師匠は俺の頼みを喜んで了承してしまい、俺は現在師匠から錬金術の教えを受けていた。
「それでね、この材料は百度度で二十分加熱してから温度を上げていって、二百度で加熱して溶解させるの」
「なるほどなるほど」
目の前にある機材は俺はあまり使わない、アタノールという機材だ。
中に反射鏡が付いていて、素材の溶解とかに使える。
「それで、こっちのグラビ結晶は乳鉢で粒がつかめないくらいに砕いて素材の加工はお終いね」
「ふむふむ」
その分かりやすい言葉にメモも進む進む、まだまだ学ぶべきことはたくさんあるぜ!
「それで、釜に溶かした鉱石と砕いた結晶を入れて一時間くらい時計回りに撹拌して、地底湖の溜まりを中和剤で溶かして試験官の半分くらいの量を加えるの」
「さっすが師匠、とてもわかりやすいな」
「えへへー、そんな褒めないでよ~」
師匠は頬に手をあてて、照れていた。
まったく妄想の世界は最高だぜ!
「それでねこの材料は、こう、サラサラーってくらいまで砕いてね」
「ああと、こんぐらい?」
「アカネ君、それじゃあザラザラだよ、もっとサラサラにしなくちゃ」
「おーけー」
妄想の世界に行きたいな、真剣に。
俺は自分の目が死んでいるのを感じながら、ひたすら乳鉢の中の材料を砕いていた。
「…………」
どうしてこうなったんだろうな、俺は確か錬金術教えてって言って、この本の内容が分からないから教えてって頼んだはずだ。
なのに何故、何故いきなり実技に入っているんだ。昔もいきなり実技だったけど、前とは内容のレベルが違いすぎる。
もっと理論的に教えてほしかったんや、ただ最初からこうなるんじゃないかとは思ってた。でもきつい。
「師匠、サラサラーになったぞ」
「うん、それじゃあ後は材料を使って錬金術をするだけだね」
「……おう」
これは俺の妄想劇場第三部が始まるかもしれない。
ちなみに第一部は理論的に本の内容を教えてくれる師匠という内容だった。
「アカネ君大丈夫? なんか疲れてるみたいだけど……」
「い、いやいや全然疲れてないぜ。師匠の教え方がいいから、むしろいつもより楽だな。うん」
「そ、そう? えへへー。よーし!それじゃあ次も頑張って教えるよ!」
「ああ、よろしく頼むよ」
「……ぷに」
肩に乗っているぷにが、お前は男だと褒めてくれた。
俺はその声援と共に、次なる戦場へと身を投じた。
…………
……
「…………おい」
「ぷに?」
「…………おい」
「ぷに~?」
「おかしいだろこれ」
俺は戦場に身を投じたと思ったら、机の上には黒色の鋼が乗っていた。
そして俺の体は何故か全身ずぶ濡れになっていた。
今日ほど俺は、何を言っているか分からねえと思うが、という例のセリフを使いたくなった事はない。
「これではっきりした、記憶喪失の原因は師匠の授業のせいだ」
「ぷに」
「もう二度と受けねえ……。ん? ――――ってえええ!?」
椅子に深くもたれかかり、体を反りかえらせて、背後の逆さになった風景を見たときにあり得ない物が見えてしまった。
俺は椅子から、転がり落ちてカレンダーへと駆け寄った。
「じゅ、じゅじゅ、十二月!?」
「……ぷに」
「な、何につ!?」
あまりの驚きと焦りから、舌が上手く回らない。
一ヶ月以上記憶がないとか、勘弁してほしいとかいうレベルじゃないぞ。
「ぷに~ん、ぷに~ん」
「え、えっと、ぷに~んは十だから……二十日!? トゥエンティトゥー!?」
「ぷに~」
つまり一ヶ月と半月分もの記憶を喪失してしまったという事ですね。わかりたくありません。
「と、とりあえず…………とりあえず、どうしたらいいんだ?」
「ぷにぷに」
「あ、ああそうだな。とにかく親っさんところに行って後輩君の剣を作ってもらうか」
「ぷに」
現状が全く把握できない俺は、仕方ないので変えのジャージに着替え、外は雨だったようなので、傘を取り出して親っさんの店に行くことにした。
親っさんの店に行く道中、傘をさしていた俺は俺はある事に気づいてしまった。
「待てよ、よくよく考えたら俺親っさん達の飲み会に行ってないって事だよな」
「ぷに? ぷに~」
「へ? 行ったのか?マジで?」
「ぷに」
どうやら俺は正気を失いながらもしっかりと約束は守っていたらしい。
さすがは俺だ。一体俺がどんな状態で、どんな会話をしたかが全く記憶にないが。
「……世界においてけぼりにされた感じだな」
「ぷに~」
「街の人の話を聞いて失われた記憶の欠片を集めよう!」
君と記憶を取り戻すRPG。
「ぷに?」
「いや、こんな感じのゲーム感覚で記憶を呼び起こしたいなって……」
だが、まあ人から話を聞いてみるのはいいかもしれない。
ちょうど前から強面騎士様が歩いてきてるし。
「ステルクさ~ん、俺自分が分かりません」
「む? やっといつもの君に戻ったのか、まったくあんな冗談はあれっきりにしてもらいたいものだな」
ステルクさんはやれやれとでも言うように溜息を吐いた。
溜息を吐かれる原因が全く分からない俺としては理不尽だとしか言いようがない。
まあ、記憶ある時点での原因なら腐るほど思い当たるけど……。
ステルクさん……俺、記憶がないんです。主に一ヶ月と半月分、俺ステルクさんに何かしました?
