アーランドの冒険者   作:クー.

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お姉さんと真面目な空気

 

「うーむ、家族か……」

 

 

 俺はゲラルドさんの店で座り込んで、数日前の冒険でミミちゃんに聞かれたことを考えていた。

 

 

「言われなきゃ気づかないって時点で親不孝だよな」

「ぷに」

 

 テーブルに乗っているぷにが、まったくだと言うように頷いた。

 

 

「ぷには家族いたりすんのか?」

「ぷにぷに」

 

 ぷにが体を横に振った。どうやらいないようだ。

 

「そっか。しかし、どうしてんのかね~」

 

 

 俺が考え込んでいると後ろから声がかかった。

 

「何悩んでんのよ?」

「家族について~」

 

 声の主はメルヴィアだが、こいつに悩みを言うってのは正解なのだろうか。

 案の定というべきか、からかった様な笑みを浮かべてる。

 

「あら、ホームシックかしら?」

「違う。俺だって人並みにそういうことで悩むってだけだ」

「ぷにに」

 

 ぷにがつい最近まで忘れてただろと言うようにツッコミを入れてきた。

 

「あれ? そいや、メルヴィアって俺の出身知ってたっけ?」

 

 こっちに戻ってくるまでは、なるべくこの設定隠してたから言ってなかった気がする。

 今となってはもうどうでもいい話だ。交友がある人には大体知られちゃったし。

 

「ええ、トトリから聞いたわ。未だに信じられないけどね」

「失敬な」

「トトリはあんたのこと、そこまで強くないけど凄い冒険者って思ってるみたいだけど……」

 

 トトリちゃんが俺のことをどう考えているのかがやっとわかった。

 

「うむ。これからは一層良い冒険者として働くとするか」

「話を遮らないでよ。私にはね、あんたが海を渡ってきたってことが信じられないのよ」

「…………」

 

 どうしたもんかね。ミミちゃんに言ったような誤魔化しが通じそうにない。

 何というか、やたらと真剣な空気を感じる。

 航海に何か思い入れがあるのか、単純に俺の能力を考えてのことか……。

 

 

「待て待て。どうしてそんなに疑うんだよ。今更、俺の出身なんてどうでもいいだろ?」

 

 自惚れかもしれないが、出身うんぬんとかで仲違いするような関係ではないと思っている。

 

「確かにそうだけど。でも、トトリにだけはそういう嘘をついてほしくないのよ」

「そういう嘘ってなんだよ?」

「海を渡ってきたってことよ。結局のところどうなのよ?」

 

 海を渡ってきたことか……確かに嘘だ。

 そして、付き合いはそんなに長くないがメルヴィアが珍しく、いや初めてこんな真面目に語ってきているんだ。

 どうするかね。疑ってるだけだし、違うって言えばそれはそれで良いけど、何か理由があるのかもしれないし……。

 

「ふむ。何か理由があったりするのか?」

「ええ。結構大きな、あんたに話せないくらいの」

「…………」

 

 う~、空気が真面目すぎる。

 そこまでして、この嘘を突き通す理由は…………あるにはあるか。

 

 トトリちゃんは俺の恩人だから、悲しませるような真似はしたくない。

 俺がこの嘘を明かしたら、トトリちゃんはたぶん悲しむだろう。虚構とはいえ、尊敬している冒険者が違う存在になってしまうのだから。

 ならだ。よく分からない理由で明かすよりは隠し続ける方がいいと俺は考える訳だ。

 

 

「俺は本当に海から来ました。はい! この話終わり!」

「そう。まぁあんたがそう言うならそうなんでしょうね。……ふう、久々に真面目に話してたら疲れちゃった。ゲラルドさん、何か飲み物!」

 

 メルヴィアが俺のテーブルの椅子に腰を下ろすとゲラルドさんに適当な注文をした。

 そういや今日はツェツィさんいないのな。

 ゲラルドさんが家は酒場なんだがって言ってるのが聞こえた。今更な気がする。主に客の入り的な意味で。

 

 

「はあ、俺も久々に真面目にしたから疲れたな」

「あんたはもっと真面目にしてた方がバランスいいと思うけどね」

「ぷに!」

 

 ぷにが同調するように鳴いた。

 

「誰がノリだけの軽い男だって?」

「いや、そこまで言ってないわよ」

「まぁ、確かに俺のこっちに来た時の軽さは凄まじかったが……」

 

 今でも思い出すな。あの壊れたテンションでぷにを襲ったあの日を。

 

「ふう」

「何、遠い眼してんのよ……」

「いろいろと懐かしんでるんだよ。あと2ヶ月くらいで半年経つからな」

「やっぱりホームシックじゃない」

「違うわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 あれからダラダラと会話すること数十分。

 

 

「そーいや、メルヴィアってミミちゃんと会ったのか?」

「会ったわよ。かわいいわよね~あの子」

「まぁ、面白い子ではあるけどな」

 

 すぐに怒っちゃうので扱いは難しいけどな。

 怒らせるともれなくトトリちゃんに怒られてしまうからな。

 

「トトリとはこれからも仲良くしてもらいたいわね」

「まぁ年が近い女の子なんてミミちゃんくらいだもんな」

「そうなのよね。年が近い子自体ジーノ坊や意外にいないし」

 

