ギゼラさんが帰って来てから数週間、最初こそは村もギルドも上や下やの大騒ぎだったが、今となってはすっかり大人しいモノだ。
こないだ開催した打ち上げの時にババーンと紹介したら、クーデリアさんが頭を抱えて感動していたのが印象的だな、最近胃薬を飲んでいる姿を見ることが多いが、まあ関係ないだろう。
一歩の俺は未だに特大爆弾のせいで現実を受け入れられてない訳だが。
俺は最初にココに来た時に居た場所、うに林の草むらに寝転がりながら呟いた。
「帰れちゃうんだよなあ?」
「ぷに」
「去り際の言葉はやっぱりI'll be backか?」
「ぷに?」
「いや、なんでもない」
なんとはなしに、俺は何度読んだか分からない手紙に再び目を通した。
『私の実験に巻き込まれた哀れな人間がいるとは思えないが、まあコレを読んでいると言う事はいるんだろう。
ただこんな届くかも分からん手紙に割く時間も惜しい身だ。用件のみを手短に書かせてもらう。
まずは名乗ろうか、私こそが黒幕のアストリッド・ゼクセスだ』
「……絶対にニヤニヤしながら書いてるよなあ」
「ぷに……」
文章の導入から達の悪さがにじみ出てきている。
ねじ曲がりにねじ曲がった挙句にねじ曲がった性格をしているに違いない。
『そもそもの発端は私の高尚な目的にある。
そのために物理的な時間の巻き戻しなどを考えてみたが、今となっては見当違いな事をしていた。
そして今回の原因がまさにそれにある。
まずは時間と空間の関係性についてたが……まあ理解が及ぶはずもないので省かせてもらおう』
「バカにしないで頂きたい」
「ぷにに」
「いや、条件反射でツッコミがな」
それにしても、時間を巻き戻す事を考えるほどの目的か、きっと俺程度じゃ考え付かない様なもんなんだろう。
俺なんてそんな技術があったら、師匠の今より若い頃を見てみたいくらいの俗なことしか思いつかない、俺の頭よもっと働け。
「やっぱり世界の法則を捻じ曲げるとか、そういう感じのラスボスっぽいことなんだろう」
「ぷに!」
『数年前の実験でちょっとしたミスを起こしてしまってな、どこかで超局地的に時空が乱れた結果がおそらくはお前だろう。
まあ怒る気持ちもわかるが、猿も木から落ちると言うじゃないか、許せ。
ちなみに帰り方だが、二枚目のレシピをアーランドにいるロロナという私の弟子を訪ねて作ってもらえ。
ではな、まあ貴重な体験ができたと思えば悪くはないだろうさ。
稀代の錬金術士アストリッド・ゼクセス』
手紙はこれで終わりだ。
こればっかりは、何度読んでも思う事は一つだ。
「なにが凄いかって、一切反省の色が見られない点だよな」
「ぷに~」
帰れなくて悩んでいる俺の現状をこのほんの数文で逆転させるのが、こんな軽い文章と言うのが納得いかない。
これだから天才という人種は始末が悪い。
「……ちょっと思いついた事があるんだ」
「ぷに?」
何度も読み直しているうちに気付いてしまった。
「文末文末に(笑)をつけると凄い自然に読めるぜ」
「ぷに……」
どうでもよさげだが、ちょっと例を考えてみよう。
『まあ怒る気持ちもわかるが(笑)猿も木から落ちると言うじゃないか(笑)許せ(笑)』
『まあ、貴重な体験ができたと思えば悪くないだろうさ(笑)』
「ぷに!?」
「なあ、知らないはずの相手の顔まで浮かんでくるだろ?」
「ぷに~……」
これに気付くまでは『許せ』がちょっとしんみり感じたけど、気づいてしまったらこの有様だよ。
腹が立つ、誠に遺憾である。
「なんだろうな、この手の平でコロコロ転がされている感じ」
「ぷに~」
俺が怒る事さえも計算づくとしか思えない。
「とにかく! この赤いトラベルゲートさえあれば帰れる。それが重要だ」
「ぷに」
ポーチから取り出したるは、赤い粒子がわっかの形になっている、いつも使っているトラベルゲートの色違いバージョン。
「そして! 俺は今から始まりの場所ことうに林から、皆に順にお別れをしに行く。おーけー?」
「ぷに」
帰ってこようと思えばすぐに帰ってこれる感じのアイテムだが、向こうで何があるかも分からないから挨拶はしっかりしておかねば。
例えば両親が病に倒れてたり、俺が事故に会ったり、他には……。
「一番可能性が高いのは、奇跡的に発見された青年アカネという特番が組まれて、一躍スターへの道を歩んでしまった挙句……」
「ぷに!」
「ぬはっ!?」
頭のてっぺんから全身に衝撃がキタよ!
