アーランドの冒険者   作:クー.

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三年目『二十歳なりの日常』
俺の相棒 中編


 俺はギルドの扉を叩き開けた。

 ギルド内の空気がいつもよりも騒がしい。

 

「おい! あれはどういうことですか!?」

 

 俺はギルドに着くなり、クーデリアさんの居るカウンターに詰め寄った。

 俺の視線の方向にあるのはギルドの掲示板。

 

「何でぷにが! 意味が分からん!」

「……わたしだって不本意よ。でもね、仕方ないのよ」

 

 クーデリアさんは辛そうに顔を伏せた。

 それでも自分の意志とは関係なく言葉が口から出てきてしまう。

 

「急展開すぎるだろ! 何の前触れもなしにこんな事ってねえよ! 何とかならないんですか!」

「……悪いわね。被害が出ている以上見過ごすわけにはいかないのよ」

 

 そんなことは俺だって分かってる。

 各地での冒険者への被害、馬車への攻撃。ここまでやれば当然ことだ。

 だけど、それでも……。

 

「…………っ」

 

 何か言いたい、けれどうまい言葉が出てこない。

 あいつは俺の相棒だから、全部俺に任せろ。そう言いたい。

 俺が弱いばかりに、それを言葉にできない。

 

「今のあんたにこんなこと言いたくないけど、帰ってもらえないかしら。見ての通りギルドも立て込んでて忙しいのよ」

「…………」

 

 俺は黙ったまま踵を返した。

 今の俺がここにいたところで、何にも出来ないのは目に見えている。

 何より、あの様子のクーデリアさんは見ていられなかった。

 

 

「なあ、噂の白ぷにとか言うのアイツ討伐に行ってみないか?5人もいればやれるって」

 

「――――ッ!」

 

 名前も知らない冒険者だが無性にイラついた。

 お前らごときで相棒を倒せるかと、何も知らないでと大声で叫びたかった。

 

「ちっ!」

 

 これ以上ここにいると自制が効かなくなりそうだ。

 とっとと出るとしよう。

 

 

…………

……

 

 

 

「あ、えっと、おかえり!」

「…………ああ」

 

 宿屋に向かおうと思っていたのに、何故か自然と足がアトリエに向かっていた。

 俺が扉を開けると、師匠は明るい声で迎えてくれた。

 

「今ちょうどパイ作った所なんだよ。一緒に食べよう」

「……気分じゃない」

「あ……うん。そっかー、残念だなあ」

「…………」

 

 心の中で自分に対して悪態をついてしまう。

 師匠が無理にいつも通りに振る舞ってるんだから、いつもの調子を取り戻せよと。

 

「えっと、その、アカネ君。元気出して」

「…………」

「だ、大丈夫! きっとなんとかなるから!」

「なんとかって何だよ!!」

「ひうっ!」

「…………あ」

 

 何やってんだよ俺。

 師匠に苛立ちをぶつけるなんて最低だろ。

 

「わ、悪い」

「あ、アカネ君……」

 

 バツが悪くなった俺は、すぐにアトリエから出ていった。

 

 

 

「……はあ、何しに来たんだか」

 

 特に用事もないのに出向いて、怒鳴ってさようなら。

 本当、何やってんだか。

 

「最近噂の……」

「ああ、あの……」

 

 所々で街を脅かすモンスターとなった相棒の話を耳にする。

 街も心なしかいつもより活気がなかった。

 

「ん? あれは……?」

 

 当てもなくふらついていると、ミミちゃんが誰かに肩を貸して歩いているのを見つけた。

 さっきの師匠の件もあるし、あまり人と関わらない方がいいよな……。

 

「あ、ちょっと。あんた!」

「う……」

 

 背中に目でも付いているのか、俺が来た道を戻ろうとしたら声をかけられた。

 

「ちょっと手伝いなさいよ。こいつ重くてしょうがないのよ」

 

 そこには息も絶え絶え、ボロボロの防具を纏った冒険者と思われる人物がいた。

 

