恋愛に対する決意を新たにしてから一週間、ちょうど二月に入った頃、俺は依頼の報告のためにゲラルドさんの店にやって来ていた。
「ゲラルドさん、討伐完了しましたー」
「ぷにー」
「ああ、相変わらず見事な仕事ぶりだな。報酬を少し足しておくぞ」
「ぷにに!」
ぷには俺の仕事ぶりが見事だとでも言うように、頭の上で一鳴きした。
まあ実際その通りだから何にも言えない。
「借金返済まで後一年、まあ何とかなりそうだな」
「ぷに」
俺は報酬を仕舞って、メルヴィアのいるテーブルについた。
「あんたら本当によくやるわね~」
「どっかの冒険者と違って、こっちには免許の有効期限とかもあるしな」
借金の事を言ったら何を言われるかも分からんので、ひた隠し。
実際、ランクアップのポイントを貯めないとそろそろやばい、免許の更新まで残り4ヶ月もないのだ。
「免許更新のいらない時代のがそのまま使えるとか横暴だろ……」
「別にいいじゃない、あたしはあんたよりも実力はある訳だし」
「ぷにとタッグならいける……だよな?」
「ぷに!」
テーブルの上に居るぷには力強く一鳴きして、かかってこいとでも言うような表情になった。
「おいばかやめろ、あんまり挑発するな」
「ぷに……」
ぷには情けない物を見るような目で俺を見てきた。だって怖いんだもん。
骨の一本で済みそうにないんだもん。
「でも、実際あんたとあたしが戦ったらどうなるのかしらね?」
「私が負けます。瞬殺です。一撃です」
手を揉みながら、媚びへつらうようにそう言葉にした。
「やってみなきゃ分からないじゃない。あのジーノ坊やだってトトリに負けたのよ。そうよね錬金術師なんだし……」
「…………っ」
本能的な恐怖から来る緊張感のせいだろう、俺は思わず唾を飲んでいた。
目がいつもと違う、獲物を狩る野獣の目つきになっている。
これもう、あれだろ新手の凶悪モンスターだろ。
「この凶悪モンスター倒したら、一気に冒険者ランクのトップまでいけそうだな……」
千ポイントオーバーは確実だ。
「あら? それは宣戦布告かしら?」
「ツェッツィッー! さーーん! 注文でーす!」
「ぷにに……」
「うわあ……」
二人がドン引きしたような声を出してきたが気にしないぞ。
癒しの源泉ツェツィさんがいれば、こいつだって下手な真似はできないだろう。
「正に策士……」
「情けないわね……」
ライオンと戦えって言われたら誰だってプライド程度捨てるさ、それにライオンなら勝てるさ。でも相手は言葉で表現できない程の超生物なんだぜ?
「アカネ君、何を頼むのかしら?」
「お酒ー、ビール、ビール、そしてビール。酔ってこの場を回避する」
「はいはい、ちょっと待っててね」
その後、ぷにとメルヴィアで適当に飲んでいたのだが、途中メルヴィアがすごい悪い顔になっていたのに俺は気づいた。
でも、この時は酔ってたからそこまで気にしてなかった。
とてつもなく嫌な予感だけは感じたけど……。
…………
……
どうしてこうなんったんだ。
「よーし、それじゃあいくわよー」
「ヨーシ、カカッテコーイ」
目の前には斧持ったメルヴィア、俺は手袋装着、なぜこうなった。
「アカネくんもメルヴィも無理しないでねー」
「せんぱーい!頑張れよー!」
「はあ、まったく、何故彼はこんな無茶な勝負を……」
「メルお姉ちゃーん、怪我させないでねー!」
「アカネくーん!頑張れー!」
「ぷにー!」
右サイドには多数のギャラリー、師弟タッグ二組とツェツィさん、ついでに相棒。
どうしてこうなった。
「俺の朝は、確かに平和だったはずなのに……」
やけにスッキリとした頭で朝からの回想が始まる。これが走馬灯ってやつかな……。
「いやー、本当に俺の作る飯はうまいな」
「ぷに~」
ぷには不本意そうに鳴いているが、つまりはうまいってことだ。
ちなみに料理は宿屋の主人に頼んだら、結構普通に台所を使わせてもらえたのでそこを使わせてもらっている。
「コーヒーもおいしいし、二月の空気は冷たく引き締まる、うんうん。今日は何かいい事がありそうだな」
「ぷに」
そんな優雅な朝を楽しんでいると、いきなり部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
「邪魔するわよー」
早朝から凶悪モンスターのお出ましだ。冒険者の朝はこう言う事があるから侮れない。
「スパッと用件話してスパッと帰ってくれ。食後の運動がまだ残ってるんだよ」
「最初からそのつもりよ、それじゃあ言うわよ……」
「うん? あ、ああ」
メルヴィアが何故か真面目な表情になってこちらを見つめてきた。
その空気に俺も真面目モードのスイッチを若干入れてしまう。
「三時頃に村外れの野原に来て頂戴。海が見えるところって言えばわかるわよね?」
「う、うん。あそこか……」
この辺でその条件で分かりやすいところと言えば、前にトトリちゃんと後輩君が勝負した所だ。
「ま、待て待て。まさか勝負の誘いじゃねえだろうな」
「違うわよ、その…………あんたと話がしたいって子が……ね」
こちらにすり寄ってきたと思ったら、耳元で静かにそう囁いてきた。
「へ?」
「誰かとは言わないわ、まあ、強いて言うなら……あんたの事を信頼して大事な人を任せてる子ね」
「…………?」
俺を信頼して、大事な人を任せる……。
大事な人……家族、姉、妹……妹を任せる……!?