思わず起き上ってしまったじゃないか。
「ここからドロドロの愛憎劇が始まるところだったというのに」
「ぷに~」
ちょっとは真面目にやれとお怒りのご様子だ。
「俺だっていい大人だ。挨拶くらいしっかりとやるさ」
「……ぷに」
疑わしいという気持ちが前面に出た半目で睨まれた。
クーデリアさんの前で卒業式ごっこをしようと思っていたが、やめておこう。ボロボロで帰還は御免だ。
「……よし! 行くか!」
「ぷに!」
すっかり慣れ親しんだ林の道をぷにを先頭にして歩き出す、思い返してみれば、あの日ぷにに会ったのはかなり運命的な出会いだったな。
「礼は言わないぜ」
「ぷに?」
とぼけた鳴き声と共に跳ねながら振りかえるぷに、こいつに助けてもらったのも多いが、割りを食ったのも多い。
故に俺はありがとうなんて言いはしないぜ。
…………それに、今更言ったとしても絶対にバカにされるし、更に言うと照れ臭いからな。
……なんかイラッとしたから蹴り飛ばしておこう。
「ぷに!?」
俺に蹴られてボールのように茂みに飛んでいくぷに。
「お前が悪い」
ぷにのくせにちょっとしんみりさせやがって。
少し寂しい気分でぷにの飛んだ場所を見ると、ぷには茂みから這い出てきた。
その目は俺と同じように、どこか憂いを帯びていて……。
「ぷに!」
「貴様っ!」
そんな事はなかった。
獰猛な獣の様に俺に襲いかかってきたよこいつときたら、信じらんねえぜ!
おーけー、あの日とあの日の決着を今日こそつけてやるよ!
「で? なんであんたらはそんなにボロボロなのかしら?」
「だってぷにが……」
「ぷに~……」
第三次大戦は見事に引き分けてしまった。
まさか俺の投げたフラムを咥えて特攻を試みるとは、我が相棒ながらに恐ろしい奴だ。
「それで? 今日は何のようなの?」
「クーデリアさんの胃に優しい話です」
「あらあら、それは嬉しい限りだわ……」
珍しくとても乾いた笑みをうかべるクーデリアさん。
まったくクーデリアさんを困らせるなんて、ギゼラさんは本当に困った人だよ!
「一言で言うと、帰る算段がついたと言いますかね」
「本当!?」
あ、一転して嬉しそうな笑顔に、こんなに心の底から嬉しそうな笑顔を見たのは初めてだ。
それはそれで複雑な気分になるな……。
「ええ、ギゼラさんが俺に渡した手紙に色々書いてまして」
「……は?」
「それで、その送り手が師匠の師匠のアストリッドさんとか言う人で……」
特に悪い事はしていないはずなのに、目を逸らしながら言ってしまう。
師匠の師匠あたりで、クーデリアさんがハニワみたいな顔になるんだもん。
「俺がこっちに来た原因もその人らしく……」
「…………」
ちらりと顔を見ると、非常に神妙な顔をしていらっしゃるクーデリアさんがゆっくりと口を開いた。
「申し訳ないわね、ええ、そいつの弟子の友人として代わりに謝っとくわ」
俯いて、心底申し訳なさそうにクーデリアさんは言葉を紡いでいった。
あまりにいたたまれなくなり、俺は思わず口を開いてしまった。
「悪いのはアストリッドさんです! 会ったことないけど分かります!」
「まあそうなんだけど、そう、まさかあいつが……」
げんなりとした様子で、溜め息を吐くクーデリアさん。
「厄介者が厄介者を呼んだわけね」
「今から帰る人に向かって、酷い言い草ですね」
もっと涙ありの感動が欲しいんですけど。
「はあ? どうせ帰ってくるでしょうがあんたは、というか帰ってきなさい」
「く、クーデリアさんが! ついに、デレ――」
「借金はまだ70万コール残ってるんだがら、まさかとは思うけど……」
その先は目が語っていた。踏み倒す気じゃないでしょうね、と。
酷い、この場面で思い出させなくてもいいじゃないですか。
もしかしてこれがクーデリアさん流のデレですか!?
