三月になって、免許更新まで近くなったせいで妙に寂しくなってきた俺は……。
ギャンブルにはまっていた。
「ふふん、ストレートフラッシュだ」
「ち、ちむー!?」
「いやあ、悪いなあ」
師匠のアトリエの中、ちむちゃんの悲痛な叫びが響いた。
悪い悪いと言いながらも俺は容赦なく、チップを奪いあげる。
「ち、ちむ……」
「まあ勝負は時の運だ、もう一回やるかい?」
俺はチップと言う名のパイをかじりながらそう聞いた。
なんというか本当に勝ちすぎて、張り合いがないぜ。
「俺の必殺奥義、ファイブトレードに勝てるもんなら勝ってみるんだな」
「ち、ちむ~」
口をへの字に曲げたちむちゃんが、酷く悔しそうな表情で俺を睨みつけている。
ただただ可愛いだけだが、おどけたふりをしてあげよう。
「ふんふふ~ん、ふ~ん」
「ち~むむ、む~む」
鼻歌コーラスで陽気にカードをシャッフル。
はてさて、この子はいつになったら俺のイカサマに気付くのか。
良い役ができるようにシャッフルするなんて、素人の俺でもできるな。
「ふんふふ~ん…………」
「ちむ?」
いや、違うだろ。
「何やってんだ俺」
思わずカードを手から落としてばら撒いてしまった。
「ち、ちむ?」
「違うだろ、俺が集めるべきはこんな一文にもならないパイじゃないんだ」
片手に食べかけパイ、後ろには山と積まれたパイ。
「……いや、大分良い金になりそうだな」
うん、結構売れそうだ。
「じゃなくて! 借金しているいい大人が、何が悲しくてこんな不毛な事やらなくちゃいけないんだよ!」
「ちむむ」
ちむちゃんはどこか不満そうだ、まあ君らからしたら立派な労働報酬なんだろうけどさ。
と、そこでアトリエの扉が開き、意気揚々とぷにが飛び込んできた。
「ぷにに~」
「はいおかえり! みろ、アレが本来あるべき正しい俺の姿だ」
「ちむ」
ギルドに行って依頼で金を稼いで、アトリエに戻ってお茶を一杯。
こいつは本当に真面目な奴だよ。
「とは言え……やる気が出ない」
この間まではトトリちゃんのための本を書いてやる気を保っていたが、終わればまたこんなもんだ。
「ちむ~……ちむ?」
少し悩んだそぶりを見せたちむちゃんは、だぶだぶの袖で落ちたカードを拾い上げ、俺に渡してきた。
「いや、ありがたいんだが、カードはさっき卒業したんだ」
「ちむ~」
だったらどうするか……か。
「男って奴はさあ、夢を叶えないといけないんだよ」
「ち、ちむ?」
俺は遠い目をしてそう語った。
俺の夢、マイドリーム。
「当然第一は帰る事だが、それよりもある意味最重要なことがある」
「ちむ?」
「もはや、コレは俺が冒険者になって錬金術士になった理由って言ってもいいんじゃないかとすら思う」
「ち、ちむ」
ごくりと息をのみ込むちむちゃん、そんなに聞きたいのなら聞かせてあげましょう。
「思い出さ」
「ちむ?」
まともな答えに驚いたのか、ちむちゃんは目を見開いていた。
「アルバムをさ、写真で一杯にしたいんだ」
俺は照れるように鼻をこすってみた。
今のところ何も嘘は言っていない。
「そのために! ちむちゃんズの協力が必要なんだ」
俺は大げさにかがみこんで、ちむちゃんの肩を手でガッチリと掴んだ。
「ちむむ!」
任せなさい! そう言うかのように胸をポンと叩くちむちゃん。
「ぷに……」
ソファの上でぷにが、蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶でも見るかのような目をしていた。
「よーし、それじゃあ俺はぷにと帰って作戦会議するけど、この事は皆には内緒にしといてくれよ」
「ぷに!?」
何を巻き込まれた事に驚いてるんだ、相棒なんだから当然だろう。
「ちむ」
「ほほう?」
いっちょまえに依頼料の前借りを要求してくるとは。
まあ、勝ち分が大量にあるので気前良く上げてもいいが……。
「だが、残念! こいつはコンテナ行きだ!」
「ちむー!!」
積み上がったパイを両腕で抱え込み、前から足にくっつくちむちゃんを無視してコンテナにパイをぶち込んだ。
ちむちゃんは足から離れ、呆然と涙目で俺の事を見上げた。
やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。
「おーけー、冗談だ――――」
「あ、あ、アカネさん!? 何ちむちゃんの事泣かせてるんですか!」
「よう……」
大きな音を開けて開かれた扉の向こうにはトトリさんが一人。
ちむちゃんをちょっとからかうとこれだ、やってられないぜ。
当然の様に怒られた。
夜中、アーランドの宿屋で俺は綿密な計画を練りだした。
「ぷに~~」
「コラッ! 欠伸をするんじゃない!」
「ぷに……」
ベッドの上に座る俺とぷに。
一方は眠そうに眼をしばたたかせていた。
「題して、プロジェクトA。ターゲットはアランヤ村とアーランドの皆様だ」
「ぷに」
「トトリちゃんにツェツィさんはもちろん師匠にクーデリアさんにフィリーちゃん」
ザ・姉妹とザ・錬金術士とザ・ギルドだ。
「ザ・冒険者ことミミちゃん。そして……一応メルヴィアもか?」
「ぷ~にに」
もっと興味を持てよ。
「そして今回はカチューシャなんてイミテーションじゃない、薬を作って上手い事生やして見せる」
「ぷ、ぷに?」
「ああ、一応プランはできている」
かつて冒険者として、錬金術士として未熟だった時の未練が俺をここまで成長させたんだろうな。
「最後に、ザ・パーフェクトことパメラさんよ」
「…………」
ついに無言で欠伸をし出したよ。
「だが問題がある、幽霊な事だ。幽霊な事だ」
「ぷに?」
なんで二回言ったかって? 決まってるだろ。
「自分に言い聞かせるためだよ!」
「ぷに~」
獣耳カチューシャも透過してしまうのも問題だし薬も効かないが、それ以上に俺が近づけるかが問題だ。
「クッ、帰ったら母に一言文句言ってやる」
「ぷに?」
「幽霊の絵本を俺のマミーがあんなに怖く朗読しなければ今の俺はこんなに悩んでないんだよ」
俺の弟も妹も、皆アレに泣かされている。
一種の洗脳教育じゃないか?
「とにかく、ネコミミパメラさん――――」
言葉を発すると同時に、俺の視界が真っ白に染め上げられた。
「ぷに?」
「いや、一瞬で想像して……一瞬昇天してた」
「ぷに~」
こいつはヤバいぜ、実物を見たいような見たくないような、複雑な気分だ。
「とにかく、目的のモノを見るためにはどうするか。分かるな?」
「…………」
ついにはだんまりか、おーけー、一方的に語っちゃうもんね。
「これこそが、俺が錬金術士になった理由だ。幽霊に薬が効かないなら、効く薬を作ればいいじゃない!」
「…………」
俺が大きく宣言をしてもピクリとも動かないぷに、ちょっと手をひらひらと目の前で振ってみた。
「やだ、この子目を開けたまま寝てる」
「ぷに……くー……」
「よし、俺も明日から忙しくなるからな、ゆっくり英気を養うとしよう」
ぷにに布団をかけ、俺もベッドに横になった。
今日はいい夢を見れそうだ。