アーランドの冒険者   作:クー.

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夏の二大イベント

 

 悲しみの疾走、アーランドに帰ってきてもその火は消えず、俺の心の炎は燃え盛った。

 

――アレは恋だ。LOVEだ、好きなんだ。そしてその対象は――――俺っ!!

 

 あの時の自分の表情と感情を一度思い出すと、もはや体を動かさずにはいられなくなる。

 その結果。

 

「えらいこっちゃ」

「ぷに」

 

 アトリエ中に転がっている花火フラム、この有様に至るまで一ヵ月、材料を取りに走っては無心で錬金をする日々。

 精神が肉体を凌駕しすぎた。

 

「これも全部ジーノって奴のせいだ」

「……ぷ、ぷに」

 

 足元でNOと言っている奴がいる、やれやれ何も分かってないぜ。

 

「女の子に告白されて、さらに断る後輩君。これがなければ俺はもう少しまともでいられた」

 

 こないだ後輩君に会ってその後を聞いてみたら、普通に振ったとの言葉が飛び出した。

 一発殴った。

 あんだけのピエロを演じたんだから許されると思う。

 

「別に良いし、元の世界に帰るまで女とかいらないし」

 

 言葉にしたら余計にみじめな気分になってきた。

 ここが師匠のアトリエじゃなかったら転がっているフラムを爆発させてるだろうに。

 

 そんな破滅的思考をしているさなか。

 

「せんぱーい、居るかー?」

「ぼおおおおおお――――っ!!!」

 

 その声とともに扉が開いた瞬間、おおよそ人類が発生できない様な音がでた。

 同時にあの日を思い出して目に熱いモノが込み上げてきそうになった。

 

「ちっ、何のようでしょうかねえ?」

「な、なんで、んなに感じ悪いんだよ」

 

 言葉を聞き取る→アカネ的脳内変換→結果。

 一ヵ月も前の事を引きずってるなんて、男らしくない、そんなんだからモテないんですよ。

 

 歯がギシリと音を立てた。

 

「貴様あ! ちくしょー! タイマンだ! タイマンで勝負だ! 爆弾も何もなしだ!」

 

 正論をぶつけらてムキになっているのは分かる、だがあえて俺は後輩君に指を突きつけるぜ!

 ピエロの最後のプライドをかけて勝負してやる!

 

「お、いいなそれ」

 

 嬉しそうな快活な笑い、今の俺にはこれが憎たらしい。

 絶対に負けないぞ、俺の逆恨みパンチの威力を思い知らせてやる。

 

「っと、こんな事じゃなくて、先輩に用事があって来たんだよ」

 

 意識してないと思うけど、こんな事扱いされると悲しいです。だがいいだろう、口頭とはいえ公式に約束は取り付けたんだ。

 

「明日村で祭りらしいからさ、パパっと連れて行ってくれよ」

 

 明日だったのか、考えてみると全く日程とかも知らされてなかったな。

 無計画に増産されたこのフラムが無駄にならずに済みそうなのはいい事だ。

 

「んじゃ、ペーターの面でも拝んで溜飲を下げるか」

 

 水着水着とか言ってうつろな目をしているんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アランヤ村に到着して、後輩君と別れて歩き回ると、そこにはペーターの姿が。

 

「な、なにっ……!?」

 

 いつもの猫背で死んだ目をしている、そう思っていた。

 しかしそこにはハキハキと喋って、キラキラと目を光らせて、元気に会場設営をしている奴の姿が。

 

「おい、おかしいだろ」

「ぷ、ぷに……」

 

 あいつの元気な姿を見るのが、最近では普通だがやっぱり異常にしか思えない。

 

「まさか自力で美女を集めたとか?」

「ぷに~」

 

 祭りまで間に合わなくなって、精神的死に追い詰められた瞬間、スーパーペーターに進化した。

 長音が多くて言いづらそうな事は確かだ。

 

「いやいや、こんなこと考えてる場合じゃないって」

「ぷにぷに」

 

 どうしようと悩んで立ち尽くしていると、ペーターと目があった。

 すると、ニヤリと口を曲げて、堂々と風を切りながらこちらへと向かって来た。

 

「ようアカネ、よく来たなー」

 

