俺はポーチの中から黒い鞘に入った剣を取り出し、後ろから座っている後輩君の膝に落とした。
「手っ取り早く強くなるための手段その2だ。とにかく受け取っておけ」
「うん……。でも先輩、その1ってなんだよ?」
「…………む」
そんなのもわからないほどに落ち込んでいるのか、教えてもいいけど……。
ここは同じ十字架を背負っているステルクさんに任せておくとしよう。
「その1はお前の師匠が持ってきてくれると思う。まあ、期待しておけ」
そう言って俺は後輩君に背を向けて、来た道を戻って行った。
「せ、先輩」
「うにゃ?」
俺が顔だけ振り向くと後輩君がこっちに顔を向けて小さな声で言った。
「あ、ありがとな」
「う、うむ」
なんか照れるな、いつもの後輩君と違うだけでここまで調子が狂うとは……。
「ダメだダメだ。やっぱり後輩君には早く元に戻ってもらわなくては」
「ぷに~」
「赤くなんてなってねえ、ほらもう一仕事残ってんだからがんばるぞ」
「ぷに」
まあ、この後ステルクさんが失敗すれば俺の頑張りも無意味になって、ついでに三日前の会議も台無しになる訳だが。
後輩君が負けてから三日後、ゲラルドさんのお店での一幕。
「第一回! 後輩君を元気づける会議!」
「わー、わー」
「…………」
メルヴィアが賑やかし程度にやる気のない声を上げて、ステルクさんは眉をしかめて黙り込んでいた。
「いやー、それにしてもまさかジーノ坊やがトトリに負けるとはねー」
「まあ、後輩君も錬金術には勝てなかったって事だな」
爆弾等々VS剣。結果が見え見えすぎて誰も賭けに乗って来そうにないな。
「くだらない……と言いたいところだが、まあいいだろう」
なんだかんだで弟子が心配なステルクさん、後輩君のためにこんな事に付き合ってくれるとは。
「よーし、真面目に話し合いすんぞ。特にメルヴィア」
「なによ、わたしだって結構心配してるのよ。あの子港でいっつも泣いてるんだもの」
そう言ってメルヴィアは若干悲しげに顔を伏せた。
「……メル姉」
「……あんた、本当に真面目に話する気あるのかしら」
「あるある、だからそんな怖い顔すんなって」
ちなみに斜め左の席からはステルクさんの視線も突き刺さっている。
これはギャグ一つも命賭けになりそうだな……。
「そんじゃあ、一人一人何か案を出し合って行こうじゃないか。メルヴィアから時計回りでな」
「案ねえ…………」
メルヴィアは眼を瞑って考え込んでいる、俺の考えはもうまとまっているからただ待つだけだ。
「……うーん、わたしって負けたこと無いからどうすればいいか正直よく分からないのよね。」
「…………」
なんか激しく相談相手を間違っている気がしてきた。
「まあわたしが戦闘で楽になる方法で言うと、武器を代えることね」
「っ…………」
マッズーイ、非常にマズイ。
次俺に回って来て、俺が武器を代えるのさ! って言って華麗に剣を取り出す。その予定が一気に水泡に化した。
「ほら、次はあんたよ。まさか自分から言い出して考えてないなんて無いわよね」
「あ、ああ、ある訳ねえだろ! 俺なんて根っから負け組だから、負けた回数数知れず。その俺なら一つや二つの案くらいいくらでも沸いてくるさ!」
思いついた端から言葉に出して時間を稼ぎつつ、頭の中で考えを巡らせている。二人の哀れむ目線が突き刺さってくる。
とにかく自信をつけさせてやればいいんだ、トトリちゃんを守らせて自信回復……これだ!
「そんな俺の案はこれだ! ちょっと姉ちゃん俺らと遊ばない? や、やめてください。やめろお前ら! 女相手に情けねえぞ! 作戦!」
「…………?」
二人して何言ってんだ、意味がわからないって顔をしている。
これぞ王道中の王道だ、か弱き女子をさっそうと現れて助ける主人公。
「つまり、トトリちゃんが襲われているところを後輩君に助けさせて自信回復って作戦な」
「……何故、最初からそう言わない」
「って言うか、さっきのがとうして今のになったのか激しく興味があるわ」
説明はめんどくさいのでしないが、咄嗟の思いつきにしてはこれはナイスじゃないか?
