ペーターの例の誘いから一ヵ月、俺は師匠のアトリエで花火フラムの制作に打ち込んでいた。
「はーなび、花火っと」
「ぷにに」
爆弾と言う事もあっていつもよりノリノリで錬金にのめり込める。
試作すること数十個目、導火線の長さを調整し、染料の量を調整し、火薬の量を調整し、材料を調整し。
「導火線を短くしすぎたときは死ぬかと思ったなあ」
「ぷに~」
ぷにが俺を突き飛ばしてくれなかったらと思うとぞっとしない話だ。
「まさか島でのぷにの体当たりの威力アップが伏線だっとはな」
「ぷに?」
「はいはい、感謝していますぜ」
「ぷに」
ならば良しと言ったご様子だ。
褒めると褒めるですぐ調子に乗るんだからこの子は。
「っと、できたできた」
小さく釜の中が爆発して、浮かんできた球状の物体を取り出した。
「だんだんと禍々しくなってきてるよな」
「ぷに」
取り出したるは花火フラム、それは本物の花火の様に丸く導火線が付いているというのまではいいのだが。
「どうしてこうなった」
花火には白い布が巻きつけられ、その上には血の様に赤い文字で呪文が大量に刻まれていた。
これはマズイ類のモノだ。師匠に見つかったら怒られる。
「いろいろ混ぜすぎた。それが唯一つの答え」
「ぷに~」
呆れたような声を出されてもなあ、出来ちゃったもんは出来ちゃったんだし。
前に作った花火フラムをうまいこと空の上で爆発させてみたところ、七色の火花が美しく夜空に散ったのだが……。
その時、俺の肩の悪魔(ぷに)が囁いた。
――本当にそんなもんで良いのか?
との挑発に見事に乗っかって、いろんな本の派手に爆発する爆弾の構成をマネて作られたのがこれだ。
きっと派手に、それは派手に爆発する事だろう。あとは花火らしい雅な美しさも保ってくれればいい。
「構成を考えてとかそれっぽいこと言ってみるけどさ、要はコピペだらけのつぎはぎなんだよな」
「ぷに?」
「コピー&ペーストの略です」
説明しつつ俺はコンテナに花火フラム……と読んでいいかは分からない物体をしまい込んだ。
とりあえず夜まで待って、それまではギルドの依頼の品をこなすか。
「お仕事は大事だよな」
「ぷにに」
遊びをしつつも、やることはしっかりやる。俺は今最高に大人っぽい。
…………
……
依頼の爆弾を作り終えてフィリーちゃんに納品、そして帰ろうとしたところ。
「あれ? 後輩君?」
「お、先輩」
柱に後輩君が退屈そうに背中を預けていた。
「珍しいな、暇そうにしてるなんて」
「師匠がここで待ってろって置いてったんだよ」
愚痴るような口調でそう言いながらも、暇だ暇だと口にする後輩君。
「俺が話し相手になってやるからあんまり騒ぐなって」
「ぷに」
「お、マジ? さっすが、先輩!」
打って変って、後輩君は柱から飛び跳ねて俺の方へ向き直って来た。
ふ、こいつはいつまで経ってもお子様だぜ。
「そう言えば先輩って免許更新してからランクアップしたのか?」
「…………そういう後輩君は?」
気分は学校での試験が返された後だ。お前どうだったんだよ、お前が先に言えよ、俺は絶対に自分から先には言わない性質だ。
「俺はあと少しだな、今度ドラゴンでも倒しに行ったらたぶん上がるな」
指を折りながら計算をする彼を見つつ、俺は心底安堵した。
いつかの様に後輩たちに追い抜かされるような事態にはまだ至っていないと。
「で、先輩はどうなんだよ?」
「俺か? 俺は……依頼をあと数十個こなせば、たぶん」
「なんかずっこいな」
後輩君の目線は俺の肩、つまりはぷにへと注がれた。
「相棒と俺は一心同体、免許も同様よ」
「ぷに」
その言葉を聞くと、後輩君はジトっとした目になり、ついつい目を逸らしてしまった。
「…………ん?」
「? どうしたんだ先輩?」
「いや……」