 ……そういや未だに後輩君に会ってないな俺。

 

「話を変えるが、後輩君に俺まだ会ってないんだが、どこにいるんだ?」

「あの子ならあんたが帰ってくる日にちょうど冒険に出てったわよ。ちょっと遠出してくるって言ってたから、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら」

「んなタイミング良く帰ってこないだろ」

 

 帰ってきたらそろそろ俺はメルヴィアを人外認定するぞ。

 

「言ったわね。なら賭けましょうか、今日帰ってくるに1000コール」

「いいだろう。今日帰ってこないに2000コール」

「あら、随分自信あるみたいね」

「そりゃ、確率的に考えて俺が有利に決まっ……?」

 

 後ろを振り向くとバーの扉が開かれようとしていた。

 

「嘘だろ……」

 

 メルヴィアの方に顔を向けると凄いニヤニヤ笑ってる。

 

 そうしている間にも扉は開かれて、今一番見たくない顔が見えた。

 

 

「お! 先輩だ! 久しぶりだなあ!」

「帰れ! 帰れ!」

「往生際が悪いわよ」

「後輩君なんか嫌いだ……」

「ぷにぷに」

 

 俺がテーブルに突っ伏すとぷにが伝統の慰め方をしてくれた。

 

「俺の味方はお前だけだよ……」

「よく分かんないけど、悪いことしたか?」

「気にするな、そこの人外が悪い」

 

 エスパーだろ。これもうエスパーの領域だろ。

 筋肉系エスパー少女とか無敵じゃねえか

 

「随分な言い草ね」

「後輩君が帰ってくるタイミング当てるとかおかしいだろ」

「? 当てるって、俺さっきメル姉とそこで会ったぞ」

「は?」

「あら、もうばれちゃった」

 

 俺はパチパチと瞬きをした。つまりあれか、これは……。

 

「イ・カ・サ・マ!」

「はい正解。賭けは無しにしてあげるわ」

「当り前だ!」

 

 くそっ! この程度の罠にまんまと引っ掛かるなんて、窮地で圧倒的ひらめきなんて起こらないってことかよ!

 何よりメルヴィアに騙された事に対する悔しさが一番でかい。

 

「メルヴィアって俺のこと嫌いなん?」

 

 再びテーブルに突っ伏す俺となぐさめぷに。

 

「嫌いじゃないわよ。ただ、いじると面白いだけよ」

「後輩君チェンジ、この役割いらない」

 

 俺は突っ伏したまま腕を上げて手を振った。

 

「…………」

 

 

 ……あれ? 返事がない。

 

「ジーノ坊やなら依頼の報告しに行ったわよ」

「……後輩君にまで裏切られるとは」

 

 絶望。この気持ちがそうなのですね。

 

 

「悲しい。メルヴィアの俺の扱いとか後輩君の態度とか諸々悲しい」

「でも、最初に喧嘩売ってきたのってあんたでしょう」

「うっ! い、痛いところを」

 

 あの日のことを思い出すと腕が疼いてしまう。

 主に恐怖や悔しさで。

 

「もう一回やってみる?」

「勘弁してくれ、やるとしてもあと何年後かでお願いします」

「根性がないわね」

 

 呆れたような目を俺に向けてくるメルヴィア。

 確定的に勝てない勝負に根性なんて関係ないと思います。

 

「あの痛みと悲しみはわかるまい。あれ以来、俺は前よりも筋トレを念入りにやるようになったんだぞ」

「いいことじゃない」

「え?……本当だ」

 

 あれか、負けた悔しみをバネにして頑張るスポーツ選手か何かか、俺は。

 

「ふん。メルヴィアよ。俺を負かしたこと、いつか後悔するぜ」

「はいはい楽しみにしてるわ」

 

 そう言いながらグラスを傾けるメルヴィア、強者の余裕ってやつか、やたら様になってはいるが。

 

「さてと、明日も仕事があるし俺はそろそろ帰るわ」

「真面目ね~。まあ、そんくらいしないとランクも上がらないわよね」

「うむ。トトリちゃんに追い越されでもしたら目も当てられないからな」

「あんたがそう言うと、ありそうで怖いわね」

 

 うん。俺も今フラグ立てたって思ったわ。

 

「んじゃ一発なんかオチをお願いしますよメルヴィア先生」

「オチって何よ、オチって」

「要は面白い事言えってことだ」

 

 何かこう、このままメルヴィアと平和に分かれては俺のアイデンティが許さない。

 かといって酷い目に遭いたくもないからメルヴィア姐さんにお願いする次第だ。

 

「…………」

 

 意外に考え込んでいる、こういうのはスパッと言った方が面白いんだがな。

 

 

「えっと、アーランドに行ってるトトリとかけましてその間のツェツィとかけます」

 

 ……落語? こっちの世界に落語ってあるのかよ。

 慌てようが見てて可哀相なので乗ってあげるか……。

 

「その心は」

「二人とも落ち着かない」

 

 …………

 

「メルヴィア、今度俺がお笑いについて教えてやんよ」

「――っ!」

 

 赤くなっているメルヴィアは若干かわいかった。

 

「お後がよろしいようで」

「ぷに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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