アーランドの冒険者   作:クー.

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プロジェクトA・準備

 三月の半ばのアトリエ、ちむちゃんとぷに、そして俺だけがいる珍しく静かなアトリエ。

 俺は本を読みながら、呟いた。

 

「スッぺシャルなネコミミ、あなたにとっどけー♪」

「…………ちむ?」

「…………ぷに?」

 

 ちむちゃんズは一斉に作業の手を止め、ぷにはテーブルの向かいで怪訝な顔をしていた。

 しかい俺は何もなかったかのように読書を再開した。

 

 …………

 

「アカネ・ドラッグ・ミラクルチェーンジ♪」

「…………」

「…………」

 

 皆、一瞬だけこっちを見てすぐに作業に戻ったり、居眠りを再開した。

 アカネインパクトも空しく、すぐにアトリエは水を打ったような静けさを取り戻してしまった。

 

 この数週間で俺が成し遂げた大発見を伝えられるように場を高めているというのに、なんて冷たい奴らだ。

 いいさいいさ、それなら俺にだって考えがある。

 

「ワンワン、にゃあにゃあ、コンコン」

 

 音を立てて立ち上がり、踵を使ってタップダンスまがいの事をしながらリズムをとってみる。

 

「すってきーな、ケモミッミッ!」

 

 アトリエの真ん中にそのまま移動して、大きく右手を前にあげながらミュージカルの様に声を張り上げた。

 

「それっがぼっくの夢ーさーーーー! あっあーーーーー!!」

「「ちむちむ! ちむ♪」」

「ぷにににに♪」

 

 ちびっ子コーラス軍団も今度ばかりはノリよく付き合ってくれた。

 イエス! 会場のボルテージはマックスだ。

 

「よーーし! ここでっ! 俺の一大はっぴょっうがっちゃ――!?」

 

 噛んだ。

 ミュージカルノリを中途半端に受け継いだせいで、噛んだ。

 

「……机に集まりなさい」

「「ちむ」」

「ぷに」

 

 完全に空気は冷めきってしまったが、俺達は気にしない事にした。

 俺は重々しく椅子に座り、ぴょこんと顔だけをテーブルの上に出しているちむちゃんズに向かい話を始めた。

 

「唐突だが、君たちは運命と言う物を信じるかな?」

「ちむ!」

 

 御託は良いから早く進めろと?

 長女ちむちゃん、流石付き合いが長いだけあって容赦がない。

 だが同じくらいに俺も容赦はない。

 

「ちむちゃん、今回の君の仕事の報酬二割カットね」

「ちむ!?」

 

 ショックを受けるちむちゃんを尻目に話を再開する。

 

「俺はある日、モンスターに襲われた。その時は天罰だと思ったが違った。……コレは天命だったのだよ」

「ちむ~ん」

「給料一割カットね」

「ちむん!?」

 

 会議中におおきな欠伸をしたちむさん、コレは許されざる行為だ。

 

「あの時手に入れた花、一年に一日しか咲かない白い花、アレは何の材料になるか、分かるかね?」

「ちむむ?」

「会議中だ! 私語は慎みなさい!」

「ちむ!?」

 

 長男ちむおとこくん、理不尽に翻弄されることに定評がある。

 

「イッツ、賢者の石。これと俺のレシピを合わせれば、薬が苦手な俺でもチョチョイのチョイで作れる」

「…………」

 

 次女のちみゅちゃんと三男のちむフレド君は聡明な子たちだった。

 

「だがその媚びるような程度は気に入らない! 評価マイナス1!」

「「ちむ!?」」

 

 俺がルールだ。このマイナスの評価も後々きっと生かされる。

 

「と言う訳で、ちむちゃんズ! 賢者の石作りを頑張るぞ!」

「…………」

 

 黙ったまま、ちむちゃんズが床に降りて一列に並び懐から紙を取り出した。

 

「なっ!?」

 

 『ス』『ト』『ラ』『イ』『キ』

 

 ストライキとは、労働者が労働条件の改善・維持などの要求を貫徹するため、集団的に労務の提供を拒否すること。

 

「一体何に不満が!?」

「ぷに」

「そうか、こういうところか」

 

 なるほどなるほど。

 ここは雇用側としてよく考えた決定を下さないとな。

 

