「…………うん? ……ここは」
目を覚まし、俺の目に映った天井は一度見た事のある物だった。
「医務室か……。あ痛!」
体を起すと、俺の体中に痛みがあった。
「うぅ……うん? なんぞこれ」
右手にはギプスが着けられ、上半身裸で全身に包帯が巻かれていた。
「おいおい。大袈裟すぎないか?」
そんな骨折してる訳でもないのに、皆俺が心配で仕方ないんだろうな。
「俺って愛されてるな。そう思うだろ?」
「ぷに~」
俺の横には既に目を覚ましていたぷにがいた。
こいつは全然怪我してるように見えんな。
「ふふっ、その証拠に、ほら耳を澄ませてみろ。俺のお見舞いに来る足音がするぜ」
「ぷに」
まったく人気者はつらいな。ほら、足音が止まった。
「あら、やっと気づいたのね」
「なんだ、俺じゃなくてぷにか。よかったな、愛されてるぞお前」
「ぷに! ぷに!」
この場面でクーデリアさんが来たら、お前に用があるに決まってんだろうが。
俺何も悪い事してないもん。
「それだけ元気ならもう安心ね」
「あ、はい。おかげ様で」
「ぷにに」
「それじゃあ、はいこれ」
「はい?」
クーデリアさんが俺に一枚の紙を渡してきた。
なになに?
「ええと…………は?」
そこには罪状のようなものが書かれていた。
『多数の冒険者への傷害行為』
『輸送馬車への妨害行為』等々
「つきましては賠償金三十万コール……コレマチガイ、オレワルクナイ」
「これでも最低限まで減らしてあげたのよ。感謝しなさい」
「ガー、ガー、ピッッーー」
ワタシノ電子演算プログラムニヨリマスト。
一週間で5000コールとスレバ、1ヶ月で2万コールとナリマス。
ツマリ15ヶ月で返済完了とナリマス。
「ガーッ! ガッー! システムエラー! 強制終了シマス」
俺の人生シャットダウン。
クーデリアさんの冷めた目線でクールダウン。
「YO! YO! ダウン! ダウン! 借金生活でノックダウン! FU!」
「ぷに……」
「何キチ○イ見る目で見てんだよ。つーか、悪いのは全部お前だろうが!」
「ぷに~」
この野郎、俺に全部押しつけて済ますつもりだな。
それなら俺にも考えがある。
「はい! 先生!」
「……だれが先生よ。で、何かしら?」
「実は、ぷにくんは食べすぎで暴れてただけなんです!」
「ぷに!?」
道連れじゃ、貴様もろとも地獄に落ちてくれる!
「ふ~ん。まあ、別にそんな事はどうだっていいわよ」
「な!?」
「ぷに~♪」
「ギルドとしては、そっちの方が重要だもの」
そう言って、クーデリアさんは俺の持っている紙の方に目線をやった。
これか!この紙切れがいけないのか!
「……なら! この紙をぷにに渡すのはどうでしょうか!」
「相棒の責任はあんたの責任でしょ。第一、あんた言ってたじゃないの」
「な、何をですか?」
「全部俺に任せろーって、みんな聞いてるわよ」
ああ、あの時の覚醒オレ状態だった時か、いやでもさ……。
「そんなニュアンスで言って!ません!」
何という詐欺、『いえ結構です』って言葉を肯定って受け取るようなもんじゃないか。
「男のくせにみっともないわよ。ちなみに期限は2年以内だから、せいぜい頑張りなさいよ」
「そ、そんな」
「大丈夫。錬金術の修行ついでに依頼をこなせばすぐ終わるわよ」
そう言って笑いながら、外へと出て行った。
悪魔め。
「あはは、借金返すのが目標なんて主人公っぽいな」
「ぷにににににに」
「死ね! ――がああ!?」
ぷにに左ストレートを叩きつける、避けられる、怪我で体が軋む、超痛い。
「これで勝ったと思うなよ……」
「ぷに……」
ぷにが憐みの目で見てきた。元凶のくせに……。
「今たぶん、十万コール弱くらいはあったかな……」
「ぷに!」
「全然足りねえよ! しかもこれ! 将来のアトリエ建設費だから!」
身内の不祥事で金を消費するなんて、そんな経験したくもないかった。
「十万コールを元手に一発当てるとか?」
「ぷ、ぷに!?」
「探したら、賭場の一つや二つ見つかってもいいはずだ……」
「ぷに! ぷに!」
そうだよ。こんだけ金があれば20万くらいすぐに……。
「ぷに!」
「がはっ!」
腹に。ズドンと。来た。
「――――ッ!!」
「ぷに! ぷにに!」
「と、止めるにしても。ほ、方法ってもんがなっ!」
痛みに耐えながら抗議していると、医務室の扉が開いた。
「し、失礼します」