 その顔をやめろ、その明らかに人を馬鹿にした目と、明らかに人を嘲笑っているその口をやめろ。

 思わず手が出そうになった。肩に乗っかっているぷにさえも体当たりするぞと言った表情だ。

 

「単刀直入に聞くぜ、何でだ?」

「何で、何でねえ? まあ他ならぬお前の頼みだから聞いてやるか、別にお前じゃなくてもよかったんだよ」

 

 勝者の笑みと共に、俺にその言葉が浴びせられた。

 同時に、ペーターの頼みを断った日の事が思い出される。

 やたらと俺の目を気にするトトリちゃん、行く先々で何度も出会ったあの日。

 

「まさか、トトリちゃんに……」

 

 俺がそう言うと、目の前でニヤニヤと無言の肯定を示した。

 

「その様子だと、アカネには秘密っていったのもちゃんと守ってくれたみたいだな」

「なんて奴だ」

「ぷに……」

 

 まさかこいつがラスボスだったとは、とりあえずぶっ飛ばしたい。

 拳を思いっきり握りこんだ。

 

「まあ、待てって。ほらちょっと見てみろよ」

 

 横に広げられた腕の先には、ハツラツと男女問わず祭りの準備をしている村人たち。

 皆とても楽しそうなのが遠目にも分かった。

 

「皆祭りを楽しみにしてるんだよ。なのに祭りのメインがなくなったらなあ」

 

 分かるだろ? そのように目で語られた。

 

「確かにそうだな。ここで水を差すのも悪い、おーけー俺は何もしない」

「分かってくれたか! それなら良いんだよ、祭りを楽しんで行ってくれよ!」

「ああ、夜は俺が出し物するから開けといてくれよ」

 

 表面上互いに笑いながらお開きとなった。

 まあ今更どうしようもないのは事実だからな。

 

 ただ、それはそれとしてペーター、俺は一つお前に言っておくことがある。

 

「ペーター、彼はお前の悪行を見逃さないぜ」

 

 軽く振りかえり、もはや聞こえてはいないだろうが、はっきりとそう口にした。

 そう彼だ。混沌の使者、悪を絶対に許さない彼だ。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、晴天、降り注ぐ日差しの中、木製の舞台の上で俺は虎視眈々とその時を伺っていた。

 鳴り響く波の音、その中に奴の声が響いた。

 

「あーあー、会場にお集まりの主にジェントルマンの方々、大変長らくお待たせしました」

 

 ついに始まったか、ふっ、そのお気楽な面構えを文字通り粉砕してやるぜ。

 

「アランヤ村豊漁祭メインイベント、美少女水着コンテスト! いよいよ開幕です!」

 

 赤い幕が左右へ流れるように開いて、そこには俺もよく知る八人の美少女の方々が……水着で…………。

 

「Oh……」

 

 一瞬、ほんの一瞬だがペーターGJと思ってしまった。

 押さえろ押さえろ、今の俺はアカネじゃないんだ。

 しかし、まあ、うん。見えてしまうのは仕方ない。

 

「こ、ここ、こんなの聞いてないですよー!」

 

 隅っこで体育座りをしているフィリーちゃん、大方美少女につられでもしたんだろう。

 多少は同情してあげよう。

 

「いえ~い、皆楽しんでる~?」

 

 パメラさんだ。幽霊じゃないパメラさんだ!

 本当なら今すぐにでも幕を引きたいが、流石はパメラさん、ノリノリだ。

 

「まあ、偶にはこういうのも良いかもね。ほらあんたも前出なさいって」

 

 メルヴィアは…………いつもよりちょっと面積小さくなっただけだしなあ……。

 

「や、やだ! ちょっと、押さないで!」

 

 ツェツィさんがメルヴィアに押されて恥ずかしそうにして、前に出てくる。

 一言、言う事があるとしたら、生きていてよかった。

 これはアカネじゃない俺でもそう思わざる得ない。

 

「あ、あははは……流石にこれは恥ずかしいね」

 

 躊躇いがちに手を上げている師匠、やっぱり普通に俺より年下でも通じると思う。

 

「恥ずかしいなんてもんじゃないわよ! なんであたしが、こんな見世物みたいに!」

 

 腕を組んで怒り心頭と言った様子のクーデリアさん、気にしなくてもこのメンツなら誰も見ないと思いますから。

 