逸らした視線の先にはこちらを柱の陰から見つめる赤いローブを着た女の子の姿が。
目元までかかったピンクの髪の間から、こちらの事をじっと見つめていた。
「ん? なんだあいつ」
後輩君がとりあえずと言った様子で投げやりに手を振ると、女の子は顔を引っ込めてどこかへ走り去ってしまった。
その姿に俺の頭の中には一つの考えが浮かんでいた。
「? なんだったんだ?」
「……あの反応はまさか、いや、決めつけるには早いな」
「ぷに?」
「いや、気にしないでくれ」
小さく呟いたつもりがぷにには聞こえていたようだ。
そう、まだ早い、だが身構えておくにこしたことはないだろう。
「ぷに~」
「ん? 腹減ったのか?」
俺の考えも何もかもを無視して、ぷにはそんな事を言いだした。
すると後輩君も便乗したかのように手を上げた。
「俺も俺も! 師匠来たら一緒に食堂行こうぜ!」
「ふむ、まあいいか」
ちょうど俺も腹が空いてきたところだ。昼は作るつもりだったが、今日くらいは良いだろう。
…………
……
ステルクさんと後輩君を連れ四人でサンライズ食堂へ、窓際のテーブルの席へと着いた。
「それにしても後輩君も飽きずに修行するよなあ」
「んー? そうか?」
スプーンをくわえたまま首をかしげる後輩君、そうなんです。
「むしろ君が錬金術に甘えて、横着しているだけだろう」
「し、失敬な」
錬金術の前は真面目に……真面目に、真面目にぷにに頼っていた。
「良いんですよ! 雑魚はフラムで爆殺、強敵はぷに任せ、それが俺のモットーです」
「……まあそれもいいだろう」
ステルクさんは諦めた、というよりも達観したかのように肩を落とした。
「ステルクさんも俺の扱いに慣れてきましたよね」
「不本意ながらな」
そこは誇るべき所でしょうと、突っ込もうとしたところで気づいた。
俺からは店の入り口側の窓から外が見える、そしてその窓から先ほどの赤いローブの女の子がこちらを伺っているのが見えた。
「……確かめてみるか」
「? 何をだね?」
「? 先輩どこ行くんだよ」
ちょっとな、そう言い残し、イクセルさんにちょっと店を出ると言って俺は表に出た。
すると、彼女は顔を真っ赤にして俺の方を向いた。隠れた目が少しうるんで見える。
「ちょっと、いいかな……」
「――――っ」
そう声をかけると、彼女は背をこちらに向けて人混みの中へと走り去ってしまった。
やはり、やはり彼女は……。
あらゆる可能性を模索しながら俺は店に戻り、再び席に着いた。
「二人も窓からこっちの事見てたよな」
「ああ、あいつなんだんだ?」
まったく分からないご様子だ。ふふん、説明してやろう。
「あの子がなぜ俺から逃げたか、分かるな?」
「顔が怖いからか?」
自分の師匠の前で何をぬかしているのかこの子は、ステルクさんからは後輩君を睨みつつもどこか哀愁を感じるし……。
「違う、アレは……照れ隠し」
「照れ隠し?」
「まあ、確かにこちらから見ても少し顔が赤かったような気はするが……。
難しい顔をしてステルクさんは小さくそう呟いた。
「ステルクさんから見てもそう見えた。……やばい、可能性が、可能性が急上昇だ」
「先輩さっきから何言ってんだよ。可能性って何のだよ」
むくれた後輩君がテーブルの下で俺の足を蹴ってくる。地味に痛い。
「ふ、お子様め。まあ、大人はすぐに気付くのさ」
「はあ?」
「アレは恋だ。LOVEだ、好きなんだ。そしてその対象は――――俺っ!!」
右手の親指を自分に突きつけ、これ以上ないほどに口元を曲げ自信を表すような笑みを浮かべた。
「困った事だぜ。俺には仕事と守るべき子とか、まあいろいろあるのになあ。だがその障害を乗り越えてこそ恋とは激しく燃え上がるもの……」
「盛り上がっている所申し訳ないが、正気か?」
昨今のステルクさんはなかなか見せない、眉を下げた困り顔で俺にそう語りかけてきた。