「それじゃ、ちゃんと行ってあげなさいよ」
「お、おう!」
そう言ってメルヴィアは部屋から出て行った。
「待て、オチツケ、これは釣りだ。俺をおびき寄せる罠だ」
「ぷに?」
そうだ。騙されてはいけない、期待したらその期待は悲しみに転ずるんだ。
「べ、別に一ミリも期待してないぜ。ツェツィさんが来るかもーとか、本当だぞ?」
「ぷに~?」
「こ、この髪を整えてるのは……今日から毎朝の習慣にしようかなって」
最近は男も身だしなみを整えないとな。日本男児たるもの常に整った姿を心がけねば。
「ぷに~?」
「ちょ、ちょっと出かけて来るだけなんだからな。別にその場所に行ったりしないんだからな」
俺は見事に釣られた訳だ。
「メルヴィア……今日の俺はお前相手でも臆さないぜ」
「あら? あんたが強気なんて珍しいわね」
俺は今怒りに燃えている、かつてないほどにだ。
魂から細胞一つ一つ、体全体、俺と言う存在の全てが目の前の敵を打ち倒せと震えている。
「お前の間違いはたった一つ、てめえは俺を怒らせた。男の純情を弄ぶその行為、天が許しても俺が許さぬ」
「いやー、あんたなら来るって信じてたわよ。ところでどれくらい信じてたのかしら?」
「……だ」
俺は低い声でそう言った。
「はい?」
「100パーセント! 信じていた!」
「……ごめんなさい」
俺がそう涙を流しながら言うと、メルヴィアはもの凄く申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
みじめだ。
「よーし、覚悟は決まったぞ。かかってこいや!」
「え、ええ」
先ほどとは立場が逆転して、俺のテンションが高く、メルヴィアが落ち込んでいた。
これは勝ったな、勝敗とは戦う前にもう決まっているのさ。そう、さっきの俺の発言もメルヴィアに揺さぶりをかけるための罠だったのさ。
……罠だったのさ。そうだとも。
「……よし! やるわよ!」
「カカッテコーイ!」
メルヴィアが斧を担いで俺の方に駆けてきた。
作戦、フラム投げまくろうぜ。
「ふっ、ふっ、ふっ」
こっちに走ってくるメルヴィアに俺はバックステップしつつ、フラムを投げまくった。
「はあっ!」
「うわあ……」
俺がフラムを投げる→斧を投げてフラムを全弾迎撃→何故か手元に戻って来てる。
訳が分からない。
「ここは……ステルクさんすら倒したこの技で……」
俺は距離が詰まりきらない内にビー玉を取り出して前方にばら撒き、片手に飛翔フラムを持った。
とにかく隙を作って一発にかける、いつもの戦闘スタイルていこう。それ以外に勝てる道もないし。
「小賢しいわよ!」
「ぶーっ!」
メルヴィアが斧を両手に持って一回転して振り回すと風が起きてビー玉を全て吹き飛ばした。
「ま、待て、まだ慌てるような――ヒッ!」
「ふっ!」
横に流れた斧をかろうじで後ろに下がって避けると、すぐさま縦に斧が振り下ろされてきた。
あれ? これ死ぬんじゃね?死ぬよね?
「の、の、ノルォァア!」
意味不明な奇声と共に、俺は手に持った飛翔フラムを足元に叩きつけ、同時に踏ん張り後方へと水平に飛んだ。
「……ふう」
足に多少熱さはあるものの大した程度ではない、飛翔フラムはようやく完成したようだな。
「…………よし」
俺が着地したそこから前方数メートルは崖、落ちたら海に真っ逆さまだ。
「…………よし!」
俺は歓喜の声を上げた。これでこの地獄からオサラバできると。
後ろから聞こえてくる魔の足音から逃げられると。
「さらばだメルヴィア! 真っ当な人間の強さを手に入れてから出直すんだな!」
「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」
二本目の飛翔フラムの爆発と共に、俺は海へとダイブした。
これで通算三回目のダイブ、もう慣れたものです。
…………
……
その日の夜のバーゲラルドにて。
「あれはある意味俺の勝ちだろ」
「いや、どう考えても負けじゃないの」
「実はあの後俺、みんなにアンケート取ってきたんだよ。これがその結果だ」
俺は観客の皆様からの声をテーブルに広げた。
「後輩君からは、先輩は頑張った、よく無傷で逃げ切れたと大絶賛です。その師匠からは、身の丈をわきまえた良い幕引きだったとこれまた大絶賛」
「それで?」
「トトリちゃんからは、無理しないでくださいねと慈愛に満ちた一言。その姉からはメルヴィのバカ、最低! 大っ嫌い! との返答が――痛い痛い!」
無言で足を何度も蹴られた。さすがに捏造だとバレるか。
「ええっと、俺の師匠からは、メルちゃん凄かったねとかわいらしい返答。相棒からは情けないとのお言葉をいただきました」
「つまり?」
「つまり! アンケート的には俺の勝ち! 戦略を褒められ、優しい言葉もかけてもらえた! アイアムウィナー!」
思いっきり立ち上がり、大声高らかに笑った。
「はいはい、わかったわよ。あんたの勝ちでいいわよ」
「ぷぷっ! ザーコザーコ! 負け犬ー!」
「……ぷち」
その後、俺は三日動けなかった。