「っ!」

「どうしたのクーちゃん?」

「いや、なんかイラつく波動が……」

 

 キョロキョロと周りを見るクーデリアさん、恐ろしい人だ。

 

「トトリ……あんたには後でゆっくり話があるから、覚悟しておきなさい」

 

 怒りか、照れかは分からないが、珍しく頬を赤くして不機嫌そうな顔をしているミミちゃん。

 なんだかんだでちゃんと水着を着て舞台に上がっているあたり生真面目だ。

 

「そ、そんなこと言われても、わたしも知らなかったしー!」

 

 涙目で怯えているトトリちゃん、一言で今の彼女を表すなら、そうだな。天使と言う名詞がふさわしいだろう。

 俺の最近の真っ黒な感情も、今となっては浄化された。

 

 

 満足だ。さあ帰ろう、と言いたい所ではあるが……。

 

「さてさて、それでは順番にお話をうかがっていきましょう」

 

 その役どころ、貴様には荷が重い。

 

「待てい!」

 

 舞台の上、白く輝く太陽を背に、俺はこの場にいる全てに存在を示した。

 黒いタキシードに黒いシルクハット目元を隠す黒いマスク。

 腰には銀のサーベルに銀のリボルバー、胸に一輪の赤いバラ。

 

「な、何だお前は!?」

 

 その問い掛けに、俺は前の様にサーベルを片手に持ち、顔の前で横ピースをして名乗りを上げた。

 

「黒き怪盗が全ての悪事を黒く塗りつぶす。愛を拒む孤高の風、例えどこであろうとも平和を乱す者は許さない! 我が後ろには枯れ木すら残さない。混沌より出で使者! ブラックマン!」

 

 全員が呆然として俺を見上げる、その視線を掻い潜るかのように地面へと降り立ち、ペーターへとサーベルの先を向けた。

 

「こんな華やかな乙女たちの中、貴様の様な男では役者不足と言う物だぜ」

 

 誰、誰、という疑問の声が上がる中、俺はペーターとの距離をじわじわと詰めて行く。

 

「え、えーと、誰かは分かりませんが、少々空気を呼んでですね」

 

 ふっ、このブラックマンをそのような戯言で引かせようなどと、さあ正義の時間だ。

 何よりも一番許せないのは、こんな見世物のようなマネをさせて事だ。

 俺は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「今、村のどこかに十二枚ほどこの紙が張り付けられている」

 

 『ペーター君はツェツィーリア・ヘルモルトさんが○○

            ヒント:夏場にはスキーってしないよね』

 

「なっ!?」

 

 奴の前に突きつけると、目が飛び出るとはこの事か、そう思わせるほどに驚いた。

 

「さあさあ、この舞台が終わる前に回収しないと大変なことになるぜ?」

「ひ、ひええーー!」

 

 舞台を転げ落ちて、砂浜を全力疾走して村の方へと走っていくペーター。良い気味とはこの事だ。

 

「精神攻撃は万人に効く有効打撃、以上ブラックマンでした」

 

 サーベルをしまい、観客に良い笑顔を向ける。

 

「ではでは、これからはこのブラックマンが司会を担当! 文句は言わせない、ちゃんと続くから文句は言うな!」

 

 途端に上がる歓声、なんというか、現金な奴らだ。

 まあ、この恰好も夏はキツイから早めに進行できるのは良い事だ。

 

「それじゃあエントリーナンバーワァァアン! アーランドの冒険者ギルドの受付嬢、人一倍恥ずかしがり屋さんなフィリー・エアハルトさん!」

 

 フィリーちゃんは短く悲鳴を上げると、戸惑いながら俺の下へ来た。

 

「え、あ、あのう、私ですかあ、えっと、その……」

「はい拍手!」

 

 早く終わらせてあげよう、流石に可哀想だ。

 鳴り響く拍手の音、こいつらを駆除することも正義につながるんじゃないか?