「それに、あんたがいなくるとロロナも寂しがるんだから、なるべく早く帰ってきなさい」
「クーデリアさん、一生のお願いです。優しい言葉をかけてください」
切実なお願いだった。
「……はあ、元気でやりなさいよ」
溜め息を一つ、その後にはいつもの不敵な笑みでそう言ってくれた。
「ええ、もちろんですとも!」
思い出してみれば、クーデリアさんには初対面から怒られっぱなしだった。
そして、怒られて怒られて……。
「クーデリアさん、何か俺いっつも怒られてる思い出しかないんですけど」
「あんたがバカだからよ」
「なるほど」
納得したところで、俺は横にスライドしていって聞き耳を立てていたフィリーちゃんの前に立った。
「アカネさん……」
「フィリーちゃん……」
最初は悲鳴を上げていた彼女も、今となっては立派な受付嬢か、感慨深いものがあるな。
「私、アカネさんと話した時間、絶対に忘れません」
「ああ、俺もだ」
得る物が何一つない、それでありながらどこか非常に濃い、実に無駄な時間だった。
ただ、妙な絆の様な物を感じてしまう。
「絶対に帰ってきてくださいよ、まだ見ぬ可愛い子はきっとたくさんいますから」
「……ああ!」
俺はフィリーちゃんに背を向けて、走り出した。
これで良い、最終日まで妄想討論会は流石に御免だからな。
……こんな別れ方で良いのだろうか。
所変わってサンライズ食堂、扉を開くと昼前で客入りが少なく、暇そうなイクセルさんがフライパンを拭いていた。
そして丁度よくカウンター席にはマークさんと親っさんが座っていた。
「いらっしゃいませって、なんだお前か」
「なんだとは何ですか」
昔は結構歓迎してくれたのに、弟子になったあたりから対応が雑になっている気がする。
「おう兄ちゃんちょうどいいところに来たな!」
「今からハゲさんと語り合うところだったんだよ、君も一緒しないかい?」
そう言って昼間だと言うのにビールで一杯にしたジョッキを二人は掲げていた。
すっかり仲良しだなこの二人は。
「そうしたいところですけど、今日はお別れに来たんですよ」
「お別れ?」
イクセルさんが拭う手を止めて素っ頓狂な声を上げて、俺の言葉を繰り返した。
「ええ、帰る方法を見つけたんで」
「ふーん、まあ元気でやれよ!」
親っさんは凄い良い笑顔でそう言い放った。
「あんまり重いのもアレですけど、軽すぎるのも考えモノですよ?」
「と言っても、君はどうせ帰ってくるんだろう?」
眉を下げて、マークさんは当然のようにそう言った。
皆が皆そう思ってくれるのはありがたいんだけどなあ。
「もっと感慨とかないんですか?」
「兄ちゃん……男が集まってそういうの期待するのは筋違いだぜ?」
「まあそうだよな。そういうのはロロナとかトトリあたりで充分だろ」
「……確かに」
うん、酷いくらいに正論だ。
「ああ、でもそういうことなら僕から君に見せたい物があるよ」
「マークさんから?」
「そうともさ。ハゲさん少し待っててくれたまえよ」
そう言うとマークさんは立ち上がって、扉の方に歩んで行った。
俺はそれに付いて外へと向かう。
「アカネ、帰ってくたらまた飯食いに来いよ!」
「兄ちゃん! 武器がほしくなったら俺んとこに来いよ!」
俺は振りむいて、笑みを浮かべながら手を振った。
返事はそれだけで、二人には十分だっただろう。
そしてマークさんについて行くと、路地裏に入り、見慣れた彼の家の前に。
「マークさん、俺茶色い虫と戯れるのは御免ですよ?」
「大丈夫大丈夫、あまりにも君が嫌がるからね、こないだ全部退治しておいたよ」
思わずほっと息を吐き出した。
それにしても、家の中にある見せたいものねえ?
ちょっとした期待を持ちながら家に入り、後をついて行くと、マークさんはかがみこんで、当然の様に床板を持ち上げた。
「ここが、僕自家製の地下室だよ。さあ、入りたまえ」
「いやいや! 何勝手に地下なんて作ってるんですか!?」
「はっはっは」
笑いながら地下へと潜って行くマークさん。
怖いもの見たさと言うべきか、俺も引かれるように降りて行ってしまった。
梯子から床に足をつくと、真っ暗で何も見えないが広い空間が広がっているのは雰囲気で分かった。
「では、まだ未完成だけど初お披露目だ」
パチリと、スイッチを入れる音が響くと同時に天井の電気がついて部屋全体が明るくなった。
そして、俺の目の前にある物は……。
「か、顔!?」
「そうともさ、君たちと協力して作り上げた前回のロボットを更にグレードアップしたものだよ」
そこには即頭部から二本の角を生やした、白い顔があった。
「……顔だけ?」
俺の身長よりも少し大きいが、顔だけだった。
「いやあ、ココで少しずつ作って森にある別の地下室で組み立ているんだよ」
「へえ」
触って見ると、ツルツルとした装甲かつ、叩いてみると結構頑丈だった。
「未完成なのに見せてくれるなんて、珍しいな」
「コレを完成させた時には君にいてもらわないと困るからね、先に見せておかないとと思ったのさ」
「俺にいてもらわないと困る?」
何故に?
