拘束入院から解放され、現在は7月の初め。
俺はアトリエの机の前で悶々としていた。
「……時間が足りぬ」
「ぷに?」
「やること多いのに、入院で何もできんかったからな」
「ぷにー」
呆れたような声を出された、無計画な男って嫌ねって事か?
「九割お前のせいだってことを忘れんなよ」
「ぷに」
「わかってるなら良いんだよ。……しかし、これはなあ」
机の上に開かれたノートにはいくつかの予定が綴られていた。
かっこよく言えば備忘録。
「後輩君に剣をあげる。まあ、これは俺の錬金レベルが上がってからだな」
「ぷに」
「はい次、エントリナンバーツー借金」
「ぷに~」
返済額三十万、期限は二年以内。
まったく、こいつは大変だなあ。
「苦労するかもしれないけど、地道にやれよ」
「ぷに!?」
「はん! 俺はこんなもの知らんなあ!」
「ぷに! ぷに!」
「……やったとしてもだ。俺が二、お前が八の割合だ」
「ぷに……」
すっかり意気消沈したしようだ。
とりあえずスルーして、俺は次の項目を読み上げた。
「師匠のお願い、これは怖い」
「ぷに?」
「ああ、そういやお前は知らんかったな。お前を倒すアイテム師匠に作ってもらってな、勢いで願いを何でも一つ叶えるとか言っちゃたんだよ」
「ぷに~!」
「不正などなかった。服関係じゃない事を祈る、はい次」
一番下、最後の項目にはでかでかと赤文字で書かれている。
「ランクアップ!」
「ぷにににににに」
「笑うなあ!」
くそっ! 本来ならもうランクアップ出来ているはずなのに、あの医者が拘束したせいで……。
「最重要事項かつ最重要機密だ。いいな?」
「ぷに~?」
ぷにはとぼけた声を出して、いつもトトリちゃんが立っている釜に目を移した。
……この野郎。
「俺が三で、お前が七だ。これで秘密にしてくれ」
「ぷに~?」
「四、六」
「ぷにっ!」
話にならんよと重役が言うように偉そうな声を出しやがる。
なんという下剋上。
「五,五。これでお願いします!」
「ぷに?」
訳)何かいったかね君?
「ろ、六……いや、七、三で、これ以上はっ!」
「ぷっにっにっにっに!」
訳)いや、君は話が分かるね!
完全にぷにの脳内イメージが、高級ソファに座った白髪の社長になっている。
「これが取引の技術だとでも言うのか……」
「ぷに~」
ぷにが元気出せみたいな感じで、机に置いた手をぽんぽんとしてくれた。死なねえかなこいつ。
「……はあ。とにかくだ。どうやってランクアップする?」
「ぷに?」
「ちなみに白ぷに討伐ポイント合わせると残りポイントは20だ。いかにして貯めるか」
一応一つは思いついている、それで何ポイントかわからないが……。
「まあいい!とにかく!トトリちゃんが冒険に出ている今が好機!ランクアップするぞ!」
「ぷに!」
俺はアトリエを出て冒険者ギルドへと向かった。
ギルドのカウンター前で、俺は依頼一覧を熟読していた。
「ふ~む」
「あの~、アカネさん?」
「んにゃ?」
「えっと、もう十分もそうしてますけど。どうしたんですか?」
そんなに読んでたか、しかしどう伝えたもんか。
「ん! ああ、べ、別に~」
「すごい目が泳いでますけど……」
「な、なんでもないやい! また来るから!」
パパっとアトリエに戻るよ!
………………
…………
……
「また来ました」
「えっと……」
フィリーちゃんの視線は俺の手に提げたカゴに向かっていた。
ビンやら、薬やら、なんやらが大量に詰め込まれている。
「もう一回依頼見してくれ」
「あ、はい。どうぞ」
俺は依頼の一覧表を受け取った。
「にー、しー、ろく、や……」
「? 何数えてるんですか?」
「いやー、うん。……ごめんなさい」
「い、いきなり謝られても……」
俺は今から、外道の所業する。
いくら謝っても謝りきれん。
「依頼を受けよう」
「あ、はい。どれですか?」
「これと、これと、これとこれにこれ、あとこれとこれに……」
「……あ、あの多くないですか?」
「そんなことはない」
「あ、あの、納品関係だとすぐに納品してもらった方が楽でいいんですけど……」
そう言いながら、フィリーちゃんはまた俺の持っているカゴに目を向けた。
「別にこのカゴは関係ないです。ホントデス」
「で、でも……」
カゴからはフラムがはみでている。依頼書にもフラムがある。
白々しいだろう、だが俺は心を鬼にする。
「お願いします」
「あ、う、うう、お仕事増えちゃう……」
小声で何か言ったが聞こえん!聞こえんぞ!