なんて事を言うのだろうか。
「だって見た感じ明らかでしょう! 相手の想いに敏感になれないと、そんなんだからステルクさんは……」
続けようとしたところで、ステルクさんの目から殺人ビームがでそうだったので口にチャックをした。
「ふーん、先輩ってモテるのか?」
その言葉の裏には絶対あり得ないという意図が見え隠れするぜ。
「まあ、俺の大人の色香には、寄ってくる美しい蝶々が後を絶たないのさ」
「ぷに」
嘘じゃないもん、こっから増えて行く予定だし。
「どっちが正しいか、結果はすぐに出ると思うぜ?」
いつもの様に笑い、俺は機が熟すのを待った。
…………
……
あの後ステルクさんに押し切られて一緒に修行と討伐依頼をこなして、ギルドに戻って来た所で、時は来たれり。
「あ、あの!」
ギルドに入った所で、例の女の子が声をかけてきた。
そして、その手には小さな便箋が……。
「やあ、どうしたんだい?」
二人よりも一歩前へと踏み出し、俺はかつてないほど柔らかな口調でそう尋ねた。そして白い歯をキラリと光らせる爽やかな笑みを浮かべた。
ちょっと白々しいかな、だって相手の要件はもう分かっちゃってるんだから。
だがここでは、彼女のためにも気付かないふりをしておこう。
「今日は度々すみませんでした。変だと思われたかもしれませんが、それには理由があって……」
どこか育ちの良さを感じさせるその言動、しかしミミちゃんの様に高圧的でない。確かなお淑やかさを感じた。
俺は笑みを張り付けたまま、その理由は? そう聞き返した。
「実は……あの、その……あ、あなたの事、あなたの事が好きです!」
「っ!」
真っ赤になった顔を上げてそう声を張り上げる女の子。
俺はどうだと言わんばかりの笑みを、後ろの二人に見せた。
「これにわたしの気持ちをしたためました。どうかお読みになってください」
一歩一歩と踏みだして両手で持った便箋を腕を伸ばして、同時に頭を下げた。
そしてその手紙の行き先は――――。
――俺から座標が一つずれていた。
「わ、わたしの気持ちをしたためております、どうかお読みください」
「え? 俺か?」
「――っ!?!!?」
口がぱっくりと開いた。
後輩君の手には便箋が、その頭上には疑問符が浮かんでいるように見えた。
「はい、御迷惑でしょうか……」
「いや、いいんだけどさ……」
手紙を持っていない手で、困ったように頭をかく後輩君、その目線は一瞬俺へと注がれた。
待て、何だこれは、一体何が起きている、何だ何だ何だ、現実に起きている事か?!
「そ、それでは、お返事お待ちしております」
ローブのフードで顔を隠して、恥ずかしそうにその場を立ち去る女の子。
俺は未だに現実を享受できないでいた。
「…………」
気づいたら俺は膝をついて、地面に倒れ伏していた。
そうか、俺はつまり……ただのピエロか。
俺はゆっくりと立ち上がり、いつの間にか後輩君の頭に乗っていたぷに含めた三人へと笑いかけた。
「ふは、ははははは! 笑えよ三人とも! 俺がいつも通り面白いことしたぜ!?」
「ごめん」
「……ぷに」
「…………すまない」
一様に俯いて、心底申し訳なさそうに、そう呟いた。
…………分かってくれよ、今の俺にはさあ。
「そういう同情が一番傷つくんだよおおおおおお!!」
気づいたら俺は駈け出していた。
「せ、先輩!」
「うっせえええ! 勝ち組は黙ってろおお!!」
制止の声を振り切り。
ギルドを出て。
街を出て。
街道から外れ。
森へと至り。
出てきたモンスターは須らく滅ぼし。
走って
走って
走り続けた。
「……俺が! 偶には期待しても良いだろうがよおオオ! ちくしょおおお!!」
結局一日中、俺は叫びながら走り続けた。
この感情の持って行き場を俺はまだ知らない。