「そうともさ、コレだけの起動させるんだ。間違いなくギルドの彼女が怒るだろう?」
「……な、なるほど」
つまりは、そういうことか……。
「理解が早くて嬉しい限りだ。君の役割は怒られる事だよ、実に分かりやすいだろう?」
「まったくだよ……」
まあ、見返りに巨大ロボに乗れると思えば安いものかもしれないが。
「君にはまだまだ聞きたい事もたくさんあるからね、なるべく早く帰ってきてくれたまえよ」
「出来る限りには……な」
そう言って互いに笑いあった。
「マークさんには色々世話になったな」
「何、僕らは世間的に言うところの友達だろう?」
「……何かはっきり言われると、気持ち悪いな」
「ああ、僕もそう思ったところだよ」
二人して気まずそうに目を逸らしてしまった。
まあ、友達だとは思ってるけどね。
「そんじゃあ、元気でな」
「君もね」
別れの言葉を交わし、俺は地上へあがり、マークさんの家を出た。
マークさんの科学力を俺は帰っても忘れないだろう、というか五年以内間に少しはマークさんに近づいているのかという疑問が一番に来るな。
マークさんの家から出て、表通りに戻って師匠のアトリエに向かおうとすると目つきの悪い人を見つけた。
「ステルクさん、ベストなタイミングですよ」
「む、君か。何か用か?」
「ええ、帰る前に今お世話になった人たちに挨拶回りしてるところなんですよ」
「ほう、そうか」
俺の言葉に、ステルクさんは珍しく優しげな笑みを浮かべた。
この人はずっとこの笑顔でいれば、子供からも警戒されないだろうに。
「良かったな」
「ええまったく」
「君の事だ。すぐに帰ってくるだろうから一言だけ言わせてもらおう」
すぐにいつものキツイ表情に戻ったステルクさんは一つ頷いて、言葉をつづけた。
「体には気をつけろよ。君はすぐに無茶をするからな」
「ういうい、元気に帰ってきますよ」
「ああ、それではな」
「はい、お元気で」
素っ気なく人混みに紛れて行ってしまったステルクさん。
昔だったら単純に冷たいと思ったかもしれないが、今は違うな。
ステルクさんがどういう人かはもう分かっている、というかあの出会いから俺に付き合ってくれてる時点で良い人って言うのは分かりきっている事だ。
俺はステルクさんがいなくなるのを見届け、再び歩き出そうとしたところで、見覚えのある配色の二人組を見つけた。
「よう、若者二人」
「お、先輩!」
俺に気付いた後輩君は駆け足で寄って来た。
いや、しかし昔を思い出すと。
「ふむ」
「ん? なんだ?」
思わず後輩君の頭に手を乗せてしまった。
俺ほどではないとはいえ、かなりでかくなったなこの子も。
「……俺が帰って来た時に、俺の背を抜くんじゃないぞ」
「ちょ、痛い痛い!」
頭頂部で手の平をグリグリと押しつける、身長は俺に残された先輩としての最後の一線だ。
「何してんのよ、あんたらは」
そこで呆れ交じりのミミちゃんがゆっくりと近づいてきた。
人目がある所だと優雅な感じだよな、あくまで感じだけど。
「っていうか、先輩どっか行くのか?」
「ああ、元の世界にな」
「え、マジで?」
「マジでマジで」
何この高校生みたいな会話。
「へえ、何だかんだでちゃんと探してたのね」
「……ああ!」
ワンテンポ遅れたが、俺は自信満々に頷いた。
そう言う事にしておいた方が、ちっぽけな威厳を守れると思ったからです。
「え、そんじゃあ先輩との勝負の約束はどうすんだよ?」
「……帰って来てから、かね?」
というか今思い出したよその約束、そして一緒にあの日のピエロになった悲しみとか憤りまで湧いてきちゃったよ。
「そうだな、帰ってきたら叩き潰してやらねば……」
「へへっ、そうこなくっちゃな!」
そして俺たちは大分キツイ握手を交わした。
それを端目に見ていたミミちゃんは呆れたように。
「勝負だのなんだの男ってのはバカねえ」
「何だよ、バカって言う方がバカなんだぞ」
「やめろ後輩君! それ以上はバカを露呈するだけだ!」
俺の言葉に、後輩君は渋々と言った様子で引いてくれた。
経験上分かる、どれだけ頑張ろうとも結局はやり込められる未来が見えてしまう。