「ほら、早くしなさい」

「……わかったよ」

 

 さすがにこの怪我の様子をみたら、放ってはおけない。

 前のステルクさん同様、切り傷、火傷、打撃痕など様々な傷が付いている。

 

「…………ぷに」

 

 俺は無意識に相棒の名前を呟いていた。

 

 

…………

……

 

 二人で肩を貸して、ギルドの医務室まで運びこみ、受付のある広場にいた。

 

「珍しいな、ミミちゃんが人助けなんて」

「あら、シュヴァルツラング家の当主として負傷した人間がいたら手助けするのは当然よ」

「そうかい」

 

 正直、ただの気まぐれなんだろうなって思っている俺がいる。

 

「で? どうすんのよ?」

「は? 何がだよ?」

「決まってんでしょ、あんたの相棒よ。まさか、このまま黙ってる訳じゃないわよね」

「…………そのつもりだって言ったら?」

「あんたとの縁はここまでになるわね」

 

 かなりきつい仕打ちだが、今の俺には甘んじてそれを受けるしかない。

 

「……俺じゃあ、無理なんだよ」

 

 ステルクさんですらやられた。

 数多くの冒険者がやられた。

 

「大陸のあちこちに出現する凶悪モンスター、人々を脅かす恐怖の存在。それが今のぷになんだよ。一躍有名人だ。ちょっと妬けるな」

「それで?」

「あ?それでってなんだよ?」

「それで終わりなのかしら?」

 

 そう言うとミミちゃんは俺を小馬鹿にするような目で見てきた。

 

「悲劇のヒーローなんて安っぽいキャラ、あんたそういうの嫌いだと思ってたのだけれど」

「んな!?」

「ここでわたしが、見損なったわ!とでも言えばいいのかしらね?」

「そ、そんなことは……」

 

 ないとは言えない。事実そうなると思ってた。

 

「まったく、あんたらしくないわよ。気持ち悪い」

 

 何か前、メルヴィアにも同じこと言われた気がする。一言余分だけど。

 俺が落ち込んでるのがそんなにいけないのかよ。

 

「逆に聞くけど俺らしい行動って何だよ?」

「……考えなしな行動とかかしらね」

「うわあ……」

 

 むしろそれは俺じゃなくてぷにだ。

 計画犯がぷにで、俺が実行犯みたいな。

 

「……でも、そうだな」

「は?」

「んにゃ、俺はぷにがいなきゃ何もできないってことだよ」

「そんなこと知ってるのだけれど」

「…………コホン! つまりだ!」

 

 無理やり咳払いで誤魔化し、俺は話を続けた。

 

「こっちに来た時は、ぷにがいたおかげで街に着けた。ぷにがいたから俺は冒険者になれたんだ」

 

 最初の出会いがなければ、俺はどうなってたのか、想像もできない。

 

「ぷにがいたから退屈しなかった。ぷにがいたから無茶もできた」

 

 もしも、流された後に再会できなかったら、俺は平々凡々に暮らしてたかもしれない。

 

「で? 結局、何が言いたいのよ」

「つまり! あいつがいないと何も始まらない! だから、俺が!」

 

 ミミちゃんの言う通り、さっきまでの俺は若干悲劇のヒーローなんて物を演じてた気がする。

 強さで適わないからあきらめるなんて、理由として弱すぎるだろ。

 

 そう、俺のこっちでの人生にはぷにがいつも関わっていた。

 そんな当然のことを、本人は意識してないだろうが、ミミちゃんの言葉で気づけた訳だ。

 だから、言えるこの言葉!