 

「あっと、うん、それじゃあ舞台袖に下がって……」

「ひっ! ち、近づかないでください! も、もうヤダーー!」

 

 俺が一歩踏み出すと、一瞬にして舞台から消え去ってしまった。

 相当に無理してたんだろうなあ。

 

「トップバッターはいつの世も緊張するもの、というわけでエントリナンバーツー、パメラ屋店長、その正体は実は幽霊、パメラ・イービスさん!」

 

 トトリちゃんを天使とするならパメラさんは女神、瑞々しい肌に際どい水着、文句なしの一位だ。

 

「は~い、アカネ君、今日は随分と面白い格好してるのね~」

「拍手うううううう!!!」

 

 おい、カメラ止めろ。そう言いたくなった。

 幸いなことに、俺の拍手コールで大半はかき消せたようだ。危ない危ない。

 

 拍手が響く中、俺は手で小さく×をつくり、マスク越しに目を合わせた。

 すると、あらやだ、そう言って頬に手を当てた。

 

「そうよねえ、こういうのは言ったらダメよねえ」

 

 ……この人は早めに舞台から引きずりおろさなければ秘密の怪盗のアイデンティティが消えてしまう。

 

「はーい、パメラさんはお疲れの様ですので、退場しまーす!」

「あら? そんなことないわよ? まだまだ元気一杯なんだから!」

「退場!」

 

 俺は背中に手を当てて、軽く押し出すように舞台袖へと押して行った。

 当然の様にブーイングの嵐だが、俺がルールだ。

 

「もしかしてアカネ君怒ってるの~?」

「怒ってません怒ってませんから、どうかここは大人しく退場してください」

「もう、しょうがないわねえ~」

 

 渋々と言った様子で消えて行くパメラさん、危ないところだった。

 と言うか、まさかパメラさんに気付かれるとは思わなかった。

 

「はい次は三番、メルヴィア、はい拍手」

「ちょっとちょっと、司会者さん、それはないんじゃないの?」

 

 くっそ、こいつめ。知ってるんだぞさっきから俺の姿を見ては笑いをこらえてるの。

 

「ブラックマン的にお前はNO、それにほら見ろ観客の方々の様子を」

 

『マジで、いつもと変わんないじゃん』

『つまんねー、次早くしろよ』

『ミミちゃんはよ』

 

「くっ、こいつら……」

 

 メルヴィアが睨みを利かせると一瞬にして静まり返った。

 

「と言う訳で、万年水着は引っ込んでもらいましょう」

 

 流石にアウェーを感じ取ったのか、大人しく舞台の脇へと引いて行く……。

 

「後で見てなさいよ」

 

 同時に俺の血の気も引いた。

 気を取り直して次に行こう次。

 

「はい! エントリーナンバーフォー! 美新姉妹が一角! ツェツィーリア・ヘルモルトさん!」

「は、はい! うう、恥ずかしいし怖い……」

 

 どうやら俺は怖がられているようだ。そうそう普通は気づかれていないものなんだ。

 しっかし、文句なしに素晴らしい、髪の色よりも少し明るい茶色のワンピース、グッドだ。

 

「では拍手も鳴り止んだ所で、素晴らしい水着だと言わせていただきましょう」

「す、素晴らしいだなんてそんな。勢いで参加しちゃったけどやっぱり場違いよね……」

 

 乙女だ。最近はピアニャちゃん関係ばっかりでツェツィさんがおかしかったが、基本こういう人だよな。

 恥じらいがあって優しくて、まさに大和撫子。

 

「ご、ごめんなさい。わたしの水着なんてコメントしづらいでしょうから、次の人に変わりますね」

 

 顔を真っ赤にして舞台の脇へと速足で歩いて行くツェツィさん、癒された。

 

「そう言うのならブラックマンは引き留めない、といわけで次、エントリナンバーファイブ! アーランドの超有名錬金術士、ロロライナ・フリクセルさん!」

「わ、わあ、生ブラックマンさんだ……。あ、えっと、よろしくお願いします」

 

 俺に軽く頭を下げてくる師匠、なんだか初対面の時を思い出すな。

 

「いやあ、本当によく参加したというべきでしょうか」

「そ、それはトトリちゃんに言われたからで……こんなことやるって分かってたら出なかったけど……」

 

 後半はいつもの勢いもなく、少し肩を落としてしまっている。

 ここは俺のフォローが必要な所だな。

 

「いやいや、よくお似合いですよ? その年齢でピンクが似合う人なんてそうそういませんから」

「それって遠回しに幼いって言ってません?」

「はい拍手!」

「誤魔化した! 今絶対誤魔化した!」

 

