乙女の心を学んだ翌日、俺は再びアトリエの前まで来ていた。
「とりあえずいつ船完成するかだけ聞いておかないとな」
「ぷに」
ミミちゃんに武器を渡したりとか用事もあるので、そろそろアーランドに戻っておきたいのでトトリちゃんが出かける前に聞きに来たのだ。
「というわけで、お邪魔しまーす」
「ぷに~」
俺はいつも通りに扉を開けてアトリエの中に入って行った。
「あれ、アカネさん?どうしたんですか?」
トトリちゃんは昨日の事が無かったかのようにいつも通りだ。
それなら俺もそれには触れないでおこう、変に話をこじらせたくないしな……。
「いや、船の完成状況だけ聞いてアーランドに戻ろうと思ってな」
「あ、そうなんですか。えっと、実は次の免許の更新までは完成しないんです……」
「うん? どういうことだ?」
船自体は結構前から作り始めてるし、錬金術があればそんなに時間はかからないと思うんだが。
「材料が足りないとかか?それなら帰る道すがらにでも拾って師匠のアトリエの方のコンテナに入れとくけど」
木材程度なら道すがらに拾えろうだろう。こう言う時にコンテナが繋がっているのが役に立つな。
「足りないは足りないんですけど……。今のランクじゃ入れない所にあるみたいで採りに行けないんですよ」
「…………」
なるほど、トトリちゃんはランク外の場所に行ってはいけないと思っているのか、まあ仕方がないか。
実際はバンバン入れるんだし、これは教えてやらねばな。
「ふっふっふ、トトリちゃん。君が知らない真実を教えてやろうではないか!」
「へ? し、真実?」
「ランク足りなくても、免許があればどこに行っても自由というな!」
「え、そ、そうなんですか!?」
トトリちゃんが目を見開いて驚いていた。
「そうそう、だから普通に採りに行っちゃっていいと思うよ」
「え、えーと……」
「……?」
トトリちゃんは何故か悩んでいるような表情をしている。
別に悩む必要はないと思うんだが、早く作って早く出航したいはずだろうに。
「……やっぱり、待つ事にします」
「あ、あれ? なんで?」
「ぷに~?」
これには俺もぷにも疑問の声を上げざるを得なかった。
だってねえ、常識的に考えて採りに行くべきだろう。
「その、うまく言えないんですけど……」
「ふ、ふむ?」
「えっと、その、一人前になってからでも遅くないかなって、そう思うんです」
「いやいや、でもさ。お母さんを探しに行くのがトトリちゃんが冒険者になった目的じゃなかったのか?」
「そうですけど……。でも、お母さんに会ったときに同じくらい立派な冒険者になってたら、お母さんもきっと喜んでくれると思うんです」
トトリちゃんはとても優しげな頬笑みとともにそう言った。
何この天使? 俺からはもうそれしか言えないね。うん。
「さんざん待たせたんだからもう少し待たせてもいいだろうって、お父さんもそう言ってましたから」
「……そうか」
「ぷに~」
「すみません、わざわざ教えてもらったのに……」
申し訳なさそうな顔を見せるが、まったく気にする必要はないだろうに。
「いやいや、俺の浅はかだった。昨日はあんなこと言ったが、トトリちゃんは立派な大人だな」
「え?そ、そうですか?照れちゃいますよ……」
トトリちゃんは顔を少し赤くさせて照れていた。
もうね、考え方が俺の短絡的かつはた迷惑な物とは大違いだわ。なんか自分が恥ずかしくなってくる。
「あ、そろそろ時間なんで失礼しますね」
「おう、頑張ってな」
「ぷにに」
トトリちゃんはペコリと一礼してアトリエから出ていった。
「……良い子だよな、本当」
「……ぷに」
…………
……
「ふう、今の俺はもうなんでも許せる気がするぜ」
「ぷに」
俺とぷには森の中を歩いていた。
錬金術の材料を取るために村の近場の森で採取中だ。
「おっと、あんな所にタルリスがいるぜ」
「ぷに」
「いつもの俺ならフラムでドカンだが、今はそんな気分になれんな」
「ぷに~」
ぷにも同意見らしい。なんというか、俺とぷには今心が洗われた状態な訳だ。
普段真っ黒な二人の心も、トトリちゃんと話す事で驚きの白さに!