……こんなこと言っても一蹴されるだけだろうから、ここは言い方を選ぶとしよう。
「え? 最近、俺ステルクさんに何かしましたっけ?」
「忘れたとは言わせいないぞ、まあ今回は誰の迷惑になっていない、いやむしろ他人のためになったからよしとするが……」
「はあ」
「まあ、君は君らしいのが一番だな。では、用事があるので失礼する」
「あ、はい」
そう言って、ステルクさんは人ごみの中に消えていった。
「つまり、俺は世のため人のために生きていたと?」
「ぷにぷに!」
「違うのか……。ぷにから全部聞ければ楽なのにな……」
「ぷに?」
「いや、聞きたくない。全部解読する自信はないからな」
一ヶ月以上の記録をぷにの口から聞いても、日本語で話せやってなるに決まっている。
「親っさんからもなんか聞ければいいんだけどな」
「ぷに」
そして、俺たちは少し歩いてから店の中へと入って行った。
「親っさん、いますか~?」
「あ、アカネさんじゃないですか! どうも! 本日はどんな御用で!?」
「……は?」
店に入ると、親っさんが立ち上がり九十度のお辞儀をしてから真っ直ぐにこちらを見てきた。
これは何の冗談ですか?
「えっと、なんで敬語なんですか?タメ口でいいんですけど」
「アカネさんにタメ口を使うなんて滅相もない!」
どうしよう、すごく面倒くさい。
「……鋼持ってきたんで、これで後輩君、ジーノ君の剣を作ってやってください」
「わかりました! 誠心誠意頑張らせてもらいます!」
親っさんは国王に剣を賜る騎士かの様にかしづいて、両手でそれを受け取った。
「ういっす、そんじゃあ失礼しまーす」
「出来上がったらアトリエまで持って行かせてもらいます!」
親っさんの敬語に見送られ、俺は店の外へと出てきた。
「……俺って何したんだ? マジで」
「ぷに~」
ぷには気の毒そうな目で俺の事を見てきた。事情を聞き出せないのがもどかしいな。
「次の情報を求めて、クーデリアさんのところにでも行ってみるか」
「ぷに」
本格的にお使いイベントみたいになってきたな。
…………
……
「クーデリアさん、気づいたら一ヶ月経ってたって経験あります?」
「あら、やっと戻ったのね」
俺のボケをスルーしただと!? やはりクーデリアさんにも何かしてたのか……。
いや、ボケじゃなくてこの身に起きた純然たる事実なんですけどね。
「その俺見たら、戻ったって言うの流行ってるんですか? 俺は鏡に向かって言うしかなくなりますよ」
「はいはい、それで何? また記憶喪失?」
「またですよ、ええまたですよ。クーデリアさん何か知ってませんか?」
「そうねえ」
クーデリアさんはちょっと考えるような動作をしてから、話し始めた。
「あんたがロロナからまた錬金術について教えてもらってからたぶん数日くらいは、アッパラパーな状態だったわね」
「アッパラパー?」
「アッパラパーね」
蝶々さんが飛んでるよ~、とかメルヘンチックなことでも言ってんだろうか?
それにしてもアッパラパーって表現久しぶりに聞いたな……。
「それで、そっからまた数日して様子見に行ったら一周してすごい事になってたわね」
「え、何でそこもったいぶるんですか」
「そう言う訳じゃないのよ、なんというか……言葉では言い表せないくらいね」
クーデリアさんともあろうお方が、こんな曖昧な表現を使うとは……。
「すごい記憶取り戻したくなってきたんですけど」
「私に言われてもねえ、まあ記憶なくっても死ぬわけじゃないわよ」
ニコニコと笑顔で励ますように言ってきた。
「他人事だと思って!」
「他人事たもの」
そうきっぱり言い捨てると、クーデリアさんは仕事のじゃまだとか言って俺の事を追い返した。
あんまりです。
「くそっ! 俺は一体どうしたらいいんだ」
「ぷに~」
「フィリーちゃん、そうだフィリーちゃんなら……いない」
「ぷにに」
いつもの定位置に何故かフィリーちゃんはいなかった。
つまりギルドで得られる情報はもうないと言うことだ。
「……帰るか」
「……ぷに」
…………
……
「はあ、どうすっかな……師匠には期待できないだろうし」
「……ぷに!」
俺が椅子に座って項垂れているとぷには何か決意したような声を出してキッチンの方に消えていった。
「? なんだ?」
しばらく見ていると、ぷには水の入ったコップを頭に乗せて戻ってきた。
「ぷに!」
「――冷たっ!?」
ぷには何を思ったのか、俺にコップを投げつけてきた。
俺は突然の事で避けれる訳もなく、コップの水を全て頭から被ってしまった。
コップは地面に落ちたが幸い割れてはいないようだ。
「お、おいぷに! いきなり何を――――おい、やめろやめてください」
いつのまにか、ぷには頭の上に雷の形をした爆弾、ドナーストーンを持っていた。
本来は爆発させて電気のダメージを与えるものだが、濡れた状態で触れば当然感電する。
「ぷにーー!」
「ちょ、洒落にならん!?」
爆弾を口にくわえたぷにが俺に向かって体当たりをしてきた。
「にゃっ!?」
ドナーストーンに体が触れた瞬間、俺の意識は白に染まった。