 涙目で抗議してくる師匠、だが幼い事は事実だ。

 言いたい事があるなら精々アトリエでの態度を直してください。

 

「うう、酷い……」

 

 フラフラと退場していく師匠、俺の正体ばれたら絶対に後で怒られるよな。

 

「そろそろ大詰め、エントリーナンバーシックス! アーランドの受付嬢! クーデリア・フォン・フォイエルバッハ!」

「くっ、み、見てんじゃないわよ!」

 

 俺と観客に対して、大声で威嚇するクーデリアさん。

 この人が顔真っ赤にして恥ずかしがる何て相当レアだな。

 

「ただ、ちょっと自意識過剰な気が……」

「あらあら、どっかでみた顔ねえ?」

 

 恥ずかしがっていたと思ったら一転、いつものギルドで見る、怒る一歩手前の笑顔になった。

 しかし今の俺はブラックマン、引くと思ったら大間違いだ!

 

「いやー、本当に肩辺りがセクシーですねえ、文句なしの優勝候補だ! ほら拍手だ! 拍手!」

 

 俺の必死さとは裏腹にまばらな拍手の音。

 俺の評価をいくらねつ造で来ても、衆人観衆の評価は絶対だ。

 

「クーデリアさん、皆、出たり引っ込んでたりする方が良いんですよ……」

「クッ――」

 

 俺のその言葉が以外にも効いてしまったようで、自尊心が消え羞恥心のみになってしまったクーデリアさんは無言で去っていった。

 初めて口で負かした気がする。

 

「あっ、忘れてたわ」

「はい? ――――ガハッ!?」

 

 ボディにえぐりこまれるようなアッパーが入った。

 俺が前のめりに倒れると、満足気に一息ついている人がいた。

 

「ふう、スッキリした。それじゃあ失礼するわね」

 

 なんて女だ。

 

「うう、気を取り直そう。はい、エントリナンバーセブン! アーランドの貴族であり冒険者! ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング!」

「どうも皆様、本日はよろしくお願いします」

 

 どうやら猫かぶりモードの様だ。

 まあ、水着は悪くない、一個前で酷い目に遭ったからかは知らないが、否定的な感想は湧いてこない。

 

 しかし、この子が俺の正体に気付いていないのが意外だよな。全力でいじり倒そう。

 

「いやあ、何ともお淑やかで、先ほどのクーデリア嬢とは別格の気品がありますね」

「うふふ、ありがとうございます。でも、これくらいは貴族として当然ですわ」

 

 ……この場でスゴイ正体をばらしてやりたい。

 

「ええ、アーランドでは暴虐の限りを尽くしているのに、猫かぶりスゴイですね」

「は?」

 

 笑顔が固まった。

 

「アーランドでは本当に武器屋のおやっさんにすら恐れられるほどの暴君っぷりですからねえ?」

「あ、あら? 人違いじゃないかしら?」

「ええ、そうかもしれませんね。ミミさんくらいならアーランドにはゴロゴロいますからね」

 

 眉間にしわが寄ったかと思えば、コメカミが痙攣している。

 

「まあアーランドで悪名の高い、あなたの様な方に言われても説得力に欠けますわ。うふふふ」

 

 あくまでお嬢様然として答えるミミちゃん。頑張るねえ。

 

「ハッハッハ」

「うふふふふ」

 

 謎の笑い合いの結果、勝敗が付かぬままにラストステージへと移った。

 

「はい、それではいよいよ終わり、アランヤ村が生んだ天才錬金術士かつスーパー美少女! トトゥーリエ・ヘルモルト!」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 緊張して言葉が片言になりながらも、気合いはありますと言った様子だ。

 水色の水着が良い具合にトトリちゃんにマッチしていて……これは優勝だろ。

 いや、というよりもな?

 

「……拍手」

 

 言葉の裏は、拍手しなかったらどうなるか分かってるよな? 