「お、おう。フィリーちゃんじゃないか。どうしたんだ?」
俺は無理矢理息を整えて、あたかも平静のように振る舞った。
「えっと、クーデリア先輩にこれを持ってくように言われて……」
そう言いながら、俺に数枚の紙束をいつも通りおどおどと手渡してきたが……。
「えっと、どうぞ」
「…………」
俺は無言で手を引っ込める。
「え、えっと……」
俺の行動に戸惑っているようで、どうしようかとおろおろしている。
見ていて可愛……可哀相だが、クーデリアさんからさっきもらった紙が、地獄への切符だったことを俺は忘れていない。
「そ、その紙には……何て書いてある?」
「え? えっと……診断書、ですけど」
「? 診断書?」
俺はほっと一息ついた。
よかった。追い打ちじゃなくて本当によかった。
「わあ。アカネさん身長大きいんですね」
「ちょ、ちょっと!み、見ないでくれよ恥ずかしい」
「あ、ごめんなさい。つい、目に入っちゃって……」
フィリーちゃんが謝りながら俺に紙を渡してきた。
何か悪いことした気分になってしまう。
「お、おお! マジででかいな俺!」
夢にまで見た180。成長期ってすばらしい。
つか、2年以上身長は測らない俺って……。
「ところで、フィリーちゃんって身長何センチなんだ?」
「え、えっと、たしか155です……」
「…………」
まさか正直に答えてくれるとは、俺の悪戯心が疼いてしまうじゃないか。
「血液型は?」
「O型ですけど……」
「……スリーサイズは?」
べ、別に聞きたい訳じゃないんだからね!流れで次はこれだろって思っただけなんだから!
「……え、えっと、そのですね……」
「い、いや答えなくていいんだからな」
顔を真っ赤にして、ちょっと脅かしたら言いそうな雰囲気だったので、さすがの俺も止めてあげた。
この子は本当、もうちょっと強気な態度になってもいいと思うんだけどな。
「あ、アカネさん。女の子には言っていい冗談と悪い冗談が……」
「もうちょっとキツク言ってみ?」
「え?…………」
「…………」
「…………」
あ、涙目になっちゃった。
「やっぱり無理か」
「……アカネさん。わたしで遊んでませんか?」
「ははっ」
「うう、やっぱりそうなんだ……」
「だって、ベッドの上にいると暇なんだもん」
筋トレもできなければ錬金術も使えない、その上借金まみれ。
「疲れてる時はさ、犬とか猫とかと戯れるといいと思うんだよ」
「わたしは人ですよ……」
「待てよ……」
突然、俺の脳内にインスピレーションが舞い降りた。
犬、猫、獣、獣耳……猫耳フィリーちゃん。犬耳師匠。猫耳トトリちゃん……。
「…………」
なんてことだ、こんな所で世界の真理に触れてしまうとは。
これはまさしく、賢者の石を作成するに等しい所業……。
「こんなとこで寝てられねえ!」
俺は怪我の痛みも忘れ、ベッドの上に立ち上がれ……なかった。
「あ! 足が! のののん!」
「あ、アカネさん! な、何してるんですか!」
フィリーちゃんが珍しく大きな声を出してきたが、そんなことに構っていられないほどの痛みが俺の足に響いた。
体は自然と先ほどと同じ体勢に崩れ落ちた。
「こ、これは一体……」
「もう、驚かさないでくださいよ……」
「あ、ああ。悪かった」
俺は自分の現状を把握するためにもさっきもらった紙を左手を使って読み始めた。
「右手骨折、両下腿にひび及び重度の火傷、全身の裂傷。全治2ヶ月……」
下腿ってひざよりも下の部分だっけか?
いや、しかしこれは……
「すごいな俺」
「そうですよ、ここに運び込まれた時みんな心配してましたよ」
「あ、いや。たぶん考えてる事に違いがあるわ」
俺がすごいと言っているのは怪我の度合いの話ではなく、ほとんどが俺の使った技の反動という点だ。
飛ぶときに火傷して、着地してひび、叩きつけた拳で骨折。
「ぷに、お前よく無事だったよな」
「ぷに?」
骨折するほどの勢いで叩きつけたのに、こんだけピンピンしてるとはな。
「む、肋骨も何本かやられてるのか。手袋なかったらどうなってたんだか……」
「? 手袋……?」
「ああ、いや、別になんでもない。気にするな」
俺は誤魔化すようにページをペラペラと捲っていく。
「…………あ?」
治療費・1万コール
「…………」
そりゃね、こんだけ怪我して運び込まれたら高くつくよね。
「もうやだ。お金嫌い……」
「ぷにー」
黙ってろ元凶。