端ないのも基礎知識だ。
「超ダッシュからの超パンチ!」
一度の跳躍で距離を詰め、乱反射する光の様に小さく飛び回り後ろに回って、一体の後頭部へと矢弓のような拳を振るった。
電灯の紐を殴りつけたような軽い感覚と共に、スカーレットは放物線を描いて森の奥へと飛んで行った。。
「超チョップに超キック!」
遠心力を生かし、流れるように体を回転させてもう一体に手刀をお見舞いすると、手に骨を砕いた感触が響いた。
そこからさらに体を回転させての上段回し蹴りを最後の一体の頭に入れ、そのまま足を落とし踏みつけた。。
「超脱力……ガハッゴホッ!」
そして思いっきり咳き込んで俺は倒れた。なんというか、しまらない。
ぼやけた視界の中に今にもメルヴィアに爪を振りおろそうとしているスカーレットの姿が映った。
「メルヴィ!」
ツェツィさんの悲鳴。
でも、無理。ずっと手袋着けてて大分疲れてたのに加えて、魔石君だよ。
流石に体力の限界だ。残りの三体をどうにかする体力なんて残ってないんだよ……。
「だが、そこで頑張ってこそヒーローだ」
俺はもう一度魔石を握りしめて、体を投げ出されたような体勢で、後の受け身も何も考えないタックルをかましてやった。
「――ガッ」
そいつを巻き込んだまま勢いで木に激突した。
そこで俺の意識はどんどんと白濁していった。
(……あと、二体……)
「ぷにー、ぷにー!」
濁った頭の中、かすかに相棒の声が聞こえた気がする。
…………
……
「あー、腰が痛い」
「アカネさん。無理しないでもう少し休んでた方が……」
「あー、いいのいいの。体はもう全然平気だしさ」
あれから二週間が経って、俺はようやっと回復した。
木にぶつかったせいで未だに腰は痛いけどな。
場所はトトリちゃんの家。メルヴィアと姉妹二人プラス俺とぷにの構成だ。
「それにしても悪かったわね。あたしのせいで危ない目に遭わせて」
「そんな。私の方こそごめんなさい。あんなわがまま言わなければ……」
何でも、冒険者体験で大分遠出した結果あんな目に会ってしまったらしい。
まあ、うん。本当に、二人は何にも悪くない。本当に。
「わたしもごめんなさい。最初からついていけばよかったのに……」
「俺もごめんなさい。本当に……アハ、アハハハハ」
「何笑ってるのよ、気持ち悪いわね……」
もう、背中が冷や汗でびっしょりです。
事実を話したらたぶん一生大体こいつのせいとか言われると思う。
「ま、冗談抜きで反省してるのよ。アカネが来てくれなかったらどうなってたか分からなかったし」
「ハッハッハ、讃えよ……と言いたいが、あんまり褒めるなよ」
褒められるたびに俺の良心がズキズキと痛む。
「今回は前の借りを返しただけだと思ってくれよ」
「まあ、あんたがそういうならあたしは良いけどね」
「ぷにぷに!」
唐突にぷにが存在をアピールしてきた。
「ま、一番のお手柄はシロちゃんね。アカネが気絶した後すぐに来てくれたもの」
「ぷにん!」
ぷにがえっへんと言うかのように一鳴きした。
良いところを持ってかれた気がする。
「シロちゃん、これからもメルヴィの事よろしくね。一人だと少し心配だから」
「あらら、一気に信用なくしちゃったみたいね」
「当り前よ。私本当に怖かったんだから」
ツェツィさんがちょっと強めの口調でメルヴィアに言い放った。
「だから、それは謝ったじゃない。危ない目に遭わせて本当に悪かったって……」
「違うわよ! あなたが死んじゃうんじゃないかって、それが……」
ツェツィさんは俯いて、とても悲しげな口調でそう言った。
「とにかく、もう無茶な事はしないで。約束!」
「はいはい。約束約束」
なんという投げやりな約束だろうか。
「真面目に言ってるの! 破ったら一生口きいてあげないからね!」
「うわ、それは厳しい。破る訳にはいかないわね。大丈夫、絶対守るから信用して」
「どうかしら、あなた昔から口だけな所があるから」
「あー、ひどい」
なんか、完全に二人の空気だな。
俺とかぷにとかトトリちゃんまでもおじゃま虫な空気だ。
そろそろ退散するかね……。
「そ・れ・に」
「ん?」
突然メルヴィアが俺の腕を引っ張って、引き寄せられた。
「もしも、不本意で無茶してもここに頼もしいヒーローさんがいるから大丈夫よ」
「て、てめえ!」
メルヴィアが俺の事を見ながらニヤニヤしてそう言った。
顔が熱くなっていくのをすごい実感した。
「あれは、物の弾みで言っただけでだな……」
そうでも言わなくちゃ、やってられなかったというか……。
「はいはい。いやー、カッコよかったわよ。一瞬にしてスカーレットを三体も仕留めちゃって」
「そういえばあれは凄かったわね。見直しちゃったもの」
「へー、アカネさん凄い強いんですね」
からかいの目が一組に尊敬の目が二組。
やばい、どんどん顔が赤くなってく……。
「あらあら、顔が真っ赤よ~」
「うっさい、うっさい!」
ダメだ。帰ろう帰ろう今すぐ帰ろう。
俺がそう思っていると、メルヴィアがまた口を開いた。
今度は何を言うつもりだよ……。
「ま、冗談抜きでカッコよかったわよ。白馬の王子って感じじゃないけどね」
「お、おう……」
ヤバイ、不覚にもときめいてしまった。さっきとは別の意味で顔が赤くなってきた。
くっ、見た目美少女だからって調子に乗りやがって……。
「それにしても、前に戦ったとき相当に手を抜いてたのね。今度もう一回やりましょうか」
「え?」
死の一戦を乗り越えたらまた死亡フラグが立った。
やっぱりこいつ相手にときめくのはないわ。