 皆しっかりその意をくんでくれたようで、まさしく雨の様に拍手が降り注いだ。

 

「いやはや、スゴイ拍手ですねえ。これはもう優勝じゃないですか?」

「い、いえいえそんなことないですよ。わたしなんてただの数合わせですから」

 

 耳まで真っ赤にして手と顔をぶんぶんと振って否定するトトリちゃん。

 こんな数合わせがいてたまるか。

 

「これ以上水着姿を晒すのも恥ずかしいでしょうから、これで終わりにしましょう」

「ほっ」

 

 きっと今ブラックマンの評価がウナギ昇りだな。

 そうこれが怪盗だ。紳士的な面をちゃんと持ってるんだ。

 

「それじゃあ集計だ。俺の独断と偏見プラス皆の拍手の結果! 優勝は!」

「出来レースね……」

 

 誰の言葉かわからないが静かにしている事だな。

 

「トトゥーリエ! ヘルモルト! さあ壇上へと上がるが良い!」

「え、ええ!? わ、わたしですか!?」

「その通りだ。誇るが良い、この素晴らしい参加者の中で一番がお前だ。胸を張ってこの栄誉を受け取るが良い」

 

 トトリちゃんが俺の前まで来ると、少し不思議そうな顔をして口を開いた。

 

「えっと、なんでブラックマンさんって口調が変わるんですか?」

「混沌よりの使者だからだ」

 

 俺の正体を知っているか否かの判定も含まれてはいる。

 

「それでは、これにてミスコンは終了! 夜には天才錬金術士白藤アカネのビックなショーもあるので見逃さないように! それではさらばだ!」

 

 宣伝も終わった所で、煙幕フラムを地面にたたきつけて文字通り煙の様に俺は姿を消した。

 良いもの見れたが、疲れた。ペーターの奴に任せるよりは良いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、汗かいた」

「ぷに」

 

 いつものジャージに着替えて、うちわで仰ぎながら村を練りありていると、そこには優勝者がいた。

 

「よう、トトリちゃん」

「あ、アカネさん。来てたんですか」

「うむ、今さっきな」

「そうなんですか、よかったー」

 

 心底安心した顔をしている、なんでこうも気づかないんだろうか。

 

「んじゃ、俺たちは夜の仕込みがあるから」

「ぷに」

「あ、そう言えばさっき何かやるって聞きました」

 

 何をやるんですか、そう目で聞かれたが、こればっかりはトップシークレットだ。

 

「まあ夜をお楽しみに……だな」

「ぷに」

「はい、それじゃあ楽しみにしてますね」

 

 その後も適当に歩いて宣伝してから、俺たちは砂浜の方へ向って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も落ちて、月も昇って来た頃。

 いくつも並んだ円筒に花火フラムを入れ終わり、豪華花火フラム百連発の時間が迫っていた。

 

「と言う訳で、皆も待ちくたびれてそうなので……着火!」

「ぷに!」

 

 マッチを手に持ち、遠くから長い導火線に火をつける。

 音を立てながら徐々に短くなっていく導火線、製作するのに約一年の月日をかけたこの花火フラム。

 さあ、今こそこの夜空に咲き乱れるがいい!

 

 甲高い音を立てて上がっていく一発目、最高点まで達したその瞬間。

 

「おお」

「ぷに~」

 

 大きな爆発音とともに花は開いた。

 夜空に浮かぶ鮮やかな桃色は緑色へと姿を変え、夜空の様な深い青になり溶けていく。

 時間差で二発目三発目と、音を立て、黒いキャンパスを彩っていく。

 

「五年ぶりか~」

「ぷに?」

「俺の故郷の名物だな。よし、あとは勝手に時間差で起動するし、場所を変えるか」

「ぷに」

 

 自転車を漕いで個人的にベストだったポジション、村から大分離れた崖の所まで急いで駆け上がった。

 

「よしよし、きっと皆も楽しんでくれてるだろうな」

「ぷに!」

 

 木にもたれかかって、ぷにがその横に佇んだ。

 

 都会ほど光もないので、花火の鮮やかさがより一層際立っているのが分かる。

 

「大勢で集まって見るっていうのも良いもんだけどな」

「ぷに?」

「まあ、それは帰ってからだな」

 

 音と色、これが否応なしに昔を思い出させる。

 まだ何も進展はないが、自然と帰ろうと言う気を起こさせてくれる。

 

「まあ、難しい事は考えないで、今は楽しむか!」

「ぷに!」

「へい! TA=MA=YA!」

「ぷーにーに!」

 

 その日は夜中まで、懐かしい花火の音が鳴り止まなかった。

 

 


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