「ま、とっとと帰って親孝行でもすることね」
「おうともさ」
そういえば、この間の打ち上げの時はすごかったな。ミミちゃんは。
ギゼラさんが生きていると知った時には自分の事かのように大喜びだったもんな。
俺も早く帰って、家族を安心させるとするか。
「あんたみたいのでも、居なくなると寂しくなるんだからちゃんと帰ってきなさいよ」
「む、寂しくなってくれるのか?」
俺がそう突っ込むと、ミミちゃんは目を大きく見開いて、頬が少し赤くなってしまった。
「わ、私じゃなくて! トトリがよ! あんたがいなくなって私が寂しがるわけないでしょうが!」
まさか最終日にミミデレにお目にかかるとは、里帰りは決めてみるもんだな。
「はいはい、なるべく早く帰ってきますからね~」
思わず子供に言い聞かせるかのような猫撫で声でそう言ってしまった。
からかいたくなっただけです。悪意はありません。
「――っ! 二度と帰って来るんじゃないわよ!」
恥ずかしさがピークに達したのか、ミミちゃんは俺の横を通り過ぎて行ってしまった。
「お、おい待てよ! 先輩、そんじゃあまたな!」
「おうよ! ミミちゃんもまたなー!」
「うっさい!」
いやあ、いいデレからのツンだった。
これだからミミちゃんをからかうのはやめられない。
そして二人と別れた俺はアーランドのラストステージ、師匠のアトリエまで来ていた。
「……さて、どうするか」
「ぷに?」
ゆっくりと別れさせてくれるためか、いままで口を開かなかったぷにに俺は問いかけた。
「師匠……泣かないよな?」
「ぷに~」
師匠に泣きながら、帰っちゃ嫌だー、とか言われたら俺の決心が鈍ってしまう可能性がなきにしもあらずだ。
「言ってみない事には始まらない……な」
「ぷに!」
「よし!」
思い切って俺は扉を大きく開いた。
「師匠、ただいまー!」
「あ、アカネ君。おかえりー」
釜をかき混ぜていた師匠はいつものように、笑顔で俺を迎えてくれた。
さて、どうやって話題を切り出したもんか。
とりあえずまずは軽くジャブで押してみるか。
「師匠、ちょっと俺しばらく出かけるから」
「そうなの? どれくらい?」
よし、掴みはばっちりだ。
ココから徐々に現状を理解させていこう。
「一年、いや二年くらい……?」
「そ、そんなに長い間?」
あ、師匠の目に不安げな色が混じってきてしまった。
いや、でも逆にいえばどこに行こうと一年二年ならセーフってことだよな。
「ああ、元の家に帰れるようになってな」
「え、本当?」
「うむ、だから少しの間お別れなんだけど……」
目を横に逸らしつつも、ちらちらと師匠の顔色を伺いながらそう言葉を並べてみる。
「うん、それなら仕方ないかな」
師匠は頬に手を当てて、そう言ってくれた。
「……泣かない?」
「へ?」
俺の問いに師匠は間の抜けた声を上げた。
「いやだって、俺の予想だと……んっん!『うわああん! やだやだ! アカネ君はわたしの弟子なんだからいなくなっちゃヤダー!』って感じになるかなって」
言い終わるやいなや、師匠は赤くなって頬を膨らませてしまった。
「アカネ君はわたしのこと何だと思ってるの! もう!」
「何って……」
初対面行き倒れからの弟子になってからどんどん進んで行くポンコツ化を見てるとねえ。
「わたしそんなに子供じゃないんだからね!」
「分かった分かった。ちゃんと見送ってくれるんだよな?」
「最初からそのつもりだったよ……」
疲れたように肩を落としてしまう師匠。
いやすまない、師匠の評価を少し下げすぎていた。
「もう、帰るのはいいけど、ちゃんと元気で帰ってきてね」
「あいよ、師匠も元気でな」
「うん」
師匠はちょっと抜けてる人だけど、なんだかんだで良い師匠だったよな。
……教え方とかそのあたりはともかくとして。
「俺も帰ってきたら弟子取ってみようかな」
「ええ、でもアカネ君、教えるの下手そうだし――っていたひ!?」
あなたに言われたくないと言う想いを込めたチョップをお見舞いした。
決めた、帰って来たら弟子をとろう。
「そんじゃあな、師匠。次に会うときはもうちょっと大人っぽくなっててくれよ」