「…………」

 

 ノリで生きる価値>>>パイ

 

「全員にこないだの勝ち分のパイを報酬として与えよう」

「「ちむ!」」

 

 大喜びで足に擦り寄ってくるちむちゃんズ。

 互いに譲らないモノを守ることができた、素晴らしい事だな。

 

「それで、作るのに何日くらいかかるんだ?」

「ちむ?」

 

 一番下のちむフレド君が横にいる一個上のちみゅちゃんに意見を仰いだ。

 

「ちむ?」

 

 さらに一個上のちむさんに。

 

「ちむん?」

 

 そしてちむおとこくんへと意見が回り。

 

「ちむ?」

 

 でっかいお姉さんのちむちゃんまで行き、ちむちゃんは。

 

「ちむ?」

「君の上はもういませんよ」

「ちむ~……」

 

 頭を抱え込んでしまうちむちゃん。

 どうやら誰も作れる子はいないようだ。

 

「まさか……これは俺の賢者覚醒フラグ――!?」

「ぷに!」

 

 ぷによ、やはりお前もそう思うか。

 

「ふふっ、よしてくれ。俺は一介の錬金術士なんだ」

 

 無意味に照れていると、突然アトリエの扉が開いた。

 

「ただいまー」

「ん、おかえりー」

「ぷにー」

 

 おかえりコールに混ざらないちむちゃんたちは円陣を組んで相談をしていた。

 

「ふう、外暑くて疲れちゃった」

 

 お水お水、と言ってキッチンへ向かう師匠。

 その後ろ姿を俺は頬杖をつきなが眺めながら、思う。

 

 

 もしかして、師匠なら賢者の石作れる可能性が。

 

 

「いや、ないない」

「ぷにぷに」

 

 同じ事を考えていたようで、俺とぷには互いに笑いあった。

 

「うー……」

 

 すると師匠がキッチンから頭を抱えて出てきた。

 

 選択肢①うっかり水を零してしまった

 選択肢②樹氷石冷蔵庫に水さえも入っていなかった

 選択肢③自分がドジッ娘である事に気付いた。現実は非情である。

 

「冷たいお水飲んだら、頭がキーンってしちゃった……」

「好きだよ」

「え、うん? ありがとう?」

 

 キョトンとした顔でそう言う師匠。

 選択肢と言う名の鎖をも跳ねのけるそのドジ力、好きだよ。

 おおよそ賢者の石を作れそうにないその姿、嫌いじゃないよ。

 

「ところで師匠って賢者の石とか見たことあるか?」

「あ、うん。前に作ったことあるから」

「…………」

 

 数分前までの俺からの賢者の石の評価。

 作れるわけがない、錬金術士の最終目標。もはや神のような存在。

 

 現在。

 ……ふーん。そうなんだ。

 

「大暴落だな」

「ぷに」

 

 まあなんだかんだで最高クラスの錬金術士なんだし、作れてもおかしくはないよな。

 ついでだし、参考までに何に使ったのか聞いてみよう。

 

「賢者の石、さぞその後スゴイ物を作ったんだよな?」

「うん、賢者のパイっていうの作ったんだー」

「――――ッ!!」

 

 垂直に、机に向かって頭を振り下ろした。

 机が壊れるんじゃないかとすら思うほどの衝撃が頭に響く。

 

「あ、アカネ君!?」

 

 師匠が慌てて俺の方に手を置く、俺は俺でゆっくりと頭を元の位置まで戻し。口を開いた。

 

「美味かったのか?」

「うーん、どうなんだろう? 硬くて食べられなかったから」

「バーカバーカ!」

「ええっ!?」

 

 思いっきり首を後ろへと回し、本気で罵った。

 賢者の石、おまえももうちょっと仕事を選べよ。

 

「……ふー」

「い、今のはちょっと酷いと思うんだけど」

 

 大きく息をつき、うっすら涙目になっている師匠を見て落ち着く。

 そしてゆっくりと立ち上がり、正面から師匠の肩に両手を乗せた。

 

「師匠、石は硬いんだ。硬い者は噛めないんだ。だから石は食べられないんだ」

 

 分かったな? そう俺は目で語った。

 

「う、でもあの時はすごく良い思いつきだって思ったんだもん!」

 