「非暴力の精神で行こうぜ」
「ぷに!」
そんなことを言っている間にもタルリスが近づいてきて俺に向かってタルを投げてきた。
「フンッ!」
「ぷに!?」
俺は投げつけられたタルを見事に粉砕した。
「いや、防御しないと痛いだろうが」
「ぷに……」
さて、今からが俺の腕の見せ所だ。
風の谷のなんとかさんもビックリの動物調教テクをみせてやるぜ。
「大丈夫、ほら。怖くない、怖くない」
「ぷに~……」
ぷにが露骨に嫌そうな声を出しているが気にしない。
俺は同じ言葉を延々と繰り返しながら奴にジリジリと近づいて行った。
「怖くない、怖くない。大丈夫」
「キッ、キッーーー!」
「あ、あれ?」
半ば悲鳴に近い声を上げてタルリス君は一目散に逃げていった。
「な、何がいけなかったんだ?」
「ぷにに」
「こ、怖いって俺が?どこが怖いんだよ?」
ちょっと頬笑みながら軽く近づいて行っただけじゃないか。
「よし、次だ。次こそは篭落して見せるぞ」
「ぷに~」
何か趣旨が変わってきた気がする。
「むっ!」
ガサガサと背後で葉がすれる音がしたので、俺は素早く振り返った。
「ぶっ!?」
「ぷに!?」
「ガアアアッ」
真っ赤な体に二本の角を持った悪魔、スカーレットさんがそこにいました。
「待て待て、凶悪指定モンスターがこんな所をなんでうろついてんだよ」
「ぷに?」
「行けと? あれを手なずけろと?」
「ぷに!」
ぷにが俺の事を期待感バリバリな目で見てきた。
「日本男児の意地を見せてやろう」
「ぷにに!」
「よーし、怖くない、怖くない」
さっきと違ってこの怖くないは自分を奮起させるために口に出してる気がする。
スカーレットさんは俺の事をじっと睨みつけている。俺は目を逸らさずにジリジリと近づいて行った。
「大丈夫、オーケーオーケー、死にはしない、頑張れ俺、俺はやればできる子だって」
後半完全に自己暗示になってるが、そんなところにツッコミを入れる余裕もない。
「よし、いけるいける」
俺は何の奇跡か、後数センチ手を伸ばせば触れることのできる距離まで近づいて来ていた。
俺はゆっくりと手をスカーレットに伸ばし――――。
「ガアッ!」
「ぐあっ!? てめえ!」
見事に伸ばした手は鋭い爪で引き裂かれかけました、手を引っ込めていなかったら即死だった。
「てめえ、コラ。こっちが下手に出てればいい気になりやがって……」
「ぷに! ぷに!」
ぷにがいろいろ言っているが無視だ。
俺は風の谷の人と違ってなあ、噛まれたら噛み返す主義なんだよ。
目には眼つぶしを、歯には刃を。三倍返しの精神です。
「取り巻きも連れずにこんな所にいた自分を恨むんだな。行くぞぷに!」
「ぷに!」
ぷにが俺の後ろから凄まじい勢いでタックルを放った。
当然のように、防御できなかったスカーレットは後ろに吹き飛んで木に激突した。
「ぷにに!」
「フラム、フラム!」
ぷには黒くなって、シャドーボールを放ち、俺はフラムを投げつける容赦ない追撃。
「クックック」
俺は笑いながら、フラムを投げ続けた。
これは終わったな。もはや勝利の王道パターンと言ってもいいだろう。
「……ハッ!」
「ぷに?」
「バカ野郎! 何やってんだ!」
「ぷに!?」
俺はシャドーボールを放っているぷにを蹴りつけて止めた。
「危ない危ない。今日の俺は綺麗な俺なんだ、無駄な殺傷行為はしないぜ」
「ぷに~」
ぷにが唸り声を上げながら、戻ってきた。
「さあ、森へお帰り」
「…………ガァ」
スカーレットはよろよろと森の奥へと逃げて行った。
今、彼はきっと、ありがとう、そう言ったのだろう。
「ふふっ、良い事をすると気持ちが良いな」
「……ぷに~」
「いやいや、よく考えてみろよ。無傷で放っておけば村の誰かに危害が加わるかもしれない。かといって倒してしまえば俺のイメージダウンになる」
「…………」
ぷには無言で自転車を止めている方へと進みだした。
「あ、でも倒しとけばランクアップの足しにはなったかも……」
「ぷに」
「まあ、あいつ程度ならいつでも戦う機会はあるだろうよ」
「ぷにに」
この時の行為があんな事態を引き起こすとは、この時は想像していませんでした。