「う、うん。わたしもそうなりたいかな……」
苦笑いをする師匠に手を振って、俺はトラベルゲートでアランヤ村まで一っ飛びした。
村の入口に降り立つと、珍しく馬車の前にペーターがいなかった。
仕事しないくせに、なんだかんだでいつも馬車を拭いているという、俺的アランヤ村七不思議の一つだったんだけどな。
一言くらいは声をかけてやるつもりだったが……まあいいか。
とりあえずゲラルドさんの所に行けばメルヴィアと店長はいるだろう。
そして店に入ると、いつも閑散としているはずの酒場に思ったよりも人が入っていた。
「あら、アカネ君じゃな~い」
パメラさんがいた。しかも人間状態。
その真実だけで俺は胸がいっぱいだった。
「あ、アカネ! よく来てくれた!」
そして非常に切羽詰まった様子のペーターが俺に駆け寄ってきて。
「そんじゃあ後は頼んだぞ」
「……?」
俺の手にタッチしたと思えば、走り去ってしまった。
「ペーターじゃーなー!」
「ああ、それじゃあな!」
……あいつとの別れの挨拶はこのくらいで十分だろう。
そして再び店の中を見回してみると、メルヴィアにパメラさん、そしてギゼラさんにゲラルドさん……なるほど。
ペーターもそりゃ逃げたくなるな。
「はい、皆! 重大発表です!」
カウンターと皆が座っているテーブルの間に立って、俺は手を二回叩いた。
ゆっくりとお別れをしたいが、この面子だと難しいだろう。
「どうしたのよ一体、またくだらない事じゃないでしょうね?」
「違う違う! 俺がしばらく里帰りでいなくなるって話だよ」
「あら、そうなの? 寂しくなるわね~」
パメラさんの寂しさ>俺の気持ち
この方程式を成り立たせるのは非常に簡単だ。
おそらく最初にパメラさんにこう言われていたら間違いなく、俺は帰っていなかった。
「まあでも、ちゃんと家族には顔出さないと、あたしみたいに死んだ事にされちまうからね」
「ギゼラ、笑えないぞ」
ギゼラさんの弾むような声からの自分の不謹慎ジョーク、結構な頻度で聞いている気がする。
しかし、考えてみると。
「…………」
「何真面目な顔してるのよ?」
「いや、五年行方不明の場合、家族的に俺は死んだ事にされているのかな……って」
日本の法律で失踪者が死亡認定される期間は十年とか七年とかだよな、五年じゃないよな?
「うふふっ、幽霊だと思われるかもしれないわよ~」
手を小さく前に出したパメラさんは、うらめしやーとでも言わんばかりに舌を出していた。
ますます帰らなくてもいいかなって気分になってきた。
「ここはギゼラさんの帰り方を参考にするかな」
「ま、実際家の扉開けたら、そんくらいしか言葉も出てこないさね」
「ですよねえ」
家の扉を開けたら言う言葉はそりゃ決まってるよな。
「それにしても、ギゼラが帰って来たと思えばアカネがいなくなるとはな……」
ゲラルドさんは自慢の髭をさすりながら、少し憂いを帯びた表情になった。
「だが、そのくらいでバランスが良いのかもしれないな」
と思えば、笑顔でそんな事をのたまいやがりましたよ。
「ハハッ、それならあたしは帰ってこない方が良かったかもしれないね」
「それにYESっている人がこの世界に何人いると思ってるんですか?」
やっぱりこの人は苦手だ。自然に強制的に俺をツッコミに回らせるボケをかますんだもん。
「はあ、悲しい別れになるはずがないとは思ってましたけどね……」
「そりゃね、あんたに元気でねなんて言っても、殺しても死なないから意味ないじゃない」
メルヴィアからの非常な言葉、最低限の言葉すらかけてもらえないとは。
でも確かに、現代世界の恐怖の八割はメルヴィア以下ではあると思う。
車の衝突までなら、メルヴィアに比べれば! の精神で耐え抜ける。
「それじゃあ、パメラお姉さんが帰って来れるようにお別れのプレゼントをしてあげるわ~」
「え、マジですか」
すげえ、生きていてよかった。ひいては、この世界に来れてよかった。
「はい、それじゃあちょっと屈んで」
「は~い」
期待に俺は背を丸めた。
あれ? なんでプレゼントもらうのに屈む必要が――――っ!?