 

「俺がやる! そうだ! 俺に任せろよ! お前ら!」

 

 今だに白ぷに討伐とかの話でがやがやしてやがる阿呆共に俺は大声で叫んだ。

 

「ったく! お前らが俺の相棒を倒そうなんて片腹痛いんだよ!」

 

 さっき言いたかった事をいいながら、俺は掲示板の前まで歩いて行った。

 掲示板の人ごみが割れていく。気分はまさにモーセだ。

 

「はい! ビリビリー!」

 

 掲示されたぷにの張り紙を引き裂く。

 非難の声を浴びせられるが、気にする事はない。

 なぜなら、ミミちゃんが今俺の事を尊敬のまなざしで見ているから!

 

「妄想乙!」

「おい! 誰だゴラ! 俺の心読みやがって!」

 

 最近の冒険者はテレパシーでも使えんのかよ。

 

「クーデーリアさん!」

 

 俺はカウンターに駆け寄った。

 

「この俺! アカネに任せてください!」

「はいはい。分かったから、そんなに騒がないで頂戴」

 

 そう言いつつも、口元がゆるくなっている辺り今の俺を待っていたということか。

 

「あれですよ。さっきまでの俺は頭のネジが締まりすぎてたんですよ」

「逆に緩めすぎてる気がするわね」

「クックック。最高の褒め言葉ですよ」

 

 もうあれだね。冒頭から全部俺がそう言うキャラを演じてたと思ってくれればいいよ。

 あのダークアカネもとい黒歴史アカネ君の事はそういう扱いにした方が気が楽です。

 

「というわけで、師匠の所に行かなきゃいけないんで、さいならー!」

 

 ああ、クーデリアさんの下からこんなにテンション高く去れたのはいつ振りだろうか。

 

 

…………

……

 

 

 

「師匠! たっだいまー!」

「あ、あれ? アカネ君?」

「ああ、それでだな。さっきはすまなかったな」

「あ、うん。ちょっと驚いたけど平気だよ。アカネ君が元気になってくれて嬉しいし」

 

 えへへーと笑う師匠。この人は本当に良い人と言うしかないな。

 むう、このまま許されちゃ俺の気が収まらん。

 

「お詫びに、師匠の願いを何でも一つ叶えてしんぜよう!」

「え! ほ、本当!?」

 

 師匠は途端に目を輝かせた。……早まったかも。

 

「お、男に二言はない……が、今はやる事があるから後にしてもらいたい」

「うん! えへへ、どうしようかなー」

 

 不吉な笑いを背に俺は本棚の本を漁った。

 俺がぷにに勝つには、俺が奴よりも勝っている点。つまり錬金術で対抗するしかない。

 それにぷにだって万能じゃない、いままでの戦いでもそれはわかっている。

 

「お、あったあった」

 

 俺が呼んでいる本は『季刊錬金術・二号』あまりの需要の無さにすぐ絶版した悲劇の本だ。

 

「魔法の鎖……」

 

 相手の素早さを遅くする効果を持つ鎖、これがあれば動きを鈍くさせられるはずだ。

 今の俺に作れるかはわからないが。

 

「あとは……」

 

 何か一時的に体力を上げられるような物が欲しいな。

 

「…………」

 

 俺は横目でちらりとまだトリップしている師匠を見た。

 あれでも偉大な錬金術師なんだし、聞いてみるか。

 

「師匠、ししょー、師匠!」

「わっ! な、なに?」

「やっと気づいた……。ちょっと聞きたいんけど、持久力とかを一時的に上げられる薬とかないか?」

 

 なんかこの聞き方、社会的に問題アリアリだな。

 

「うーんと、あるにはあるけど、今のアカネ君じゃまだ作れないと思うよ……」

「……師匠が作ってくれませんか?」

 

 ちょっと腰を落として上目遣い。敬語を使ってキャラ作り。

 

「ま、任せて!わたしがんばる!」

「…………」

 

 我が師匠ながらちょろいな。

 

 

「まあ、でも」

 

 これで少しは光が見えてきた。勝てる確率は九分九厘と言ったところか。

 十回に一回勝てるんだ、バカにしたもんでもない。

 

「待ってろよ……」

 

 理由は知らんが、お前が暴れてるなら相棒として俺が止めてやる。

 


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