「ぐ、ぐおお……」
「苦しいのはわたしの方ですよ……」
そう言いながらも、依頼の手続きをしてくれていた。
いろいろすいません。
…………
……
「えっと、全部で九個で、期限は二ヶ月です」
「ああ、ありがとう」
大分大変だったようで、若干涙目になっている。
「はいこれ」
カウンターの前に置くのは、手続き中に用意した。依頼の品物。
「…………」
「どうしたんだ? 依頼完了だよ?」
「あ、アカネさん。わたしのこと、嫌いなんですか……?」
「むしろ好きだ。だが、君が受付嬢なのがいけないのだよ」
「いじめです……」
「ハハッ」
さすがのフィリーちゃんも怒ってるようで、眉間にしわがよっている。
「がんばれ! がんばれ!」
「アカネさんなんて嫌いです……」
「…………」
精神攻撃には精神攻撃か、成長したな。
なんか胸が痛いよ。
…………
……
「依頼料合計二千コールです」
「フィリーちゃん。もっと笑顔にならなきゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ☆」
「…………むう」
「いや、ほんと悪かったよ。これにはやんごとない事情がだな」
「事情ですか?」
よかった、食いついてくれた。
「一言で言えば、トトリちゃんが俺よりワンランク上」
「そ、それは……ご愁傷様です?」
「お、オホン! それで、ポイント集めに奔走しているんだよ」
「あ、そういうことですか」
そう、俺は別にフィリーちゃんに嫌がらせをしに来た訳ではない。
あれは、あくまでポイント集めのためだ。
「前にさ、依頼を三つ同時に報告したら、アカネは三人いるとか言うのがあったから、もっと多くすればと思った訳だ」
俺って頭いい!
「確かに九個はありますけど、酷くないですか?」
「そこは素直にごめんなさい。それで? 何ポイントなんだいな?」
「えっと、10ポイントですね」
「ガッテム!」
「ひゃ!?」
思わず拳をカウンターに叩きつけてしまった。
残り10ポイント、果てしなく遠く思える。
「何かすぐにできそうな奴ない? あと10なんだけど……」
「す、すぐにですか……」
フィリーちゃんは難しい顔をして考え込み、言葉を発した。
「えっと、同じ服を一年着るっていうのがあるんですけど」
「いや、待て。俺はすぐにできるのが良いって言ったんだが?」
「え? でも、アカネさんいつも同じ服着てますし」
「い、一応これは三世代目だもん! そんなにずっと同じの着る訳――!!」
途端に俺の頭に電流が走った。
……俺って、最初の一年以上、ずっと同じジャージ着てなかった?
「…………」
「え、あ、アカネさん。まさか……」
「ま、待て! 誤解だ!」
俺が顔を上げると、フィリーちゃんが若干引いていた。
「い、一応、洗濯はしていた!」
「…………」
ま、また一歩下がられた!?
「こ、これに変えたのは2ヶ月前だから大丈夫だ。うん」
「あ、そうなんですか」
「誤解が解けて嬉しいです」
あやうくゴミ男認定を受けるところだったな……。
「まあよくないけど、いいや。申請してくる」
俺はそう言って、隣の受付。クーデリアさんの下へ向かった。
「クーデリアさん! ランクアップ手続きを!」
「残念だけど、足りないわよ」
声をかけた瞬間にバッサリと一刀両断。何故に?
「話は聞いてたけど、あと5ポイント足りないわね」
「な、盗み聞きですか!?」
「あんたの声が無駄に叫んでるからでしょうが!」
「その発想はありませんでした。さすがギルドの責任者」
「……あんたがいない2ヶ月がいかに平穏か、よくわかったわ」
俺がいないと、刺激が足りないってことだよね。
「で、でも! それじゃあ、あと5ポイントどうすれば!」
「そうね~……」
「くー、クーデリアさん。何とぞお力添えを……」
「まあ、アトリエにあるあんたのコンテナを一杯にしたら、5ポイントくらいは――」
「アカネ君。な、何してるの!?」
「師匠! 止めるな! 止めないでくれ!」
その日、一日中、井戸とアトリエを往復する男がいたとかいないとか。
「コンテナを水で埋め尽くす!」
「わーん! アカネ君がおかしくなっちゃったよー!」