「ちゅっ」
「――――――っ」
頬に、暖かい感触が、Ohジーザス。
横目に見える、パメラさんの泣きぼくろが、今日はとてもセクシーに見えます。
白藤アカネ、齢22にして人生の絶頂期を迎える。
「うふふ、今の大人のレディって感じだったわよね~」
「ういっす」
「アカネ、あんた大丈夫?」
「ういっす」
話しかけないでくれ、今の感触を記録するのに俺は手一杯だ。
本当なら叫んで外に飛び出したいくらいだ。
「なあ、メルヴィア……」
「はい?」
「お前とまた会える日を楽しみにしてるぜ」
「何で無駄に爽やかになってるのよ」
何でって、だって邪気を全て払われてしまったら……ねえ。
「うへへ……」
「あんた、その締りのない顔で家の娘たちに会いに行くつもりかい?」
「おっと、そうだった」
顔をパンパンと二回たたく。
うん、たぶんこれで大丈夫。
「よし! それじゃあ皆さんまた会う日まで!」
俺はそう言って、手を振りながら外へと向かった。
「ああ、また家の店に飲みに来いよ」
「元気でね~」
「もう家族を心配させんじゃないよ」
「トトリ達の事、泣かせんじゃないわよー!」
「分かってるよ!」
師匠ならいざ知らず、トトリちゃん達を泣かせる訳ないじゃないか。
そう思いながら、店から出て少し歩いたところで。
「アカネー! 元気でやんなさいよー!」
「お前もなー!」
まったくあのメルヴィアはちゃんと面と向かって言えば、俺もそれなりに対応してやると言うのに。
少し清々しい気分になった俺は、いつもの坂をゆっくりと登り始めた。
考えてみると、俺の冒険者としての人生はこの坂を降りて行った時から始まっていた気がする。
トトリちゃんの護衛役になって、後輩君に出会って、ミミちゃんや師匠、いろんな人たちに出会えた。
海渡って、悪魔も倒して、倒されて、そんな大冒険も全部トトリちゃんがいたからだ。
いつ言えるかも分からないし、今日しっかりと言おう。
ありがとうって。
「へい! アカネさんが来たぜ!」
ヘルモルト家の扉を開けると、キッチンには片づけをしているツェツィさん。
そして本を呼んでいるトトリちゃんとピアニャちゃんの姿が。
「あ、アカネさん。こんにちは、お昼もう終わっちゃいましたよ?」
どうしよう、別れの挨拶に来たのにお昼たかりに来たと思われてる。
「違う、そうじゃないんだ。そう! こないだギゼラさんからもらった手紙があっただろ?」
「え? は、はい。ありましたけど」
よし! 軌道修正はできた。
後は、すっぱりと帰る事を告げればいいだけだ。
「実はあの手紙、師匠の師匠からでな細かい事は省くけど、帰る方法が書かれてたんだよ」
「そ、そうなんですか? でも、だったらその時に言ってくれれば……」
「いやあ、流石の俺もギゼラさんに加えての手紙で理解がイマイチ追いついてなくてな……」
知恵熱により、思考を強制的にシャットダウンしてしまっていた。
「あにき、いなくなっちゃうの?」
「そうだな、一年か二年くらいは……」
本から顔を上げていたピアニャちゃんはいつのまにか横で俺の服の裾を引っ張っていた。
「そうなんだ。ピアニャ、ちょっと寂しいな」
うるんだ目の上目遣いでそんな事言われたら――。
「ああもう! 俺の妹は可愛いんだから!」
「はわわっ!?」
思わずギュっと腰から抱きしめて、抱きかかえてしまった。
この子連れて帰りたい! どうせ家の実妹なんて今はもう高校生で反抗期で可愛くないし、ピアニャちゃんは可愛いし、可愛いし、超可愛い!
「ツェツィさん! お持ち帰りしたいです!」
すると、ツェツィさんは洗っている包丁をこちらに向けて。
「アカネ君、言っていいことと悪い事があるわよ?」
「あ、すみません」
反射的にピアニャちゃんを床に降ろしてしまった。
表には出さないが、ちょっとビビった。
「まったく、アカネ君はどんどん子供っぽくなってるんだから」
「そうですか?」
昔に比べれば少しは成長してると思うが。
「ええ、最初は少し変な冒険者さんだったのに、今じゃ手のかかる弟みたいだもの」
「ツェツィさんが姉、そしてピアニャちゃんが妹――」
なるほど、わかったぜ!
「今日からアカネ・ヘルモルトと名乗ってよいですか?」
必然的にトトリちゃんは妹になる。良いことずくめじゃないか。
「ダメよ、今から自分の家に帰るんでしょ?」
「残念な事にそうなんです」
「ふふっ、元気でね、あんまり人に迷惑かけちゃダメよ?」
「善処します」
流石にピアニャちゃんの様に抱きしめはしないが、しっかりと笑い合う事は出来た。
さて、最後にトトリちゃんにしっかりと言いたい事を言わないとな。
「トトリちゃん」
「は、はい!」
元気のいい返事と共に、椅子から立ち上がるトトリちゃん。
いや、卒業式じゃないんだから……。
「俺が言いたい事は一言だけだ。今までありがとう。トトリちゃんがいたおかげで楽しく過ごせたよ」
……ちょっと俺の顔が赤くなってるのが分かってしまう。
言いたい事を言うときってのはどうしてこう恥ずかしいモノなんだろう。
「お、お礼を言うのはわたしの方ですよ! アカネさんはちょっと頼りないけど、いざって時には頼れるとっても良い先輩でした!」
あら、嬉しい事を言ってくれるじゃないかこの子ったら。
「だから、子供みたいですけど、ちょっと寂しいです」
「いや、そんな事はないさ。どこで聞いたかは忘れたが、こんな言葉がある。大人だって寂しくなる事はあるってな」
真っすぐと目を見つめ、そう言うと。
トトリちゃんは怪訝な顔をして、横にいるツェツィさんも同じような顔をした。
「アカネ君、それ、私の言った言葉よ?」
「わたしがお姉ちゃんに言われた言葉ですよ?」
「あれ?」
え、嘘。
「あちゃー」
片手を手に当ててそう言う妹、教えといて何だけどその動作ちょっとイラっとするな。
「こ、これは、な、うん……弁解のしようがない」
言った相手と言われた相手を前に何を威勢よく決めているんだって話だよ。
「ふふ、アカネさんはやっぱり面白いですね」
「ま、待った! 次はちゃんとした言葉を決めるから!」
別れ際に再会を誓えるような何か良い言葉は…………。
「ん?」
ふと横を見ると、そこにある大きな姿見鏡に俺が映っていた。
あ、そうだよ! 俺だよ!