「それじゃあ、その襲わせるモンスターはあんたが獲って来なさいよ。今のトトリじゃその辺のは倒しちゃうだろうし」
「そうだな、私があいつに技を教えて、その技と新しい武器でモンスターを倒す。いけるな」
「あるぇ~?」
俺の脳内に居た不良暴漢A君がいつの間にか凶暴なモンスターになってしまっている。
まあ、確かに技を使って倒すならモンスター相手の方がいいだろうけど。
「それじゃあ、後は武器をどうにかしないといけないわね」
「メル姉、俺、後輩君のために一ヶ月かけて剣作ってきたんだけど」
俺は挙手して、そう告げた。
「なによ、そうならそうと早く言いなさいよ。それじゃああんたの仕事は、武器を渡す、モンスターを連れてくる、いいわね?」
「……お前は?」
「わたしは、かわいい弟分が立ち直ることを祈ってるわ」
「うぇ……」
喉から変な声が出た、何て奴だ。
「それでは、四日後に各々が行動する。それでいいな?」
「各々って俺とステルクさんだけだけどな。んじゃあ、モンスターは頑張って連れてくるから、さらに十日後、村の東で待ってるよ」
そうして、俺とステルクさんの行動が決定した。
…………
……
「はあ、今思ってもメルヴィアの奴は……」
まああの姉があの対応ってことは、俺とステルクさんに任せとけば十分ってことなんだろうけど。
今の状況的に、こっちをメルヴィアに任せとけばよかったなと思う。
「バイクもとい、電気自転車をすっ飛ばして五日。やっと見つけたな」
村から西端まで行ってさらに南に飛ばして、やっと見つけた凶悪モンスター。
「ぷにの化身。なんでもぷに界で最も強いぷにらしいぞ」
「ぷに? ぷににににに」
ぷにが肩の上で肩腹痛いというかのように笑っていた。
「まあ、でかいはでかいけどな」
「ぷに」
俺よりも少し大きいくらいだろうか、横幅もかなり大きい。
まあベースの色が青っていうのが弱そうなのに拍車をかけているっていうのもあるな。
「こんな辺境ならいくら焼け野原にしても平気だよな」
「ぷに~」
「おう、お前も新たな力を使うのか」
ぷにが真っ赤になっていた、二度目のドラゴン状態だ。
「メガフラム、手袋嵌めて、フルボッコ」
見事な五・七・五だ。作品名はモンスターを倒すテンプレと言ったところか。
「まあ、同じプラチナランクで来れる所の凶悪モンスターもお前だけで倒せたし余裕だろ」
「ぷに」
そして俺たちは茂みから飛び出した。
あいつは俺たちに気づいた瞬間逃げ出した。きっと本能だろう。
俺は自転車を起して乗って、すれ違いざまにメガフラムを投げた。
背後から爆発音。熱風が俺の背を熱くした。
振り向くとぷにが体当たりをして、ゼロ距離で炎を浴びせていた。
俺は反転して、今度はすれ違いざまに魔法の鎖を五本くらい投げた。
終わった。
…………
……
「ふう、なんとか約束の日に間にあったな」
「ぷに」
自転車から伸びている鎖には永遠と引きずられてボロボロになったぷに化身がいた。
「オラ! 目を覚ませ!」
「ぶに!?」
俺は一発蹴りを入れて、目を覚まさせた。
こんなのを誰かに見られたら好感度がガタ落ちになるな……。
「今からお前はこっちに来る女の子を襲う、おーけー?」
「ぶ、ぶに~!」
「お前、自分の立場わかってるよな? わかってんだよな!」
「ぶに!?」
俺が蹴りを入れようとすると、ぷにの化身は目を瞑って身を固くしていた。
やだ、この子可愛いじゃないか。俺の中のさでずむが暴れてきた。
「ぶに?」
「あんっ!?」
「っ!!」
俺が腕を振り上げると、ビクビクと身を固くしていた。
さでずむがサディストまで変化してきた。完全に目覚めそうだな……。
「ぷに」
「はいはい、まあ遊ぶのはこの辺にするか」
俺はポーチから絵具を取り出して、ぷにの化身の全体にペイントを開始した。
「よし! これでどっから見ても、違うモンスターだな」
「ぷに~?」
そこには花柄ペイントが施されたでかいぷにがいた。
「よし、ちょうどトトリちゃんと……師匠?」