 ちょっと顔をそむけて頬を膨らませる師匠。

 

「可愛く行ってもダメです!」

「あうう、イタイいたい」

 

 人差し指で師匠のおでこをぐりぐりと突っつく。

 まったく、折角の賢者の石なんだからもっと高尚な事に使えないモノなのか。

 

「うう……最近アカネ君が厳しい」

「俺だって師匠の事を敬いたいんだ……」

 

 俺は心からそう言った。

 例えば師匠が賢者の石で村一つの土壌を変えたとか、不治の病を治す薬を作ったーと、そんな事を言ってくれれば尊敬の目を向けられたんだ。

 

「師匠はあのパイを見て笑ってくれたのになあ」

「上の人から見たら笑えるかもしれないが、下から見ると笑えない」

 

 特に師匠の師匠は色々とスゴイ人だったらしいからな、賢者の石がパイになるのはさぞ愉快痛快だったんだろう。

 

「まあ、その今は亡き師匠の師匠の事はともかく……」

「し、死んでないからね?」

「師匠のその錬金術においてのみの偉大さに敬意を表してお願いをしたい」

「な、なんだか素直に喜べない」

 

 むしろ怒る所だと思いまっす。

 

「材料はこっちで集めるから、賢者の石を作ってほしいなーなんて」

「む、ダメだよアカネ君。いつまでも師匠に頼ってちゃ」

 

 一転して厳しい表情でそう言うも、すぐに。

 

「…………ふふん」

 

 こっちに背を向けたと思えば、今良い事を自分は言ったという意図が容易にくみ取れるような吐息を漏らしていた。

 これに対して俺は大人の対応をとることにした。

 

「そうだよな、いつまでも師匠に頼ってちゃダメだよな」

「そうそう、でも分からない事があったらいつでも聞いてね」

 

 相変わらずこっちを向いてはくれない、きっと師匠らしさを噛み締めているのだろう。

 

「そうだな、いつまでも頼ってちゃダメだよな。決めたよ、俺アトリエを出てくって」

「うええっ!?」

 

 俺の突然の宣言に、師匠は微妙に赤みがかった顔をこちらに見せた。

 

「資金はあるからさ、クーデリアさんに話せばたぶんアトリエ建設に回すのも許してくれると思うし」

「ど、どうしていきなりそう言う事になるの!?」

 

 さっきまでの表面上厳しい師匠モードから一転して、手をわたわたと顔の前で動かすうろたえモードに変わってしまった。

 

「だってさ、ここにいたらついつい師匠に甘えちゃいそうでさ。なんだかんだで頼りになる師匠だし」

「え、あう、そ、そんな……」

 

 しだいに青ざめていく師匠の顔、どれだけ弟子離れしなたくないんですか。

 

「俺はもっと師匠を頼りたかったけど、師匠からそう言われちゃったらな……」

 

 首を下に曲げ、師匠に横顔を見せて寂しげな弟子を演じる。

 窓から入る光すらも利用し、顔に影を作る。演技スキルの高まりを感じる。

 

「だ、ダメだよ! そ、そんな……えっと……えっと」

 

 必死に考え込み、考え込み、考え、師匠はもう一度口を開いた。

 

「あ、アカネ君なんてまだまだ一人前には程遠いんだから!」

「でも…………もう甘えちゃいけないんだろ?」

「そ、そんなことないよ! なんでも言って!」

「それじゃあ賢者の石作ってくれるか?」

「もちろん!」

 

 流れるように話が進んでしまった。

 もうちょっと悩んだりとか、疑ったりとかあると思ったのに。

 

「ありがとう師匠! 詐欺とかには気を付けてくれよ!」

「? うん」

 

 頭上に疑問符を浮かべながらもほどほどに頷く師匠。

 本当に気を付けてくれ、あまりにもうまく話が進みすぎてまるで自分が悪役かの様に思えてしまう。

 

「ぷに?」

「アイムジャスティス」

 

 何故かぷにとちむちゃんたちが白い目を俺に集めている。

 

「まあ、しかし……」

 

 ちむちゃんたちによる量産体制。

 師匠の賢者の石。

 俺のレシピ。

 

 場は整った。

 

「プランAは順調だぜ。クックック」

「ぷに?」

 

 だから悪役じゃないって。

 

 


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