「トトリちゃん!」
「はい、なんですか?」
クッ、俺の一方的な思い込みだが、そこはかとなくバカにされている気がする。
「俺のアカネだが、実際は明るい音と書いて明音だ」
「へえ、綺麗な名前ですね」
「意味としては、明るい音を出すようにとか明るい音に近づくようにって意味らしい」
「あら、アカネ君にピッタリね」
まったくその通りだ。
俺自身この名前はお気に入りだ。
「つまり、皆が笑ってくれてれば俺はすぐにでも帰ってくるから、俺がいなくても元気で笑っていてくれよって事だ」
「はい、アカネさんも元気に笑っていて下さいね」
トトリちゃんは相変わらず太陽の様な頬笑みを俺に向けてくれた。
こんな笑顔があるんなら、明音としては帰ってくるしかないな、まったく。
「あにき、ピアニャも笑顔で待ってるね」
「おうともさ」
よくこんな俺になついてくれたもんだ。
頭を一つ撫で、俺はそう返事をした。
「帰ってきたらおいしいご飯作ってあげるわね」
「楽しみにしてますよ」
ツェツィさんの料理は何度食べても飽きないからな。
本当に楽しみだ。
「…………」
三人への挨拶はすんだけど、まだ一人俺の頭に残っている。
「ぷに」
「……一番長い付き合いだよな」
頭から跳ねて、床の上に落ちたぷには俺の事を見上げた。
「今更何にも言う事はないな」
「ぷに~」
俺はポーチから赤いトラベルゲートを取り出し、右手でギュッと握りしめた。
そしてその拳を前にゆっくり突き出す。
「またな!」
「ぷに!
拳にぶつかってきたぷにへ、しっかりそう告げて、俺は右手をそのまま上にかざした。
赤い粒子が俺を包み、視界の端に赤い翼が見えた。
皆の笑顔を見ながら、俺も微笑んで、次の瞬間には一面が赤く覆われた。
「おっとっと!」
足をついた先は黒いアスファルト、横にあるのはブロック塀、どうやらどこかの路地裏の様だ。
「ゴホッゴホッ! 分かってたけど、空気悪いなおい!」
待て待て俺、あんまり一人言言ってると変な人だと思われちまうよ。
というか、周りに人がいなくてよかったな。
ここは……うん、家の近くだな。
路地裏を出た通りを少し歩けば俺の家だ。
一歩一歩、人工物ばかりの殺風景だけど、懐かしい風景を見ながら、俺は歩みを進めていった。
路地を出ると、右手に見覚えのある黒い屋根が見えた。
二階建ての一軒家、昔に比べて少し色が落ちた気がする。
帰ったら俺の錬金術でペンキでも作ってやろうか。
ガレージの車が見たことないのに変わっていて不安に思ったが
扉の前に立ち、改札を見ると確かにそこには俺の苗字が彫られていた。
「言う言葉は決まってるな」
チャイムを一度押して、俺は扉を開いた。
どこか懐かしい家の匂いが鼻をくすぐった。
トトリちゃんの家みたいにすぐにリビングあれば良いが、玄関から廊下を言った先がリビングだ。
でも、玄関をくぐった今しかないな。
「ただいまー! 母さん、父さん、弟に妹! 長男が帰ったぞー!」
そしたら、皆がリビングの扉から素っ頓狂な顔をしてこっちにやって来た。
折角だから最高の笑顔でもう一度言おう。
「ただいま」
二年以上続けてきた作品ですがついに完結いたしました。
今まで読み続けてきてくれた方々に心よりお礼を申し上げます。
ここでは礼を尽くしきれないので、後日あとがきを投稿させていただきます。