茂みから様子を窺うと、師匠がトトリちゃんを連れて歩いていた。
「あ、あんな所に空飛ぶ円盤が!」
「え? 円盤? どこ、どこですか?」
「よし、今だ! ぴゅーっ」
師匠は口で擬音を言いながら、奥の茂みに隠れた。
つーか、そんな手に引っ掛かるなよトトリちゃん。
そして、そんな手を使うなよ師匠。
「……よーし。行け! ぷにデラックス!」
「ぶ~に~!」
ぷにデラックス、名付け思考時間一秒。
俺たちに襲いかかったらどうなるかわかっているようで、ぷにデラックスは真っ直ぐトトリちゃんの下へと向かって行った。
逃げるトトリちゃんをぷにデラックスが追っていく。
「う~む、まだ来ないのか?」
「ぷに」
茂みから茂みに移動しながら師匠のいる所に近づきつつ、様子を窺う。
「あれ~? ちょ、トトリちゃん立ち止っちゃった! ちょっと早く来いよ!」
「ぷに!」
ぷにデラックスが今にもトトリちゃんに攻撃しようとした。
その時――。
「トトリ! 大丈夫か!」
「……すごい良いタイミングで来たな」
「ぷに」
あと一歩遅かったら、俺の手からフラムが投げつけられていたところだったぜ。
「なんだよこのデカイの……。よく分かんないけど、先輩の剣と師匠の技でやってやる!」
「おお、後輩君の新必殺技か!」
後輩君は剣を片手に持ってメモと取り出し読み始めた。
「……覚えとけよ」
「……ぷに」
後輩君はぷにデラックスに飛び込んで剣を一薙ぎして、その勢いで突きを繰り出し、体を反転させて縦に斬りつけた。
そこから流れるような連撃を放った。
「さすがは、最速を極めし者だな」
「ぷに」
後輩君は後ろに走って下がり、技名を叫びながら突進した。
「アインツェルカ――っ痛っ」
「…………俺、こんな時どんな表情したらいいかわからない」
「……ぷに」
ぷにもらしい。
後輩君はあろうことか、突っ込んで行って前のめりに転んで剣を天高くに投げてしまった。
そしてその剣が回転しながらぷにデラックスの上に落ちて来て、哀れにもあいつはデリートされた。
「…………何が何だかわからない」
「ぷに」
俺たちは頭を悩ませながら、師匠とステルクさんたちに近づいて行った。
「ステルクさん。あんた、何であんな技教えたんだよ」
「ち、違う。あれが失敗なのは君だってみればわかるだろうに」
「ま、まあ分かりますけど……」
だとしても、あんなのでやられるモンスターの身にもなってほしい。
「まあまあアカネ君、ほら二人とも仲直りしてるみたいだし」
「うん、まあ――――っ!!」
二人を覗いてみると、腰を抜かしているトトリちゃんに後輩君が手を差し伸べていた。
トトリちゃんは笑顔でその手を握り、立ち上がる。
「アババババババ」
「あ、アカネ君が壊れた機械みたいな声上げてる……」
「ぷに~」
今、今気づいた!
この展開って、二人の親密度アップ。二人は急接近な展開じゃないか!
数週間前の後輩君が告白っていう妄想が現実になってしまうんじゃ……。
「アカネ君? 大丈夫?」
「あんな男にトトリちゃんはやらんぞ! トトリちゃんはもっと将来が安定している男をだな!」
「君は彼女の父親か何かかね……」
「そうだよ!」
「ぷに!」
「ぐわっ!?」
久しぶりにボディにズドンときた。
「……うう」
「まったく、あいつはそんなに悪い男でもないぞ。君だって分かっているだろう」
「うっせ、弟子にゲキ甘男は黙ってろい」
「なっ!そんなことはないぞ! 俺は師匠として常に厳格なふるまいをだな!」
「はいはい」
この人は焦ると一人称が俺になっている事に気づいていないんだろうか。
「でもそうだよね~、わたしももっとトトリちゃん優しくしてあげなくちゃ、ステルクさんみたいに」
「そうだな~、俺も弟子をとったら優しくしてあげるか、ステルクさんみたいに」
「……勝手に言っていろ」
ステルクさんは顔を赤くしながら恥ずかしそうにそう言い放った。
まあ、これにて一件落着と言ったところだろうか。